『悪魔祓い、聖なる儀式』

伊藤淳(清瀬教会主任司祭)

 人間vs.悪魔/“エクソシスト”は現代に存在した!/ヴァチカン騒然!1200年も続く秘儀“悪魔祓い”外部に閉ざされてきた神秘の現場、世界初公開/本当に悪魔はいるのか?社会が抱える闇とは?さまよえる現代人必見、究極の「癒し」を体感/神父、我を救い給え/ヴァチカン騒然‼ 現代のエクソシストの実情に迫った衝撃のドキュメンタリー!

…チラシに並べられた宣伝文句の数々である。子供の頃、かの伝説的映画『エクソシスト』を観て夜中にトイレに行けなくなった経験を持つ者(私です)にとって、怖いもの見たさの感情を再燃させるに十分過ぎるこのキャッチーなコピーにのせられ、私はおそるおそる試写室の椅子に身を沈めた。

そして94分後、顔をそむけることも悲鳴を上げることもなく、無事に試写室をあとにすることができた。全然怖くなかった。むしろ面白かった。これなら、時々テレビでやってる日本の除霊の番組の方がよっぽど怖い。

この作品はドキュメンタリーであり、映し出される悪魔祓いの映像はすべて本物である。それなのに、あるいはそれゆえに、恐怖に震え

© MIR Cinematografica – Operà Films 2016

あがるような場面はひとつもない。首がぐるぐる回転したり、ブリッジの体勢で階段を降りたりするような悪魔の所業は、幸か不幸かまったく映っていないのである。この映画に出てくる悪魔憑きに限って言えば、それらは超常現象などではなく、常識の範囲内で説明可能なもののように私には思えた。

監督のフェデリカ・ディ・ジャコモは、本作で第73回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門最優秀作品賞を受賞しているが、審査員も監督自身も、この作品を怪奇現象をとらえたものとして評価しているわけではないだろう。この映画が描こうとしているのは、悪魔祓いのおどろおどろしさではなく、日常の営みの中で負わされてしまった精神的、霊的な悩みや苦しみや痛みを癒してもらうべく、特異なかたちで希求する人々の姿であり、その苦悩になんとか寄り添い力になろうとする、善良で純朴なエクソシストの姿なのだ。それゆえ、テレホン悪魔祓いとか、合同祓魔式とか、国際エクソシスト講習会とかいったアップトゥデイトな悪魔祓いの様子が、当事者たちの真剣さとは裏腹に、時にユーモアさえ醸し出す結果になっている。

それにしても、キャッチコピーにある「ヴァチカン騒然」というのはいったい何事か。何が原因でどのような騒ぎになったのか。そのあたりの説明は映画の中にはないので、一言ふれておく必要があるだろう。

© MIR Cinematografica – Operà Films 2016

この作品、確かにヴァチカンでは評価されなかった。それは、この映画に登場するエクソシスト神父の悪魔祓いが、公式な典礼規定から逸脱しているからであり、しかもそれを映画に撮らせ、公開してしまったからである。つまり、「大変だ!門外不出の悪魔祓いの秘儀が暴かれてしまった‼」と大騒ぎになったわけではなく、「これがカトリック伝統の悪魔祓いだと誤解されると困るなぁ…」と少しだけ心配されたのである。その程度の反応が、「ヴァチカン騒然」の真実なのである。コピーは煽り過ぎなのである。

もう一言、加えておきたい。

友人の精神科医にこの映画の内容を伝えて意見を求めたところ、映っていたような悪魔憑きは、精神医学ではトランス及び憑依障害とされ、適切な治療によって快癒する可能性が十分にあるものだと教えてくれた。そして、悪魔に憑かれた(とされる)人とエクソシスト神父との間に共依存関係が生じて症状が悪化してしまわないか心配だと、同じ神父である私を気遣ってちょっと遠慮がちに付言した。

