マインドフルネスをやってみよう


井手口満(聖パウロ修道会)

1.体験すること

私たちは、体で覚えたことは何年経っても忘れることはありません。例えば、子供の頃に覚えた自転車、泳ぎ、逆上がりなどは、大人になってもその感覚、体験を体が覚えているので何とかできるものです。逆に頭で暗記したり、試験のための勉強をしたりするものは、試験が終われば忘れてしまいます。

今回は、どのようにして「みことばを味わうか」という体験をしてみたいと思います。みことばを味わうためには、歴史や釈義を勉強して聖書を理解するということも大切ですが、もっと心や感覚を使ってみことばを深めるということも大切です。

みことばを味わうとき、想像力をまたは体の感覚や心の感じ方を使って、みことばに集中していくのです。その場面の空気、香り、イエス様の言葉、息遣い、体温を感じていきます。イエス様の気持ち、弟子たちの気持ち、癒された人の気持ち、ファリサイ派や律法学者たちの気持ちなど、みことばに出てくる人たちの気持ちを感じていくのです。そして、私はどこにいるのだろう、どんな気持ちでここにいるのだろう、というようにみことばを味わっていきます。そのみことばの「今」を感じるわけです。

みことばを聞くことに集中し、みことばを読むことに集中し、みことばを想像することに集中します。そして、そのみことばを味わった感覚を増やしていくのです。この感覚を味わう一つの方法としてヴィパッサナー(マインドフルネス)の瞑想があります。

 

2.ヴィパッサナー瞑想(マインドフルネス瞑想、気づきの瞑想)

ヴィパッサナー瞑想とは、仏教用語で「はっきりと見る(気づく)」ということです。英語では、マインドフルネス(mindfulness)、メディテーション(meditation)と言います。マインドは、「心」です。そしてフルネスは、「充満させる」ということです。心をどこにも滞ることなく体全体に充満させるということです。そして、この瞑想は、「今ここに、あるがままに、気づく」ということが基本です。分かりやすく言うと「今、ここの瞬間の感覚、感情、思考に価値判断を入れることなく、あるがままに気づくことで、感覚、感情、思考と自分自身を切り離し、心の解放(心の自由と平和)」を図るということです。

私たちの心は、往々にして過去の失敗を思い出したり、将来のことを考えて不安になったりと、過去と未来を行ったり来たりしています。例えば、昨日仕事を失敗して上司に叱られたとします。その夜に「もしかしたら明日も失敗するかもしれない」と思って不安になってしまうことがあるかもしれません。さらに失敗が自分と一体となって「結局、何をやってもダメな自分だ」というようにネガティブな価値判断をしてしまうのです。始末が悪いことにネガティブな考えは、次々とネガティブな反応を生み出して行きます。しかし、「今」は何もないのです。この今に集中するといのがこの瞑想のポイントです。(写真)(地図で見た感じですが、北柏 妙蓮寺の壁? どなたの言葉か存じ上げません)

もう一つのポイントは、あるがままの自分を見つめるということです。どこかに足をぶつけて「痛い」と思った時、大げさにその痛さをアピールするかまたは、痛いのを我慢して「平気」を装ったりします。そうではなく、今のあるがままの自分を受け入れることを意識します。

そして、最後の「気づく」ということは、今の自分の気持ちに気がつくことです。例えば、相手の一言に激しい怒りを感じた時、その感情と自分の心が一つになって相手に言わなくてもいいような言葉をぶつけてしまうことがあるのではないでしょうか。もし、今の「怒り」の気持ちに気がついた時、「今私は怒っている」と心で伝え、自分と「怒り」を切り離します。また、先ほどの「自分はダメだ」という気持ちも「今、私は『自分はダメだ』と思っていると考えた」と気がつくようにします。

瞑想中に、怒り、悲しみ、痛み、嬉しさなどの感覚や感情など、様々な思いが出て来たとき、それを悪い、良いなどと判断することなく、すべてをあるがままに受け入れるようにします(赦して、聖霊に任せる)。

