ドイツ、 ポーランド、 ウクライナのキリスト教徒からロシアの正教徒へ( 後編)


大井靖子・訳(カトリック調布教会)

前編では、 この手紙のねらいや、 ロシアに対する考えなどが書かれた部分をご紹介しましたが、 後編部分のテーマは、 赦し、 回心、 和解です。 手紙の発起人マンフレッド・ デセラーズ神父 は 、「 国境を越えて、 あまりにも多くの命を奪うミサイルが発射されているのに、 命を与えるメッセージは届いていません。 この手紙がもっと広く知られ、 支持者を見つけることを願っています」 とおっしゃっています。 前編と重複しますが、 手紙の発起人と、 賛同署名の送り先メールアドレスを文末に掲載します 。( 訳者)

赦しとは新しい関係を願って手を差し出すことです

「 これはあなたがたと多くの人のために流されて、罪の赦しとなる私の血です」。 司祭は聖体祭儀を行うたびに、 イエスの最後の晩餐での言葉を繰り返します。

「 何回赦すべきですか? 」 とパウロがイエスに尋ねると、 イエスは「 七 の七十倍までです」 と答えました。

罪人を赦すということは、 相手への憎しみを捨て、 復讐しようとせず、 相手の不幸や死を望んだりしないことです。 人生設計が壊され、 親しい人を殺された人にとって、 これは困難です、 至難のわざです。 しかし、 私たちは知っています。神は、 私たちにできないことは決して求められないことを。 私たちは、 キリスト教の信仰が弱まることなく、 未来への道が続くようにつとめていきたいと思います。

ある人が言いました 。「 赦すことは和解よりも簡単です。 というのは、 赦すことによって、 自分が自由になれるからです。 自分を傷つけた人との壊れた関係を断ち切ることで、 私の人生から憎悪や復讐願望がなくなりました。 それに比べ、 和解がはるかに難しいのは、 自分を傷つけた人間と同次元の世界で生きなければならないからです 」。

自由になるためには、 傷つけた者から内面的に離れ、 内なる自由を得なければなりません。 これは、 ロシア・ ウクライナ二国間の、 和平へ向かう道のりで、 長期にわたって最重要な課題になるでしょう。 神を信頼し、 煩いを神に委ねる人は、 内なる自由を得ることができます。

しかし、 これは和解に向かう最初の一歩にすぎません。 それを忘れてはいけません。 私たちは憎悪と不法な行いを滅ぼすために戦っているのであり、 神の前で兄弟であり姉妹である人びとに戦いを挑んでいるわけではありません。 赦しとは、 手を差し出すことであり、 罪を犯した人に新しく関係を築き直しましょうと呼びかけることです。

それには勇気が必要です。 時には、 撃ち合うよりも難しいこともあります。勇気こそが、 この手紙の原動力です。

私たちはロシアとロシア正教会の回復を祈っています

ⒸМир Всем“ПИСЬМО В РОССИЮ”

神秘的な伝統の中に、 神が顔を隠して泣いておられるイコンを見ることがあります。 私たちを愛すればこそ、 神は泣いておられるのです。 神は、 自由と責任を与えた人間が、 自由を自分勝手に乱用し、 他人に恐怖の苦しみを与えているのを見て泣いておられます。 神はご自分の思いを明らかにされましたが、 人間から自由と責任を取りあげたりしません。 それどころか、 神の愛と泣き声は、 回心を促す神からの切々たる呼びかけです。

サウロがキリスト教徒を迫害しているとき、 イエスがあらわれて「 なぜ、 私を迫害するのですか? 」 と尋ねます。 そのとき突然、 サウロは限りないキリストの愛に気づき、回心して、キリストの愛を説くパウロになりました 。「 信仰と、 希望と、 愛‥‥ その中でも最も大いなるものは、 愛である 」( 1 コリント13 : 13 )。 私たちは、 回心を促しておられるキリストの、 愛の証人になりたいと思っています。

私たちが祈るのは敵の死ではなく、 回心です。 私たちが望むのは、 ロシアとロシア正教会の破滅ではなく、 回復です。 私たちが祈るのは、 生きたキリスト教が、 すべての人間の尊厳を大切にし、 自由と愛の文明の創造に貢献することです。

しかし、 真理がなければ、 そうしたことは不可能です。 私たちは、 目の前の悪事に対して見て見ぬ振りはできません。

加害者は 、犠 牲者の目を見て 、犠 牲者の傷を思い浮かべなければなりません。犠牲者の目で、 自分自身を振り返ってみなければなりません。 悔い改めは、ここから始まります。 罪は自覚され、 悔やまれ、 できることなら、 更生されなければなりません。 悔い改めとは、 関係の回復を自分に科すことです。 悔い改めとは、 罪深い道を去り、 ある意味では別の人間になることです。 その道のりは遠く、 長くなるかもしれません。

一方、社会的レベルでの和解は、罪や責任や裁判について、率直に、誠実に、公に話せるような社会的・ 政治的状況がなければ不可能です。 多くの苦しみを生み出した元凶である政治家や、 軍人や、 思想家たちの責任を追及しなければ、 社会や民族間の新しい信頼は生まれません。

