教育新時代:これからの子どもたちはなにを学ぶか(11)


大阪の「ある女子高校」の挑戦(4)

やまじ もとひろ

新学習指導要領で大きく変わる「英語教育」

1月16、17日、初の「大学入学共通テスト(以下、共通テスト)」が実施されました。

毎月連載をつづけているこのシリーズも、すでに11回を数えることとなりましたが、連載開始のキッカケは、改められるこの共通テストにありました。

これまで行われていた大学入試センター試験に代わって登場する共通テストの内容が漏れ伝えられるのを受けて、高校教育、中学校教育が数年前から変わり始めていたからです。そこで、この連載のタイトルを「教育新時代」と銘打ち、変わりつつある教育の実相を、みなさんにお伝えしようと考えたのです。

日本の教育は、小学校から高校まで、文部科学省が主導する「学習指導要領」を規範としています。この学習指導要領は、約10年を区切りとして見直され、小学校を皮切りに、中学、高校の教育も変わっていきます。

変化するのは高校までの教育の中身だけではなく、その教育による学力を評価する大学入試のあり方や方法も変わります。その変革が、ちょうど今年、今回の共通テストに凝縮される形となったのです。

新学習指導要領、そして大学入試の具体的な変化として最も目立つのが英語という科目の動きです。そこには文部科学省が、「日本の英語教育の行方に懸念を抱いています」というメッセージが色濃く反映されていました。小学校で英語を学ぶようになり、大学入試の改革でも英語を重視する姿勢を強く打ち出したのです。共通テストでは当初、外部の民間検定試験の結果を導入し、スピーキングテストも実施しようとしていました。結果的に、この二項は延期されましたが、今後も形は改められるにしろ重視される姿勢に変わりはありません。

このような経緯から、少しでもレベルの高い大学に進みたい、進ませたい、と考える中高生・保護者たちは英語に強い学校を選ぼうとします。できれば英語を高校時代のうちにマスターし、それをアドバンテージとして大学進学できれば子どもの未来が開けてくる、と考えるわけです。

そこで、この連載では「変わりつつある英語教育」をテーマに、高等学校における英語教育のあり方について追いかけることにしました。

 

クラスまるごと1年間留学

昨春の高校入試で、「在学中の留学」をうたっている学校が、受験生を多く集めました。そこには「これからは英語が必要になる」と考える受験生・保護者のニーズがあります。長期留学校とも呼ばれる各校は、高校生活の一定期間(約1年間)を、海外の英語圏の学校で過ごすシステムを採用して、生徒の「英語運用能力」を伸ばしています。

コースやクラスを単位として留学制度を設けている「長期留学校」は、いまでは国内にいくつかありますが、このシステムに先鞭をつけたのは、大阪・摂津市にある薫英高校(現 大阪薫英女学院高校)という女子校でした。

1980年代の生徒急減期を迎えて、各地の私立高校は「なんとかしなくては」とさまざまな学校改革を進めていましたが、生徒募集で四苦八苦をつづけていた薫英高校が、遅ればせながら打ち出したのは「クラスまるごと1年間留学」という他校には見られない新制度でした。

1990年春、ニュージーランドへの1年間留学を柱とする「国際コース」は、1期生39人を迎えてスタートしました。そして1991年の1年間、ニュージーランドで留学生活を終えた39人は、1人も欠けることなく帰国しました。

39人の留学生活とはいっても、1人ひとり別々のホームステイ、現地校で1人ひとり別々のクラスに入り込んでの在学と、まさに孤軍奮闘の毎日でした。

生徒は1人ひとりが「強くなって」の帰国でした。英語に強くなっていただけではありません。人間的な成長を背景とした心の強さを獲得しての帰国でした。

前回前々回を通じて、ここまでの経緯は述べていますので、ご一読ください。

 

花開いた「無謀ともいわれた取り組み」

帰国した国際コースの生徒は、想像以上に英語の力をつけていました。それは「留学で英会話力はついても、大学受験に対応する力はつくのか」という留学前の懸念を吹き飛ばすものでもありました。

