ザビエルを知るために~~お薦めの3冊


ザビエルに関する本の数は夥しい。その中でも繰り返し参照すべきものは限られてくる。そんな本のうちお薦めの3冊を紹介する。

 

『聖フランシスコ・ザビエル全生涯』河野純徳著、平凡社、1988年

ザビエルの生涯を知るためにもっとも手堅い本といえる。著者はイエズス会司祭の河野純徳(こうの・よしのり 1921~1989)神父。先に翻訳・出版した『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』(平凡社 1985) とタイ・アップした伝記である。

準拠しているのは、ローマのイエズス会歴史研究所で活躍したドイツ人イエズ会司祭ゲオルク・シュールハンマー (Georg Schurhammer,  1882~1971)の『フランシスコ・ザビエル』全4巻(1955~1971)。『全書簡』も、このシュールハンマー校訂によるザビエルの書簡集全2巻(1962~65)を底本としたものだった。20世紀のイエズス会の二人の研究者による、史料性の高い書簡と伝記はなにを置いても座右に置きたい。

河野師によるこの『聖フランシスコ・ザビエル全生涯』は、大目次と中目次をピックアップするだけでも、ザビエルの生涯の概略が生き生きと浮かび上がってくる。

第一章 熱きバスクの血――ザビエルとイグナチオ
一 ザビエル城の少年
二 イグナチオとの出会い
三 エルサレムをめざして
四 海の彼方へ

第二章 インドでの精力的な宣教
一 インド渡航
二 ゴアの日々
三 漁夫海岸をめぐる
四 南インドの政争
五 転進

第三章 香料の島々、日本の情報
一 マラッカ
二 モルッカ諸島
三 日本人との出会い
四 インドへ帰って
五 日本へ行こう

第四章 鹿児島上陸、神の沃土
一 「新しい国」日本へ
二 シナ海へ乗り出す
三 鹿児島上陸
四 日本の使徒

第五章 ミヤコへの冬の旅、日本教会の初穂
一 ミヤコへの道
二 山口の宣教
三 豊後に移る
四 日本宣教報告書をしたためる

第六章 インド管区長の苦悩、シナの扉は開かず
一 インドへ帰る路で
二 インド管区の組織整備
三 シナの門戸をめざす
四 終焉の島

 

『東洋の使徒 聖フランシスコ・ザビエル』ホアン・カトレット著、金子桂子訳、新世社、1998年

ザビエル入門に最適の書。イラスト絵巻のような伝記である。各ページの上半分が線画のイラストで、下半分に伝記的叙述が簡潔に記される。その数170。16世紀のスペイン、パリ、ローマ、ゴア、南インド、インドネシアの諸島、戦国時代の鹿児島、山口、京都、大分などをめぐったザビエルの姿を、イメージで追わせてくれる。

著者は自らも来日宣教師であるスペイン人イエズス会司祭ホアン・カトレット師(Juan Catret, 1937~ )で、友人のリクエストに応じて少年少女にとってもわかりやすい伝記を目指したとのこと。イラストは、スペインに住むお兄さんの手によるものという。

あとがきにこんな言葉がある:

「数多くの『ザビエル伝』をひもとき彼の生き方を詳しく調べながら私自身は,嬉しい事柄をいろいろと新たに発見した。たとえば,ザビエルが子供達やハンセン氏病患者の友人だったこと,キリスト教の要理をわかりやすい讃美歌で歌って教えたこと,他人の救霊に対して燃える火のような激しい熱情を抱いていたこと,と同時に,誰に対しても優しく慈しみ深かったこと,異国に赴いた時には,その国の文化にすすんで馴染もうとしたこと」

カトレット師には、ザビエルのほかイグナチオ・デ・ロヨラ、十字架の聖ヨハネ、マザー・テレサ、イエズス会のさまざまな人物の生涯、霊性をわかりやすく伝える著作が多数ある。

 

『宣教師ザビエルと被差別民』沖浦和光著、筑摩選書、筑摩書房、2016年

編集者が最近のザビエル関係書を探していて出会った書。著者は沖浦和光(おきうら・かずてる 1927~2015)。桃山学院大学で活躍した社会学者・民俗学者で、とくに被差別民、被差別部落、アジア各地の賤民文化について調査・研究を続けた人。氏が主題とする日本およびアジアの民衆史・社会史の研究の視野からフランシスコ・ザビエルと真に出会うに至ったその経緯が生き生きと語られている。

きっかけは、イエズス会の歴史研究者フーベルト・チースリク師(Hubert Clieslik, 1914 ~1998)の主著『芸備キリシタン史料』(1968)にあった。芸備地方の海民の歴史を調べていたときにキリシタンと宣教師たちの活動との関連に目を開かれたという。そこからザビエルのインド、インドネシア、日本での宣教の実情に関心を向け始め、ザビエルの書簡集をあらためて読んだとき、沖浦氏は「その断固とした決断力と果敢な行動力」に舌を巻く。

イエズス会の宣教が社会の上層階層、教養人にアプローチするものであったことも確かだが、同時に、社会の底辺にいる人々にも向かっていき、実際その中からの入信者も多かった。ザビエルがたどった道とその活動の実相であろう。沖浦氏のすごいところは、そのようなザビエルとの出会いを本の中にとどめておくのではなく、社会学者としての現地調査へと展開していくことである。1880年代からインドへは6回、東南アジアへは30回余り足を運ぶ。それを踏まえて、16世紀の大航海時代とアジア史を語り始める本書の叙述は新鮮で、新しい世界史観、アジア社会史観の立ち上がりをも感じさせる。

その生涯最後の作品でザビエルのことを語った、このような社会史研究者の思索の営みは、キリスト教の側からザビエルと出会うことの多い我々にとっても、新しい展望を開かせよう。21世紀の今のアジア世界の中で、“アジアの使徒”としてザビエルを見つめる展望へと。

(AMOR編集部)

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