古谷 章
私は前回1964年の東京オリンピックを中学一年生の時に迎えた。ちょうど学校のクラブ活動でバレーボールを始めたり、英語を習い始めて海外のことにも関心を持ち始めたり、まさに思春期のただなかにあった。だから某首相ならずとも、女子バレーボールや男子体操の金メダル獲得、マラソンの円谷選手の活躍に心を弾ませた覚えがある。
そんな中、忘れられない一つの発言がおぼろげではあるがずっと心に残っていた。それは開会式の日の夜、NHKのラジオかテレビの番組であるアナウンサーが熱を込めて次のように語っていたことだ。
いくつものオリンピックのシーンが印象に残っている中でこの言葉を忘れられずに今に至っていたのだが、雑誌「スポーツゴジラ(第28号)」(2015年9月刊)にアテネオリンピックの時の「栄光への架け橋だ」の放送で有名な刈屋富士雄アナウンサーの講演録が載っていた。その一部、学徒出陣に関する部分の概略は次のようなものだ。
和田氏は壮行会の一件以来、それまで以上に深酒をするようになって体調を崩し、病をおして派遣されたヘルシンキオリンピック(1952年)の帰路、パリで客死してしまう。40歳の若さだった。志村氏は2007年に94歳で亡くなったが人生の後半はうつ病を発病して「隠遁生活」だったという。ともに一見華やかなNHKのアナウンサーではあったが、戦争によってかき回されてしまった人生だったのだろうか。
さて今回のオリンピック。誘致に当たって「東京の夏はスポーツに最適なシーズンだ」「福島の汚染水は完全にコントロールされている」などと世界中に大嘘をついて選ばれた。その後は国立競技場の設計問題、エンブレムの盗作疑惑、招致活動の買収疑惑、人権意識どころか知性や常識のかけらもない組織委員会。様々な問題を抱えた中でコロナ禍を案じる国民の大多数の声を無視しての強行開催だ。
開催前は反対の論陣を張っていたマスコミも、いざ競技が始まると「応援」「感動」のオンパレードである。「戦争に送り出す中継」とまではいわないが、状況を客観視しない報道ではないか。かつて無謀な戦争に突き進んだ時のような政府に踊らされたマスコミによる世論誘導と言わざるを得ない。「同じ過ち」を繰り返しているように思えてならない。