告白小説、その結末

ロマン・ポランスキー監督といえば、『ローズマリーの赤ちゃん』や『戦場のピアニスト』、『オリバー・ツイスト』などを撮った有名な監督です。新作を撮ったというので、これはぜひ観たいと足を運びました。『告白小説、その結末』はフランスで注目されている女性作家デルフィーヌ・ド・ヴィガンの書いた『デルフィーヌの友情』(水声社刊)を原作にした映画です。この映画、はっきり言ってすごく不思議な映画です。

ストーリーを長々説明する紙幅はありませんので、かなり割愛してご紹介します。デルフィーヌ・デリュー(エマニュエル・セニエ)は、心を病んで自ら命を絶った母親との生活を綴った私小説がベストセラーとなり、新たな仕事のオファーが次々と舞い込んできています。小説の赤裸々な内容が女性たちの共感を得て、パリのブックフェアのサイン会でも「すばらしい作品」「私に希望を与えてくれた」と讃辞の嵐が巻き起こります。しかし、デルフィーヌ自身は、多忙な日々に疲れ果て、新作の構想が浮かばない状況です。サイン会を強引に切り上げ、あまり行きたくないと思っている出版業界のパーティ会場に出向きます。そこで、熱狂的ファンと称する女性(エヴァ・グリーン)と出会います。彼女は三人称の代名詞で「彼女」を意味する「エル」と名乗ります。他のファンとは一線を画するようなエルとの時間にデルフィーヌは安らぎを感じます。

仕事は進まず、ストレスを抱えているデルフィーヌのもとに「母親を売った代償は大きい。家族の不幸はさぞ高く売れただろう」という誹謗する手紙が来て、それによって、さらにストレスは高まります。そんなとき、電話番号を教えた訳でもないのに、エルから電話をもらい、近所のカフェで再会すると、心が晴れるのを感じたデルフィーヌは、エルへの依存を高めていきます。アパートを追い出されたというエルと自宅で生活をともにし、エルはマネージャーのような存在になっていきます。

エルはなぜ、デルフィーヌに近づいたのか、エルはどんな人物なのか、エルの目的は、デルフィーヌは新作を書くことができるのか、それは観てのお楽しみです。サイコサスペンス仕立てになっていて、どんどん追い込まれていくデルフィーヌとエルの関係は、観る者が手に汗握るものになっています。

ポランスキー監督は主人公の二人について「俳優同士の相性は常に良好とは限らないが、彼女たちの相性は最初から抜群だった」といっています。この二人の女性を中心にした倒錯が渦巻く世界を堪能してみてください。
(中村恵里香、ライター)

6月23日(土) ヒューマントラストシネマ有楽町・
YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

監督:ロマン・ポランスキー/脚本:オリヴィエ・アサイヤス、ロマン・ポランスキー/音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:エマニュエル・セニエ、エヴァ・グリーン、ヴァンサン・ペレーズ

原作:デルフィーヌ・ド・ヴィガン「デルフィーヌの友情」(水声社)
原題:D’après une histoire vraie/英題:Based on a true story/2017年/フランス・ベルギー・ポーランド/フランス語/100分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/配給:キノフィルムズ
©2017 WY Productions, RP Productions, Mars Films, France 2 Cinéma, Monolith Films. All Rights Reserved.


『祝福〜オラとニコデムの家〜』

私のようなクリスチャンホームに生まれ、物心ついたときにはカトリック信徒だった人間にとって、カトリックと本気で正面から向き合うのが初聖体のときです。洗礼の記憶は乳児期なのでまったくなく、カトリックのことを正面から向き合って勉強し始めるのが教会の日曜学校でシスターから教えられる聖書の話です。だから、という訳ではないのですが、1年間勉強し、真っ白なドレスに身を包み、ミサでいただく初めてのご聖体は憧れでもありました。

そんな記憶をよみがえらせる映画に出会いました。そのドキュメンタリー映画『祝福~オラとニコデムの家~』をご紹介します。

ポーランドのワルシャワ郊外、セロックという街に14歳の少女オラは住んでいます。オラの父親はお酒で問題を抱え

©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

ています。弟のニコデムは、自閉症児です。母親は、違う男性と離れて暮らしています。学校に通いながら、家事をこなし、弟の面倒を見るオラが母親の役割を一手に担っています。ニコデムは、ベルトもうまく締められない状況で、あらゆる場面でオラの手助けが必要です。

