『サン・ダミアーノの聖十字架』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
アッシジの聖フランシスコは13世紀に生まれ、第二のキリストと呼ばれるほど、愛され、尊敬されている聖人です。イタリアの保護の聖人でもあり、アッシジで生まれた男の子は皆、フランシスコと名付けられているともいわれています。そして、全世界でもフランシスコは今も愛されており、教皇フランシスコもアッシジの聖フランシスコを慕って、初めて教皇名として「フランシスコ」を名乗りました。
今回は、アッシジの聖フランシスコの回心のきっかけとなったサン・ダミアーノの聖十字架についてお話ししたいと思います。
この十字架は高さ210cm、幅130cmほどのサイズで、12世紀にウンブリア地方において製作されたものです。材料となったのは胡桃の木で、この板の上に亜麻布を貼り付け、その上に十字架像を描いていました。その絵はイエスの姿を中心に周辺に広がっており、その生涯やいろいろな人々を描いています。
この十字架はロマネスク様式ですが、ビザンティンの影響も受けています。おそらくスポレートに何世紀も住んでいたシリアの修道士たちのもたらした影響であろうと思われます。ビザンティン様式の特徴の一つにイエスの髪の毛、天使たちの髪の毛が豊かなものであることがあります。これは勝利のイエスを表すといわれています。
【鑑賞のポイント】
(1)中央に描かれたキリストの姿がこの絵のすべてを支配しています。キリストの体から放たれる光がこの十字架の周りに描かれているすべての人々を照らしています。
(2)広げられたキリストの両腕の背後や十字架の周辺にある黒い背景は、空の墓を表していると思います。そして十字架の内側を縁どるのは赤という色であり、これはキリストの愛を表しています。
(3)手の先に描かれている二人の人物は香油を塗るためにやって来た女性たちだと思われます(マルコ16:1)。ただ、ペトロとヨハネと考えている人もいます。
(4)手の下のところに両側に二位の天使たちが描かれており、受難・復活・勝利・栄光について語り合って、神のみわざをたたえているように見えます。天使たちの手のポーズが踊っているように見えます。
(5)イエスの両手から流れる血がひじを伝って、両脇に立っている人々の上に注がれています。この人々はイエスを愛する人々であり、それゆえにイエスによって愛され、その血によって清められ、あがなわれ、救われた人々です。(イエスから見て)右側には聖母マリアと愛された弟子ヨハネ、この二人はイエスのわき腹から流れ出る血を指し示しています。左側にはマグダラのマリア、クロパの妻マリア(ヨハネ19:25)がいます。聖母マリアとマグダラのマリアは、左手をあごのあたりにあてていますが、これは信仰の神秘を目の前にして、人間の理性が驚き、戸惑っている様子を表すビザンティンの古典的な様式です。その左側には一人の男性の姿が描かれていますが、これは衣服がひざ下になっているところを見ると、ローマ式の衣服であり、百人隊長を描いていると思います(両端に小さく描かれる兵士ロンギヌスとステファトンもそうです)。
(6)新しく見いだされたのですが、イエスの左足のひざ下あたりに、雄鶏の姿が描かれています。これはペトロの否みを暗示しているものです。こんなに小さいのですが、誘惑の危険を暗示しています。
《編集部からのお知らせ》
2017年10月から始まった連載「アート&バイブル」はこの第90回をもって終了します。
教会での勉強会を基にしての御原稿を提供してくださった稲川保明神父様に、心から感謝いたします。
ご愛読くださった読者の皆様には、今後ともサイトマップを通じて、お楽しみいただければ幸いです。