ティントレット『キリストの洗足』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
ティントレット(Tintoretto, 生没年1518~94)は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家です。名はヤーコポ・ロブスティ(本名コミン)ですが、父ジョヴァンニ・バティスタ・ロブスティ(本名コミン)がヴェネツィアの染物屋であったため、「ティントレット(染物屋の息子)」と呼ばれるようになったのです。
父の薦めで、ティツィアーノ(Tiziano Vecellio, ?~1576)の門下となりますが、師との不和がもとですぐに工房を追われたようです。ただ、初期の作品『聖パウロの改心』(米国、ワシントン、ナショナル・ギャラリー)や『この人を見よ』(ブラジル、サンパウロ美術館)にはティツィアーノの影響が認められます。1540年代に同じティツィアーノ門下のアンドレア・スキアヴォーネ(Andrea Schiavone, 1522頃~1563頃)とともに、フィレンツェやローマのマニエリスム様式をヴェネツィアにも導入しようと努めたティントレットは、ミケランジェロやヤーコポ・サンソヴィーノ(Jacopo Sansovino, 1486~1570)らの彫刻や古代の彫刻を研究し、「ティツィアーノの色彩とミケランジェロの素描を結びつけた」といわれる情熱的な宗教画を生み出していきます。
サン・マルコ同信会館のために1548年に描いた『聖マルコによる奴隷の解放』(ヴェネツィア、アカデミア美術館)で名声を博したことを皮切りに公的な仕事を次々と引き受けるようになり、1565年から20年間はサン・ロッコ同信会館のための絵画制作に精力を傾けました。
【鑑賞のポイント】
ティントレットの代表作として、今もヴェネッツィアのサンタ・ジョルジョ・マッジョーレ教会に残る『最後の晩餐』という作品があります(図1)。『キリストの洗足』というこの作品は210×533cmという巨大さで、最後の晩餐の始めに行われた弟子の足を洗うイエス・キリストの姿を描いた作品です(図2)。
(1)右端にペトロの足を洗うイエスの姿が描かれており、ペトロの足を指さしているところを見るとペトロが「わたしの足など洗わないで下さい」と言ったことに対して、「あなたの足を洗わないと私と何のかかわりもなくなる」と諭している場面に見えます(図3参照)。
(2)中央にはやや斜めに置かれた食卓があり、すでに足を洗ってもらった弟子たちやこれから足を洗ってもらうためにタイツのようなものを脱がしてもらっている様子などがユーモラスに描かれています。左端には身支度を整えている一人の弟子の姿があり、ペトロと対照的にどこか満足気な表情をしています。イエスの背中に近いところには犬がじっとイエスのすることを眺めています。
(3)中央のアーチの下には水に浮かぶ小舟の姿があり、ヴェネッツィアを暗示しています。
【参考】
小学館『世界美術大事典』
ウィキペディア日本語版