決して、その想像の中に入り込んだり、自分を責めたり、怒りや悲しみに同調しないようにします。

北柏、妙蓮寺の壁の看板にあった言葉(筆者撮影)

3.実際にやってみましょう。

【姿勢】

①まず、メガネや時計などを外してください。椅子の場合は、腰を浅くかけ腰骨を立ててください。床に座る時には、座布団を2枚用意します。1枚は、そのまま床に置き、もう1枚は二つに折って1枚目の上に置きます。そこに胡坐をかいて座り、体を前後左右に揺さぶってお尻が安定するような場所を探します。

②座り方は、軽く顎を引き、腰骨を立て、上半身をまっすぐにしながら、肩に力が入らないようにし、体をリラックスさせます。

③手は、膝の上に置いてもいいですし、右手で左手を支えるようにして、鼠蹊部(そけいぶ)においてもいいです。大切なことは、リラックスできる位置に置くことです。

④目は原則的に閉じてください。ただ、体のバランスが不安定になったり、眠気が来たりした時には、目を開けます。

 

【呼吸】

①呼吸は鼻の入り口に集中して、自然な呼吸をします。舌の先を上の前歯の裏側に軽くあてます。

②息を吸う時にお腹に意識し膨らむ感覚を感じます。

③吐く時にお腹がへこんで行く感覚を感じます。

④感じ取りにくい時には、手をお腹や胸に当てるといいでしょう。

⑤息を吸いながらお腹が「膨らむ」と心の中で唱えます。息を吐く時には、お腹が「へこむ」と心の中で唱えます。これを「ラベリング」と言います。

⑥この時、唱えることに10%意識し、90%はお腹の「膨らみ」「へこみ」に意識を集中します。

 

【雑念について(心のさまよい、マインド・ワンダリング)】

①雑念とは、瞑想を行う時に心が集中する対象から離れていることを言います。例えば、「音」「想像」「考え」「悩み」などに気がとらわれた場合は、その都度に「音」「想像」「考え」「悩み」と心の中で唱えます。そして、呼吸に意識を戻します。

②体の中に「痛み」「不快さ」が出て来場合には、「痛み」「不快さ」と心の中で唱えます。その後は、同じように呼吸に意識を戻します。

③大切なことは、出て来た「雑念」を価値判断しないということです。「ああ、また雑念が出て来てしまった」「なぜ、こんなことを思ってしまったのか」などと考えないことです。素直に、「雑念」を愛の心で持って受け入れ、呼吸に意識を戻します。

※これまでが一つの基本姿勢です。

 

1)身体への気づき

①腹や胸での呼吸を続けます。呼吸をしながら、鼻孔の出入り口に意識をします。

②息の流れ、温かさ冷たさなどの皮膚感覚を感じます。できるだけ、丁寧に息の流れを感じてください。

③呼吸をしながら、頭部に意識を集中します。頭皮、頬などの接触感覚(皮膚感覚)に気づくようにします。

④同じように、右腕、左腕、胴体、背中、右足、左足へと意識を移動して行きます。

⑤最後には、体全体に意識を持って行くようにします。

 

2)歩行瞑想(歩くときの気づき)

①自然な姿勢で立ちます。この時は、目を開けます。手は後ろに回して握ります。

②意識を両足に集中させ、しっかりと足の裏が床についているのを感じます。

③右足から前に出します。まず、かかとが床から離れ、つま先が離れ、右足全体が床から離れます。この流れを一つの呼吸で行います。

④右足を1足分だけ前に出し、「かかと」「つま先」と床に着けます。そして、足が床についた接触感覚を感じます。

⑤右足と同じように、左足も前に出します。このように、一歩一歩をゆっくり両足に集中させ、足の動き、筋肉の動きを感じながら、歩く瞑想をします。

⑥①〜⑤までの歩き方を「一足呼吸」と言います。

⑦今度は、普段歩くようにしますが、呼吸は、1、2歩で吸って、3、4、5と吐きながら歩きます。これを「多足呼吸」と言って、普段歩く時にもこの瞑想ができます。もちろん、この歩き方をするときも、足を意識して歩きます。応用として、階段や坂道の上り下りも瞑想できますが、危なくないように注意をしてください。