ヴァチカンより精神医学界の方がよっぽど騒然としそうな問題作ではある。

監督:フェデリカ・ディ・ジャコモ
原題:LIBERAMI/2016年/イタリア・フランス/94分/日本語字幕:比嘉世津子/配給・宣伝:セテラ・インターナショナル

11月渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開


 


ジュリーと恋と靴工場

フランスといえば、サンジェルマン通りやエッフェル塔など、パリをすぐに思い浮かべる人も多いでしょう。かくいう私もその1人です。

今回ご紹介する映画はフランスの片田舎ロマンという土地で職もなく、金もなく、彼氏もいない25歳の女性が主人公の物語「ジュリーと恋と靴工場」です。

不況の中で、これといって特技もなく、恋人に振られ、銀行口座も心も空っぽで、唯一の望みが正社員になることというジュリー(ポーリーヌ・エチエンヌ)は靴屋の売り子をしていますが、試用期間中に契約を打ち切られてしまいます。求人雑誌片手に手当たり次第、面接にいっても正式採用されることはありませんでした。

そんなどん底の状態でようやく試験採用されたのは高級靴メーカーの工場の倉庫管理でした。近代化の波が押し寄せる工場は閉鎖が噂されていました。その波にあらがおうと必死に闘う靴職人たちにまきこまれ、危うくクビになりそうになりながら、ほのかな恋の予感を感じつつ、懸命に生きるジュリーの姿に心打たれるものがあります。

近代化をしようとするオーナーとそれによるリストラを懸念する女性たち攻防には、経営者としての方針に対抗する職人の意地とプライドをかけたたくましい女性たちが描かれています。

この映画の見どころは、ミュージカル調で描かれていることです。かなり前、ある有名人が「ミュージカルは何でこんなところで踊るの? セリフでなく、何で歌なのと感じて好きでない」といって話題になったことがありますが、コメディ仕立てにしたこの映画では、ダンスがすごく光っています。工場の中でストライキを催す女性たちの姿を描くとどうしても重くなりがちですが、ミュージカルにするからこそ、重くならずそれでいて少々滑稽とも思える場面構成ができるのだと、感心しました。それになんといっても、どこにでもいそうな女の子ポーリーヌ・エチエンヌがすごくコケティッシュです。

ジュリーは正式採用されるのか、ちょっと気になる男性との恋の行方は、リストラは本当にあるのか、工場の行方は。気になることが満載のこの映画をぜひ、映画館でご覧ください。

中村恵里香(ライター)

© 2016 LOIN DERRIÈRE L’OURAL – FRANCE 3 CINÉMA – RHÔNE-ALPES CINÉMA

脚本・監督:ポール・カロリ、コスティア・テスチュ

出演:ポーリーヌ・エチエンヌ、オリヴィエ・シャントロー、フランソワ・モレル 他

提供:ギャガ、ロングライド

配給:ロングライド

サウンド・トラック:ランブリング・レコーズ

9/23(土)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国公開

 

公式HP:julie-kutsu.com

 


50年後のボクたちは

映画の日本語タイトルに疑問をもったことがありませんか?

今回ご紹介しようと思った映画ははっきり言って、なぜこのタイトルなの? という疑問がいっぱいの映画です。といっても、内容はすごくすてきな友情物語だからご紹介したいと思った次第ですが……。

原題は“Tschick”。なぜこのタイトルが日本のタイトル「50年後のボクたちは」に変わったかは作品を観ていただければ一目瞭然です。この作品には原作があります。ドイツで220万部を超える大ベストセラーになった児童小説“Tschick”です。日本では『14歳、ぼくらの疾走』(小峰書店)となっています。

14歳というと、大人になりっきていないけれども、子供でもない微妙な年頃で、人生に悩みを持ったりする頃です。そんな14歳のマイク(トリスタン・ゲーベル)は、臆病者で、クラスのはみ出しものです。授業でアル中の母親のことを作文にして発表するや同級生からは「変人」扱いされます。

