アート&バイブル 42:マグダラのマリアの回心


パオロ・ヴェロネーゼ『マグダラのマリアの回心』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

今度の7月22日はカトリック教会の典礼暦で、マグダラのマリアの祝日です。長く記念日だったのですが、2016年から祝日に格上げされました。2016年6月3日の典礼秘跡省の教令では、マクダラの聖マリアが「主の復活の最初の証人であり最初に福音を告げた者」であること、教会における女性の役務の模範であることが述べられ、「女性の尊厳、新しい福音宣教、そして神のいつくしみの神秘の偉大さに関して、いっそう熱心に熟考するよう求められている」現代だからこそ、より一層の尊敬をもって祝うことを呼びかけています(編集部補足)。

この絵は、パオロ・ヴェロネーゼ(Paolo Veronese, 生没年1528~88)の作品です(アート&バイブル37も参照)。タイトルは『マグダラのマリアの回心』。このマグダラのマリアには「罪の女」というイメージがありますが、それのもとになったのは福音書におけるさまざまなエピソードです。

ルカ7章36~50節では、イエスがファリサイ派の人シモンの家で食卓に着いた時、その足を涙で濡らし、髪の毛で拭い、香油を塗った罪深い女性のエピソードが語られます。イエスを招待したシモンはそれを見て、「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と、イエスを試すような思いを抱きます。それを察したイエスは、その人に一つの譬え話をして問いかけます。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか」と。それに対して、シモンが「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えると、イエスは「そのとおりだ」と言って女のほうを振り向き、シモンに言います。

「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」。そしてイエスは女に言います。「あなたの罪は赦された」。そこにいた人々が「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めているなか、イエスは女に「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言います。

パオロ・ヴェロネーゼ『マグダラのマリアの回心』(1547年、キャンバス油彩、118cm×164cm、ロンドン、ナショナルギャラリー所蔵)

その直後のルカ8章1~3節にはイエスと12使徒の女性たちのリストの筆頭に「七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア」への言及があり、またマルコ14章3~9節には、ベタニアのハンセン病を患っていたシモンの家で、一人の女が高価な香油の壺の口を割り、イエスの頭に注いだというエピソードが語られます。ヨハネ12章1~8節では、マルタとラザロの姉妹であるマリアが、高価なナルドの香油をイエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐったというエピソードが語られます。これらのエピソードからやがて、マグダラのマリア、すなわちベタニアのマリアは、娼婦にまで身を落としていたが、イエスに出会って回心したという言い伝えになり、それが独り歩きしていったと思われます。

 

【鑑賞のポイント】

(1)イエスを見上げているマグダラのマリアの首飾りが壊れて、滑り落ちそうに描かれています。虚飾に満ちた現世の生き方を捨てて回心することの表現の一つでしょう。周囲の女性たちも華麗な服装をしています。

(2)イエスのすぐ背後にいる白い髭の男性だけがこちらを向いているところを見ると、この絵の注文主かもしれません。興味深いのは、画面左の隅で、娼婦の館にいた男性が逃げ出そうとしている姿がシルエット(頭の部分が黒い影)で描かれていることです。

 


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