静かなる情熱−−エミリ・ディキンスン


エミリ・ディキンスンという詩人をご存じでしょうか。現代では、最もキリスト教的詩人として高い評価を受けている作家でもありますが、私がエミリ・ディキンスンと出会ったのは、大学時代の一般教養で学んだ英語の授業でした。でも、その時は、きれいな詩だなという印象しかありませんでした。英語の原文の醸し出す美しい響きに感銘したということに過ぎなかったのです。エミリ・ディキンスンに魅了されたのはそれから5年ほどたった編集者時代でした。

© A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rights Reserved.

ある作家の方の所へ通っていた頃、「きみは詩は誰のものが好き」というひと言からでした。実は、詩があまり好きでなかった私は、「詩はどうも」という返事しかできませんでした。その先生から「日本人の詩は言葉遊びのような気がするからかね」と聞かれ、生意気盛りの私は「言葉遊びというよりも、言葉をいじくりすぎていて、感銘をうけずらい」と答えました。その時、その先生から渡された一篇の日本語の詩がありました。見たこともない言葉の羅列に、びっくりしたのです。それは、その先生が試訳されたエミリ・ディキンスンの詩でしたが、こんな訳ができるのかと目からうろこの落ちる思いでした。それからディキンスンの詩に夢中になりかけたこともありましたが、日本語に訳されたその詩は、先生が訳されたものとはほど遠く、ほどなく忘れてしまいました。

今回、ディキンスンの生涯が映画になると聞き、その頃の心浮き立つ思いが甦るように、試写会場に足を運びました。詩は知っていましたが、彼女の生涯にまで目を向けてはいなかったからです。

19世紀半ばのマサチューセッツ州のマウント・ホリヨーク女子専門学校に通っていたエミリ・ディキンスンは、校長から、信仰について問われると、「信仰についてまだ信じられない」と答えます。このままでは学校に残ることもできない状況のエミリを家族が迎えにやって来ます。

© A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rights Reserved.

家に帰り、弁護士である父から夜詩作にふけることを許されたエミリは、詩を作ることに没頭していきます。妹ラヴィニアから資産家で快活な性格のヴライリング・バッファムを紹介されます。ヴライリングはユーモアを交えつつ、本音で語る進歩的な女性です。ヴライリングに影響されたエミリは、牧師との祈りの時にも反抗的な態度を示すようになります。注意を与える父親に対し、「キリスト教でいることは安全。でも魂はわたしのもの」と言い放ちます。

時は南北戦争時代です。ディキンスン家にも戦争の足音が聞こえてきます。詳細は観てのお楽しみです。ヴライリングや、家族との関係。周囲の人との軋轢。彼女の孤独がどこから生まれ、それによる詩作が今の彼女の地位を作ったとも言える生涯が描かれています。

生前たった10作しか発表していなかったエミリは「後世の名声は、不遇だったものに与えられる」といっています。彼女の美しい詩作が作品の中にちりばめられ、終焉を迎えるまでのすさまじい情熱の根源が描かれた作品です。

(中村恵里香/ライター)

 

2017年7月29日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
監督:テレンス・デイヴィス
出演:シンシア・ニクソン/ジェニファー・イーリー/キース・キャラダイン
2016年/イギリス・ベルギー/英語/カラー/125分/シネマスコープ/ドルビーデジタル/DCP
原題:A QUIET PASSION 字幕:佐藤恵子 字幕監修:武田雅子
提供:ニューセレクト/ミモザフィルムズ 配給:アルバトロス・フィルム/ミモザフィルムズ
宣伝:ミモザフィルムズ 宣伝協力:テレザ/高田理沙
後援:日本エミリィ・ディキンスン学会/ブリティッシュ・カウンシル
公式ホームページ:www.dickinson-film.jp


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