でも、14歳にありがちな、片思いをクラスメイトのタチアナにしています。3週間後にあるタチアナの誕生日に何か特別なプレゼントをと考え、創意工夫を始めます。

そんなある日、転校生がやって来ます。担任に「自己紹介を」といわれれば、「面倒くせぇ」といい、目つきも悪く、変な髪型で、二日酔いというとんでもない奴です。彼の名はチック(アナンド・バトビレグ・チョローンバータル)。ロシアのかなり遠いところから移住してきたようです。マイクの隣の席に座ることになりますが、目を合わせようとはしませんでした。

終業式の日、タチアナの誕生日は明日になっていますが、マイクとチックにはパーティの招待状が届きません。夜、酔い潰れた母を迎えに行くと断酒の専門病院に行くと言い出します。

こうして夏休みが始まります。母は病院へ出発し、父は20ユーロを置いて愛人と2週間の出張旅行に出かけていきます。

突然チックが青いおんぼろのディーゼル車に乗ってやって来ます。嫌がるマイクをよそに2人は招待されなかったタチアナの誕生日パーティに渡せなかったプレゼントを届けに行きます。チックに背中を押されてマイクはプレゼント渡します。中身を見て驚くタチアナをよそにすがすがしい顔で会場を後にします。

ここから2人の旅が始まります。無免許で、チックの祖父が住むというどこにあるかわからない“ワラキア”へ向かう2人。そこにはさまざまなすてきな出会いがあります。無謀とも思える旅ですが、そこには深い友情が芽生えてきます。

旅の詳細はぜひ映画館で見て下さい。そこには深い友情の芽生えとすてきな出会いが待っています。2人の少年の出会いと友情物語に自分も14歳であった時代を思い起こすことでしょう。

中村恵里香(ライター)

 

スタッフ

監督:ファティ・アキン/脚本:ファティ・アキン、ラース・フーブリン/原作:ヴォルフガング・ヘンドルフ他

キャスト:トリスタン・ゲーヘル、アナンド・バトビレグ・チョローンバータル、メルセデス・ミューラー他

2016年・ドイツ・原題:Tschichk/93分/配給:ビターズ・エンド

公式ホームページ:http://bitters.co.jp/50nengo

9月16日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー

 


スキップ・トレース

ジャッキー・チェンといえば、香港映画を代表するスターですし、世界を股にかけるカンフー映画のスターというイメージの方が多いのではないでしょうか。私は、これまであまりジャッキー・チェンに興味もなく、かなりの数の映画に出演している彼の映画をあまり観ていませんでした。今回なぜか試写状を手にし、いってみようかなという気になりました。

香港のベテラン刑事ベニー・チャン(ジャッキー・チェン)は、相棒ユンを殺した疑いで9年間も香港の犯罪王ヴィクター・ウォンを追っています。その捜査の際、ヴィクター・ウォンにつながる人物たちを追跡中、付近の住宅に甚大な被害を与え停職処分になってしまいます。

一方、ベニーがユンから託され育ててきた娘サマンサ(ファン・ビンビン)は、マカオのカジノで働いていますが、そこでヴィクターの犯罪に巻き込まれてしまいます。サマンサを救うべく、ベニーは事件の鍵を握るアメリカ人詐欺師コナー・ワッツ(ジョニー・ノックスヴィル)を追って一路 ロシアへ向かいます。そこでロシアン・マフィアに拘束されていたコナーを無事救出し、連れ戻そうとしますが、なぜか2人とも追われる身になってしまいます。

©2015 TALENT INTERNATIONAL FILM CO., LTD. & DASYM ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

まじめなベテラン刑事とあちらこちらのマフィアから狙われている札付き詐欺師が一緒になってロシアから世界各国へと逃走劇が続きます。はたして香港へ帰り着けるのか。そして、サマンサは助かるのか、犯罪王ヴィクター・ウォンとはどんな人物なのかは観てのお楽しみです。