しかし帰国後、その力を維持することは、並大抵のことではありません。学校は、民間の英会話スクールの力も借りて、彼女たちの英語力維持に力を注ぎました。

国際コースの生徒たちは、ニュージーランドでは1人ひとりの戦いでした。しかし、帰国後、その思い出を分かち合ううちに、苦労してきたのは「自分だけではない」ことに気づいていきます。「あの子もこの子も」ともに苦しんでいたことがわかれば、チームとしてまとまっていきます。体育祭などの行事で、心が1つになった国際コース39人のチームワークは他クラスを圧倒していました。そして、チームとして、つぎの戦いの相手は翌春の大学受験となり、39人全員の目標が1つになるのです。

夏、英検2級1次合格27名。これまで薫英高校では1人の合格者もだしていなかった、この関門を国際コースの7割の生徒が突破したのです。

志望大学を決めるのに、大きな意味を持つ模擬試験の結果もぐんぐんと伸びていきました。

秋11月、京都外大の推薦入試に20数名が合格。「1校がこれほどの合格を占めたのは初めて」と、京都外大から薫英高校に驚きとお礼の電話があったのもうれしいニュースでした。

冬、薫英高校は、周囲がこれまで考えもしなかった、関関同立(関西学院大、関西大、同志社大、立命館大)も含んだ大学進学実績を上げます。もちろん、ほとんどが国際コースの生徒が獲得した大学合格でした。

春3月、国立の大阪外大合格のニュースが飛び込んできます。もちろん学校として初の快挙。「無謀」とも評された国内初の長期留学制度が、報われた瞬間でした。

ただ、世間が注目を始めたのは、じつは、その後の薫英高校の伸長を受けてからで、国際コース1期生の活躍とはタイムラグがありました。しかし、この学校は、1年目以降もさまざまな仕掛けと努力を怠りませんでした。短期の成功にとどまらなかった成果が、世間の評価につながり、志望者が急増していきます。

39名で始まった国際コースのニュージーランドへの「クラスまるごと1年間留学」はつづけられ、このコースへの入学者も2クラス、3クラス、と増えていきます。前述の関関同立への進学実績も2→18→55→160と増えつづけます。

大阪で下から3番目の学校が、あっという間に上から3番目の進学校へと変貌を遂げたのです。

その後、中学の開校、大阪薫英女学院中高への改称、全校での国際コース化、1期生から数えて2019年までの長期留学生4200名。いまや英検協会から表彰される学校の常連。例えば、高校での2019年の英検合格実績は1級4名、準1級51名(!)、2級235名。

この伸びが、ここ3回の薫英高校の連載のなかで何度も登場した語句、「全国的な生徒急減期」のなかで達成されたのですから、まさに奇跡の逆転劇といっていいでしょう。

大阪薫英女学院高校、現在のHPより。

 

薫英高校に学んだ長期留学校

さて、読者のみなさんは、お気づきでしょうか。この薫英高校が演じた逆転劇は1990年代初頭のできごとです。じつに30年~25年も前のこと。この連載のタイトルは「教育新時代」、なにか違和感がありますよね。

じつは、この学校の成功例が注目されるのは、首都圏でも英語の運用力が大学進学の武器になることが注目されるようになる15年前ぐらいからでした。首都圏の長期留学校は、この薫英高校のシステムに学んだ学校が多いのですが、それらの長期留学校が生徒募集で成果を上げ始めたのは、今回の新学習指導要領で英語の学びが変貌することが取り沙汰されるようになってから、ここ5年ほどのことなのです。

ここでは、長期留学校の実際を見ていただくために、その典型例として薫英高校の立ち上げを4回にわたってお話しました。

次回は、この薫英高校の長期留学システムに追随し、ここ数年、生徒募集を伸ばしている佼成学園女子高校(東京)の例を取り上げます。

[つづく]

やまじ もとひろ
教育関連書籍、進学情報誌などを発刊する出版社代表。
中学受験、高校受験の情報にくわしい。

 


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