一般的に初聖体は、7歳か8歳で受けるものですが、ニコデムは13歳になってやっと受けることができるようになります。ただし、初聖体を受けるには、その前の試験に合格しなければなりません。そのためにオラはニコデムに勉強を強います。厳しく、接するオラの姿は必死です。なぜそんなに必死なのかというと、離れて暮らす母親が初聖体の儀式に来てくれれば、もう一度家族が一つになれると信じているからです。

©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

初聖体は無事受けられるのか、母親は来てくれるのか、そしてオラの考える幸せはやってくるのかは観てのお楽しみです。監督のアンナ・ザメツカは、当初カメラを受け入れようとしなかったオラと正面から向き合って、カメラを受け入れさせることから始めたといいます。それには1年以上の時間をかけたそうです。この映画はカメラを受け入れたオラの姿が如実に出ています。また、監督は、この映画について、「『ヘンゼルとグレーテル』は私のお気に入りの物語の一つでした。この映画『祝福~オラとニコデムの家~』は親が自分の役割を果たせない世界の森で、彼らの道を探すヘンゼルとグレーテルの、非モノクロームで描かれたリアリスティックな物語なのです」と語っています。

初聖体を舞台に、家族の物語が描かれています。ぜひ、映画館に足を運んでみてください。

(中村恵里香、ライター)

 

6月23日ユーロスペースほか全国順次公開
公式ホームページ:http://www.moviola.jp/shukufuku/
脚本&監督:アンナ・ザメツカ
撮影監督:マウゴジャータ・シワク
編集:アグニェシュカ・グリンスカ、アンナ・ザメツカ、ヴォイチェフ・ヤナス

原題:Komunia|英語題:Communion|2016年|ポーランド|75分|配給:ムヴィオラ


ゲティ家の身代金

アメリカの『フォーチュン』誌に億万長者と認定されたジャン・ポール・ゲティの孫ジョン・ポール・ゲティ3世が誘拐された実在の事件をリドリー・スコット監督が映画化した作品『ゲティ家の身代金』をご紹介します。

1973年留学先のローマで夜の道を歩く17歳の青年ジョン・ポール・ゲティ3世(チャーリー・プラマー)が何者かに拉致されます。誘拐の報はすぐさま祖父ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)のもとに知らされます。祖父ジャン・ポール・ゲティは誰もが不可能だといった中東から石油を輸入して「ゲティ・オ

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イル社」を設立し、世界でも有数な大富豪として知られている人物です。誘拐犯は身代金として1700万ドルを要求してきますが、断固として拒否します。

身代金拒否の背景には、息子との関係が絡んでいます。長男である息子は、ゲティ・オイル社で働いていましたが、ドラッグに溺れ、妻ゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)とも離婚し、長男としての役割を果たしていなかったからでした。そして、身代金要求に応じれば、他の孫も標的にされる恐れがあると釈明もします。

一方で、自分のもとで働く元CIA職員フレッチャー・チェイス(マーク・ウォールバーグ)を呼び寄せ、親権者である母親ゲイルのもとに向かわせ、誘拐犯との交渉に当たらせます。

誘拐されたジョンは、南イタリアのカラブリア州の人里離れたアジトに監禁されていました。誘拐犯のリーダー格チンクアンタ(ロマン・デュリス)は、身代金を払わないと指を切断すると脅母親宛に手紙を書かせます。

ジョンの行方はわからないまま、身代金を出そうとしないゲティに対し、ゲイルはいらだちを募らせます。そうして、ジョンがかつて偽装誘拐を企て、祖父から身代金をせしめる計画を冗談半分で話していたと友人が証言したことにゲティはますます半信半疑となります。

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交渉がなかなか進まないことに焦り始める中、ジョンに顔を見られた誘拐犯の一人がジョンに向けて発砲します。その直後、誘拐されたときに使われた車が発見され、その中に遺体が発見されます。遺体を確認しにきたゲイルは、息子ジョンではない遺体にホッと胸を撫で下ろします。誘拐犯の遺体と確定した警察は、その出身地を割り出し、アジトを襲撃します。銃撃戦の末、チンクアンタは、ジョンをつれ逃げ出し、マフィアと合流します。

