宗教改革500年とルンド大聖堂でのカトリック・ルーテル合同礼拝


酒井瞳(日本福音ルーテル教会信徒)

1.この時代に、エキュメニカル。

2016年10月の宗教改革記念日に、ルンドにて、カトリック教会とルーテル教会の合同礼拝が行われました。この出来事は、私個人にとっては、今度のフランシスコ教皇来日と匹敵するほどの、奇跡的な大事件でした。

私は当時、上智大学神学部の学生でした。しかし、カトリック大学の環境の中で、ルーテル学院大学でキリスト教を学んだルーテル教会の信徒の私は、同じキリスト教なのに、なかなか分かり合えない困難を常に覚えていました。同じ言葉なのに、微妙に意味が異なり、考え方や方法の違いの中で、だんだんと何も言えなくなっていきました。その上、カトリックの洗礼ではないという理由で、お昼の大学のミサに行っても聖体拝領を受ける事ができず、神学の面でも物凄くギャップを感じ、かなり行き詰まりを感じていました。そして、信仰面や精神面や様々な理由により、進級どころか途中で退学する寸前だった私は、

「私の信じる神(イエス・キリスト)は、ここにはいない」

と感じた事もありました。しかし、それでも昼ミサに参加しつつ、ギリギリで粘っていた私にとって、このルンド大聖堂の合同記念礼拝は、「神が今も生きている」という、不可能を可能にする、それこそ「神に不可能なことは無い」という言葉が成就したかのような体験でした。先にフランシスコ教皇がルーテル教会を理解してくれたという不思議な感覚で、それが本当に、今大学や教会で悩みを持っている自分にとって、言語化能力を超えるほどの具体的な救済となりました。

そして、このルンド大聖堂での合同記念礼拝の翌年には長崎でカトリック教会とルーテル教会の共同記念礼拝も行われ、更には、上智大学で教皇と学生がネットを介してリアルタイムに対話する「教皇フランシスコと話そう」という画期的なイベントも行われました。確かに、「これは宗教改革500年だから」という、たまたまの時間軸の流れからの偶然であったかもしれないですし、本当に、ただ運が良かっただけかもしれません。でも、本当にそうなのかは、まだわかりません。

あのルンド大聖堂の合同記念礼拝から、私にとっては人生にこれ以上何も期待できないぐらいの、本当に不思議な日々の連続でした。

 

2.ルンド大聖堂の合同記念礼拝。

この日、2016年10月31日、私は日本福音ルーテル教会の市ヶ谷教会で、毎年行われる宗教改革記念礼拝に参加していました。

宗教改革と呼ばれる出来事と、1517年10月31日にマルチン・ルターが提示した『95箇条の提題』。それは、当時のローマ・カトリック教会に対する、救いや信仰についての疑問や投げかけだったはずなのに、マルチン・ルター自身をも巻き込む本当に大きな運動となりました。当時のヨーロッパ全体において流行したペストや飢饉による死と恐怖の中で、つまり人々が精神的にも、霊的にも、真剣に神を求めた暗い時代の中での、歴史上の大きな出来事でした。ルターは当時、相当霊的な悩みを持っていたと感じます。位階制にも疑問があったでしょうし、聖書すら十分読まれなかった時代で、どのようにすれば神の救いがあるのか、神の恵みを受けられるのかと真剣に悩んだ人でした。そして、信徒への信仰教育の必要性や、信徒に届く言葉で説教しました。

母国語礼拝や母国語聖書、信徒の活動の幅の広がりは、カトリック教会内でも第二バチカン公会議でかなり見直されることになった内容でした。ですが、ルターが神に繋がる唯一の手段とされたカトリック教会から出る事によって、よりイエス・キリストについて触れる事ができた事実は、私にとっては、それこそ信仰の神秘のように感じます。そして、その後の対抗宗教改革運動やトリエント公会議など、カトリック教会自体に対してもいい影響を与える事もできました。当時でこそ神学的に齟齬や誤解だったものは、現代ではそれを新たに解釈することで、お互いに近付くことを可能とするものになりました。

そして、時を経て、1964年11月21日に、第二バチカン公会議の『エキュメニズムに関する教令』が公布されました。この第二バチカン公会議以後の事しか知らない私にとっては、また多くのカトリック信者や修道者や聖職者たちとっても、こんな激動のような方向転換には信じられない程の苦難があったであろうと感じます。私が上智大学の神学部に関わるようになったのは2014年からですが、第二バチカン公会議以後の模索状態という言葉を何度も聞きました。しかし、この『エキュメニズムに関する教令』は、カトリック教会と他のキリストの教会が出会うための、本当に大事な存在です。

