中村恵里香(ライター)
第96回アカデミー賞の13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞など、7部門で受賞を果たした「オッペンハイマー」をご覧になったでしょうか。1945年8月、日本に落とされた原爆を開発したオッペンハイマーを描いた作品です。アメリカでの公開は、2023年7月でしたが、日本での公開はなかなか実現されず、2024年3月になって公開されました。「オッペンハイマー」は世界興行成績9億5000万ドルを超える大ヒットを記録しています。実在の人物を描いた伝記的映画作品としては、歴代1位を記録しています。日本でもこの作品は話題に上り、いつ公開されるのか待たれていましたが、配給会社がなかなか決まりませんでした。
なぜ配給会社が決まらなかったのかというと、第二次世界大戦中に米国が原子爆弾の開発を目的に進めた「マンハッタン計画」を主導し、「原爆の父」としても知られる理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの生涯を描いていることにあるといわれています。また、作中で世界でも類を見ない恐ろしい兵器をつくってしまったことに苦悩する姿は描かれていますが、20万人以上の無辜の民が亡くなった広島や長崎の凄惨な被害状況を伝えるシーンが出てこないことに対しての批判もありました。
では、実際に上映され、映画評ではどう扱われたのかを見てみると、大きな批判は出てきませんでした。むしろ、監督を務めたクリストファー・ノーランに対して好意的なものが多かったように思います。
- 監督:クリストファー・ノーラン/製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローベン、クリストファー・ノーラン/製作総指揮:J・デビッド・ワーゴ、ジェームズ・ウッズ、トーマス・ヘイスリップ
- キャスト:キリアン・マーフィ、エミリー・ブラント、マット・デイモン
- 2023年製作/180分/R15+/アメリカ/原題:Oppenheimer/配給:ビターズ・エンド/2024年3月29日公開
- 公式ホームページ:https://www.oppenheimermovie.jp/
一方、2024年7月に公開されたドキュメンタリー映画「リッチランド」という作品をご存じでしょうか。
ワシントン州南部にある平和で美しい郊外の町リッチランドは、1942年からのマンハッタン計画における核燃料生産拠点「ハンフォード・サイト」で働く人々とその家族が生活するために作られた町です。「原爆は戦争の早期終結を促した」と町の歴史を誇りに思う者がいる一方で、多くの命を奪った原爆に関与したことに逡巡する者もいます。また、暮らしやすい町に満足している人々も「川の魚は食べない」と語り、現在も核廃棄物による放射能汚染への不安を抱えながら暮らしています。さまざまな声が行き交うなか、被曝3世であるアーティストの川野ゆきよが町を訪れ、住民たちとの対話を試みます。
リッチランドの誕生と発展の歴史をひも解きながら、人々の何気ない日常の背景に常に“原爆”が横たわっていた町の姿を映し出し、近代アメリカの精神性、そして科学の進歩がもたらした、人類の“業”を重層的に浮かび上がらせています。
この作品で象徴的なのが地元リッチランド高校のフットボールチームのトレードマークです。それはなんと、“キノコ雲”と“B29爆撃機”です。このトレードマークについて語り合う高校生の姿は不思議なものを観るような気持ちになりました。
- 監督:アイリーン・ルスティック/製作:アイリーン・ルスティック、サラ・アーシャンボー/製作総指揮:ドーン・ボンダー、ダニエル・J・チャルフェン、マーシー・ワイズマン/撮影:ヘルキ・フランツェン/編集:アイリーン・ルスティック
- 2023年製作/93分/アメリカ/原題:Richland/配給:ノンデライコ/2024年7月6日公開
- 公式ホームページ:https://richland-movie.com/
今年は、原爆に関する映画が3本公開されました。今回ご紹介した「オッペンハイマー」と「リッチランド」のほかに以前ご紹介した「風が吹くとき」があります。また、今アメリカで広島や長崎の現状を映画化しようとする動きがいくつかあると聞いています。世界情勢が不穏な状況にある中で、原爆の被害にある意味で注目が集まっているのかも知れません。単純に被害がどうのこうというよりも原爆を使えば人類が滅亡する危険があることを私たちは見直す必要があるのではないでしょうか。アメリカは日本に原爆を投下しましたが、核実験はアメリカ本土でも行われています。そこでなにが起こっているのかは以前ご紹介した「サイレント・フォールアウト」を見ていただければわかることです。私たちはなにを見て、どう伝えるか、そしてなにを感じたかを言葉にして伝えることが大切なのではないかと感じています。