さて、この連載も4回目になり、少々前置きが長くなりましたが、『深い河』という小説の本題に入っていきましょう。そうは言っても、あらすじをすべて話すと面白くないので、僕も、机の上に置いた文庫本のページをめくりながら、〈目に見えないもの〉と対話するように、この文を綴ってゆこうと思います。(文庫本の表紙は窓からの風に揺れ…今にも、何かを伝えたいようです)
第1章の冒頭では病室の風景が描かれています。重い病を抱えた婦人は窓外に立つ樹を、静かにみつめています。残り少ない枯れ葉を風にそよがせながら、その樹は〈音の無い声〉で婦人に語りかけるのです。〈命ガ消エルコトハアリマセン…〉と。
遠藤周作は『ボクは好奇心のかたまり』という本を出しているように、世の中のちょっと不思議な話を否定せず、むしろ関心を示していました。婦人に窓外の樹が語りかける、というこの情景にも、そんな好奇心が表れているのでしょう。
誰にも深い悩みを抱える季節がある、と思います。僕の姉も若い頃に苦悩したことがあり、部屋に置かれた植木鉢の花には何でも話せるように感じ、心を養うかのように、心を込めて毎日、水をあげると――その花はとっくに枯れる季節になっても、明るく咲き続けたそうです。(似たエピソードが、遠藤のエッセイにもあります)
このエピソードを姉から聞いた私は、きっと〈植物にも心らしきもの〉があるのだ、と感じました。サン=テグジュペリが記した『星の王子様』の中にある、「大切なものは、目に見えない」という言葉は有名ですが、この世の中には時折、目には見えない不思議なこともあるようです。
日々の悩みは、無いに越したことはありませんが、もし悩んでいなくても、あなたの部屋の温かな窓辺に一鉢の花を置き、心を込めて水をやり、話しかければ、その花はあなたの〈かけがえのない友〉になるかもしれません。
(服部剛/詩人)