やまじ もとひろ
この連載では「変わりつつある英語教育」をテーマに、中学校や高等学校における英語教育のシステムが深化している現状を追いかけています。
これまで新しい英語教育のあり方として、東京都の公立中学校で行われることになる「英語スピーキングテスト」(コロナ禍により1年間繰り延べ)と「ダブルディプロマ校(日本の学校と海外の学校、両校の卒業資格を得られる学校)」をご紹介し、つづいて「長期留学校(日本の学校に在籍中に1年程度海外の学校に留学できる学校)」として、その先鞭をつけた大阪の薫英高校を紹介しました(第8回~第11回を参照)。
そして、その薫英高校の長期留学システムを学んで追随し、ここ数年、生徒募集数を伸ばしている長期留学校、佼成学園女子高校(東京)の例を取り上げています。
いまから約20年前、世田谷区にある佼成学園女子中学校・高等学校は、生徒募集が年々減少し、苦境に陥っていました。このころからいわゆる「中学受験ブーム」が起こっていましたが、教育に新たな目立った機軸を打ち出せなかった佼成女子は、そのブームにも乗り切れず、とくに中学への入学者は、20人を下回ってしまったのです。
学年に1クラスしか設けられず、それも1クラス20人に満たないとなれば、翌年の募集が伸びないのは目に見えています。中学がそうなれば、2年後には高校も入学者が減っていくのは当然ともいえます。
そんな佼成女子は思い切った策に出ます。高校に「留学コース」を設置したのです。
佼成女子がモデルとしたのは1990年代に「留学」の成功で大変身した大阪の薫英高校でした。
2003年なかば、佼成女子は薫英高校を定年で退いた前副校長の山本喜平太氏を教育顧問として迎え、「留学」の準備にとりかかったのです。佼成女子にとっては「背水の陣」ともいえる「藁にもすがる思いの留学コース設置」でした。
翌2004年、その山本氏を副校長に据えて、佼成女子に「特進留学コース」が誕生します。この年は学校の創立50周年にあたる年でもあり、現在からみれば、まさに「ターニングポイント」となった年でした。
首都圏では例のない「クラスまるごと1年間留学」をうたった留学コース初年度への入学者は12人。
当時の教育関係者にいわせると「関西で成功例があったとはいえ、首都圏では例もなく先も見えていない、このコースへの志願者がいたこと自体が驚きだった」(森上教育研究所・森上展安所長)といいます。
その1期生12人は、その年の暮れまで、英会話力はもちろん、留学先のニュージーランド文化を学び、現地にあって英語で紹介できる日本文化の吸収といった準備学習のあと、入学してから10カ月後、ニュージーランドへと旅立っていきました。
「クラスまるごと1年間留学」という考え方は薫英高校と同じです。
ニュージーランドの学校には1人か2人。ホームステイでは各家庭に1人だけで溶け込みます。
日常生活で使えるのは英語だけですから、つらいこと苦しいことも起きますが、「クラスまるごと」だから「あの子も我慢しているはず」という思いが生まれます。顔は見えなくても仲間の絆を感じ「頑張るしかない」のです。
こうして「1人なのに団体戦」という見えない連帯感が生まれます。そして、苦しんで流した涙の分だけ英語力は向上していきました。
2005年の1年間をニュージーランドで過ごした留学1期生は、2期生と入れ替わるようにして帰国、その後の2006年1年間を大学進学に向け、クラス全員で過ごします。帰国しての大学受験も「クラスまるごと」だから、励まし合ってみんなで乗り越えることができたのです。
こうして迎えた1期生12人の大学進学実績は、明治大学2名、法政大学2名、青山学院大学1名など、それまでの佼成女子では考えられなかった大きな成果を上げることになります。
この「特進留学クラス」ができたことが校内全体にも活性化をもたらしました。
例えば佼成女子には、行事の1つに「英検まつり」というものがあります。同留学コース設置と同時に設けられたものですが、全校生徒が受検する英語検定(年2回)に合わせ、その2週間を「まつり」として、クラス対抗で取得級を競うものです。
体育祭や合唱祭といった他の行事でもクラスごとの団結が試されます。それと同じように競い合うのです。
中高時代の生徒の特性を捉えたやり方といえ、英検での取得級とその数は年々上昇、いまでは毎年1級取得者複数、準1級取得は中学生でもなしとげています。
留学コースが軌道に乗るにつれ、佼成女子の大学進学実績は例年、過年度を上回るようになっていきます。
実績伸長の原動力を行事に求めたことから、大学受験に向けても、留学コースだけではなく、各クラスがまとまっていったことも、息の長い伸びにつながります。
留学コースができてちょうど10年、ごほうびのようなできごとが起こります。
2014年に文科省が選定した「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」に選ばれたのです。国際的に活躍できる人材育成を重点的に行う高校を、初めて文科省が指定したものです。佼成女子は、全国56校のうちの1校となりました。私立高校は全国で18校だけしか選ばれていませんでした。
失礼ながら筆者が知る限りでは、56校の入学時の偏差値を下から数えれば、佼成女子はその名がすぐに出てきた学校でしょう。しかしながら、入学後の生徒に、この学校が力を注いで育んできたことが証明されるできごとが続きます。
選定校の成果を試す場として初めて開催された「2017年度SGH全国高校生フォーラム」で、佼成女子の生徒2人のペアが、参加133校(選定3年分)のうちで最優秀校に授与される文部科学大臣賞を受賞したのです。並みいる国立、私立の難関進学校を尻目に果たした優勝でした。
このペアは優勝で出場権を得たシンガポールでの国際大会「Global Link Singapore 2018」にも出場(アジアで37チーム参加)、第2位に輝きました。
特進留学コースはいまでは、国際コースのうちの留学クラスと名称を変え、もう1つのクラスはSGHの理念を継ぐスーパーグローバルクラスという名称です。一昨年来、国際コースは両クラスとも人気が上昇しています。
大学進学でも、近年では上智大学への進学実績を上昇させ注目されています。これらの変化を受けて、この春の募集結果も中学、高校とも十分な入学者数となっています。
「このままでは退職金も出ずに学校がなくなるのでは…」と教員が心配していた「あのころ」とは別の学校のようです。
スーパーグローバルクラスの生徒は、高3時にロンドン研修を行っています。こうしたつながりもあって、イギリスでも最難関校の1つであるSOAS(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院)への進学者が1人、2019年に出ています。
大学進学実績は年々伸び続けており、今春の進学実績はまだ確定値を出せませんが、中規模校でありながら昨春には国公立に23名、早慶上智に32名、東京理科大3名、GMARCH47名を送り出しているほか、前述のとおり、海外大学をめざす者も増えています。この数字は、すでにロールモデルとした薫英高校を上回っています。
長期留学校の代表として、佼成学園女子高校をご紹介しました。
次回は「国際バカロレア校」という、まだ聞きなれない学校の教育展開をご紹介する予定です。
[つづく]
やまじ もとひろ
教育関連書籍、進学情報誌などを発刊する出版社代表。
中学受験、高校受験の情報にくわしい。