『彼女が目覚めるその日まで』

抗NMDA受容体脳炎という病気をご存じでしょうか。日本でも年間1000人ほどの人がかかっている病気ということですが、ほとんど知られていない病気のようです。この病にかかった女性を描いた映画が期せずして日本とアメリカで作られ、日本の映画は『8年越しの花嫁』と題して現在公開中です。ともに実話を元に構成されています。残念ながら日本映画はまだ観ていないのですが、アメリカの映画の方は見ることができましたので、皆さんにご紹介したいと思います。

憧れのニューヨーク・ポスト紙で駆け出しの記者として働き始めた21歳のスーザン・キャラハン(クロエ・グレース・モレッツ)の毎日

© 2016 ON FIRE PRODUCTIONS INC.

は、希望と喜びに満ちていました。いつか1面の記事を書くと燃えていました。プライベートでも、プロミュージシャンを目指すスティーヴン(トーマス・マン)とつきあい始め、会うたびに想いを深めていっていました。

そんな中、離婚してしまっていながらも、娘を通して良好な関係を築いている父(リチャード・アーミティッジ)と母(キャリー=アン・モス)がバースデイ・パーティを開いてくれます。それぞれのパートナーと最愛のスティーヴンに囲まれてキャンドルを吹き消そうとしたとき、初めて体調の異変を感じます。皆の声が遠のき、めまいを覚えたのです。

デスクのリチャード(タイラー・ベリー)からスキャンダルを抱えた上院議員のインタビューを任されることになりますが、体調は日に日に悪化し、視界が揺れ、会話も聞き取れず、夜も眠れなくなります。そんな体調ですから、まともな文章が書けるわけがありません。締切を守れなくなるばかりでなく、綴りや文法までミスをしてしまいます。やがて手足がマヒするようになり、病院で診察を受けますが、検査結果はすべて異常なしでした。
そんな中、ついに取り返しの付かない大失態をスザンナは演じてしまいます。上院議員のインタビューの席上、スキャンダルに引っかけた下品なジョークで彼を侮辱してしまいます。リチャードから激しく叱責されますが、なぜそんな言葉出て来たのかスザンナにもわかりません。

その後、激しいけいれんの発作を起こすようになり、両親に付き添われて精密検査を受けますが、そこでも異常は見られないといわれます。劇的な幸福感に包まれたかと思うと、深い絶望感と被害妄想がわき起こり、周囲の人を罵詈罵倒するなど、両親ですら手に負えなくなってしまいます。

© 2016 ON FIRE PRODUCTIONS INC.

何度検査を受けても異常なしの状態で、とうとう精神病院への転院を薦められます。恋人スティーヴンは「絶対治るから、一緒に頑張ろう」と支え続けますが、手足が動かなくなり、全身が硬直し、口もきけなくなってしまいます。
スザンナがどのようにして抗NMDA受容体脳炎という診断に行き着いたのか、そしてその後病は克服できたのか、職場へは復帰できるのかなどは観てのお楽しみです。

私がこの映画をぜひ皆さんに見ていただきたいと思ったのは、訳のわからない病に突き当たったとき、本当に助けてくれる存在が身近にいるということです。心から自分を信頼し、救いの手をさしのべてくれる存在がどれほど心強いものかスザンナを通して感じることができました。「だれか助けて」と声を上げなくても、だれかが見ていてくれるそんな存在を感じられるこの映画は生きようとする私たちの応援歌のような気がします。

中村恵里香(ライター)

12/16(土)より角川シネマ有楽町他全国ロードショー
監督・脚本:ジェラルド・バレット/製作:AJ・ディクス、ベス・コノ、シャーリーズ・セロン、リンジー・マカダム、ロブ・メリリーズ
出演:クロエ・グレース・モレッツ、トーマス・マン、キャリー=アン・モス、リチャード・アーミティッジ、タイラー・ペリー、ジェニー・スレイト
原作:『’脳に棲む魔物』スザンナ・キャハラン著・澁谷正子訳(KADOKAWA刊)
2016年/カナダ・アイルランド/英語/カラー/5.1ch/スコープ/89分/G/字幕翻訳:松浦美奈
公式サイト:http://kanojo-mezame.jp


私は幸福(フェリシテ)

あなたにとって幸福って何でしょうか。ある人はお金というかも知れませんし、人間関係という人もいるかも知れません。いえ、もっと違うものという人もいるでしょう。その形はきっとそれぞれだと思います。

