アート&バイブル 61:聖マタイの召命


カラヴァッジョ『聖マタイの召命』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

この絵の作者、ミケランジェロ・メリジ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio, 生没年1571~1610)は、ミラノ付近のカラヴァッジョに生まれ、ローマ近郊のポルト・エルコーレで没しました。39歳に満たない生涯で、その創作活動は約10年の間に集中しています。しかし、彼の作品はイタリア・バロックを代表するとともに、「光と影の中に浮かび上がるリアリズム」という強烈な個性を放ち、それ以後の芸術家たちに大きな影響を与えるものとなりました。

彼の名が知られるようになったのは、サン・ルイージ・フランチェーゼ教会のコンタレッリ礼拝堂の壁を飾るこの作品です。デル・モンテ枢機卿が当時、無名だったカラヴァッジョに依頼したもので、フレスコ画ではなくキャンバス油彩画であったためにカラヴァッジョの鮮烈な個性が発揮され、彼はこの一枚の画によって、時代の寵児への階段を駆け上がり始めます。

聖マタイの召命は、マタイ福音書9章9~13節によると、次のような次第でした:

イエスが通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけます。そして言います。「わたしに従いなさい」。マタイは立ち上がってイエスに従いました。

イエスが彼の家で食事をしていたときのこと、徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していました。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに言います。「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」。これを聞いたイエスは言います。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

 

【鑑賞のポイント】

『聖マタイの召命』(1599年~1600年 キャンバス油彩 322cm×340cm ローマ サン・ルイージ教会所蔵)

(1)イエスの差し伸べる腕と指が、差し込んでくる光と同じ方向を示しています。ペトロはイエスの突然の言動に驚き、「先生、あの人は嫌われ者の収税人ですよ! 本当に良いのですか、辞めてくだいませんか」と言わんばかりの後ろ姿です。

(2)収税所にいた人々は突然の侵入者の姿と、その声に驚き、三人の人物は顔を振り向けて、「誰に呼びかけているのですか?」と疑問を呈している人物もいます。この机の真ん中に座っている年配者は、自分の胸の前に指さしのようなポーズを示しています。この人が「わたしですか?」といっているようにも思えます。

(3)しかしむしろ、イエスが「わたしについてきなさい」と呼びかけたその瞬間、まだ自分への呼びかけとは気がつかず、机に身を伏せるようにしてお金を数えている若い人物こそがマタイであるといわれています。

(4)この作品には、実際の出来事や舞台の上で行われているドラマがストップモーションになった瞬間を絵にしたような迫力、リアリティがあります。鮮烈な光と誰も逆らいえないイエスの声が、今しも聞こえてくるような迫真の一枚です。

 


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