一本の鉛筆から


伊藤 一子(レクレ-ション介護士、絵本セラピスト) 

私は今、数独に嵌っています。数独の問題集を解くには、鉛筆と消しゴムが必須アイテムです。鉛筆で数字を書くと、六角形の鉛筆の握り心地のよさ、木材の感触、芯の滑らかさが、五感に響きます。文字は、鉛筆で書くものから、キーボードやスマホで入力するものに、いつから変化したのでしょうか? デジタルでなく、アナログな五感を伴って文字を書くことの心地よさを、問題を解くたびに思い起こします。

鉛筆といえば、「一本の鉛筆」(作詞 松山善三、作曲・編曲 佐藤勝)という美空ひばりの反戦歌があります。1974年に発表された歌で、恋人を原爆で亡くした思いを一本の鉛筆に託して描かれています。終戦後すぐには、鉛筆や紙も貴重な時代がありました。心の奥の思いを文字につづり表出するのは、客観的に心を見つめるよすがであり、他者と心を通わせる方法でもあります。

鉛筆を題材にした絵本もあります。「一本の鉛筆のむこうに」(谷川俊太郎:文、坂井信彦ほか:写真、堀内誠一:絵、福音館書店)です。この絵本は、福音館の「たくさんの不思議」シリーズの第一作です。「たくさんのふしぎ」シリーズは、社会や科学の不思議について、小学生たちに具体的にわかりやすく解説しています。私たちが手にした一本の鉛筆、それは地球上の多くの人たちがかかわり、多くの時間を経過して、やっと私たちは、鉛筆を手にして文字を書くことができます。この絵本は、鉛筆ができるまでの一つ一つのかかわりを、写真や絵で解説していきます。

スリランカで黒鉛を掘り出す鉱夫のボディマハッタヤさんとその息子のサマンタ君との一家の生活。アメリカ合衆国でインセンス・シダーというヒノキを切り出す樵のダン・ランドレスさん。それを製材所へ運ぶトラック運転手のトニー・ゴンザレスさんと息子のアンソニー君。製材され乾燥された木は、コンテナに積まれ、メキシコのコンテナ船で日本に運ばれます。コンテナ船のコック長はミグエル・アンヘル・シップさん。コンテナ船を運航する乗組員のために毎日3食を作ります。日本の港で、コンテナをトレーラーに積み替えるスケラドル・キャリアの運転手は高橋清志さん。鉛筆工場の工員、大河原美恵子さんは、3人の子を持つ7人家族のお母さん。大河原さんの大家族の日常も描かれます。川崎の小学校の近くで文房具店を営む、佐藤きみさんと鉛筆を買う小学生たちの交流。

一本の鉛筆は、世界中のたくさんの人々の働きによって、やっと手にすることができるのです。自分一人では作り出すことができません。また、働く人々を支えている大切な家族がいます。たくさんの国の多様な職業の人々の働きがつながり、複雑に影響しあい、一本の鉛筆が生み出されます。まさに様々な関係性による相互依存(インターディペンデンス)が、私たちの社会を支えています。

ウクライナとイスラエルのガザの戦争は、エネルギーや食料品の物価高に波及し、日本の私たちの生活にも影響を及ぼしています。また、地球沸騰化は、生態系に多くの影響を及ぼしています。干ばつや洪水による飢餓や戦争による難民の増大も、日本にいる私たちの生活に無関係ではいられないのです。地球上に起こるあらゆることが、日本に暮らす私たちの生活に複雑に影響を与えています。遠い世界の戦争や難民の話も、他人事ではなく、わが事として、まずは知ることから始めてみようと思います。絵本のように、一本の鉛筆から世界へと思いを巡らす想像力を羽ばたかせたいものです。

  老いの身に小さき願いの注連飾り

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