1.明治キリスト教史を一望する驚くべき共同討議……『近代日本とキリスト教 明治篇』
幕末明治期における近代キリスト教の始まりと近代日本の歩みは不可分に結びついているともいわれます。明治維新150年という今年、その問題意識に立つとき、驚くべき共同討議の実績に出会いました。
それは、1956年に発行された『近代日本とキリスト教』です。発行元は、基督教学徒兄弟団で、明治篇と大正昭和篇の2巻からなっています。その「序」は、戦後の新しい日本の建設に必要な、宗教的視点からの近代日本の研究を遂行しようとの意志表明が果敢です。発行元の基督教学徒兄弟団とは1946年4月に創立されたプロテスタントの信仰団体。「明治篇」の討議には、同兄弟団の柱である久山康(1915~94年)、北森嘉蔵(1916~98年)をはじめ、高坂正顯(1900~69年)、山谷省吾(1889~1982年)、小塩力(1903~58年)、亀井勝一郎(1907~66年)、椎名麟三(1911~73年)、猪木正道(1914~2012年)、隅谷三喜男(1916~2003年)、武田清子(1917年~ )といった錚々たるメンバーが参加しています。
第1章「明治維新とキリスト教」、第2章「自由民権の時代とキリスト教」、第3章「欧化主義とキリスト教」、第4章「国家主義の台頭期におけるキリスト教」、第5章「三十年代のキリスト教」、第6章「明治末年のキリスト教」。明治日本の社会状況の変遷を時系列で押さえ、主にプロテスタントのキリスト教の歩みを追いながら次々と論じていく形式で、まなざしは一般思想界、文学界、学界の動向へも及んでいます。
巻末の「幕末明治キリスト教年代表」は三段組で、上段「社会・文化」、中段「キリスト教」、下段「海外」と各次元に目を注ぎながら、明治日本のキリスト教を大きな視野で展望しようとしています。
もちろん、この書の中でカトリック教会の動向についてはわずかしか触れられていません。カトリック教会にとっての明治という時代、あるいは明治の日本のカトリック教会の動向、さらに他教会、正教会などの教会のことも包括的に総体的に見ていくという課題は、21世紀のわたしたちに投げかけられているのかもしれません。1950年代半ばの熱き語り合いが、そのような課題にも大きな刺激となりそうです。
2.近代カトリック教会史を知るために不可欠な書……高木一雄著『日本カトリック教会復活史』『明治カトリック教会史1』『明治カトリック教会史2』
次に紹介するのは、カトリックのキリスト教史研究家、高木一雄氏による幕末明治のカトリック教会の歴史に関する3部作。かつてキリシタン文化研究会の叢書「キリシタンン文化研究シリーズ」の一部として1978年に発行されていた『明治カトリック教会研究1・2・3』に基づいて、2008年に教文館から発行されています。
高木一雄氏は1928年生まれ。福島県の公立中学校の教諭として、また、退職後は神奈川県の県史編集室勤務をしながら、近代カトリック教会の歴史を研究し、上掲のほか『日本・ヴァチカン外交史』(聖母の騎士社、1984年)、『大正・昭和カトリック教会史』全4巻(同、1985年)が主著となっています。『カトリック東京教区年表』(カトリック東京大司教区発行、1992年)の編集も大きな業績で、そのほかキリシタン殉教に関する一般向けの著作もあります。特に近代カトリック教会史に関する著作は詳細な史料の提示をベースに叙述していくもので、いっけん難しそうに思えますが、現実にあったことを地道に確かめながら歴史を考えていくための確実な土台を共有させてくれるものです。一つひとつの事実に関与した無数の人々の思いや働きに目を向けることができ、一つの時代状況に肉薄する感覚を味わうことができます。
