荒野をぶどう畑に(前編) – インターネットの荒野に飛び込もう


ニコラオ(カトリック北見教会信徒)

\ ✚ 主の平和 ✚ /

……さて、どうしたものか、まさかWebマガジンに寄稿文を出すことになるだなんて思ってもいなかったんです……。自己紹介が遅れました。僕は札幌教区、北見地区のカトリック北見教会信徒ニコラオと申します。ちょっとした悪乗りで教会のtwitterアカウントを運営しております。最近はカーリング日本女子の活躍で話題になったので、北見市という名前をご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか? 現在270人強の信徒と、地区の5教会約500人の信徒に対して1人の常駐司祭が居ます。うーん、やっぱり少ないですよね?

記事の寄稿に至った事の始まりは、カトリック長崎大司教区の『カトリック教報』の6月号の記事「教会はいつも新しくなる⑥ 日頃感じていること、伝えたいこと」に関して思うところtweetしていたところからはじまります。記事の概要はネガティブでありますが、「若いクリスチャンとして青年会を、自分たちをどう支援してもらうか?」というものです。あらかじめ目を通していただけると、僕の思うところが分かりやすくなるかと思います。

緑ヶ丘霊園からの眺め。2年前に亡くなったカリシモ神父様お気に入りの散歩コースでした。今もここから私たちを見守ってくださっています。(写真提供:筆者。以下同じ)

成人洗礼の僕はクリスチャンとしてはまだまだ若輩で、洗礼を受けたのは去年の3月でした。同じ世代の信徒は多くないどころか少ないと言わざるを得ず、また家庭を持っている兄弟姉妹たちのことを考えると、今から教会内で青年会の旗振り役をやっても逆にみなさんの家庭に障るのではないか?という心配も先立ちます。このことは僕にとってとてももどかしい事です。教会のあり方として青年会があるべきかどうかより、興味があれど既に青年会がないまま、青年として取り残されてしまいました……実際はもう壮年なんですけど……。もちろん諸先輩方と話して、世代が離れているからこその楽しい話はあるのですが、同じ世代、同じ立場の兄弟姉妹がいたら一体どんな話をするのだろうか?という想いはどんどん膨らんでいきます。そんな中で思ったのは「自分の教会だけで無理なのであれば、教会をまたげばいいのではないか?」ということでした。

カトリックの教会は大司教区、司教区、地区と組織的に管轄が決まっています。またぐ先の教会はどうしてもそれなりに遠くになり、上手く連動するのは大変なことです。もしくは「エキュメニズムだ」と言い張って近くのプロテスタントの兄弟の門を叩くという方法もあると思います。僕も実際にプロテスタントの教会にお伺いしています。が、勢いでアポなし訪問をして牧師先生を困らせ、さすがに簡単ではなさそうだと思い知ることとなりました……悪いのは僕なんですけど。牧師先生、その節は大変ご迷惑をおかけしました。

冷静に考えれば、それぞれの教会にそれぞれの立場があります。信仰に燃えて飛び込むのもアリだと思うのですが、しっかり考えをまとめないと信徒一人で始められるサイズのお話にはなかなか収まらないのです……もちろんご協力を快諾いただければ幸いなのですが。何にしろ、地域ベースで教会をまたぐのは物理的な距離の問題やコミュニケーションの間合いの問題を、すべてクリアにする必要があります。これは長期的に取り組むべき課題です。きっかけなしに簡単に踏み込める方法ではないと感じました。では、何がきっかけになるのでしょうか?

北見駅からすぐ近くの小公園にて。暑い日には近くの子どもたちが集まって水遊びをしています。

長期的なコミュニケーションの円熟を見据え、きっかけとしてまず軽く通じ合う……例えば「ただそこにいる」と発信してみるのはどうだろう?  僕にとって幸いだったのは、教会がライトに発信してしまうという想定外がすでにあったことでした。はい、上馬キリスト教会さんです。「これはいい口実になる」と内心ほくそ笑んで神父様に話を持ちかけに行きました。謙遜で「悪乗り」と自己紹介したのではなく、本当に最初から「悪乗りだ」と確信犯で始めてしまったのです。

態度はどうであれ、「地方教会のSNS伝道」というまっさらの荒野に飛び込むことになりました。今年の5月21日、聖霊降臨の主日の次の日です。その後多少後悔することとなるのですが……

後編につづく)

 

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