ミサはなかなか面白い 47 「神よ、あなたは万物の造り主!」


「神よ、あなたは万物の造り主!」

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答五郎……ミサの「感謝の典礼」の最初の部分について前回から見始めたね。「供えものの準備」といわれている理由について考えてみたのだけど……。

 

 

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問次郎……はい。食事型の祭儀とみれば、食卓の準備、食卓の上に食べ物と飲み物を準備する行為の部分と見ることもできるのですが、祭壇にものを供えるという感覚も重ねられているようでした。

 

 

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答五郎……そう考えていいと思うのだが、その意味合いをさらに深く示している祈りがあるのだよ。式次第の中で「パンを供える祈り」と「カリス(ぶどう酒を入れる杯のこと)を供える祈り」と書かれている部分だ。「パンを供える祈り」を読んでもらおうかな。美沙さん。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「神よ、あなたは万物の造り主、ここに供えるパンはあなたからいただいたもの、大地の恵み、労働の実り、わたしたちのいのちの糧となるものです」(会衆)「神よ、あなたは万物の造り主」。「カリスを供える祈り」もほぼ同じですね。

 

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問次郎……その祈り、聞いたことがあるような、ないような……。

 

 

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答五郎……大きな共同体でささげられるミサでは、奉納の歌が歌われると、この対話的な式文が声を出して唱えられず、少人数とかで歌が歌われないときに、声を上げてはっきりと唱えることとされているからね。たしかに聞いたり聞かなかったりになるだろうね。

 

女の子_うきわ

美沙……わたしも土曜日夕方の主日ミサに出たときには、この祈りが唱えられているのを耳にするし、みんなで「神よ、あなたは万物の造り主!」と応唱するところなんかは好きですわ。

 

 

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答五郎……「神よ、あなたは万物の造り主」という言い方はどういう意味合いのものかな? 「神よ、あなたは万物の造り主ではありません」というわけではないだろう(笑)。

 

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問次郎……もちろんでしょう。この体言止めは「神よ、あなたは万物の造り主です」という意味ですね。賛美のことばだと思います。

 

 

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答五郎……そう、じっさいにね。ここのもとにあるラテン語の式文では冒頭に「ベネディクトゥス・エス」という語句が入っている。直訳すれば「万物の神である主よ、あなたはほめたたえられます」という文になる。つまりは「ほめたたえます」ということなのだけれど、この賛美の気持ちを日本語では体言止めの叫びにしているわけだ。

 

女の子_うきわ

美沙……それは、とてもよく伝わっていますよ。そう思っていましたもの。

 

 

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答五郎……このような創造主である神への賛美を表す言い方は、旧約聖書の詩編にもよくあって、聖書的な
祈り、ヘブライ語で賛美を表す代表的なことばの一つ「ベラカー」にちなんで、「ベラカーの祈り」とも呼ばれている。たとえば詩編104 をそのうち見てごらん。創造のわざを一つ一つ歌いあげながら賛美しているものだ。

 

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問次郎……この部分は、主の食卓に食べ物・飲み物を準備するところと考えても、それらが「大地の恵み」つまりは神の創造の恵みであるという考えはもっともですよね。日本語で「いただきます!」というのも、自然の恵み、ひいては神の恵みへの感謝をこめたものだといわれるぐらいですから。

 

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答五郎……その考えは大事だね。ただ大地の恵みだけではなく「労働の実り」ということばもある。大地の恵みのうえで、人間の働きを通して作り出されたという視点も含まれているよね。

 

 

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問次郎……「いただきます」には自然や、神さまだけでなく、作ったり、採ったりしてくれた農家さんや漁師さんへの感謝も忘れないようにということもよく教わりました。

 

 

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答五郎……そうだろう。自然の恵みと人間の労働はつながっているからね。そういう意味での労働への言及がここにはあるのだろうね。それに関係があるのだけど、ミサのここでよく献金が行われるだろう。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。最初は、ミサの最中になぜ募金活動が行われるのかなと思ったこともあるのですが、ときどき、趣旨説明のある場合があってよくわかったときもあります。ない場合でも、教会全体や教会が関係している活動のためなのだというふうには納得できるようになりました。

 

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答五郎……初代教会のときから仲間の教会を助けるためとか、困っている人を助けるためにさまざまな物を持ち寄ってきたという伝統があってね。それがミサの中でも行われるようになって、さらに貨幣経済中心になってからはお金を出すというふうになってきたのだよ。神のためと隣人のためという意味での供えものというわけだね。

 

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問次郎……そういったことも含めて「大地の恵み、労働の実り」ということばがあるのですね。

 

 

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答五郎……それらすべてが「あなたからいただいたもの」、つまり神の恵みだという実感がこの祈りににじみ出ているだろう。ただ重要なのは、創造の恵みに基づく賛美で終わっていないということだ。

 

女の子_うきわ

美沙……「わたしたちのいのちの糧となるものです」というところでしょうか。ここは聖体を意味しているのですね。

 

 

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答五郎……そうだね。供えものの準備という部分は、聖体になる食べ物・飲み物を主の食卓に準備するということでもあり、奉献文の祈りの中で行われる奉献でささげるものを準備することでもある。そうやって、創造に基づく賛美は、キリストによるあがないのわざを中心とする神への賛美と感謝に展開していくことになるのだよ。

 

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問次郎……いよいよ、奉献文の部に入りますね。難しいと思っていたところなので、ぜひ、お願いします!

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)

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