本当の幸福って何だろうと考えさせられる映画に出会いました。その映画を今回はご紹介したいと思います。

舞台は中央アフリカのコンゴ民主共和国です。幸福、祝福という意味の名を付けられたフェリシテ(ヴェロ・ツァンダ・ベヤ)はバーで

© ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS – KATUH STUDIO – SCHORTCUT FILMS / 2017

唄うことで生計を立てています。彼女の歌声は、エネルギーそのものといった感じです。ある朝、フェリシテの家の冷蔵庫が壊れます。近所の子供に修理屋を呼んで来させると、そこに来たのは、彼女が唄うバーでいつも酔っ払い、女を口説いているタブー(パピ・ムパカ)でした。冷蔵庫はファンがいかれているというのですが、2週間前にモーターを修理したばかりのフェリシテは、修理より新品を買うほうがいいと渋々ながらタブーにお金を渡し、冷蔵庫を頼みます。

そこに1本の電話がかかります。病院からの電話で、彼女の一人息子、サモ(ガエタン・クラウディア)が交通事故に遭ったというものでした。急いで病院に駆けつけますが、大部屋に寝かされている息子は、意識はあるが、呼びかけても何の反応も見せません。

息子サモは、左足を開放骨折しており、手術が必要な状態で、治療費が100万フランかかるといいます。何としてもお金を集めるので、手術をしてほしいと頼むフェリシテに前払いをしなければ手術は出来ないと医師は告げます。

これまで人に頭を下げることをせず、一人の力で生きてきたフェリシテにとって、それは大変なことでした。

バーではタブーが彼女のために客から金を集め、バンドメンバーもお金を出します。でもそれだけではとても足りないのです。

ここまでのお話ではそんなに魅力のある話には見えないかもしれません。ここから話は佳境に入るのですが、フェリシテの周囲の人間関係が如実に出る作品ですので、見ていただきたいと思います。

なぜ彼女はフェリシテという名前になったのかも大きく関係していきます。幸福とは縁遠いような彼女の生活も息子の事故により大きく変わっていきます。

© ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS – KATUH STUDIO – SCHORTCUT FILMS / 2017

息子は助かるのか、元旦那さんとの関係や、お金をどうやって集めるのか、タブーとの関係は?

人に頭を下げず、いつも一人でお金に執着していたフェリシテにとって、本当の幸福とは何なのでしょうか。彼女の心の変遷が大きく映画の世界に誘っていきます。

コンゴという私たちにとって、あまりなじみのない土地へ誘い、その国の現状がフェリシテとタブーによって身近に感じられるようになります。

まったく笑うことのないフェリシテの心の変遷をぜひご覧ください。本当の幸福とは何か、心に突き刺さるものがあるはずです。

蛇足になりますが、この映画にはアフリカの音楽が溢れています。その迫力にはなぜか心が揺さぶられます。

中村恵里香(ライター)

 

12月16日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

監督・脚本:アラン・ゴミス、撮影:セリーヌ・ボゾン、編集:ファブリス・ルオー、アラン・ゴミス、音響監督:ブノワ・ド・クレルク
出演:ヴェロ・ツァンダ・ベヤ、パピ・ムパカ、ガエタン・クラウディア、カサイ・オールスターズ他

原題:Félicité |製作年:2017年|製作国:フランス、セネガル、ベルギー、ドイツ、レバノン

129分| DCP |1.66|5.1ch |カラー:リンガラ語&チルバ語&フランス語

字幕:斎藤敦子 字幕監修:奥村恵子 配給:ムヴィオラ
公式HP:www.moviola.jp/felicite/

 


「プラハのモーツアルト——誘惑のマスカレード」

モーツアルトという作曲家はあまりに有名で、知らないという人はいないのではないかと思います。ところが、モーツアルトの書いたオペラ作品を映画化されたものは結構あるのですが、モーツアルトを主人公にした映画は存外に少ないのをご存じでしょうか。