ジョンは無事帰ってくるのかはぜひ劇場で観てください。この映画はもちろんサスペンスです。ちょっと過激なシーンもありますが、その裏に隠されている物語がたくさんあります。ゲイルを演じたミシェル・ウィリアムズは、「サスペンスに満ちた映画ではあるが、同時にフェミニズム映画でもあると思う」と語っています。男社会の中で、息子を救いたい一心で、あらゆる能力を使い、周囲と対等になろうとしますが、女性ゆえに軽んじられ、過小評価されるシーンがたくさんちりばめられています。

また、監督のリドリー・スコットは「ゲティは、富の虚しさ、それに付随しうるダメージを理解し、明確に自覚していたんだ。お金でなく息子に対する愛情に突き動かされてるゲイルの鋼鉄の意志と交錯させるのが面白かった」と語っています。

サスペンスの面白さに目を奪われがちですが、家族とは何か、その愛情表現はどのようなものなのか、この映画の突き詰めていくテーマの広さは見る人を魅了することでしょう。

(中村恵里香/ライター)

監督:リドリー・スコット/脚本:デヴィッド・スカルパ/原作:ジョン・ピアースン「ゲティ家の身代金」(ハーパーコリンズ・ジャパン刊)

キャスト:ミシェル・ウィリアムズ、クリストファー・プラマー、ティモシー・ハットン、ロマン・デュリス、チャーリー・プラマー、マーク・ウォールバーグ

原題・英題 :All the Money in the World

配給:KADOKAWA

コピーライト :©2017 ALL THE MONEY US, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

2018年5月25日TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

公式サイト :http://getty-ransom.jp


「ブランカとギター弾き」(日本カトリック映画賞授賞作)

2018年度の日本カトリック映画賞は、この作品『ブランカとギター弾き』に授与されることになった。

1年前の封切の時に、私はすでにこの作品を銀座の映画館で観ていて、その時は「おっ、なかいいじゃん」と思っていたのではあるが、いざ日本カトリック映画賞受賞となると、ちょっと意外な気がしたのである。断っておくが、それはけっして作品の出来不出来という観点でではなく、受賞対象としての条件面においてである。

まず、この映画のストーリーの舞台なのだが、日本ではなくフィリピンなのである。登場人物も全員フィリピン人であり、それを演じる俳優も当然のことながらみんなフィリピン人である。日本人は一人も出てこない。さらに加えてこの映画、制作国さえ日本ではない。なんとイタリアなのである。ジャパニーズなのは、長谷井宏紀監督(と脚本の大西健之氏)だけなのである。

また、カトリック国フィリピンが舞台であるにもかかわらず、シスターの姿がちょろっと映っているだけで、教会も神父も登場しない。スクリーン上に見出せるカトリック的なアイテムといえば、ブランカが首からぶら下げたロザリオくらいのものである。

こんなに不利な条件が揃っていながら、よくぞ難関を潜り抜け、「日本」「カトリック」映画賞を受賞することが出来たものだと、感心してしまう。

監督の長谷井氏だが、セルビアの巨匠エミール・クストリッツァ監督の主催する映画祭で、短編がグランプリを受賞したのをきっかけに映画を作るようになったそうで、本作品も、日本人として初めてヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画祭の全額出資を受けて制作された映画であり、ヴェネツィア、フリブール、カルカッタ、サンタンデール、シネジュヌ、テルアビブ、オリンピア、リムースキ、シネキッド、キノオデッサ、プロヴィデンス、キキーフの各国際映画祭で高い評価を得ている、きわめてインターナショナルな新人日本人監督なのである。

『ブランカとギター弾き』は、フィリピンの大都会マニラのスラム街を舞台に、段ボールハウスに暮らす孤児の少女ブランカと、盲目のギター弾きピーターとの関わりを描いた、ハートウォーミングなロードムービーである。孤独を抱えながらそれを表に出さない勝気な主人公ブランカは、スリを生業にしていたが、やがて母親を金で買うことを思いつき、偶然出会った路上のギター弾きピーターとともに旅に出る。見知らぬ街で、ピーターが勧めるままに歌をうたっていたブランカは、たまたま通りかかったレストランの支配人に認められ、仕事を得てお金を稼げるようになる。しかし幸運もつかの間、店の売上金を盗んだという濡れ衣を着せられ、追い出されてしまう。心ならずも少年窃盗団(かわいいものだが)に引き入れられ、泥棒稼業に戻ってしまったブランカに、さらに思いもよらぬ危険が迫ってくる。危うしブランカ! 急げピーター‼