 

3)手動瞑想(手を動かしているときの気づき)

①目を閉じて、呼吸を鼻に集中します。

②両手の手のひらを下にして膝の上に置きます。右手を垂直に立てます。

③その手をゆっくりと挙げ、肘が直角になるくらいまで挙げます。

④直角にあがった所で、手のひらを胸に持って行きます。

⑤胸についたてを、ゆっくりと「へそ」へと下ろします。

⑥右手を「へそ」の上に置いた状態で、左手も同じようにします。

⑦この時左手は、右の上に重ねるようにします。

⑧右手を「へそ」から先ほどの逆の行程で「膝」まで戻します。

⑨同じように左手も「へそ」から「膝」に戻します。

⑩これらの瞑想は、手首の動き、腕の動き、手が挙がるとき、下がるとき、胸に着くとき、「へそ」に下ろすとき、左右の手が重なったとき、重なった手が離れていくときなどの皮膚感覚を丁寧に気づいて行きます。

 

【指まげの瞑想】

①目を閉じて、呼吸を鼻に集中します。

②両手を開いて上にし、膝の上にのせます。

③右手の親指をゆっくりと曲げて行きます。

④同じように、人差し指、中指、薬指、小指を曲げます。

⑤次に、左手も同じようにします。

⑥今度は、右手を小指から順に戻して行きます。左手も戻します。

⑦この瞑想で、指を曲げるとき、戻すときの皮膚感覚を丁寧に気づきます。さらに、「グー」のとき、「パー」のときの皮膚感覚を丁寧に気づきます。

 

4)見る瞑想

①立って何かの前に移動しましょう。

②呼吸に意識を持っていきましょう。

③目の前にある景色や物に目を向けます。

④その対象が、「何であるか」「どのような意味を持つか」などの考えを脇に置き、また快・不快の心の動きも脇に置き、ただ色や形、変化するパターンなどとして見て、観察します。

⑤何であるかについて考えたり、私にとってどんな意味を持つのかなどを考えていたり、想像しているのに気づいたら、ただあるがままに見るところに静かに戻ってください。

⑥まぶたを閉じて、まぶたの裏側を見つめ、ただ光の色合い、形とその変化としてだけ見ます。

⑦応用として、ゆっくり歩きながら見える景色を「見る瞑想」で行うこともできます。

 

5)音を聞く瞑想

①ふさわしい姿勢をとり、呼吸に気づきを入れます。

②周囲の全体に意識を向け、聞こえてくるあらゆる音を、意味を問わずあるがままの音として聞きます。外部からの音だけでなく、内部の呼吸の音、耳鳴り、心臓の鼓動などに意識を集中します。

③聞こえてくる音の一つ選んでその音に注意を向けましょう。

④その音をただあるがままの音そのものとして聞くようにします。何の音であるかやイメージを脇におきます。その音が心地よいとか不快に思うとかも脇におきます。

⑤音そのものとして聞く際に、遠い近い、強弱や高低、連続音・断続音、うねり、音の重なり、振動なども可能でしたら聞き分けるようにして、気づきを深めて行きましょう。

 

6)食べる瞑想(食べることに集中します)

①食べようとするものを観察します。この時は、呼吸を意識しなくてもけっこうです。

②目を閉じて、食物を口に入れます。

③それを、口の中に入ったときの感覚を舌の上、口の中全体で感じます。

④感じ終わったら、噛み始めます。

⑤食物が唾と混ざり合い、徐々に柔らかくなり、ノドから食道へと移って行く感じを丁寧に気づきます。

⑥この時、食物が「うまい」「まずい」は、横に置いておきましょう。

⑦ここでは、食物を噛むときの音、頬や顎の筋肉の動き、舌の動き、食物そのものの「旨さ」を味わうようにします。

※私たちは、食事をしているとき、テレビを見ていたり、スマホをいじっていたり、人とおしゃべりをしたり、新聞や本を読んでいたりしながら食べています。この瞑想では、「食べる」ことだけに集中することを大切にし、「食べる」ときに起こって来る感覚に気がつくようにします。

