エンドレス・えんどう 10


服部 剛(詩人)

先日、静岡・修善寺で行われた川端康成についてのイベントに行きました。『伊豆の踊子』をベースにしながら川端の生涯を辿る映像がスクリーンに映し出され、主人公の書生がトンネルの闇に入っていくことで、物語は旅の次元に入っていきます。

遠藤周作の『深い河』も、遠藤自身が意識して書いたかどうか定かではありませんが、同じ次元に入っていく場面があります。それは各々の人生の答を探してインドまで来た旅人たちを乗せたバスがトンネルに入ってゆく、次の場面です。

真暗な樹のトンネルをしばらく通ると、突然、遠くに光の一点が見えはじめた。臨死体験者たちは闇のトンネルの奥に光の一点を見るが、その体験と同じように闇の遠くで蛍火のような明りが少しずつ大きくなる。(*1)

聖地・ヴァーラーナスィという町に入ると同時に、登場人物らの脳裏にはそれぞれの過去の記憶が甦ってきます。 「人に歴史あり」と誰かが言ったように、私達一人ひとりの道を想うとき、歴史になっていることに気づきます。そこには人知れず喜びも悲しみもあるでしょうが、時にはそっと自分に〈今までよく歩いてきたねぇ…〉と囁いてみてもいいと思います。それは自分が歩いてきた道を味わい深く肯定する心となり、さらなる明日への道となってゆくでしょう。

「記憶」について、もう一つ大切なことは、「もしも、あの時――」という人生の岐路を思い返すと、忘れ得ぬ場面が今の自分につながっている、とわかります。その体験を自分の意識にのぼらせることで、現在を輝かせることができる気がします。

僕の例で言うと、高校三年生の時の失恋を思います。(惨めで、情けなくて、格好わるかった、でも、あの頃のどん底の自分がいたからこそ、僕は詩を書き始めた)など、人それぞれに歴史を振り返ると、過去の出来事から密かな深いメッセージを感じることでしょう。

『深い河』の登場人物たちのように、時には旅に出ることが人生の大事なきっかけを生むものです。それと同時に、一見、何の変哲も無い日々を歩むことが、実は<旅そのもの>であり、あなたをあなたの物語へと誘う<密かなトンネル>は、日常の中に潜んでいるのです。

 

*1 『深い河』遠藤周作(講談社)より引用。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

sixteen + six =