ルンド大聖堂

話は戻りますが、2016年の宗教改革記念礼拝の日の夜は「歴史的な礼拝がネット上でリアルタイムに観覧できるから、みんな早く帰ったほうがいい」と言われ、いつもよりも少し早いおひらきでした。そして、私も家に帰ってYouTubeで観たのは、それこそ合同での宗教改革記念の「共同の祈り」でした。それがルーテル世界連盟の発祥の地、スウェーデンのルンド大聖堂での記念式典です。フランシスコ教皇と、ムニブ・ユナン牧師(ルーテル世界連盟議長)、そしてマーティン・ユンゲ牧師(同事務局長)の共同司式にてこの礼拝が行われました。

これ以前にも、ローマ・カトリック教会とルーテル世界連盟は共同委員会を結成し、第二バチカン公会議以後の対話の成果として、1999年10月31日にアウグスブルクでの『義認の教理に関する共同宣言』の調印や、2013年の『争いから交わりへ』といった50年に渡る対話の成果があったからこそ、このルンド大聖堂の記念礼拝も可能だったと言われています。

確かに、過去には神学的な課題や、お互いに断罪し合う歴史が500年も続きましたが、それと同時に、この対話の成果がこうした和解の歴史に紐付けられるという事は驚きしかありません。やはり癒やしや回復の力の方が、関係を壊す時間や力よりも強いように感じます。また、500年の歴史の動きの中で、私は特に、今やっと神学的な過去の検証ができ、和解への大きな役割を担った事も、自分自身にとって大学で神学を学ぶ上で、とても強い意義や意味を感じました。それは、この世界には色々な可能性があるという、本当に大きな希望の光でした。

「私につながっていなさい。私もあなたにつながっている」(ヨハネによる福音書15:4)。この時に、洗礼の相互承認や神学的な対話の成果による相互理解も深まり、世界中のカトリック教会とルーテル教会に相当な衝撃があったと感じます。実際、この合同記念礼拝以後に私の周りから、プロテスタント、特に、ルーテル教会の偏見が少し減ったようにも感じました。それだけではなく、自分の今までお世話になった人々や過去の多くの出来事にも、信仰的な意味で本当に良かったと満たされました。

 

3.長崎での共同記念礼拝。

次に起こった事は、長崎での共同記念礼拝です。ルンド大聖堂の合同記念礼拝と無関係でないこの共同記念礼拝は、日本福音ルーテル教会と日本カトリック司教協議会の共催で、長崎の浦上天主堂で行われました。「平和を実現する人は幸い」というテーマで、日本福音ルーテル教会の全ての牧師が集まりました。日本福音ルーテル教会と日本のカトリック教会では1984年から30年以上に渡る対話が行われてきましたが、それがこの共同記念礼拝に繋がったと言われています。また、この2017年には、日本だけではなく世界中でローマ・カトリック教会とルーテル教会が共同で宗教改革を記念するという、過去に前例のない取り組みが起きていたといいます。

この長崎の地は、第二次世界大戦で数多くの人々が原爆の犠牲となった、本当に大きな痛みを抱えた場所です。広島も同じく、原爆の被害にあっています。この2つの地は、同時に、世界を壊す可能性のある核戦争の痛みを知るからこそ、世界に対して訴える事ができる場所でもあります。長崎はそれだけではなく、多くの信仰者が迫害に遭い、不条理な死を経験した悲しみの痛みもある地です。国や人間同士の分裂や争いの中にあっても、また、人間として完全に消すことのできない罪があったとしても、対話し、共に祈り合う事ができるということを、世界に発信し、平和を願い、実現していく。私たちが「平和を希望し、未来へ歩むこと」。それは何よりも、神自身も望むものなのでしょう。

私はこの時も上智大学の学生だったので、両教会がこれほど深い関わりを持っている事実を目の前にした時は、気恥ずかしさと共に、そこに本当に信仰の繋がりがあるという確かな絆を感じました。それは天の宴席のように教派の壁を超えて、皆が同じ場所で共に祈り、礼拝するという、終末論のような、現実感が無いような異様さがありました。もちろん、言い尽くせぬほどに良い意味で、ですが。あの場所の抜けるような青空と、本当にまるで物語のような、映画の中にいるような、不思議な感覚が忘れられません。

 

4.フランシスコと話そう。

これは2017年12月18日に上智大学で行われたイベントで、学部を問わず上智大学の学生が、リアルタイムでフランシスコ教皇とビデオ通話したものでした。

12月18日(月)、映像回線を通じて、本学ほか学校法人上智学院が運営する学校の学生・生徒と教皇フランシスコが対話する「教皇フランシスコと話そう」が行われ、700人を超える学生・生徒、教職員が参加しました。また、当日はYou Tube Liveによるインターネット中継も行われました。

(上智大学ニュースより)