アクションあり、笑いあり、ハラハラドキドキありといったまさにジャッキー・チェンの映画らしい映画です。でも、ここでご紹介しようと思ったのは、そんな娯楽映画の部分ではありません。まじめなベテラン刑事のベニー・チャンと、行き当たりばったりで札付きの詐欺師コナー・ワッツは、一見水と油のようですが、家族と縁の薄い孤独という共通点があります。1人でいることを愛しているように装っている2人にも、切望する愛と家族への憧れがありました。この映画の裏に潜む孤独と愛への切望を、そして驚くようなエンディングを楽しみに観ていただければと思います。

原題・英題 :skiptrace

©2015 TALENT INTERNATIONAL FILM CO., LTD. & DASYM ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

監督:レニー・ハーリン
出演:ジャッキー・チェン、ジョニー・ノックスヴィル、ファン・ビンビン
提供:カルチュア・パブリッシャーズ KADOKAWA
配給:KADOKAWA  2016年/アメリカ・中国・香港合作/107分

公開日 :2017年9月1日より現在公開中

公式サイト :skiptrace-movie.jp


あしたは最高のはじまり

シングルファーザーや男手の子育て奮闘記を描いた作品というと、「I am Sam アイ・アム・サム」「クレイマー、クレイマー」「赤ちゃんにバンザイ!?」「赤ちゃんと僕」「チョコレートドーナツ」など、たくさんの映画があります。これは映画としておもしろい題材と思われているのかも知れませんが、これらの映画はどれも、ユーモアを交えながらも、父と子の愛情を描き、私たちの心を打つ映画として記憶に残っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

同じようなテーマでも、描き方でこんなに作品が変わるのかと思われる映画「あしたは最高のはじまり」をご紹介します。

PHOTO : Julien PANIÉ

南フランスのコートダジュールで観光クルージング船の船長をし、遊び放題遊び、毎日がバカンスとばかりにおもしろおかしく暮らしていたサミュエル(オマール・シー)の前にクリスティン(クレマンス・ポエジー)が突然姿を現します。サミュエルは彼女と、いつ関係を持ったのかもあやふやな状態です。そんな彼に、クリスティンは、生後数か月の赤ん坊グロリアが実の娘だと告げ、グロリアを手渡したまま行方をくらましてしまいます。

戸惑ったのは、サミュエルです。彼女と出会ったロンドンへ、グロリアを抱いて向かいます。ロンドンに着いたものの、行方はつかめない上に財布を落としてしまい、途方に暮れているところにテレビプロデューサーのベルニー(クレマンス・ポエジー)が現れます。ゲイである彼は、サミュエルに一目惚れ。部屋を分け与えるだけでなく、英語の話せない彼のためにスタントマンという仕事まで与えてくれます。

8年の歳月が流れ、グロリア(グロリア・コルストン)は、明るく元気な少女に成長します。

スタントマンとして成功をしたサミュエルの仕事場にグロリアはマネージャーとして付き添うまでに深い絆で結ばれていました。そしてベルニーはグロリアには叔父のような存在で、3人は誰よりも深い絆で結ばれた幸せな家族そのものでした。

PHOTO : Julien PANIÉ

しかし、グロリアが大きくなれば、当然のように母親の存在を気にします。娘を傷つけたくないばかりに母親の職業を偽り、母からのメールを偽造します。そんな母親をすごいと喜ぶグロリアですが、それでも会いたいと懇願します。

そんな時に本当の母親が出現します。

母の出現で話は一変します。ここからは観てのお楽しみです。サミュエルとグロリアの関係はどうなるのか。グロリアとクリスティンは。サミュエルとクリスティンは。あっと驚く結末も待っています。

この映画の見どころはたくさんあります。アットホームでありながら、2人の男性のユニークな子育て、ユーモラスな会話などなど、生きるとは、そして子育てとはどういうことなのか、そして最も大切な親子の愛情をまざまざと見せてくれる作品です。ぜひ映画館に足を運んで観てください。

中村恵里香(ライター)