借金を支払う?  破壊された人生を弁償金で支払う? お金で解決できるのは、 ごく限られた範囲です。 死刑でも、 負債を返済できません。 ただ可能なのは、 悔い改める心、 傷を癒す努力、 関係回復に必要な代償です。 この場合の代償とは、 私たちの共通の世界で誠実に生きるために、 自分の持っているすべてものを使ってもいいという気持ちから生まれるお金のことです。

以上の条件が満たされるかどうかに関わらず、 新しい関係について、 もうひとつ提案があります。 これが最も重要なことです。

それは、 私たち自身、 愛に欠けており、 回心しなければならないということです。 やはり私たちも罪人なのです。 人にしてほしいことは、 自分でしなければなりません。 そうでなければ、 私たちは信頼に値しないでしょう。 私たちは祈っています。─ 「 天におられる私たちの父よ 、……私たちの罪をお赦しください。 私たちも人を赦します 。」

時には、 こんなふうに祈りたくないときや、 祈れないときもあります。 それでも、 神に助けを求めることができます。 どうしたらいいかわからないときは、 いつでも祈ることができます。 祈ることで問題を避けるのではなく、 問題を神に預け、 道を示してくださるようにお願いします。

 

共に平和の道、 信頼の道を求めていきましょう

もし、 私たちがお互いの目を見て、 起きてしまった恐怖の苦痛を共に補償するなら、 一致と公平な世界を、 大切に新しく築くことができます。

1990年代の共産主義崩壊後の、 旧ソ連諸国では正教会の信仰生活を新しく建て直す必要がありました。 信仰生活上の目に見える構造は、 心の中で生まれる信仰の文化よりも早く再建できます。

私たちは皆、 愛である神を信頼する信仰の文化を必要としています。 ロシアにも、 ウクライナにも、 私たちには皆、 愛の文明が必要です。 愛の文明の創造は、 私たちにとって共通の責任です。

前世紀において、 東ヨーロッパの教会に比べ、 迫害が少なかった西ヨーロッパでは、 現在、 文化を形成する教会の力は弱体化しています。 これには多くの外的・ 内的要因があります。 私たちが抱える多くの問題は、 ロシアの人びとにも露呈されています。 私たちは、 共に福音を宣べ伝えるよう招かれているのです。

私たちは、ロシア正教会の、多くの信徒の皆さんが、教会の政治化を望まず、信仰と、 希望と、 愛と、 秘跡における神の臨在を求めておられことを知っています。 ロシアと、 その占領地帯のキリスト教徒の中には、 この戦争に反対し、 自分の信念のために大きな代償を払い、 牢獄につながれたり、 亡命を強いられたロシア人やウクライナ人がいます。 私たちはあなたがたと共にいます、恐れないでください、神を信頼し、共に平和の道を探していきましょう、と呼びかけています。

ロシアのすべての人に訴えます。 私たちは、 私たちに共通の平和な未来が可能であると信じています。

神のご意志に耳傾け、 すべてを捨てて神に従うためには、 沈黙と祈りが必要です。 私たちは、 お互いのために祈らなければなりません。 行いの伴わない信仰は空虚です。 共に信頼の道を探しましょう。

オシフィエンチム、 2024年10 月30 日

マンフレッド・ デセラーズ神父、 オシフィエンチム対話と祈りのセンター

ゲロルド・ ケーニッヒ 、「 パックス・ クリスティ 」、 ドイツ支部

ロベルト・ ジュレック博士、 欧州相互理解のためのクシジョワ財団ステファン・ バトルフ神父、 国境地帯精神文化財団

アンドレイ・ コルドチキン長司祭、 プロジェクト「 すべての人に平和を」

エドワード・ カワ、 コンベンツアル聖フランシスコ修道会、 リヴィウ大司教区補佐司教

* マンフレッド・ デセラーズ神父: 1955 年、 ドイツ、 デュッセルドルフ出身のカトリック司祭。 1994年から現在に至るまで、 30 年以上にわたって、 アウシュヴィッツ・ ビルケナウ国立博物館のガイドとして、 また隣接する対話と祈りのセンターで、 ドイツとポーランド、 キリスト教徒とユダヤ教徒の間の和解を生涯の仕事として尽力してこられた。

* 署名者出身国: ドイツ、 ポーランド、 ウクライナ、 ラトビア、 ロシア( 匿名 )、 カザフスタン、 オーストリア、 トルクメニスタン、 イタリア、 リトアニア、 スロバキア、 イスラエル、 日本( 2025 年2 月5 日現在)

* 署名先: lettertorussia2024@gmail.com .

氏名、 都市、 国をローマ字表記で。 所属先は任意。

* 原 文 : https://www.lettertorussia.eu/a-letter-from-christians( ロ シ ア 語 版 )

* 資料 :「 アウシュヴィッツ・ ビルケナウ 」、 Katholisch.de

 


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