アート&バイブル 51:聖母の訪問


ドメニコ・ギルランダイオ『聖母の訪問』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

ドメニコ・ギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio, 生没年1449~94)は、ミケランジェロの最初の師匠として知られていますが、盛期ルネサンスの三大巨匠、ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロに比べると、日本ではあまり知られていないかもしれません。当時は、しかし、大変人気がありました。その証拠にシスティナー礼拝堂の壁画には、ギルランダイオの『モーセの生涯』と『キリストの生涯』が対になって左右の壁に描かれています。しかし、その後、弟子のミケランジェロによる『天地創造』の天井画や、正面祭壇を飾る『最後の審判』があまりにも有名になったために、ギルランダイオの名前はかすんでしまいました。

ギルランダイオという名前は通称です(本名はドメニコ・ディ・トンマーゾ・ビゴルディ)。彼の父親も画家、彫金家で、父の作る「花飾り=ギルランダイオ」が有名だったので、ドメニコもギルランダイオと呼ばれるようになりました。彼の代表作は、フィレンツェのサンタ・マリア・ノベッラ聖堂にありますが、この聖堂もダヴィンチのモナリザの制作場所となったことやマザッチョの遠近法を駆使した壁画などが有名なために、またもやギルランダイオの名前がかすんでしまっているという印象があります。

『聖母の訪問』(1486~90年、フレスコ画、幅450cm、トルナブオーニ礼拝堂、サンタ・マリア・ノベッラ聖堂、フィレンツェ)

サンタ・マリア・ノベッラ聖堂にはトルナブオーニ家の礼拝堂があり、そこに「聖母マリアの生涯」をテーマにしたギルランダイオの作品があります。彼に制作を依頼したのは、ジョヴァンニ・トルナブオーニという人物で、メディチ家のロレンツォ・イル・マニフィコ(豪華王)の叔父であり、当時のフィレンツェの有力者でした。それゆえ、この『聖母の訪問』の中にもトルナブオーニ家の5人の女性が描かれており、宗教画であるとともに当時の女性の風俗や文化が見て取れるという世俗画でもありました。それが当時の画家たちの地位でもありました。まだ芸術家というより、注文主の希望に応じてどのようにでも描く職人という地位だったのです。

 

【鑑賞のポイント】

(1)この絵の中心部分には確かに聖書のことば(ルカ1:39~45)のように、聖母がエリザベトを訪問しているというシーンが描かれています。聖母の胎内にはイエスが、エリザベトの胎内には洗礼者ヨハネがおり、この2人によって救いの歴史が展開してゆくのです。

(2)この絵の左側(マリア側)に3人の女性が描かれていますが、その頭上には光輪があり、聖人の姿で描かれています。ところが右側(エリザベト側)にいる5人の女性の頭上には光輪が描かれていません。この5人は注文主の家族たちです。特に右から3番目の女性は名前が判明しています。ジョヴァンナ・トルナブオーニという女性で、ルネッサンス期における最高の美人という説もあります。ギルランダイオはこの女性の肖像画(この肖像画はマドリードのティッセン・ボルネミッサ美術館にあります)を描いていますが、当時の肖像画は全くの横顔、横からの姿を描くもので、この壁画の中のジョヴァンナ・トルナブオーニも同じ髪型、同じような衣服と装飾で描かれています。

(3)そして、この絵の中に描かれている背景が面白いのです。鋭く高い尖塔を持つ教会やシニョリアの塔を思わせる建物など、また壁の装飾はギリシャ神話のモチーフのように見えます。遠景に小さく男性たちの後姿が描かれており、トルナブオーニ家の家や庭を描いているのかもしれません。空を飛ぶ鳥の姿も印象的です。

 


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