原題:Demain Tout Commence

PHOTO : Julien PANIÉ

監督:ユーゴ・ジェラン

出演:オマール・シー クレマンス・ポエジー アントワーヌ・ベルトラン グロリア・コルストン

2016年/フランス/カラー/117分/字幕翻訳:星加久実

© 2016 – MARS FILMS – VENDÔME PRODUCTION – POISSON ROUGE PICTURES – TF1 FILMS PRODUCTION – KOROKORO

2017年9月9日(土)より角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、渋谷シネパレス他全国ロードショー

公式サイト :http://ashita-saikou.jp


静かなる情熱−−エミリ・ディキンスン

エミリ・ディキンスンという詩人をご存じでしょうか。現代では、最もキリスト教的詩人として高い評価を受けている作家でもありますが、私がエミリ・ディキンスンと出会ったのは、大学時代の一般教養で学んだ英語の授業でした。でも、その時は、きれいな詩だなという印象しかありませんでした。英語の原文の醸し出す美しい響きに感銘したということに過ぎなかったのです。エミリ・ディキンスンに魅了されたのはそれから5年ほどたった編集者時代でした。

© A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rights Reserved.

ある作家の方の所へ通っていた頃、「きみは詩は誰のものが好き」というひと言からでした。実は、詩があまり好きでなかった私は、「詩はどうも」という返事しかできませんでした。その先生から「日本人の詩は言葉遊びのような気がするからかね」と聞かれ、生意気盛りの私は「言葉遊びというよりも、言葉をいじくりすぎていて、感銘をうけずらい」と答えました。その時、その先生から渡された一篇の日本語の詩がありました。見たこともない言葉の羅列に、びっくりしたのです。それは、その先生が試訳されたエミリ・ディキンスンの詩でしたが、こんな訳ができるのかと目からうろこの落ちる思いでした。それからディキンスンの詩に夢中になりかけたこともありましたが、日本語に訳されたその詩は、先生が訳されたものとはほど遠く、ほどなく忘れてしまいました。

今回、ディキンスンの生涯が映画になると聞き、その頃の心浮き立つ思いが甦るように、試写会場に足を運びました。詩は知っていましたが、彼女の生涯にまで目を向けてはいなかったからです。

19世紀半ばのマサチューセッツ州のマウント・ホリヨーク女子専門学校に通っていたエミリ・ディキンスンは、校長から、信仰について問われると、「信仰についてまだ信じられない」と答えます。このままでは学校に残ることもできない状況のエミリを家族が迎えにやって来ます。

© A Quiet Passion Ltd/Hurricane Films 2016. All Rights Reserved.

家に帰り、弁護士である父から夜詩作にふけることを許されたエミリは、詩を作ることに没頭していきます。妹ラヴィニアから資産家で快活な性格のヴライリング・バッファムを紹介されます。ヴライリングはユーモアを交えつつ、本音で語る進歩的な女性です。ヴライリングに影響されたエミリは、牧師との祈りの時にも反抗的な態度を示すようになります。注意を与える父親に対し、「キリスト教でいることは安全。でも魂はわたしのもの」と言い放ちます。

時は南北戦争時代です。ディキンスン家にも戦争の足音が聞こえてきます。詳細は観てのお楽しみです。ヴライリングや、家族との関係。周囲の人との軋轢。彼女の孤独がどこから生まれ、それによる詩作が今の彼女の地位を作ったとも言える生涯が描かれています。

生前たった10作しか発表していなかったエミリは「後世の名声は、不遇だったものに与えられる」といっています。彼女の美しい詩作が作品の中にちりばめられ、終焉を迎えるまでのすさまじい情熱の根源が描かれた作品です。

(中村恵里香/ライター)

 

2017年7月29日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
監督:テレンス・デイヴィス
出演:シンシア・ニクソン/ジェニファー・イーリー/キース・キャラダイン
2016年/イギリス・ベルギー/英語/カラー/125分/シネマスコープ/ドルビーデジタル/DCP
原題:A QUIET PASSION 字幕:佐藤恵子 字幕監修:武田雅子
提供:ニューセレクト/ミモザフィルムズ 配給:アルバトロス・フィルム/ミモザフィルムズ
宣伝:ミモザフィルムズ 宣伝協力:テレザ/高田理沙
後援:日本エミリィ・ディキンスン学会/ブリティッシュ・カウンシル
公式ホームページ:www.dickinson-film.jp