たとえば、明治3部作最初の『日本カトリック教会復活史』は、第1章「近代日本の夜明け」に続いて第2章は「日本カトリック教会の復活」と題され、フランス艦隊の極東進出から安政の修好通商条約による開港までから述べていきます。以後、第3章「外国人居留地とキリスト教」、第4章「攘夷運動とキリスト教」、第5章「幕府外交とローマ・カトリック教会」と展開され、第5章最後に扱われるのが「浦上村の切支丹捕縛事件」すなわち浦上四番崩れです。
日本カトリック教会復活史というのが書名ですが、外国人居留地という場所は、プロテスタントの宣教、ハリストス正教会の宣教にとっても同じように出発点となっていったところ。また浦上四番崩れ、続く維新政府による浦上信徒配流事件の顛末によりキリスト教布教黙許時代が始まることを考えるなら、このあたりの事情は、近代日本史全体、また日本のキリスト教全体にとっても無視できない歴史の舞台裏となるものです。広い目でこの時代を見ていくために不可欠な書といえるのではないでしょうか。
3.明治キリスト教をかたちづくった人々を知るために……キリスト教文化学会編『プロテスタント人物史―近代日本の文化形成』、池田敏雄著『人物中心の日本カトリック史』、高橋章編『近代日本のキリスト者』
明治のキリスト教といって思い浮かぶ人物はだれでしょう。おそらくもっとも有名なのは内村鑑三ではないしょうか。カトリックの宣教師としては、別項で紹介されるプチジャン神父、ド・ロ神父でしょう。ところが明治のキリスト教を形づくった人々はたくさんいます。そして、プロテスタントの何人かは、近代日本思想史・文学史にも名を残した人々がたくさん。その人たちのことを知るための群像劇的入門書とでもいえるような本がいくつか発行されています。
キリスト教文化学会編の『プロテスタント人物史―近代日本の文化形成』(ヨルダン社、1990年)は表紙(画像参照)に記されているような人物が、言論・思想・教育・文学・社会改良・女性向上・国際交流・文化後援者といった項目に分類して、それぞれ生涯と思想・業績の主なものが紹介されています。近代日本の文化・思想の形成にどれだけのキリスト者が寄与し、影響を及ぼしたかを概観することができます。
池田敏雄著『人物中心の日本カトリック史』(サンパウロ、1998年)は、日本のカトリック教会の歴史に足跡を残した人物をそれぞれ簡潔に紹介するもの。池田敏雄師は聖パウロ修道会司祭で、かねて聖人たちや殉教者たちなど、人物伝を通してカトリックの歴史を伝えてきました。この本は、ザビエルをはじめとする「キリシタン創立時代」の章、26聖殉教者や高山右近などを紹介する「キリシタン受難時代」に続き、プチジャン司教などを紹介する「キリシタン復活時代」に続いて、「明治の開拓時代」(ド・ロ神父ら6人)、「明治後期・大正・昭和初期の時代」(18人)、「軍国主義による苦難の時代」(20人)、「戦後の布教時代」(4人)、「教会現代化の時代」(4人)の各時代の人物が紹介されます。広い意味で幕末・明治後期までの人物ではよく知られた人はごくわずかで、一般に知られていない宣教師や修道女、邦人司祭に関する貴重な情報源となっています。だれしもが経験した近代日本の歴史を背景に信仰と宣教に生きた人々の生きざまの一端をかいまみるのに大変優しい案内となっています。
高橋章編著『近代日本のキリスト者たち』(パピルスあい、2006年)もこうした人物紹介的な歴史入門書と貴重なものです。明治・大正・昭和・戦後(最後は遠藤周作)に活躍した23名の人物が簡潔に紹介ささています。活躍期が昭和の初めまでの人としては(生年順にあげると)C. M. ウィリアムズ、ニコライ、津田仙、マラン、新島襄、ケーベル、植村正久、内村鑑三、新渡戸稲造、別所梅之助、山室軍平らが並び、近代日本のキリスト教諸教会と時代全体に目を配り、また知られていない人物をも掘り起こそうとしています。このような全キリスト教的な視野(エキュメニカルな展望)はこれからもますます必要となっていくとすれば、本書は先駆的な企画だったといえると思います。
(AMOR編集部)