アート&バイブル 41:クラーナハ父子の『最後の晩餐』


稲川保明(カトリック東京教区司祭)

前回(アート&バイブル40)に続いて、今回は、ルーカス・クラーナハ父子の描いた『最後の晩餐』を鑑賞します。「最後の晩餐」はローマのカタコンベの壁画(3~4世紀)にも描かれたほど、各時代の画家たちによって描かれ続けている題材ですが、私たちが親しんでいるイタリアの画家たち(ギルランダイオ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ティントレットなど)の描き方や画風とは異なるクラーナハ父子の作品に注目したいと思います。

 

ヴィッテンベルクの『最後の晩餐』

この『最後の晩餐』図は、マルティン・ルターの本拠地であったヴィッテンベルク主教会の祭壇画です。これが描かれた1547年には、ルターはすでに死去していました。ルターは当初、カトリック教会の過剰で装飾に満ちた聖像や聖画を批判していましたが、晩年はさほどそのことは強調しなくなっていたようです。死後、彼が活躍した教会にこの祭壇画が設置されたのは、晩餐の席の弟子たちの中にルターが描かれていることからわかるように、彼の功績を讃え、記念するという目的があったようです。

ルーカス・クラーナハ(父子)作『最後の晩餐』(1547年、パネル油彩祭壇画、ヴィッテンベルグ主教会所蔵)

この図のもとになっている聖書の箇所はヨハネ福音書13章21~30節です。イエスの「あなたがのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」ということばを聞いて、弟子たちが顔を見合わせていたという場面。イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛していた者(使徒ヨハネ)がいます。彼がペトロの合図に従って、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えて、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダに与えます。そのとき「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言い、ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行ったのでした。

 

【鑑賞のポイント】

(1)丸いテーブルを囲んでの晩餐の姿です。使徒たちの顔つきはどこか宗教改革の指導者たちの風情です。伝統的な光背(光の輪)は描かれていません。画面の右下の後ろを振り向いてワインを受け取ろうとしているのが、その風貌からルターその人です。イエスの胸元に顔を寄せているのはヨハネです。

(2)この絵で興味を引くのはヨハネ福音書の記述に従ってイエスがイスカリオテのユダに自らパンを与えている場面が描かれていることです。ユダの衣服の色は黄色、当時、「裏切り」を意味する色でした。

 

デッサウの「最後の晩餐」

この絵はルーカス・クラーナハ(子)の作品です。彼は父ほど有名ではありませんが、絵画の技量では父に劣るものではなく、むしろ勝っているのではないかと思います。父はルターの親友でありながら、カトリック教会からの注文も受けて作品を作り、かつ大きな工房を経営するなど、いわば政治的にも経営的にも手腕を発揮した異能の芸術家です。子は芸術家としての才に恵まれていたようで、父の作風を受け継ぎながら、アダムとイブやルクレチアなど、当時貴族たちなどから人気のあった宗教的裸体画を数多く制作しています。

デッサウの聖ヨハンネス教会の祭壇画であるこの『最後の晩餐』は、別名として『改革者たちの祭壇画』と呼ばれます。それはユダ以外の使徒たちが当時のプロテスタントの聖職者たちや貴族たちの姿を写して描かれているからです。カトリック教会の聖像や聖画を偶像崇拝と非難したプロテスタントですが、使徒たちに自分たちの姿を託して描いていることには、どのような思いがあったのでしょうか?

クラーナハ父子は肖像画においても名手でしたので、プロテスタントの人々もこのような宗教画の中に自分たちの姿が描かれることには満更でもない気持ちを抱いたのだとすれば、カトリック教会の芸術を非難したり、聖像や聖画を破壊したりしたことについては、やはり行き過ぎがあったと感じていたのではないでしょうか。

 

【鑑賞のポイント】

(1)この最後の晩餐が行われている場所は貴族の館の広間のようです。ヴィッテンベルクの祭壇画と比べると室内の装飾は豪華で絢爛たるものです。丸いテーブルは同じですがイエスの座る位置が真ん中になっており、イエスの背後には唐突にも見える大理石の柱が描かれています。これはイエスの受難(鞭打ち、十字架など)を暗示するものです。

ルーカス・クラーナハ(子)作『最後の晩餐』(1565年、パネル油彩祭壇画、デッサウ、聖ヨハンニス教会所蔵)

(2)12使徒たちの姿は一人ひとりが個性的で、すなわち当時のプロテスタントの聖職者やその支援者である貴族たちの肖像なのでしょう。このように描かれては聖画を非難することはできなかったわけで、クラーナハ父子の作戦は成功しました。

(3)イスカリオテのユダだけは明確に区別されており、金の入った袋を後ろ手に持ち、やはり黄色の服を着ています。イエスはユダの口元にパンを与えようとしていますが、イエスの右隣にいる人はそれを止めさせようと、両手でイエスを制しています。

(4)彼らが座っているベンチ(かなり装飾のあるもので祭壇の内陣と会衆席を隔てるような意味合いかもしれません)の外側に二人の人物が描かれていますね。向かって左のひざまずいている人物はザクセン選帝侯アウグスト(ルターの保護者)で、右に立って給仕しているのは作者ルーカス・クラーナハ(子)自身です。

(5)クラーナハ(子)の足下には大きな盥(たらい)のようなものと水差し(金属製)が置かれています。これは、ヨハネ福音書13章1~20節に記されている「キリストの洗足」が暗示されています。

(6)テーブルの上に置かれている杯も金属製、ガラス製とバリエーションがあり、真ん中には子羊の丸焼き(伝統的な過越の食事)が置かれています。

 


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