「パトリオット・デイ」

今世界の各地でテロといわれる殺戮が行われています。そんな不穏な状況の中、2013年4月15日に起きたボストンマラソンのテロ事件を扱った映画が公開されることになりました。

この事件、ニュースから流された衝撃的な映像が今もこころに焼き付いています。しかし、テロがあったことと、犯人がつかまったことだけが日本ではニュース等で流されました。その裏にどんなことがあったのか、私たちが日本にいるからなのか、それともアメリカでも同じ扱いなのか、知る術がありませんでした。

4月15日というのは、アメリカでは「愛国者の日」という祝日で、英語でパトリオット・デイというのだということも、無知な私はこの映画で知りました。この記念日を祝して、アメリカで最も古い町ボストンではマラソン大会が開かれるようです。

© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

第117回ボストンマラソンのスタートの日、ボストン警察殺人科の警部トミー・サンダース(マーク・ウォールバーグ)は警備係としてボストンマラソンのフィニッシュ地点にかり出され、警備をしているところで、爆発事件に遭遇します。この映画、ストーリーをお話しするよりも、さまざまな人間関係をさらっと流しながら、核心を突いた演出がされていますので、まずは映画を観て下さいとお伝えしておきます。

そこで、印象的な台詞のシーンをご紹介し、この映画の誘いにできればと思います。

犯人の一人、兄のタメルラン・ツァルナエの妻が警察に拘束され、尋問を受けるシーンで「私たちイスラム教の信者の妻たちには2つの道しかない。“戦いと服従”」といいます。そして、その戦いと服従は夫に対してと神に対してだというのです。イスラム教という宗教には女性は髪を隠さなければならず、聖堂には入れない宗教といった漠然としたイメージがありますが、ここまでいわなければならないほど、女性に厳しいのかと驚きを感じました。

一方、主人公トミー・サンダースは、犯人の一人を追い詰めていく中で、同僚に自身の経験を吐露した後、「悪魔と戦う武器はひとつしかない。それは愛だ」といいます。愛を伝え合うのに一番有効なのは、抱きしめることだともいうのです。

これは宗教観の違いかもしれませんが、後者のほうにどうしてもこころが惹かれます。

© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

テロと戦うその他大勢になりがちな警察官とFBI職員たちの犯人を追い詰めていく姿にもこころ震えるものがあります。すべてを一から映像化するのではなく、ドキュメンタリータッチで実際の映像を交えながら作られる手法のとりこになること請け合いです。

監督はこのコーナーで4月にご紹介した「バーニングオーシャン」を手がけたピーター・バーグです。実際の事件を見ているような迫力があります。

それともう一つ、映画のストーリーが終わった後に実際に事件に遭った人たちや事件に関わった人たちの証言がありますが、これにも迫力があります。実在の事件を扱った映画の難しさを越えた愛のものがたりがここにはありました。

 

 

© 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

監督:ピーター・バーグ
出演:マーク・ウォールバーグ、ケヴィン・ベーコン、ジョン・グッドマン、J・K・シモンズ、
ミシェル・モナハン

原題:PATRIOTS DAY /2016年/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1ch/2時間13分
日本語字幕:松崎広幸
配給:キノフィルムズ
公式サイト:www.patriotsday.jp

 


ローマ法王になる日まで

「激動の時代」という言葉がよく使われる。人はどの時代に生きても、それが「激動の時代」とは言えまいか、とぼくは考えてきた。日本の戦後社会を豊かさのなかで生きてきたぼくの、それが「激動の時代」いう表現への抵抗でもあった。しかし、この映画を観て、やはり「激動の時代」とはあるのだと思った。それは、息詰まるような現実という局面に対峙した一人の人間が、自らの信じる道を外さないで歩いて行く時代、と言ったらいいだろうか。

