「自然な興味を大切に」……人はいろいろなことに興味を抱き、それをより深く知り、またそれとかかわろうと求めながら、自らの個性を築いていくもの。人、歴史の出来事、社会事象、芸術作品、宗教とさまざまなことがらへの興味を育て深めていくにあたり、AMORでは、キリスト教のことをしっかりと視野に入れて語りだしたいと考えています。とかく日本人が意識の外に押しやりがちなキリスト教に、新たな形で出会えたら素晴らしい! そんな期待をもって望む「陽だまりの丘」に、ぜひ皆様、お越しください。(ピーワイ)
ほんとはこの Web-Magazine のタイトルは「AGAPE」にしたかったのですが、「それはあまりにキリスト教臭い」といわれて断念しました。しょうがないので「AMOR」で軽くいこうと思います。ここはみなが「宗教くささ」を嫌っています。キリスト教の中でしか通じない言葉をさけ、自分たちだけが福音をもっているという独善性を排し、社会の中のなにげないことに福音を見出すというつもりで、読者のみなさんと一緒に作りあげていきたいと強く望んでいます。(や)
人生には通過儀礼があり、中学生から高校生へ、高校生から大学生、そして社会人へとそれぞれの節目に夢と希望と共に悩みも生まれます。ぼくは30代になるときに壁にぶつかりました。そのとき偶然にマザー・テレサを知り、励まされ、キリスト教へと導かれていきました。いまも悩み多く通過儀礼中ですが、これからは「陽だまりの丘」を訪ね、福音をみつけてゆきたいと思っています。そう、「AMOR」(アモール)と声をかけながら……(K.U.)
テレビの世界では一年を4つに分けて、それぞれの1クールのうちに無数の番組が放送されます。日々、まるで物語が消費されているかのようです。それはテレビに限らず雑誌や音楽にも言えます。アモールでは、過ぎ去らない物語が語られようとしています。一つひとつのエピソードが、記事が、解説が、みなさんの心の糧となりますように。スタッフ一同一丸となって、生きた言葉をお届けしてまいります。(Y.I.)
日本では「信仰」というと、ネガティブなイメージがあるかもしれません。本来、宗教心は人間が心の奥底で求めているもの。靄(もや)に覆われているかの如く、真の希望が見えづらい現代において『AMOR』が、人々に開かれた信仰のメッセージを届ける存在となることを願っています。目に見えぬ磁力で集った編集メンバーと執筆陣により織り成されるこのウェブマガジンが、教会の外にいる皆さんにも福音を届ける、かけがえのない手紙となりますように(剛)
何年か前に『Pen』のキリスト教特集号や『ふしぎなキリスト教』などが話題になりましたが、キリスト教のことを「知りたい」という人は意外と(?)珍しくないようです。かくいう私も、そのような人間の一人です。信者ではありませんが、その立場を活かして、漫画や小説といった身近なものや、信仰や教義に関わる根本的な疑問、逆にキリスト教ってこういうものなんじゃないの?というイメージなどから企画を考え、皆さんの「知りたい」に応えられるような場所にしていきたいと思います。(T.N.)
一応賛助会員になっているというのに、今日AMORを知りました。なかなか頼もしい発想というか、かなりの本気度にこちらもワクワクしてきました。日本の教会、特にカトリックは「翻訳の宗教だなー」と感じることは多い。「自分の言葉で自分の信仰を語るように」と教えた神学校時代の神父さんは僕らを送り出したのと同時に還俗してしまいました。しかし、「何とか自分の言葉で」は彼の遺言みたいにボクの中で生きています。6名の皆さんの言葉に同じ路線を感じました。ご活躍を祈ります。