松橋輝子(音楽学)
今年もクリスマスの季節がやってきました。クリスマスマーケットやイルミネーション、そしてクリスマス・キャロルを通して、そのことを実感しているかもしれません。
《さやかに星はきらめき》
美しいクリスマスの名曲と言えば、クリスマス・キャロル「さやかに星はきらめき」が思い浮かびます。この曲は初めてラジオで流された歌曲としても知られ、世界で最も愛されるクリスマス・キャロルの一つと言えるでしょう。フランスのパリで活躍した作曲家アドルフ・アダン(Adolphe Adam 1803-1856)による作品です。その名は知らなくとも、バレエ《ジゼル》を知っている人は多いと思いますが、その《ジゼル》を作曲した人物です。
この歌は、1843年にフランスの詩人プラシード・カポー(Placide Cappeau, 1808-1877)が書いたクリスマスの詩に1847年、アダンが旋律を付けたことで誕生しました。フランス語圏では、クリスマス・イブの徹夜ミサの始まりで歌われます。1855年にドワイト(John Sullivan Dwight 1813-1893)によって英語翻訳され、その詩を牧師、讃美歌作家である由木康(1896~1985)が翻訳した形が、現在日本で知られているキャロルです。一方で、ドワイトはかなり自由にフランス語の原詩から作詞しており、3番には、奴隷解放に関する内容などが含まれています。
Minuit, chrétiens,
c'est l'heure solennelle
où l'Homme Dieu descendit jusqu'à nous pour effacer la tache originelle
et de son père arrêter le courroux.
Le monde entier tressaille d'espérance
en cette nuit qui lui donne un sauveur.
Peuple à genoux,
attends ta délivrance!
Noël! Noël!
Voici le Rédempteur!
真夜中だ。キリスト教徒たちよ、
それは厳かな時です。
人となられた神が私たちのために降臨された
我々の原罪をあがなうために
そして父なる神の怒りを治めるために
救い主が遣わされたこの夜、
全世界が希望に震えます。
人々よ、跪きなさい、
解放の時を待ちなさい。
ノエル・ノエル
救い主イエス・キリストは今ここに。
《What Child Is This(御使いうたいて)》
続いて、イングランド民謡『グリーンスリーブス』のメロディに基づくイギリスのクリスマス・キャロル「What Child Is This(御使いうたいて)」を紹介します。詩は直訳すれば「このあかちゃんは誰?」。飼い葉桶に眠るイエス・キリストを初めて見た羊飼いたちが抱いたであろう率直な質問で始まります。
『グリーンスリーブス』の起源には諸説ありますが、イングランド西部地方に17世紀以前から伝わると言われています。旋律自体は非常によく知られており、例えば、1602年頃に書かれたシェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』では、2度もこの民謡が説明なしに言及されます。またこの旋律には1642年にはすでに《The Old Year Now Away Has Fled》という詩もつけられており、古くから季節的にも年末と結びつけられていました。
1865年ころイギリスの詩人ウィリアム・チャタトンディックス(William Chatterton Dix 1837-1898)発表した詩に、1871年、おそらくジョン・スタイナー(John Stainer 1840-1901)がこの旋律を当てはめ、クリスマス・キャロルとして歌われるようになりました。南北戦争後のアメリカに紹介されると、非常に普及しました。
What child is this, who, laid to rest
On Mary's lap, is sleeping?
Whom angels greet with anthems sweet,
While shepherds watch are keeping?
This, this is Christ the King, Whom shepherds guard and angels sing: Haste, haste to bring him laud,
The Babe, the Son of Mary!
これはいかなる子か
マリアの膝で眠っている
天使らが甘美な歌声で迎え
羊飼いが見守っている
彼こそ、王であるキリスト
羊飼いが守り、天使たちが歌う
急げ、彼を讃えよう
幼子、マリアの子を!
《すくいのみ子》
最後に、『カトリック聖歌集』からクリスマスの聖歌「すくいのみ子」を紹介します。この聖歌の原曲は、シュペー(Friedrich Spee 1591〜1635)によって1637年までに成⽴したとされる〈Zu Bethlehem geboren〉です。
ドイツ語のもとのテクストを見ると、一人称をふんだんに使った非常に情熱的な内容となっています。一人称を使うことによって、キリストと自分の関係が非常に密接なものとして描かれています。日本語の訳詩には、そのような文体は一切見られず、日本語の聖歌にはそもそもあまりなじみのない歌詞かもしれませんが、聖歌を通した神へ賛美も味わい深いでしょう。
1. Zu Bethlehem geboren
ist uns ein Kindelein;
das hab’ ich auserkoren,
sein eigen will ich sein, eia! eia! sein eigen will ich sein.
2. In seine Lieb’ versenken
will ich mich ganz hinab;
mein Herz will ich ihm schenken
und alles, was ich hab’.
eia! und alles, was ich hab.
3. O Kindelein, von Herzen
will ich dich lieben sehr,
in Freuden und in Schmerzen,
je länger mehr und mehr,
eia! je länger mehr und mehr.
ベツレヘムで
我々のために幼子が生まれた。
私はこの子を選んだ。
私は彼のものでありたい。
ああ、私は彼のものでありたい。
私は彼の愛の中に、
私自身を完全に沈めたい。
私の心、私の持っているすべてを、
彼に贈りたい。
ああ、私が持っているすべてを。
おお、幼子イエスよ。心から
私はあなたを愛したい。
喜びにおいても痛みにおいても。
できるだけ⻑く、ずっと、ずっと。
ああ、できるだけ⻑く、ずっと、ずっと。
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