アート&バイブル 17:盲人を癒すキリスト


エル・グレコ『盲人を癒すキリスト』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

エル・グレコ(El Greco, 生没年1541~1614)は、クレタ島に生まれたギリシャ人で、イコン画家として出発しますが、26歳頃イタリアへ渡り、ヴェネツィアにおいて当時最高の画家であったティツィアーノ(Tiziano Vecellio, 1490頃~1576)に師事し、イタリア的な明朗な絵画を学びます。3年後にはローマへ移り、ファルネーゼ枢機卿の知己を得ますが、ローマで彼の作品が大きく評価されることはなく、10年に及んだイタリアでの生活を離れ、トレドへと赴き、その地でついに彼は不朽の名作を描くことになります。今回はイタリアでの修業時代の作品を紹介してみたいと思います。

この作品は「盲人を癒すキリスト」がモチーフとなっていますが、この時代はプロテスタントに対する対抗宗教改革の時代であり、霊的な啓発や啓示の象徴とも解釈されます。

 

【鑑賞のポイント】

(1)中心に描かれたキリストと盲人の姿
ひざまずいている盲人の片手にはまだ杖があります。もう片方の手はイエスの左手にすがっています。イエスは右手の親指と人差し指で彼のまぶたを開けようとするしぐさをしています。失われた彼の目に再び光を与え、見える力を回復させようとしているのです。(マルコ8:22~26参照)

エル・グレコ『盲人を癒すキリスト』(1571~72年、パルマ、国立絵画館所蔵)

(2)イエスの右側に立っている人々
このグループの人々をさえぎるように一人の人物が上半身裸体の姿で背を向けて立っています。その人は左手を差し伸べて天を示しています。洗礼者ヨハネの暗示と考えれば、今、イエスは天の御父のみ旨、御心、力を表していることを宣言しているかのようです。この人物群の中に16世紀当時の衣服を着て、こちらを見ている3人の人物が描かれています。この絵の注文主の姿を描いたものかもしれません。

(3)イエスの左側に立っている人々
左側には弟子たちのような人物たちが描かれています。イエスに一番近いところにいる人物は禿頭と白い髭でペトロを表しているのかもしれません。この左側のグループの前にも一人背を向けている人物が描かれています。この人はイエスの奇跡を見せないようにと妨げているのか、それとも反対に「見よ、この人のなさっていることを!」と叫んでいるようにも見えます。

(4)背景に描かれた建物とイエスと人々の間に描かれた小さな人物たち
この奇跡の物語は戸外を舞台としています。イエスの右側に立っている人々に一番近い手前に描かれている建物は古代建築の神殿のように見えます。その後ろにあるのは16世紀の建築物の書物に登場するような当時の最新の建築物です。そして遠景には古代の浴場のような建物が見えます。古代と現代が入り交じる様子は、ローマの町の風景を思わせます。私が興味を覚えるのは、イエスと左側の人物たちの間に座り込んで顔を突き合わせて話し会っているかのように見える老人と青年の姿です。伝統と新しさの調和が大切という象徴かもしれません。

 


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