©TAODUE SRL 2015

ベルゴリオ(フランシスコ教皇)が信仰のもとに生きたアルゼンチンは、軍事政権による苛酷な時代だった。それは日本の戦時中にも等しい状況に置かれていた。政権に反対する人々は拉致され行方不明になってしまう。

人口の9割がキリスト教徒であり、その大部分がカトリックの信者だというアルゼンチンという国で、教会はどのように政権と立ち向かったのか。ベルゴリオの行動はいかがなものだったのか。

貧者とともにスラムで暮らす神父は「解放の神学」と呼ばれる活動のなかで信仰に生きた。しかし、その神父も拉致され拷問される。イエズス会のアルゼンチン管区長になっていたベルゴリオはその現実と向き合わねばならない。

©TAODUE SRL 2015

映画では軍事政権下で起こる強権発動の恐ろしさがリアルに描かれている。思想の自由などは、兵隊や銃の前ではなんら力になり得ない。トラックで兵隊がやってきたら、もう時は遅しである。

明日という希望があるのか、人々が自由に発言し暮らせる日が果たしてやってくるのだろうか。平和な生活はどこにあるのか。映画の途中で、常に頭をよぎったのがこのことだった。

日本の戦後も、なにやら怪しい気配を感ずる昨今である。『ローマ法王になる日まで』の時代背景を考えながら、昭和のなかで暗い時代を招いた過ちを二度と繰り返してはならないとつくづく思った。

©TAODUE SRL 2015

ベルゴリオが教皇になるまでを観ながら、聖ヨハネ・パウロ二世の『カロル―教皇になった男』と『聖ヨハネ二十三世 平和の教皇』の映画が思い出されてきた。なにかこの3人に共通するリーダーの条件のようなものが感じられる。そのことに考えを導いてくれたのも、この映画からの習得だったように思う。

映画のエンディングで流れるタンゴの旋律を聴きながら、ぼくはフランシスコ教皇の祈りのなかに委ねられていたのだった。

鵜飼清(評論家)

監督:ダニエーレ・ルケッティ 出演:ロドリゴ・デ・ラ・セルナ/セルヒオ・エルナンデス/ムリエル・サンタ・アナ/メルセデス・モラーン 音楽:アルトゥーロ・カルデラス
2015年/イタリア/スペイン語・イタリア語・ドイツ語/113分/カラー
原題:Chiamatemi Francesco – Il Papa della gente 字幕:山田香苗/ダニエル・オロスコ
提供・配給:シンカ/ミモザフィルムズ
後援:駐日バチカン市国ローマ法王庁/在日アルゼンチン共和国大使館/イタリア大使館/イタリア文化会館/セルバンテス文化センター東京 推薦:カトリック中央協議会広報
ホームページ:roma-houou.jp

2017年6月3日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー


『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』

101歳という数字は、遙かなる数字だ。65歳のぼくには、まずその数字に気が遠くなった。このおばあさんとおじいさんはいったい何者だというのが映画を観る前のぼくの感想だった。

おばあさん、おじいさんと言っても、ぼく自身が前期高齢者に属し、国から介護保険の請求が届くようになっていて、「おまえはおじいさんである」ということを承知せざるを得ないのかと、なにか釈然としない思いにかられていたからでもある。

しかし、笹本恒子さんとむのたけじさんの101歳は、その数値を感じさせない。まず映画のなかで笹本さんとむのさんに出会えたことがうれしかった。こうした映画のすばらしさは、実際の人物と出会えるということだと思う。表情や素振り、語りのなかに、本人の人間味を知ることができる。

笹本恒子さんは、日本初の女性報道写真家であり、時代を彩った人物も撮られている。カメラマンだけではなく、フラワーデザインなどにも関わってきたユニークな人である。

むのたけじさんは、戦前戦後を生き抜いた伝説のジャーナリストである。戦後すぐにふるさとの秋田で週刊新聞「たいまつ」を発行する。常に戦争反対の姿勢を崩さず、平和の尊さを訴え続けた。

