アート&バイブル 45:七つの秘跡 叙階(ペトロの首位権)


ニコラ・プッサン『七つの秘跡 叙階(ペトロの首位権)』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

ニコラ・プッサン(Nicolas Poussin, 生没年1594~1665)は17世紀のフランス・バロック期を代表する画家です。プッサンが活躍した17世紀はバロックの全盛期でしたが、彼の作品では、バロックの特徴である「強い明暗のコントラスト」や「劇的な激しい感情」などの表現は抑制されています。むしろ古典的で、深い思想的背景をもった宗教画や歴史画が彼の主な作品のモティーフとなっています。

図1:ニコラ・プッサン『七つの秘跡 叙階(ペトロの首位権)』(1647年、キャンバス、油彩、117×178cm、エジンバラ、ナショナル・ギャラリー・スコットランド所蔵)

プッサンは『七つの秘跡』という連作を2回制作しており、エジンバラにあるナショナル・ギャラリー・スコットランドにはこの連作のうちの一つのシリーズが全部そろっています。この作品(図1)は、七つの秘跡の一つである叙階の秘跡についてマタイ福音書16章13~20節のエピソードを用いて描いているものです。したがって、この絵だけを見た場合、「ペトロの首位権」や「天の国の鍵」を描いているものと思えるのではないでしょうか。

そのマタイの箇所で、イエスは、弟子たちに、人々がイエスのことを何者だと言っているかを尋ねます。すると弟子たちは、「洗礼者ヨハネだ」「エリヤだ」「エレミヤだ」あるいは「預言者の一人だ」という人々の声を伝えます。するとイエスは「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と聞きます。それに対して、ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えるのです。これに対して、イエスは、「あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」と言い、そして、「あなたに言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」と言います。ペトロの使命に関する重要なメッセージとなって、教会では受け継がれていきます。

 

【鑑賞のポイント】

(1)ペルジーノ(Il Perugino,  1450頃~1523)の描く『ペトロに天の国の鍵を授けるキリスト』(図2)とは違い、プッサンはドラマティックな構成でこの出来事を描いています。中央に立つキリストは鍵を持った片手を高々と天に差し伸べています。そしてもう片方の手にも鍵を持ち、その手は地を指し示し、地獄の門もこれに勝てないと宣言しているようです。

図2:ペルジーノ『ペトロに天の国の鍵を授けるキリスト』(1481~82年、バチカン、システィナ礼拝堂)

(2)ペトロもキリストと同じように片手を天に、もう片方の手を地の方に広げています。この鍵をふさわしく受け取り、イエスのように用いようという彼の決意が感じられます。

(3)興味深いのはその他の弟子たちです。イエスの右側に6人がいますが「天国の鍵とは?」「地獄の門とは?」と戸惑い、問いかけ合っているような様子です。イエスの左側にいる5人の弟子たちの内の一人は真っ白な衣服を着ており、アルフォイの子ヤコブ(イエスのいとこ)かもしれません。イエスに風貌が似ており、イエスのように天を指さしています。そして、一番端に黄色い服をつけている人物の横顔が描かれていますが、この人物の表情だけが他の弟子たちと違い、「なぜ、ペトロなのか?」と睨みつけているような雰囲気を感じます。これがユダなのかもしれません。あとはペトロに一番近いところにヨハネが、後ろ姿でアンドレアが描かれているようです。

 


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