長崎という地に魅了されたという日向寺太郎監督が、長崎の街を舞台にメガフォンをとった『爆心-長崎の空』が2013年7月に公開されました。娘を亡く
した母親と母親を亡くした娘が、死という現実を見つめながら新たに生きる道を探し出していきます。『誰がために』『火垂るの墓』で好評を博した日向寺監督に、『爆心-長崎の空』に込められた思いをお聞きしました。
長崎は長崎でしかない。地方都市がみな同じような顔をしているが、長崎はそういうことをまったく感じない土地だという。それはどういうところから感じたのだろうか。
「まず長崎は坂の街です。坂の道が入り組んでいて、独特の風景があります。それから教会が多いので、キリスト教にとても親和性を持っている土地だと感じました。それと港町なので、異文化が入ってきています。中国からは中華街や唐人屋敷の跡で分かります。そして、被爆地であることです。そういうものが全部ミックスされていて、他にない土地だと感じるのです。」
映画では高森砂織(稲森いずみ)と夫の博好(杉本哲太)、砂織の母・瀧江(宮下順子)と父・良一(石橋蓮司)がキリスト教(カトリック)の信者である。高森家は300年続くキリシタンの家でもある。瀧江と良一は8月9日に被爆している。しかし、キリスト教の信仰も原爆も、殊更強調されて描かれてはいない。淡々と抑制されたように事実として流されている。
「キリスト教については、表現の仕方がいろいろあると思います。食事の前には必ずお祈りをするといったこともあります。私はそうしたことを少し出して、あとは控えました。隠れキリシタンのことも、説明的になることは避けました。映画のタイトルが爆心となっていますが、原爆をテーマにとか戦争をテーマにということとはちがいます。重要な話としては出てきますが、それを中心として描こうとしたのではありません。いまの長崎を見つめていくと、そういうものに突き当たるという、そこを意識しています。」
長崎の土地には「地層」が見られると日向寺監督は語る。爆心地には被爆当時の地層が見られ、その地層を掘っていくと、キリシタンが弾圧された地層に行き当たる。いまを生きる長崎の人びとは、その地層の上で生きている。だから、さりげない会話や生活の中から隠れていた地層が浮かび上がってくる。日向寺監督が大事にする日常性を捉えるひとつのキーワードがここにある。
この映画の脚本第一稿が出来上がろうというときに、東日本大震災が起きた。
「あれだけ大きなことがあったので、これからつくる映画をどうしようかと思いました。3.11とはまったく関係のない映画だったらそのままでいけたでしょう。しかし、長崎の被爆と福島の被曝です。重なる部分が出てきます。」
日向寺監督の故郷は宮城県の仙台である。東北のことへ思いを馳せながら、脚本を完成させるために、脚本家の原田さんと長崎へ向かった。
「長崎の街を眺望しながら、二人で同じことを考えていました。66年前に焦土と化したこの街が、ここまで復興するとは誰も思わなかっただろうと。そのとき、東北の惨状を思い浮かべていました。」
長崎から戻ると、故郷へと向かい、南三陸町や石巻市などを回った。被災地の惨状を見て「生きるとはどういうことか」という根源的な問いに、改めて対峙せざるを得なくなったという。
映画の高森砂織は娘の沙耶香を失っている。1年経っても悲しみから立ち直れない。大学生3年生の門田清水(北乃きい)は、母・門田晶子(渡辺美奈代)と喧嘩をして出かけ、恋人とデートをして帰ると、母親が心臓発作で亡くなっていた。恋人とホテルで逢瀬中に母親から電話があったが出なかった。電話に出れば、助かったかもしれないという、自責の念にかられている。
日常が非日常になる瞬間がある。そこでいままで続いていたあたりまえの生活が断絶されてしまう。
