幼い頃、年を取るということがどんなことかも分からず、大人になることを夢見ていたということはありませんか。ところが、ある年齢になり、何気なく見た地下鉄の窓に映る自分を見てギョッとしたことがあります。もう若くはないことは自覚していても、老け込んだつもりはないのに、自分の姿を見て現実を突きつけられる思いにいたることがあります。そんな女性を主人公にした映画に出会いました。今回ご紹介する映画は、「私の知らないわたしの素顔」です。
大学で文学を教えている50代のクレール(ジュリエット・ビノッシュ)は、カウンセリングルームで、新しく着任した精神分析医ボーマン(ニコール・ガルシア)に最初から自分の話をするように促され、渋々語り始めます。
長年連れ添った夫ジル(シャルル・ベルリング)と離婚し、子ども2人は夫の家とクレールの住む高層マンションを行き来しています。子どもたちのいない日には、若き建築家の恋人リュド(ギヨーム・グイ)と奔放な一夜を楽しんでいます。本気の恋のはずですが、あるときリュドに電話をすると、彼の仕事のパートナーで写真家のアレックス(フランソワ・シビル)に適当にあしらわれ、電話を切られてしまいます。
Facebookでもリュドの承認を拒否され、クララ・アントゥネス24歳という新しいアカウントを作成します。そのアカウントでリュドとつながるために、クレールはアレックスに近づきますが、クレールはアレックスに、アレックスはクララにはまっていきます。
Facebookにアレックスからコメントがあるだけでわくわくしてくるようになります。アレックスはしだいに写真を見たがるようになり、クレールはクララの写真をアップします。そこから2人の中は急速に深まり、遂には電話をし合うようになり、2人は、四六時中電話でつながるようになります。
ある時、アレックスが仕事でインドに2か月間行くと聞かされ、クレールは、不安で周囲が見えなくなります。離れている間に2人の気持ちはさらに高まり、アレックスは帰国した足でクララに会いにきますが、待ち合わせの場所で、クレールに気がつくことはありませんでした。傍にいたのにこなかったと怒りをあらわにするアレックスに恋人と同棲しているとクレールは嘘をつきます。大きなショックを受けたアレックスですが、クララを諦めることができず、パリに行く日にモンパルナスの駅に来てほしいと最後の賭けに出ます。
アレックスが降り立つホームにクレールは若作りの格好でいるのですが、アレックスは気がつくことはありません。アレックスがクララのいないことを傷ついた様子を見て、クレールも胸が引き裂かれる思いをし、2人の関係を終わらせる決意をします。
アレックスとの関係が終わったクレールは、現実の人生に打ちのめされ、なんとかアレックスの情報を得たいと疎遠になっていたリュドに連絡をとります。そこで、アレックスの自殺を知らされます。
クレールはボーマン医師に書き上げた小説をもっていきます。タイトルは「秘密の素顔」。その小説には、まったく別の物語が描かれていました。
なぜ、彼女は別人になりすまし、別の人生を歩んでいこうとしたのか、クララとは誰なのか、そして小説の中で現実とはまったく異なる物語を欠き、その小説の中でまで彼女は自分を傷つけようとするのか、それは観てのお楽しみです。
クレールは、「私のような人間にはSNSの世界は風の中のクモの巣のようなもの」といい、「SNSは本当の私の人生を生きるため」といいます。現実社会に傷つき、フィクションとの境目が分からなくなっていく女性の生き方を如実にあらわしたこの映画のラストは驚きの結末を迎えます。誰にでも起こりそうで起こらない世界がミステリー仕立てで描かれています。ぜひ映画館に足を運び見てはいかがでしょうか。
(中村恵里香、ライター)
2020年1月17日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
公式サイト:http://watashinosugao.com/
監督・脚本:サフィ・ネブー/共同脚本:ジュリー・ベール/音楽:イブラヒム・マーロフ/撮影:ジル・ボルト/原作:カミーユ・ロランス「Celle que vous croyez」
キャスト
ジュリエット・ビノッシュ、ニコール・ガルシア、フランソワ・シビル/マリー=アンジュ・カスタ、シャルル・ベルリング、ギョーム・グイ
2019年/フランス/101分/原題:Celle que vous croyez/英題:Who you think I am/配給:クレストインターナショナル
©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES