伊藤 一子(レクレ-ション介護士、絵本セラピスト)
街角の小さな花壇に、色とりどりの花が咲いています。春の町は花の町です。終戦後の瓦礫の街を、花のあふれた街へとの希望を託して作られた歌、花の街(江間章子作詞 団伊玖磨作曲)の2番の歌詞に「美しい海をみたよ あふれていた花の街よ」の歌詞があります。この歌詞を口ずさむと思い出す絵本があります。「ルピナスさん 小さなおばあさんのお話」(バーバラ・クーニー 作、掛川恭子 訳、ほるぷ出版、1,595円、1987年)です。
絵本の表紙には、向かい風のなか、丘に立つ「ルピナスさん」の姿が描かれています。女性が一人で生きていくことの困難な時代、前を向いて凛としてひとり生きてきたおばあさんの生き方を表しています。
「アリス」と呼ばれた子供のころにおじいさんと交わした約束である ①遠い国に行くこと ②海のそばに住むこと ③世の中を美しくするために何かをすることを、「ルピナスさん」は生涯かけて実現していきます。大人になり、「ミス ランフィアス」となった「アリス」は、図書館司書として自立。その後、世界中を旅してたくさんの友人と交流します。やがて、腰を痛めたアリスは、海辺の家に住みます。療養のなかで、3番目のおじいさんとの約束を果たすことを考えます。世の中を美しくするために何をすればよいのか? 大好きなルピナスの花を村中に咲かすこと。健康を取り戻した「ミス ランフィアス」は、頭のおかしいおばあさんと言われながらも、ルピナスの種を村中に蒔いて歩きました。翌年、村のいたるところで、美しいルピナスの花であふれました。「ミス ランフィアス」は、村の人々から「ルピナスさん」と呼ばれるようになりました。今は小さなおばあさんとなった「ルピナスさん」は、孫姪のアリスをはじめ子供たちに、世界中を旅行したことなどを話して聞かせます。アリスは、「私は大きくなったら世界中を旅するの、海辺の家に住むの」というと、「ルピナスさん」は、「もう一つ、世の中を美しくするために何かしなくては」と言います。村には、様々な彩りのルピナスの花であふれ、子供たちが楽しそうに遊んでいます。
子供のころの「アリス」成年期の「ミス ランフィアス」老年期の「ルピナスさん」と呼び名が変わるのは、ライフステージの変化を表しているようです。人生の節目であるライフステージの変化は、生き方や価値観の変化をもたらします。海辺の家で療養している姿は、あたかも中年から老年期へと移る際の中年クライシスのようです。エリクソンはライフタスク論の中で、老年期の課題として、人生の統合をあげ、今までの人生での未解決の問題を解決していく時期とされています。おじいさんとの3つめの約束「世の中を美しくするために何かをする」は、まだ実現していない未解決の問題でした。やがて健康を取り戻した「ミス ランフィアス」は、村中にルピナスの花の種を蒔き、花にあふれる村を作るという社会貢献をなしとげ、「ルピナスさん」と呼ばれました。
子供のころのおじいさんとの約束は、ルピナスさんの生涯を貫く指針でした。3つの約束を果たした「ルピナスさん」は、今までの人生を肯定する「人生の統合」を成し遂げたのです。また、小さなおばあさんとなった「ルピナスさん」が、孫姪のアリスに、おじいさんとの3つの約束を引き継いでいくことは、次世代への文化の継承を表しているようです。村のいたるところに咲く彩り鮮やかなルピナスの花は,幸福な老いの象徴のようです。サクセスフルエイジングを成し遂げた「ルピナスさん」は、幸福な老いを目指す私たち高齢者に生き方のヒントを与えてくれます。
下萌や一輪小さく咲くもあり