《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 13:主イエス・キリストの恵み


主イエス・キリストの恵み

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答五郎……さて、「父と子と聖霊によって」「アーメン」というやりとりについて、結構、いろんなことが含まれていることを見たのだけれど、少し難しくなったかもしれないね。三位一体というキリスト教の核心に触れるところでもあったしね。ただ、この句も祈りを始めるときの慣用句といえばいえないこともない。このあとのやりとりからがほんとうにミサらしくなってくるのだけれど、どんなことばが唱えられているだろう。

女の子_うきわ

美沙………「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが皆さんとともに」「また司祭とともに」ですね。

 

 

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答五郎……ミサの中で何回か出てくる対話句でね。司式者と会衆の間でのあいさつのやりとりだよ。たぶんその言い方がいちばん多いと思うが、聞いてどんな感じがしているかな。

 

 

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問次郎……キリスト、神、聖霊と三つ出てくるところにリズムを感じますね。三位一体ということと関係があるのでしょうか。

 

 

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答五郎……そのとおりだよ。神の愛の神とは、父である神という意味でね。子であるキリスト、父である神、聖霊がバランスよく触れられている、美しい句だと思う。

 

 

女の子_うきわ

美沙………恵み・愛・交わりということばが、とても豊かなだなぁと感じて心に響きます。ミサを見学する前から、ずっと緊張しているので、このことばが唱えられると、なにかほっとするのです。

 

 

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答五郎……実はこの言葉は聖書の中にあるのだよ。使徒パウロの「コリントの信徒への手紙 二」の最後にね。新共同訳では「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように」(二コリント13・13)とある。同じなんだ。

 

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問次郎……「皆さんとともに」という句の意味は、「ともにあるように」なのですね。

 

 

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答五郎……『ミサ典礼書』では、ここで司式者が唱えることばにはほかにもあってね。たとえば「主イエス・キリストによって、神である父からの恵みと平和が皆さんとともに」。これも、実はパウロの手紙の最初のほうのあいさつの中でよく出てくるのだよ(ローマ1・7、一コリント1・3等)。他の手紙にも似たような言い回しがあって、いちばん簡潔なのは「主は皆さんとともに」だけれど、いずれにしても、聖書の中のあいさつの伝統がよく息づいているものだよ。

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問次郎……ほんとうに、使徒の手紙でのあいさつのことばがミサでも使われているのですね。ということは
どういうことなのでしょうか?

 

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答五郎……使徒の手紙というのは、最初それが送られた教会の集会で皆の前で朗読されていたらしい。ほんとうに使徒がそこに行って話しているような感じで読まれたのだよ。あいさつのことばも、ほんとうに使徒が信者の集会に行って、そこで皆の前で告げるあいさつだということになる。「使徒的あいさつ」と呼ばれるものでね。これをミサで告げるのは自然なことなのだよ。

 

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問次郎……使徒の手紙がぐっと生き生きとしたものに思えてきますね。

 

 

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答五郎……その集会が発展したのが今のミサの集いだろう。2000年近く前に使徒たちが告げたあいさつには思いが詰まっている。それが大切に受け継がれて、ミサのあいさつのことばになったのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙………それだけ長い歴史があるとは知りませんでしたが、重みのあることばだなぁとは感じていました。

 

 

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答五郎……重みというのは、ここで告げられていることばがただのことばではないというところから来ると思うよ。

 

 

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問次郎……どういうことでしょうか。

 

 

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答五郎……「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが皆さんとともに」……じっくり味わってごらん。キリストの恵み、神の愛、聖霊がもたらしてくれる交わりが、今、ミサの集いの中にあふれるほどにあるということを語っているだろう。その豊かさに気づかせてくれることばなのだよ。

 

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問次郎……ミサの集いに満ちあふれている……?

 

 

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答五郎……そのことに気づかせてくれるだけで、何かじわじわと喜びが湧いてくるのではないかな。力が与えられる気になる。自分も、まだ信者になる前にミサの見学を始めたときには、「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが皆さんとともに」ということばで励まされたものだよ。使徒的あいさつは同時に「使徒的祝福」のだよ。

 

女の子_うきわ

美沙………そんな祝福を実感するので、皆さんの「また司祭とともに」という声がとても強く、勢いのあるものとなっているのですね。

 

 

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答五郎……「また司祭とともに」も、ミサの中で何回か繰り返される重要なことばだよ。少し休んでから考えてみよう。

 

(企画・構成=石井祥裕/典礼神学者)


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