手近で、かつ天使という観念やイメージの歴史を知るためにとても役立ちます。
古代諸宗教にある似たような観念の中で天使というものがどのようなものか。たとえばクピド(キューピッド)、プットー(裸童)、スピリテッロ(小精霊)などとの違い、天使の特色、キリスト教的な天使観、美術表現の中の天使と聖人、天使と悪魔、天使と近代人というあたりまで、天使に関する文化史略史でもあり、天使に関する入門書と言えるものです。
京都大学大学院教授(本書発行時)だった著者(1954~ )には、同じ中公新書で『マグダラのマリア』『処女懐胎』『キリストの身体』といった著作がある点が、注目されます。
きょう紹介する中での最近刊です。(1)をもっと詳しくしたような天使に関する思想史、文化史のスタイルをもっています。
旧約聖書、聖書外典、新約聖書における天使を見ていったあと、イスラム教における天使を概観し、次に教会の教父時代、中世のアシジのフランシスコ、トマス・アクイナス、ダンテにおける天使、そしてルネサンスから17世紀にかけて、さらに啓蒙時代から現代に至る天使像の変化を宗教、文学、美術などからも探っていきます。
著者はイギリスのジャーナリスト、伝記作家(1961~ )とのこと。英文学に多く取材しているところも特徴です。
(6)『天使論序説』稲垣良典著(講談社〈講談社学術文庫1232〉、1996年)
著者の稲垣良典(1928~2022)は長崎純心大学の教授でした。トマス・アクイナスの『神学大全』の翻訳やこの人についての単著、また『新カトリック大事典』(研究社)における中世哲学に関する項目寄稿などで知られている先生。
天使についての観念、表象、造形イメージの探求ではなく、身体をもたない精神であるところの天使という存在について、ちゃんと学問的に探究することの必要性を現代に訴え、その基礎的理解を明記してくれています。
天使について考えることは、有限な人間存在の実相を知るうえで不可欠だと説いているものです。天使が今のわたしたちに関係のあるリアルな存在であることを考えさせてくれるものとして、あらためて感動を覚えたくらいです。
(10)『天使の美術と物語:カラー版』利倉隆著(美術出版社、1999年)
(11)『天使たちのルネサンス』 佐々木英也著(日本放送出版協会〈NHKブックス877〉、2000年)
(12)『天使の姿:絵画・彫刻で知る天使の物語』ローラ・ウォード、ウィル・スティーズ著、小林純子訳(新紀元社、2005年)
(13)『天使と悪魔:美術で読むキリスト教の深層』秦剛平著(青土社、2011年)
(14)『巨匠たちが描いた神と天使と悪魔』新人物往来社編(新人物往来社〈ビジュアル選書〉、2012年)
(15)『天使と悪魔の絵画史:キリスト教美術の深淵に触れる』春燈社編(辰巳出版、2019年)
(16)『天使の事典:バビロニアから現代まで』ジョン・ロナー著、鏡リュウジ・宇佐和通訳(柏書房、1994年)
(17)『天使辞典』グスタフ・デイヴィッドスン著、吉永進一監訳(創元社、2004年)
(18)『図説天使百科事典』ローズマリ・エレン・グィリー著、大出健訳(原書房、2006年)
(19)『天使の文化図鑑』ヘルベルト・フォアグリムラー、ウルズラ・ベルナウアー、トーマス・シュテルンベルク著、上田浩二・渡辺真理訳(東洋書林、2006年)
(20)『絵で見る天使百科:その由来から癒やしの効果まで』クリスティーン・アステル著、白須清美訳(原書房、2016年)
(構成:石井祥裕)