アート&バイブル 6:天上の小園


上部ライン地方の画家『天上の小園』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

この絵は、ドイツの南西部に位置する上部ライン地方の画家が描いたとされる作品です。アルプスの向こう側には独自の文化がありました。この絵はドイツなどの地方でよく見られるテーマ「閉ざされた庭」(Hortus Conclusus ホルトゥス・コンクルースス)です。

上部ライン地方の画家『天上の小園』(1420年頃、フランクフルト市立美術館所蔵)

中世後期とルネッサンス期の画家たちは塀などで囲まれたあるいは閉ざされた庭で、腰を下ろす聖母を好んで描きました。フラ・アンジェリコ(生没年1400頃~1455)の描くお告げの場面も、この「閉ざされた庭」が舞台となっています。これは世俗的な汚れから完全に離脱していながらも、子どもを授かるという聖母を暗示するものでした。この「閉ざされた庭」は、旧約聖書の雅歌の一節(4・12「わたしの妹、わたしの花嫁は閉ざされた庭」)が出典元となっているのです。

上部ライン地方の画家たちもこのテーマやモチーフを好んで描きました。ケルンにある「バラ園の聖母」もこのテーマに沿ったものです。この上部ライン地方は、ローマ帝国時代にいち早くローマ文化が流れ込んだ地方であり、有名なラインヘッセンと呼ばれるドイツのワインの産地でもあります。

聖母のいる庭が楽園と同一視されたことにより、中世に入ると趣向を凝らした寓意的な花、果物、その他の物に宗教的な意味が付与されました。但し、注意深く見ると聖母の庭には動物は描かれていません。この絵にも様々な小鳥が描かれ、庭の外にある木の枝や壁や塀のところに羽を休めていたり、空を飛んでいたりしますが、聖母のいる庭に降りている姿は描かれていません。

 

【鑑賞のポイント】

(1)この中に登場している人物の中で一番上に描かれ、宝冠を被り、青い衣服を身につけ読書をしている女性が聖母マリアです。優美でやさしい表情で描かれています。

(2)その聖母の足元にいる幼子イエスはハープを奏でています。この幼子の相手をしているのは聖セシリアです。彼女は音楽の保護の聖人であり、ハープや楽器が彼女のアトリビュート(その聖人を表す持ち物)です。いたずらっぽい目をしている幼子の表情はとてもかわいらしいと思います。

フラ・アンジェリコ作『受胎告知』(1426年頃、プラド美術館所蔵)

(3)セシリアの背後に二人の女性が描かれています。一人は立ち上がって、手を伸ばし、サクランボを収穫しているようです。足元にはカゴが置かれており、その中にもたくさんのサクランボが入っています。サクランボは「天国の果実」と呼ばれることがあり、天国の報酬を暗示する果物として、聖母子とともに描かれることがあります。サクランボは二つの実が対になって実ります。楽園の真ん中にあった二本の木、「知恵の木の実」と「永遠のいのちの木の実」を表すものとして描かれたのでしょう。

(4)もう一人の女性は石の桶のようなところから柄杓で汲み出しています。ライン地方であることを考えると、これは石の酒舟(ブドウを踏んで絞り、ワインを作る)ではないでしょうか? またイエスを葬ったお棺を暗示するものとも……。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

1 + 15 =