「非日常といっても、それが死ですから。人間はいつかは死ぬであろうことを分かっています。しかし、常にそのことを意識はしていないと思います。この映画の母親と娘の死というのは、突然のことだった。突然死ぬとは思っていなかったのに、断ち切られるように亡くなることによって、いろいろなことを考えますよね。長崎では原爆で突然亡くなっています。そういうことがつながっていけばいいなと思います。3.11では、津波で人が亡くなり、町が消えてしまいました。」
清水の父・門田守和(佐野史郎)は苦しむ娘に語りかける。「『どうして自分は生き残ったのだろう』そうやってこの町の人たちは生きてきた。お母さんはお前のことを愛していた。それだけを覚えていたらいい」と。やがて、清水は孤独を抱える幼馴染の廣瀬勇一(柳楽優弥)と新しい生への道を歩み始める。
砂織は二人目の子どもを身ごもっていた。しかし、生む決心がつかなかった。自分が被爆二世であることから、沙耶香を失ったのではないかという妄想にとらわれていたからだ。そんな娘を案じるなかで、両親は自分たちの被爆体験をはじめて語る。瀧江は、生かされたこの命を繋いできたのだと話す。そして、砂織は自らに宿った新たな命も繋いでいかねばならないことを悟る。
「原爆で廃墟となった長崎の街が、生き残ったさまざまな人たちの力でいまの街になりました。どんなに悲惨なことがあっても、人間は生き続けていかねばならないのだということを教えてくれていると思います。私は人間のどういう面を美しいと思うのか、どういう面を嫌だと思うのか、そういった人間の根っこのところの見方について、師匠の黒木和雄監督から影響を受けました。映画のなかで、人間の見方だとか描き方を受け継いでいけたらと思っています。」
ずるがしこくて、いやらしいところだって持っている人間だが、そういうことを含めたまるごとの人間に、とてつもなく慈しみを感じ、愛しさがこみ上げてくるという。
砂織と清水が浦上天主堂近くの道で偶然出会い、二人が寄り添いながら墓地で話し合うシーンがある。そこは死者が眠る場所だが、死者から生ある者へ慈愛が授けられる場所でもある。長崎の地が持つ特性を象徴するかのように、日向寺監督は描いた。
「長崎では坂道の途中にベンチが置いてあります。今日は暑いねとかいいながら、そこで一休みするのでしょう。私が坂道を歩いていても、地元の人が声をかけてくれて、世間話になったりします。長崎の人は温かい。」
静かに訥々と話す日向寺監督の言葉には、人間讃歌が流れているように思われる。『爆心 長崎の空』は、さまざまな過去を背負って、いまを生きる人間への讃歌となって届けられた。
鵜飼清(評論家)
日向寺 太郎(ひゅうがじ たろう)
1965年生。宮城県仙台市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。
卒業後、黒木和雄、松川八洲雄、羽仁進監督に師事。
2005年『誰がために』で劇映画監督デビュー。2008年『火垂るの墓』、2009年、ドキュメンタリー『生きもの―金子兜太の世界―』(紀伊國屋書店よりDVDとして発売)は映文連アワード2010グランプリ、教育映像祭で文部科学大臣賞(最優秀賞)を受賞。
2013年『爆心 長崎の空』が第16回上海国際映画祭コンペティション部門にて上映。
2019年3月に『こどもしょくどう』公開。第44回日本カトリック映画賞受賞。
2022年に製作された日中国交正常化50周年・日中合作映画『安魂』は第4回香港国際青年映画祭)で優秀賞を受賞。第5回巫山神女杯芸術映画週間にて優秀映画賞、優秀男優賞(主演:ウェイ・ツー)を受賞。
2010年から日本大学芸術学部映画学科で、2014年から埼玉県立芸術総合高校で非常勤講師も務める。
◎『爆心-長崎の空』
監督:日向寺太郎/製作:鈴木ワタル/プロデューサー:沢田慶/原作:青来有一
/脚本:原田裕文/撮影:川上皓市/照明:川井稔/録音:橋本泰夫/美術:丸尾知行/装飾:吉村昌悟/編集:川島章正/音楽:小曽根真/主題歌:小柳ゆき
出演:北乃きい、稲森いずみ、柳楽優弥、北条隆博、渡辺美奈代、佐野史郎、杉本哲太、宮下順子、池脇千鶴、石橋蓮司