今回、モーツアルト自身を主人公にした映画が日本で公開されるというので、すごく楽しみに試写会場に出向きました。

この映画、モーツアルトが「フィガロの結婚」を書き上げ、その後「ドンジョバンニ」を書き上げるまでの1年間を描いた作品です。

1787年、プラハでは、モーツアルトの新作『フィガロの結婚』の話題で持ちきりでした。上流階級の人々は、連日ノスティッツ劇場での上演に詰めかけ、歓喜し、その従僕やメイドまでその一説を口ずさむほどの熱狂振りでした。劇場のパトロン、名門のサロカ男爵(ジェームズ・ピュアフォイ)の邸宅で宴会が開かれ、その場でモーツアルトが話題に上ります。自然とモーツアルトを招待しようということになります。各自が寄付を行い、残りを男爵が持つということになります。

その頃、モーツアルト(アナイリン・バーナード)は失意のどん底にいます。息子ヨハンを病気で失い、妻はその傷を癒やすために温泉へ療養に出かけたため、ウイーンに一人残されていました。孤独に苦しむ彼にとって、プラハで活躍するオペラ歌手ヨゼファ・ドウシェク夫人(サマンサ・パークス)邸に逗留しないかという誘いは、何よりも嬉しいものでした。プラハに赴いたモーツアルトは、『フィガロの結婚』のリハーサルと、新作『ドンジョバンニ』の作曲に取りかかります。ところが、『フィガロの結婚』のケルビーの役の歌手が突然役を降り、ドイツに帰ってしまいます。サロカ男爵の推薦で代役に決まったのがスザンナ・ルプタック(モーフィーッド・クラーク)です。彼女の美貌と溢れるばかりの才能に魅了されるモーツアルトとスザンナ、スザンナをわが物にと狙うサロカ男爵、モーツアルトを亡き者にしたいザルツブルク大司教から派遣されたノフィの暗躍が物語を盛り上げます。

© TRIO IN PRAGUE 2016.

この2人の運命は、そして、『ドンジョバンニ』はどのような展開の物語になるのか人間関係が複雑に絡み合っていきます。

そしてこの物語の一つの魅力は、プラハの町並みです。百塔の都と称されるプラハの美しい街並みが存分に映画を盛り上げています。要所要所に配される『フィガロの結婚』の音楽も映画の魅力となっています。オペラファン、クラッシク好きな方はもちろん、オペラは……、クラッシックは……と思っている方もきっとこの映画を観ればその音楽に魅了されるのではないかと思います。ぜひ映画館で見て下さい。

中村恵里香(ライター)

 

監督・脚本:ジョン・スティーブンソン/脚本:ブライアン・アシュビー、ヘレン・クレア・クロマティ/制作:ヒュー・ペナルット・ジョーンズ、ハンナ・リーダー/美術:ルチャーナ・アリギ 衣装:パム・ダウン

出演:アナイリン・バーナード、モーフィッド・クラーク、ジェームズ・ピュアフォイ、サマンサ・バークス

2016年/UK・チェコ合作/103分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/原題:Interlude in Prague/字幕翻訳:チオキ真理/

配給:熱帯美術館提供:熱帯美術館、ミッドシップ

公式ホームページ:Mozart-movie.jp

 


『悪魔祓い、聖なる儀式』

伊藤淳(清瀬教会主任司祭)

 人間vs.悪魔/“エクソシスト”は現代に存在した!/ヴァチカン騒然!1200年も続く秘儀“悪魔祓い”外部に閉ざされてきた神秘の現場、世界初公開/本当に悪魔はいるのか?社会が抱える闇とは?さまよえる現代人必見、究極の「癒し」を体感/神父、我を救い給え/ヴァチカン騒然‼ 現代のエクソシストの実情に迫った衝撃のドキュメンタリー!

…チラシに並べられた宣伝文句の数々である。子供の頃、かの伝説的映画『エクソシスト』を観て夜中にトイレに行けなくなった経験を持つ者(私です)にとって、怖いもの見たさの感情を再燃させるに十分過ぎるこのキャッチーなコピーにのせられ、私はおそるおそる試写室の椅子に身を沈めた。

そして94分後、顔をそむけることも悲鳴を上げることもなく、無事に試写室をあとにすることができた。全然怖くなかった。むしろ面白かった。これなら、時々テレビでやってる日本の除霊の番組の方がよっぽど怖い。

この作品はドキュメンタリーであり、映し出される悪魔祓いの映像はすべて本物である。それなのに、あるいはそれゆえに、恐怖に震え

© MIR Cinematografica – Operà Films 2016

あがるような場面はひとつもない。首がぐるぐる回転したり、ブリッジの体勢で階段を降りたりするような悪魔の所業は、幸か不幸かまったく映っていないのである。この映画に出てくる悪魔憑きに限って言えば、それらは超常現象などではなく、常識の範囲内で説明可能なもののように私には思えた。

