大学とコロナ禍


吉岡昌紀(清泉女子大学)

以下、カトリック大学の話ではなく、どの大学にも共通した話である。

緊急事態宣言が解除されて以降、学校はとりあえず平常状態に戻りつつあり、東京の公立学校でも全員登校が始まっている。しかし、都内の多くの大学はこの流れに取り残されており、いまだに全面的にオンライン授業を続けているところがほとんどである。それどころか、後期も基本的に全面的にオンライン授業を続けると発表した大学も出ている。

大学は、小中高よりもキャンパスが広いから三密を避けやすいように見える。また、ラッシュ時の密を避けて通学できる学生もたくさんいるように見える。それなのに、なぜ全面的にオンライン授業を続けているのだろうか。

これにはいくつかの要因が複合的に関わっている。

一つは、大学はそれなりにオンライン授業に対応できる情報基盤を整え、教職員のITリテラシーも(かなりのばらつきがあるとはいえ)ある程度の水準にあったからである。大学がオンライン授業に積極的だったわけではまったくなく、どの大学も大慌てでオンライン授業実施の体制を整え、よたよた試行錯誤しながら実施を始めたのだが、それでも何とかオンライン授業を実施しているのは、このようなベースを持っていたからである。しかしこれは、オンライン授業を開始できた理由ではあるが、それを今でも継続している理由にはならない。

より重要な要因として、学生の居住地・生活圏が、小中高に比べて非常に広いことがあげられる。たとえば大学には地方出身の学生がいる。新学期当初、大学は、小中高と同様に全面的に休校せざるをえなかった。実家が地方にある学生は東京に出てきにくく、実家で待機する場合が多かった。その中で5月の連休明けからオンラインでの授業が始まり、危険の潜んでいる、生活コストもかかる東京に出てこなくとも済むようになった。東京圏に住む、通学時間・距離が長い学生がいることも同様の要因になる。オンライン授業の方が、ラッシュ時の通学よりも安全であろうし、時間もお金も節約できる。このように、通学や生活に伴うコストや感染の危険や大きく低減できることが、大学がオンライン授業を続けている一つの要因である。

さらにもう一つ、大学の「自由」さという要因がある。

小中高には、始業時刻、終業時刻がある。登校時間もあるし下校時間もある。すなわち、教職員も児童・生徒も、学校が授業を行っている時間帯・曜日は、基本的に学校に滞在していることになっている。保護者から連絡なく始業時間になっても登校しない児童・生徒がいれば家庭に連絡を入れるのは、ここから外れた事態が発生したからである。この基本的な枠組があるので、必要がある場合には、その枠内で、時間割を組みなおしたり登下校の時間を調整したりすることができる。コロナ禍への対応として、登校日や登校時間を制限して開校し、それを徐々に緩和するという方策がとれるのは、全教職員、全児童・生徒が学校に滞在する時間を、学校が枠内で調整し得るからである。

しかし、大学にとって事情は大きく異なる。そもそも大学には、事務取扱時間という意味での始業、終業時刻はあるけれども、教員の始業、終業時刻はない。大学の教員は、自分が授業をする時間と、出席義務がある会議等以外は大学にいなくてよい。毎日出勤するわけでもない。実際には大学で仕事をする場合も多いが、それは個々の教員の判断や都合の結果であって、そうすべきとされているからではない。

学生も似たようなものである。大学が定めた登校時間、下校時間はない。どのような科目を履修し、何曜日の何時に大学に来て帰るかは、(必修科目や修得単位数というそれなりの制約は伴うが)学生の主体性・自由に委ねられている。

このような自由度の高さは大学のよさであろうが、しかし結果として、何百人、何千人の教員、学生のスケジュールはばらばらになり、一度運用が始まった時間割の調整はほぼ不可能だという不自由が発生する。時間割を調整しないまま、登校日や時間帯を制限しても適切な履修を保証できないのは当然であるから、結局、当初決めた通りの時間割で授業を行わざるをえない。そのためには、全部をオンライン化するしかないのである。

このままだと、大学は、感染症が終息するまで全面オンライン授業を続けることになる。大学の自由を保つためにこれを続けるのか、あるいは、そこから生じた不自由を克服するために新たな方策を考えていくのか。まだ議論は始まっていない。

 


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