これは上智大学の母体がイエズス会であるということもあって可能になったものですが、当時在学中だった私にとっては本当に衝撃的な体験でした。今までも神学部の授業で扱った使徒的勧告や回勅、また、ルンドの合同礼拝の時にも本当に感謝しましたが、実際に生きている姿を生でみる(映像回線ですが)と何とも言えない気持ちになりましたし、本当に同じ世界の中で、同じ時間軸の中に、共に生きているという強い感動を覚えました。

上智大学やフランシスコ教皇が大切にしている「他者のために、他者とともに」その精神は、ルーテル学院大学の掲げる標題の「自分のためではなく、隣人のために生きて仕える生に、神の祝福があるように」というルターの言葉にとても似ています。そのような他者性と共生、連帯こそ、私たちがこれからの時代生きていく上で本当に必要なものなのだと改めて実感しました。私はこの数カ月後に大学を無事に卒業しましたが、「これ以上の奇跡は、もうないだろう」という感覚を、自分だけではなく周りの友人たちや恩師たちも感じているような気がしました。

 

5.教皇の来日と、青年企画「えきゅぷろ!」

今私は、青年の企画によるエキュメニカルプロジェクト「えきゅぷろ!」の第3回目の実行委員をしていますが、教皇来日ミサの申し込みが通っていれば、その友人たちと一緒にみんなで参加する予定です。第1回目の「えきゅぷろ!」は2017年で、その時とは実行委員のメンバーの構成もかなり変わったといいます。私たち青年が、教派を超えて、共に集まり、共に祈り合うこと。それは、私が上智大学の学生だった時に、神に渇望するほど願った、教派を超えて理解し合い分かりあうことの一つの実現でした。自分自身、できる範囲で色々なものに関わってきました。大学のサークルである「カトリック学生の会」や学内の集まりに等に参加して、学生生活の最後の1年に、それまで怖かったカトリックの学生とも本当に仲良くできたという実感があったこと。

また、他にも、晴佐久昌英神父の福音家族の中でも、カトリックの青年たちと共に食事をしながら親睦を深める事ができたこと(現在進行形です)などがあります。そのような一つひとつの体験の中から、私は私なりに対話の可能性を、自分の届く範囲でゆっくりと探しています。

10月19日に行われる「えきゅぷろ!」のポスター

カトリックとルーテル(プロテスタント)の間にある壁の存在は、過去を振り返ってみれば、私だけの悩みではないと思います。この500年間、それこそ、世界中で教派間対立があり、戦争、無数の人々の流血、多くの断絶、暴力の連鎖、誤解と偏見が、このキリストの教会の全体で果てしなく起きていたのだと思います。それと比べれば、私が受けた誤解や偏見は、即死に至るものではありませんでしたが、世界には本当に長い苦難の歴史があったでしょう。

だけど今、私がこの自分の人生の中で、この日本の中の東京という、世界から見れば小さな街の中で、これだけ多くの体験をしたこと。それはバチカンから見れば本当に小さな物語のようですが、それでも、フランシスコ教皇が日本にやってくる。もちろん、私と関係があるわけがないけど、それでも、今回のテーマである「あなたに、話がある」は、私にとっても他人事ではない言葉です。「パパ様、あなたに、話がある」。

今回の教皇の来日も38年ぶりと言うと世界の歴史から見れば短いスパンのように感じますが、2000年以上の歴史の中で日本に来る教皇はまだ2人目ですし、そのような意味では本当に奇跡のような出来事です。東京、長崎、広島の3つの場所を移動するというかなり無理の多いスケジュールですが、この日のために本当に多くの人々が祈りと行動によって尽力しているのだと感じます。

 

6.この時、フランシスコ教皇は、何を語るのか。

これは、誰もが期待している事です。フランシスコ教皇は私たちに何か伝えたいことがあるのだろうという話を色々な所で耳にします。今はまだ誰にもわからないことでも、これから先、あと1ヶ月少しでわかると思うと期待は膨らむばかりです。東京ドームミサも、今どの程度席が埋まっているのかはわかりませんが、それこそ本当に、日本のカトリック教会だけではなく、世界中のカトリック教会が注目しているのだと思います。私は少なくとも、周りの友人たちや恩師たちの喜ぶ顔もみたいですし、イエス・キリストの代理人であるフランシスコ教皇に会えることが本当に楽しみです。

神は、今も生きている。そして、私たちは、救いの歴史の中を、歩んでいる。
そして、絶えず私たちを愛し、希望を与えている。
そのことが、本当に、わかる日になってほしいです。

 

【参考資料】
Motoo’s Blog(ルーテル神学校の石居基夫校長のブログ)
上智大学ニュース「教皇フランシスコと話そう」を開催

 

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