監督のフェデリカ・ディ・ジャコモは、本作で第73回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門最優秀作品賞を受賞しているが、審査員も監督自身も、この作品を怪奇現象をとらえたものとして評価しているわけではないだろう。この映画が描こうとしているのは、悪魔祓いのおどろおどろしさではなく、日常の営みの中で負わされてしまった精神的、霊的な悩みや苦しみや痛みを癒してもらうべく、特異なかたちで希求する人々の姿であり、その苦悩になんとか寄り添い力になろうとする、善良で純朴なエクソシストの姿なのだ。それゆえ、テレホン悪魔祓いとか、合同祓魔式とか、国際エクソシスト講習会とかいったアップトゥデイトな悪魔祓いの様子が、当事者たちの真剣さとは裏腹に、時にユーモアさえ醸し出す結果になっている。

それにしても、キャッチコピーにある「ヴァチカン騒然」というのはいったい何事か。何が原因でどのような騒ぎになったのか。そのあたりの説明は映画の中にはないので、一言ふれておく必要があるだろう。

© MIR Cinematografica – Operà Films 2016

この作品、確かにヴァチカンでは評価されなかった。それは、この映画に登場するエクソシスト神父の悪魔祓いが、公式な典礼規定から逸脱しているからであり、しかもそれを映画に撮らせ、公開してしまったからである。つまり、「大変だ!門外不出の悪魔祓いの秘儀が暴かれてしまった‼」と大騒ぎになったわけではなく、「これがカトリック伝統の悪魔祓いだと誤解されると困るなぁ…」と少しだけ心配されたのである。その程度の反応が、「ヴァチカン騒然」の真実なのである。コピーは煽り過ぎなのである。

もう一言、加えておきたい。

友人の精神科医にこの映画の内容を伝えて意見を求めたところ、映っていたような悪魔憑きは、精神医学ではトランス及び憑依障害とされ、適切な治療によって快癒する可能性が十分にあるものだと教えてくれた。そして、悪魔に憑かれた(とされる)人とエクソシスト神父との間に共依存関係が生じて症状が悪化してしまわないか心配だと、同じ神父である私を気遣ってちょっと遠慮がちに付言した。

ヴァチカンより精神医学界の方がよっぽど騒然としそうな問題作ではある。

監督:フェデリカ・ディ・ジャコモ
原題:LIBERAMI/2016年/イタリア・フランス/94分/日本語字幕:比嘉世津子/配給・宣伝:セテラ・インターナショナル

11月渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開


 


ジュリーと恋と靴工場

フランスといえば、サンジェルマン通りやエッフェル塔など、パリをすぐに思い浮かべる人も多いでしょう。かくいう私もその1人です。

今回ご紹介する映画はフランスの片田舎ロマンという土地で職もなく、金もなく、彼氏もいない25歳の女性が主人公の物語「ジュリーと恋と靴工場」です。

不況の中で、これといって特技もなく、恋人に振られ、銀行口座も心も空っぽで、唯一の望みが正社員になることというジュリー(ポーリーヌ・エチエンヌ)は靴屋の売り子をしていますが、試用期間中に契約を打ち切られてしまいます。求人雑誌片手に手当たり次第、面接にいっても正式採用されることはありませんでした。

そんなどん底の状態でようやく試験採用されたのは高級靴メーカーの工場の倉庫管理でした。近代化の波が押し寄せる工場は閉鎖が噂されていました。その波にあらがおうと必死に闘う靴職人たちにまきこまれ、危うくクビになりそうになりながら、ほのかな恋の予感を感じつつ、懸命に生きるジュリーの姿に心打たれるものがあります。

近代化をしようとするオーナーとそれによるリストラを懸念する女性たち攻防には、経営者としての方針に対抗する職人の意地とプライドをかけたたくましい女性たちが描かれています。

この映画の見どころは、ミュージカル調で描かれていることです。かなり前、ある有名人が「ミュージカルは何でこんなところで踊るの? セリフでなく、何で歌なのと感じて好きでない」といって話題になったことがありますが、コメディ仕立てにしたこの映画では、ダンスがすごく光っています。工場の中でストライキを催す女性たちの姿を描くとどうしても重くなりがちですが、ミュージカルにするからこそ、重くならずそれでいて少々滑稽とも思える場面構成ができるのだと、感心しました。それになんといっても、どこにでもいそうな女の子ポーリーヌ・エチエンヌがすごくコケティッシュです。

