『オスマン帝国英傑列伝 ――600年の歴史を支えたスルタン、芸術家、そして女性たち』


『オスマン帝国英傑列伝 ――600年の歴史を支えたスルタン、芸術家、そして女性たち』
小笠原弘幸著、 幻冬舎新書、 1,056円(税込)
2020年、新書判 ・ 本文336頁、

 

トルコの歴史上、最も強力な勢力として長く存続でしたのはオスマン・トルコでした。ルーム・セルジュークの地方勢力であったオスマン・トルコは、13世紀末に独立し、1453年にはビザンツ帝国を滅亡させ、その後もヨーロッパに勢力を拡大します。1529年と1683年には神聖ローマ帝国の都ウィーンを包囲するなど、近世ヨーロッパ世界の脅威であり続けたオスマン・トルコでしたが、18世紀前半の「チューリップ時代」という安定期の後、次第に衰退していきました。近代、産業革命に代表される変革期を迎えたヨーロッパに後れを取ったオスマン・トルコは、領土を次々と喪失していき、第一次世界大戦の敗北と革命により滅亡することとなります。

そんなオスマン・トルコの歴史を、国家の歴史としてではなく、人物の伝記として語る試みが『オスマン帝国英傑列伝 ――600年の歴史を支えたスルタン、芸術家、そして女性たち』です。本書は副題が示すように、国のトップであるスルタンの伝記だけでなく、芸術家や女性たちの伝記も含めることにより、重層的にオスマン・トルコの歴史を概観することができるようになっております。また、オスマン・トルコは、ムスリムのトルコ人だけの国ではなく、様々な宗教や民族的出自を持つ人々を包含する帝国であったため、本書にも元キリスト教徒の非トルコ人が多く登場し、その歴史と文化の豊かさの一端を垣間見ることができます。この本に登場する人々を簡単に紹介すると以下のようになります。

①オスマン・トルコの父であるオスマン世、②ビザンツ帝国を滅ぼしたメフメト世、③女奴隷から王妃にまで昇りつめて影の権力者となったヒュッレム(ロクセラーナ)、④「トルコのミケランジェロ」とも呼ばれた建築家ミマール・スィナン、⑤ハレムの長として権勢を誇った母后キョセム、⑥オスマン・トルコ美術史の新時代を拓いた画家レヴニー、⑦衰退するオスマン・トルコを改革したマフムト世、⑧近代オスマン・トルコ美術史を代表する画家オスマン・ハムディ、⑨フェミニストにして革命家でもあった小説家ハリデ・エディプ、そして、⑩オスマン・トルコを滅ぼしてトルコ共和国を建国したムスタファ・ケマル・アタテュルクです。これらの列伝に加え、オスマン・トルコにおける奴隷や犬・猫などの興味深いコラムも収録されています。また、従来の評伝の紹介にとどまらず、最新の研究の動向や現在のトルコにおける評価といった独自の観点も含まれているため、オスマン・トルコに詳しい方もそうでない方も楽しめる内容となっています。ここで紹介された人物の中の一人でも興味がわいたら、ぜひ本書を手に取ってお読みください。

石川雄一(教会史家)


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