 

7)気分・感情に気づく瞑想

①ふさわしい姿勢をとり、呼吸に集中しましょう。

②自分にとって今いちばん強く感じられる、あるいは支配的な気分(疲れ、不安、やるせなさ、恐れ、不快)などに気づきを向けます。

③意識を頭に持ってゆき、その今の気分(疲れ、不安、やるせなさなど)が感じられるかどうかを確かめます。そこから順に体の各部分(首、右肩、左肩、右腕、左腕、胴体、胴体内部、腰、右足、左足)に意識を移して行き、今もっとも感じるその気分(疲れ、不安など……)、その範囲、その強さ、またそれらの時間的な変化を観察します。

④意識を留めながらその部分を丁寧に観察します。その気分に関連した感覚の状態(固さ、緊張、凝り、痛み、だるさ、圧迫、締め付け感など)、その範囲、その強さ、またそれらの時間的な変化を観察します。

⑤このように観察する中で、自分の心の中の気分についての思い(「疲れた」「不安だな」「やるせないな」など)を観察して、感じているものを分けます。

⑥さらに、以上のように観察している意識そのものを味わいます。

 

8)強い感情を鎮める瞑想

ヴィパッサナー瞑想では心の反応は感覚とつながっていると考えます。そこで、怒りや不安や恐れなど強い感情が生じた場合、その感情とつながった感覚に気づきを入れ、静かに観察することで、感情を鎮めるようにします。

①強い感情(怒り、悲しみ、憎しみ)が生じたとき、できるだけすばやくその感情に気づき、その感情を内語にします。(怒りなら「怒り」、悲しみなら「悲しみ」と心で言います。ラベリング)。

②その強い感情に対応した感覚に意識を移して、対応した感覚をあるがままに観察します。例えば、怒りの場合、顔のほてり、呼吸の荒さ、心臓の鼓動の早さをあるがままに観察します。

③感情が平常近くに戻るまで観察し、その後、強い感情がどのようになっているかを確かめます。多くの場合、感情は弱くなっていることに気づくでしょう。意識と感情を一つにせずに、観察する意識に留めているため、感情それ自体が過ぎ去ってゆきます。

④感情がまだ大きくならないうちにすばやく気づくようにするとより効果的です。

 

4.まとめ

今回行った、瞑想は、日常の中でもできます。寝るとき、呼吸を意識して休みます。歯を磨くとき、ドアを開けるとき、パソコンやスマホを扱うときの皮膚感覚、十字架を切る時、階段の上り下りの足の動き、筋肉の動きを丁寧に気づくことができます。大切なことは、一つひとつの動作に集中することです。

また、内面的な部分で起こってくる、気分や強い感情に対して自分に起こってくる感情に気づき瞑想することで少しでも、日常の中で起こるストレスと上手く付き合えることができるのではないでしょうか。

私たちは、何か考え事をしながら物事をしています。たとえば、歩きながらきょうの晩ご飯は何を食べようかと考えたり、パソコンを扱いながら、昨日の失敗を思い出したり、または、来週の飲み会のお店のことを考えたりします。私たちは、目の前の物事に集中するのではなく、「○○しながら、○○を考える」ことを、一日平均50%もの時間を費やしているそうです。この間、私たちの脳は絶えず動いていて、この状態が過度になると身体や精神的なストレスが起こってきます。ヴィパッサナー(マインドフルネス)瞑想、「今、ここに、あるがままに気づく」ということを意識するようにすることで、これらのストレスから解放することに役に立つことでしょう。

今回の瞑想の他に「思考に気づく瞑想」「不条理を観る瞑想」「全方位的気づく瞑想」「いつくしみの瞑想」などがあります。ぜひ試してみてください。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

seven − 1 =