ジュリーは正式採用されるのか、ちょっと気になる男性との恋の行方は、リストラは本当にあるのか、工場の行方は。気になることが満載のこの映画をぜひ、映画館でご覧ください。

中村恵里香(ライター)

© 2016 LOIN DERRIÈRE L’OURAL – FRANCE 3 CINÉMA – RHÔNE-ALPES CINÉMA

脚本・監督:ポール・カロリ、コスティア・テスチュ

出演:ポーリーヌ・エチエンヌ、オリヴィエ・シャントロー、フランソワ・モレル 他

提供:ギャガ、ロングライド

配給:ロングライド

サウンド・トラック:ランブリング・レコーズ

9/23(土)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国公開

 

公式HP:julie-kutsu.com

 


50年後のボクたちは

映画の日本語タイトルに疑問をもったことがありませんか?

今回ご紹介しようと思った映画ははっきり言って、なぜこのタイトルなの? という疑問がいっぱいの映画です。といっても、内容はすごくすてきな友情物語だからご紹介したいと思った次第ですが……。

原題は“Tschick”。なぜこのタイトルが日本のタイトル「50年後のボクたちは」に変わったかは作品を観ていただければ一目瞭然です。この作品には原作があります。ドイツで220万部を超える大ベストセラーになった児童小説“Tschick”です。日本では『14歳、ぼくらの疾走』(小峰書店)となっています。

14歳というと、大人になりっきていないけれども、子供でもない微妙な年頃で、人生に悩みを持ったりする頃です。そんな14歳のマイク(トリスタン・ゲーベル)は、臆病者で、クラスのはみ出しものです。授業でアル中の母親のことを作文にして発表するや同級生からは「変人」扱いされます。

でも、14歳にありがちな、片思いをクラスメイトのタチアナにしています。3週間後にあるタチアナの誕生日に何か特別なプレゼントをと考え、創意工夫を始めます。

そんなある日、転校生がやって来ます。担任に「自己紹介を」といわれれば、「面倒くせぇ」といい、目つきも悪く、変な髪型で、二日酔いというとんでもない奴です。彼の名はチック(アナンド・バトビレグ・チョローンバータル)。ロシアのかなり遠いところから移住してきたようです。マイクの隣の席に座ることになりますが、目を合わせようとはしませんでした。

終業式の日、タチアナの誕生日は明日になっていますが、マイクとチックにはパーティの招待状が届きません。夜、酔い潰れた母を迎えに行くと断酒の専門病院に行くと言い出します。

こうして夏休みが始まります。母は病院へ出発し、父は20ユーロを置いて愛人と2週間の出張旅行に出かけていきます。

突然チックが青いおんぼろのディーゼル車に乗ってやって来ます。嫌がるマイクをよそに2人は招待されなかったタチアナの誕生日パーティに渡せなかったプレゼントを届けに行きます。チックに背中を押されてマイクはプレゼント渡します。中身を見て驚くタチアナをよそにすがすがしい顔で会場を後にします。

ここから2人の旅が始まります。無免許で、チックの祖父が住むというどこにあるかわからない“ワラキア”へ向かう2人。そこにはさまざまなすてきな出会いがあります。無謀とも思える旅ですが、そこには深い友情が芽生えてきます。

旅の詳細はぜひ映画館で見て下さい。そこには深い友情の芽生えとすてきな出会いが待っています。2人の少年の出会いと友情物語に自分も14歳であった時代を思い起こすことでしょう。

中村恵里香(ライター)

 

スタッフ

監督:ファティ・アキン/脚本:ファティ・アキン、ラース・フーブリン/原作:ヴォルフガング・ヘンドルフ他

キャスト:トリスタン・ゲーヘル、アナンド・バトビレグ・チョローンバータル、メルセデス・ミューラー他

2016年・ドイツ・原題:Tschichk/93分/配給:ビターズ・エンド

公式ホームページ:http://bitters.co.jp/50nengo

9月16日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー

 


