神さまの絵の具箱 22


末森英機(ミュージシャン)

キリストの言葉に、身をまかせて、水の上を歩くとき。月の届かないほどの、長い梯子がどこまでも、そびえていて、その梯子をのぼることが、神に近よるということを忘れます。独楽のようにおどりめぐり、火の粉のようにきらめいて、陽のやさしい明るみに、はげまされるなら、不幸が、不幸としてどんなかたちで、おとずれようとも、少しもかまわない。思いがけないうちに、すぐに、主のみ足もとに、とらわれてゆけば、風の息にも、またはげまされて。飛び交うハチが、本能的に、ミツとロウを、さがしもとめ、あつめるように、これ以上のぞめぬほどの、安らぎのうちに、水の波の上を、歩くようになるのです。
「これをしなさい」と、律法に言うけれど、それはそれ。そうではなくて、「これを信じよ」と、生きた恵みの言うとおり、言われたそのときこそ、すべてのことは、もうなされているから。『百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)』が、海の水のきわ、崖(がけ)っぷちであっても、とびこむ、とびおりる。主が壁を、通りぬけられるようなもの。あなたたちが、あなたたちの疑いによって、その場に、窒息死してしまわないように。そして、河のよどみに、おぼれることがありませんように。おっしゃってください「もし、あなたでしたら、わたしに、水の上を、歩いてここまで来い、と命じください」(マタイ14:28)。

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