自死された方々の為にささげる追悼ミサ


鳥巣シオリ(ゆりの会 世話人)

「自死された方々の為にささげる追悼ミサ」は2011年、日本26聖人殉教者記念聖堂聖フィリッポ教会で行われたのが初めてで、今年7回目の追悼ミサとなりました。毎年11月の死者の月に合わせて行っております。

今年行われた追悼ミサのお知らせ

ゆりの会(~たいせつな人を自死で亡くされた方のつどい~)の発足に当たり髙見三明大司教様より≪カトリック教会は、長い間、「熟慮のうえで自殺した者」に対して、教会による埋葬を許さないなど、厳しい態度を示してきました。しかし、この旧教会法典(1917年)の規定は、新教会法典(1983年)にはありません。また『カトリック教会のカテキズム』(1997年)では①自殺はいのちと愛に反する行為であるが、②事情によってはその責めが軽減され得る、③教会は神の救いに希望を置いて自殺者ためにも祈る、とあります。日本の司教団は、『いのちへのまなざし』(2001年)の中で、「これからは、神のあわれみとそのゆるしを必要としている故人と、慰めと励ましを必要としている遺族のために、心を込めて葬儀ミサや祈りを行うよう、教会共同体全体に呼びかけて行きたいと思います」と述べています≫というメッセージをいただきました。この髙見大司教様のメッセージにあるとおり、教会は長い間自死された方々を厳しく裁き排除してきました、このことに、遺族の方々は非常に心を痛め、囚われていることに私自身心が痛み、教会共同体として、「神の憐みとそのゆるしを必要としている故人と、慰めと励ましを必要としている遺族のために」願いを込め、心を込めて毎年追悼ミサをお捧げしています。

御ミサの後、お茶の席を設けていますがそのお茶の席で、「旧教会法の規定に縛られ、長い間そのことに囚われて苦しんできましたが、今日の追悼ミサでやっと解放されました」という分かち合いに、この追悼ミサのもう一つの意義、使命のようなものを感じています。

今年は、昨年長崎の追悼ミサにあずかられた方が「福岡ではこのようなごミサはないのでしょうか」といわれたことに応えたいと、福岡市で追悼ミサを行いました。福岡市での追悼ミサに参加して、福岡の遺族の方々も長崎の遺族の方々と同じように悲しい辛い想いの中で日々を送っていらっしゃることに心が痛み、この追悼ミサが一定の地域に限られず各地域に拡がり多くの自死された方々、そしてご遺族の方々に神様からの慰めと癒しがあることを願うばかりです。

2015年、2016年、と髙見大司教様に司式をして頂いたのですが、今年は残念ながら他の用事が入ってしまい、大司教様司式の追悼ミサではありませんでしたが、代理として長崎駅の近くの白い館の教会として有名な中町教会の主任司祭橋本勲神父様の司式でお捧げすることができました。ある神父様から「場所を固定しないで、各小教区でやるとご遺族の方々が足をはこびやすいのでは」という提案を受けて今年、中町教会で行ったことを機に来年からは他の小教区でも行っていきたいと思っています。

2016年度中の自死者は2万1897人でした。自死者が3万人とピーク時はよくニュースで取り上げられていましたが最近はあまり取り上げられなくなり、関心が薄くなったように感じます。減少傾向にあるとはいえ2万という数字はまだまだ高い数字です。この2万という数字の意味するものは何かを深く読み取り、これからも「自死された方々のためにささげる追悼ミサ」をお捧げして参りたいと思っています。

 

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