スキップ・トレース

ジャッキー・チェンといえば、香港映画を代表するスターですし、世界を股にかけるカンフー映画のスターというイメージの方が多いのではないでしょうか。私は、これまであまりジャッキー・チェンに興味もなく、かなりの数の映画に出演している彼の映画をあまり観ていませんでした。今回なぜか試写状を手にし、いってみようかなという気になりました。

香港のベテラン刑事ベニー・チャン(ジャッキー・チェン)は、相棒ユンを殺した疑いで9年間も香港の犯罪王ヴィクター・ウォンを追っています。その捜査の際、ヴィクター・ウォンにつながる人物たちを追跡中、付近の住宅に甚大な被害を与え停職処分になってしまいます。

一方、ベニーがユンから託され育ててきた娘サマンサ(ファン・ビンビン)は、マカオのカジノで働いていますが、そこでヴィクターの犯罪に巻き込まれてしまいます。サマンサを救うべく、ベニーは事件の鍵を握るアメリカ人詐欺師コナー・ワッツ(ジョニー・ノックスヴィル)を追って一路 ロシアへ向かいます。そこでロシアン・マフィアに拘束されていたコナーを無事救出し、連れ戻そうとしますが、なぜか2人とも追われる身になってしまいます。

©2015 TALENT INTERNATIONAL FILM CO., LTD. & DASYM ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

まじめなベテラン刑事とあちらこちらのマフィアから狙われている札付き詐欺師が一緒になってロシアから世界各国へと逃走劇が続きます。はたして香港へ帰り着けるのか。そして、サマンサは助かるのか、犯罪王ヴィクター・ウォンとはどんな人物なのかは観てのお楽しみです。

アクションあり、笑いあり、ハラハラドキドキありといったまさにジャッキー・チェンの映画らしい映画です。でも、ここでご紹介しようと思ったのは、そんな娯楽映画の部分ではありません。まじめなベテラン刑事のベニー・チャンと、行き当たりばったりで札付きの詐欺師コナー・ワッツは、一見水と油のようですが、家族と縁の薄い孤独という共通点があります。1人でいることを愛しているように装っている2人にも、切望する愛と家族への憧れがありました。この映画の裏に潜む孤独と愛への切望を、そして驚くようなエンディングを楽しみに観ていただければと思います。

原題・英題 :skiptrace

©2015 TALENT INTERNATIONAL FILM CO., LTD. & DASYM ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

監督:レニー・ハーリン
出演:ジャッキー・チェン、ジョニー・ノックスヴィル、ファン・ビンビン
提供:カルチュア・パブリッシャーズ KADOKAWA
配給:KADOKAWA  2016年/アメリカ・中国・香港合作/107分

公開日 :2017年9月1日より現在公開中

公式サイト :skiptrace-movie.jp


あしたは最高のはじまり

シングルファーザーや男手の子育て奮闘記を描いた作品というと、「I am Sam アイ・アム・サム」「クレイマー、クレイマー」「赤ちゃんにバンザイ!?」「赤ちゃんと僕」「チョコレートドーナツ」など、たくさんの映画があります。これは映画としておもしろい題材と思われているのかも知れませんが、これらの映画はどれも、ユーモアを交えながらも、父と子の愛情を描き、私たちの心を打つ映画として記憶に残っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

同じようなテーマでも、描き方でこんなに作品が変わるのかと思われる映画「あしたは最高のはじまり」をご紹介します。

PHOTO : Julien PANIÉ

南フランスのコートダジュールで観光クルージング船の船長をし、遊び放題遊び、毎日がバカンスとばかりにおもしろおかしく暮らしていたサミュエル(オマール・シー)の前にクリスティン(クレマンス・ポエジー)が突然姿を現します。サミュエルは彼女と、いつ関係を持ったのかもあやふやな状態です。そんな彼に、クリスティンは、生後数か月の赤ん坊グロリアが実の娘だと告げ、グロリアを手渡したまま行方をくらましてしまいます。

戸惑ったのは、サミュエルです。彼女と出会ったロンドンへ、グロリアを抱いて向かいます。ロンドンに着いたものの、行方はつかめない上に財布を落としてしまい、途方に暮れているところにテレビプロデューサーのベルニー(クレマンス・ポエジー)が現れます。ゲイである彼は、サミュエルに一目惚れ。部屋を分け与えるだけでなく、英語の話せない彼のためにスタントマンという仕事まで与えてくれます。

