石川雄一(教会史家)
頭巾を思わせる模様の入ったフランシスコ会の修道服風の茶色のボトルに、チングルム(腰帯)のような縄、歴史上の写本のような説明文が書かれたフランジェリコというお酒をご存じでしょうか。フランジェリコ(Frangelico)という名前を聞くと、初期ルネサンスの画家である福者フラ・アンジェリコ(Fra Angelico)と関係があるのか知りたくなります。そこで今月は、画家フラ・アンジェリコとお酒のフランジェリコについて取り上げてみます。
まずは、画家のフラ・アンジェリコについて少し学んでみましょう。フラ・アンジェリコとはイタリア語で「天使のような」(Angelico)「修道士」(Fra)という意味の尊称で、彼が生まれた時の名前はグイド・ディ・ピエトロといいます。ドミニコ会修道士であったフラ・アンジェリコは、ブルネレスキやマザッチョといった偉大なルネサンス芸術の先駆者たちの技法を学び、技術と霊性の双方が豊かな作品を数多く残しました。彼の代表作とみなされる《受胎告知》などをご覧になった方も少なくないのではないでしょうか。後期ゴチックと呼ばれる中世末期の美術とミケランジェロら盛期ルネサンス美術の橋渡し役を果たしたフラ・アンジェリコは、その敬虔な作品から昔から崇敬されており、20世紀にヨハネ・パウロ2世により正式に列福されました。なお、フラ・アンジェリコに関してはこちらの記事などでも紹介されていますので、よろしければそちらも併せてお読みください。
一方、お酒のフランジェリコは1978年に登場した比較的新しい商品ですが、公式サイトに記載されている伝説によると、このレシピは18世紀にイタリアのピエモンテ州のフランシスコ会士フランジェリコから伝えられたそうです。ということは、画家のフラ・アンジェリコは15世紀に活躍したドミニコ会士であるため、このお酒のレシピを伝えた18世紀のフランシスコ会フランジェリコと彼は別人ということができます。前述の通りフラ・アンジェリコとは、「天使のような修道士」という意味なので、それほど珍しい尊称ではなかったのかもしれません。
いずれにせよフランジェリコは、名前の点だけでなく味わいの点でも、画家フラ・アンジェリコとの接点を感じさせます。というのも、ヘーゼルナッツの香りがする甘いリキュールのフランジェリコは、柔らかで優しい味のお酒であるため、フラ・アンジェリコの画風を彷彿とさせるからです。ただし、アルコール度数は高めなので、お酒に弱い方は、何かで割るといいでしょう。例えば、ミルクで割ると、甘みと柔らかさがさらに増して飲みやすくなります。また、グレープフルーツジュースなど柑橘系ジュースで割るのもおすすめです。15世紀の画家フラ・アンジェリコとフランジェリコは直接的な関係はないようですが、それでもフラ・アンジェリコの名画に思いを馳せながら、フランジェリコを飲むのも乙ではないでしょうか。