この映画のなかでもプロフィールは描かれるが、91分の尺では、2人の人生の長さを捉えることは難しい。パンフレットに書かれた2人の歩みや、著作一覧を参考にして、映画を観たあとでもう一度2人の足跡を辿り直したくなる。

映画とは、その映画を2度3度観ることで、登場する人間を深く鑑賞し味わうことができる。そして批評する眼を持つことで、なお一層1本の映画から学ぶことできると思う。監督のメッセージを受け止めるには、このような観る側の姿勢も求められているだろう。

笹本さんが住む高層のアパートで語る「人生には山あり谷ありだから、ここから飛び降りたくなったこともあるわよ、よくここまで生きてきたわ」という言葉に、正直な笹本さんを知る。

むのさんが入院し、生死をさまよってから発言した「生命について改めて考えてみたい」というような言葉にも触発されることがある。

若い人からはなんだか悟ったような話ばかり聞かされているような気がしてきたぼくは、101歳の2人からは若さをいただくことができた。

人間にとって、数値はあくまでもひとつの尺度にすぎまい。生きるとは、常に生々しくあれということをしっかりと教えてもらった。

鵜飼清(評論家)

6月3日、東京都写真美術館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

監督・脚本:河邑厚徳(『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』)
出演:笹本恒子、むのたけじ 語り:谷原章介 音楽:加古隆

プロデューサー:平形則安 撮影:中野英世、海老根務 編集:荊尾明子 音楽監督:尾上政幸
製作:ピクチャーズネットワーク株式会社 配給マジックアワー、リュックス
2016年/日本/ドキュメンタリー/カラー/91分/デジタル
© ピクチャーズネットワーク株式会社

公式ホームページ http://www.warau101.com/


『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

人は誰でも、癒えない傷や忘れられない痛みを持っている――そんなことを考えさせられる映画に出会いました。それが『マンチェスター・バイ・ザ・シー』です。

この映画は、第89回(2017年)アカデミー賞で主演男優賞と脚本賞を受賞しました。マンチェスターといってもイギリスではなく、アメリカのマサチューセッツ州に「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という町があり、本作はそこが舞台となっています。

© 2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

ボストン郊外で便利屋として働く主人公のリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、兄のジョー(カイル・チャンドラー)の死をきっかけに、昔住んでいたマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻り、甥のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人として一緒に暮らしながら、自分の過去と向き合っていきます。

ここからわかるように、この物語では「過去」が重要なカギを握っているのですが、その「過去」の見せ方が実に秀逸です。というのも、回想シーンというのはどこかでまとまって描かれるというパターンが多いですが、この映画ではそうではありません。

運転しているとき、テレビを見ているとき、海を見たときなど、ふとした瞬間に過去の記憶を思い出しては消えていく、というように、回想のタイミングに非常にリアリティーがあります。その過去はどれも幸せそうで微笑ましく思える反面、こんなリーにこれからどんなことが起こるんだろう、という不安も湧き上がります。

© 2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

また、過去の出来事もすべて明かされるわけではありません。もちろん、最も重要な出来事は判明しますし、現在のシーンから、こんなことがあったんだろうなという推測もできます。過去を描かないということによって、実はその部分こそがリーにとって一番の「癒えない傷」や「忘れられない痛み」なのではないか、と感じました。

このほかにも、説明やセリフが少ないシーンがしばしばあり、その余白をどう埋めるか想像するのも一つの醍醐味です。皆さんも是非劇場でご覧になって、余白に想像を働かせてみてはいかがでしょうか。そしてそれは、まるで本当に実在しているかのようにリアリティーのある登場人物たちの「癒えない傷」や「忘れられない痛み」に寄りそうことなのかもしれません。

(高原夏希/AMOR編集部)

 

2017年5月13日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

原題:Manchester by the Sea

監督・脚本:ケネス・ロナーガン/出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジズ、カーラ・ヘイワード

2016年/アメリカ/137分© 2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

ユニバーサル作品/配給:ビターズ・エンド、パルコ

公式サイト :http://www.manchesterbythesea.jp/