8年の歳月が流れ、グロリア(グロリア・コルストン)は、明るく元気な少女に成長します。

スタントマンとして成功をしたサミュエルの仕事場にグロリアはマネージャーとして付き添うまでに深い絆で結ばれていました。そしてベルニーはグロリアには叔父のような存在で、3人は誰よりも深い絆で結ばれた幸せな家族そのものでした。

PHOTO : Julien PANIÉ

しかし、グロリアが大きくなれば、当然のように母親の存在を気にします。娘を傷つけたくないばかりに母親の職業を偽り、母からのメールを偽造します。そんな母親をすごいと喜ぶグロリアですが、それでも会いたいと懇願します。

そんな時に本当の母親が出現します。

母の出現で話は一変します。ここからは観てのお楽しみです。サミュエルとグロリアの関係はどうなるのか。グロリアとクリスティンは。サミュエルとクリスティンは。あっと驚く結末も待っています。

この映画の見どころはたくさんあります。アットホームでありながら、2人の男性のユニークな子育て、ユーモラスな会話などなど、生きるとは、そして子育てとはどういうことなのか、そして最も大切な親子の愛情をまざまざと見せてくれる作品です。ぜひ映画館に足を運んで観てください。

中村恵里香(ライター)

原題:Demain Tout Commence

PHOTO : Julien PANIÉ

監督:ユーゴ・ジェラン

出演:オマール・シー クレマンス・ポエジー アントワーヌ・ベルトラン グロリア・コルストン

2016年/フランス/カラー/117分/字幕翻訳:星加久実

© 2016 – MARS FILMS – VENDÔME PRODUCTION – POISSON ROUGE PICTURES – TF1 FILMS PRODUCTION – KOROKORO

2017年9月9日(土)より角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、渋谷シネパレス他全国ロードショー

公式サイト :http://ashita-saikou.jp


静かなる情熱−−エミリ・ディキンスン

エミリ・ディキンスンという詩人をご存じでしょうか。現代では、最もキリスト教的詩人として高い評価を受けている作家でもありますが、私がエミリ・ディキンスンと出会ったのは、大学時代の一般教養で学んだ英語の授業でした。でも、その時は、きれいな詩だなという印象しかありませんでした。英語の原文の醸し出す美しい響きに感銘したということに過ぎなかったのです。エミリ・ディキンスンに魅了されたのはそれから5年ほどたった編集者時代でした。

© A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rights Reserved.

ある作家の方の所へ通っていた頃、「きみは詩は誰のものが好き」というひと言からでした。実は、詩があまり好きでなかった私は、「詩はどうも」という返事しかできませんでした。その先生から「日本人の詩は言葉遊びのような気がするからかね」と聞かれ、生意気盛りの私は「言葉遊びというよりも、言葉をいじくりすぎていて、感銘をうけずらい」と答えました。その時、その先生から渡された一篇の日本語の詩がありました。見たこともない言葉の羅列に、びっくりしたのです。それは、その先生が試訳されたエミリ・ディキンスンの詩でしたが、こんな訳ができるのかと目からうろこの落ちる思いでした。それからディキンスンの詩に夢中になりかけたこともありましたが、日本語に訳されたその詩は、先生が訳されたものとはほど遠く、ほどなく忘れてしまいました。

今回、ディキンスンの生涯が映画になると聞き、その頃の心浮き立つ思いが甦るように、試写会場に足を運びました。詩は知っていましたが、彼女の生涯にまで目を向けてはいなかったからです。

19世紀半ばのマサチューセッツ州のマウント・ホリヨーク女子専門学校に通っていたエミリ・ディキンスンは、校長から、信仰について問われると、「信仰についてまだ信じられない」と答えます。このままでは学校に残ることもできない状況のエミリを家族が迎えにやって来ます。

© A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rights Reserved.

家に帰り、弁護士である父から夜詩作にふけることを許されたエミリは、詩を作ることに没頭していきます。妹ラヴィニアから資産家で快活な性格のヴライリング・バッファムを紹介されます。ヴライリングはユーモアを交えつつ、本音で語る進歩的な女性です。ヴライリングに影響されたエミリは、牧師との祈りの時にも反抗的な態度を示すようになります。注意を与える父親に対し、「キリスト教でいることは安全。でも魂はわたしのもの」と言い放ちます。

時は南北戦争時代です。ディキンスン家にも戦争の足音が聞こえてきます。詳細は観てのお楽しみです。ヴライリングや、家族との関係。周囲の人との軋轢。彼女の孤独がどこから生まれ、それによる詩作が今の彼女の地位を作ったとも言える生涯が描かれています。

生前たった10作しか発表していなかったエミリは「後世の名声は、不遇だったものに与えられる」といっています。彼女の美しい詩作が作品の中にちりばめられ、終焉を迎えるまでのすさまじい情熱の根源が描かれた作品です。

(中村恵里香/ライター)

 

2017年7月29日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
監督:テレンス・デイヴィス
出演:シンシア・ニクソン/ジェニファー・イーリー/キース・キャラダイン
2016年/イギリス・ベルギー/英語/カラー/125分/シネマスコープ/ドルビーデジタル/DCP
原題:A QUIET PASSION 字幕:佐藤恵子 字幕監修:武田雅子
提供:ニューセレクト/ミモザフィルムズ 配給:アルバトロス・フィルム/ミモザフィルムズ
宣伝:ミモザフィルムズ 宣伝協力:テレザ/高田理沙
後援:日本エミリィ・ディキンスン学会/ブリティッシュ・カウンシル
公式ホームページ:www.dickinson-film.jp


「パトリオット・デイ」

今世界の各地でテロといわれる殺戮が行われています。そんな不穏な状況の中、2013年4月15日に起きたボストンマラソンのテロ事件を扱った映画が公開されることになりました。

この事件、ニュースから流された衝撃的な映像が今もこころに焼き付いています。しかし、テロがあったことと、犯人がつかまったことだけが日本ではニュース等で流されました。その裏にどんなことがあったのか、私たちが日本にいるからなのか、それともアメリカでも同じ扱いなのか、知る術がありませんでした。

4月15日というのは、アメリカでは「愛国者の日」という祝日で、英語でパトリオット・デイというのだということも、無知な私はこの映画で知りました。この記念日を祝して、アメリカで最も古い町ボストンではマラソン大会が開かれるようです。

© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

第117回ボストンマラソンのスタートの日、ボストン警察殺人科の警部トミー・サンダース(マーク・ウォールバーグ)は警備係としてボストンマラソンのフィニッシュ地点にかり出され、警備をしているところで、爆発事件に遭遇します。この映画、ストーリーをお話しするよりも、さまざまな人間関係をさらっと流しながら、核心を突いた演出がされていますので、まずは映画を観て下さいとお伝えしておきます。

そこで、印象的な台詞のシーンをご紹介し、この映画の誘いにできればと思います。

犯人の一人、兄のタメルラン・ツァルナエの妻が警察に拘束され、尋問を受けるシーンで「私たちイスラム教の信者の妻たちには2つの道しかない。“戦いと服従”」といいます。そして、その戦いと服従は夫に対してと神に対してだというのです。イスラム教という宗教には女性は髪を隠さなければならず、聖堂には入れない宗教といった漠然としたイメージがありますが、ここまでいわなければならないほど、女性に厳しいのかと驚きを感じました。

一方、主人公トミー・サンダースは、犯人の一人を追い詰めていく中で、同僚に自身の経験を吐露した後、「悪魔と戦う武器はひとつしかない。それは愛だ」といいます。愛を伝え合うのに一番有効なのは、抱きしめることだともいうのです。

これは宗教観の違いかもしれませんが、後者のほうにどうしてもこころが惹かれます。

© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

テロと戦うその他大勢になりがちな警察官とFBI職員たちの犯人を追い詰めていく姿にもこころ震えるものがあります。すべてを一から映像化するのではなく、ドキュメンタリータッチで実際の映像を交えながら作られる手法のとりこになること請け合いです。

監督はこのコーナーで4月にご紹介した「バーニングオーシャン」を手がけたピーター・バーグです。実際の事件を見ているような迫力があります。

それともう一つ、映画のストーリーが終わった後に実際に事件に遭った人たちや事件に関わった人たちの証言がありますが、これにも迫力があります。実在の事件を扱った映画の難しさを越えた愛のものがたりがここにはありました。

 

 

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監督:ピーター・バーグ
出演:マーク・ウォールバーグ、ケヴィン・ベーコン、ジョン・グッドマン、J・K・シモンズ、
ミシェル・モナハン

原題:PATRIOTS DAY /2016年/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1ch/2時間13分
日本語字幕:松崎広幸
配給:キノフィルムズ
公式サイト:www.patriotsday.jp