…とまぁ、ストーリー展開には既視感がないわけではない。しかし、予定調和も本作では良い方に働いていると思われる。仮にそれを差し引いたとしても、マニラのスラムでスカウトされたピーターや子どもたち素人役者のキャラクターが抜群に素晴らしく、また愛おしく、生きることへの肯定感や人間の信頼性がスクリーンいっぱいに醸し出されていて、『日本昔ばなし』じゃないけれど、「人間ってい~な~」と再認識させる説得力に満ち溢れており、少なくともこの点においては、『ブランカとギター弾き』はきわめてキリスト教的な映画だと言えよう。

日本カトリック映画賞受賞もむべなるかな、なのである。

(伊藤淳、カトリック清瀬教会主任司祭)

日本カトリック映画賞の受賞式は2018年5月12日に東京・中野ZERO大ホールにて行われます。

チケットは聖イグナチオ教会案内所、スペースセントポール、サンパウロ書店、ドン・ボスコ社、天使の森で販売しています。
もしくは、SIGNIS JAPANのホームページからも申込みができます。
メールでのお申し込みは、info@signis-japan.orgまでお願いいたします。


『モリのいる場所』

「生きるよろこび」とはなにか

昭和49年。結婚52年目の画家とその妻の、夏の1日――これがこの映画の99分である。

熊谷守一という実在した人物を映画にする。映画にするからには、ドキュメンタリー映画でも劇映画でも、監督の人為的な創作が加わる。だから熊谷守一も監督の沖田修一という人間の眼で追うことになる。もちろん、演技者の守一役―山崎努、妻の秀子役―樹木希林の芝居にも付き合うわけである。この映画には、そうした魅力も含まれている。

築40年以上という家と木々に覆われた庭がモリカズの生活のすべてである。庭へ出て虫と戯れ、池の傍に座って魚を眺める。庭にはいくつか特定の座る場所が設けられている。蟻をじっと見つめ、その足の動きを凝視する。その真剣な眼差しは、まるで無邪気な幼子のようである。

モリカズは言う「草や虫や土や水がめの中のメダカやいろいろな物を見ながら回ると、毎日回ったって毎日様子は違いますから、そのたびに面白くて…」

モリカズの画風は、「モリカズ様式」と呼ばれ、明るい色彩と単純化された形を特徴としているが、この画風は戦後確立されていった。清貧の暮らしなかで、モリカズは絵を描き続けた。それをじっと支えたのが秀子だった。
夜、秀子はモリカズと碁を打ちながら「うちの子たちは早く死んじゃって」と呟く。これは希林のアドリブだと言う。5人の子どものうち、3人を赤貧で亡くしているから、単に、のほほんと人生を送ってきた夫婦ではないという背景を出したかったのだそうだ。

モリカズはいつも夜にアトリエ(画室)で絵を描く。碁を打ったあとで「…ほーら」って秀子が言うと、モリは「みんな、学校がなくていいな」とアトリエに入る。モリカズがアトリエに行くのは、学校に行くことなのだ。そのあと、秀子が肩をすぼめてフフフと笑う。このシーンがなんとも微笑ましい。

仙人のように生きるモリカズは、淡々として人生を達観していたのだろか。
「『いま何をしたいか、何が望みか』とよく聞かれますが、別に望みというようなものはありません。だがしいていえば、『いのち』で

豊島区立熊谷守一美術館

しょうか。もっと生きたいことは生きたい。みなさんにさよならするのはまだまだ、ごめん蒙りたい、と思っています」
自分が生きたい道を究める人間は、あくまで生きることに生々しい執着を持っている。モリカズは97歳まで、虚飾のない人生を全うした。

映画のなかでは喜劇タッチの場面もあり、超絶の人を親しみやすい身近な存在にしてみせる。沖田監督は劇映画としての熊谷守一を、沖田流の作法で観客を飽きさせることなく、エンディングまで引っ張っていく。そこに、「熊谷守一」が厳然として存在した。山崎努の抑えた演技も光る。劇映画として、守一と秀子という実在の人物を忘れがたいものにしてくれている。

「誰が相手にしてくれなくとも、石ころ1つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も暮らせますから。」と

いうモリカズの言葉が忘れられなくて、この映画を観たあとで、初夏の陽気のある日、ぼくは熊谷守一に会いたくなって豊島区にある「熊谷守一美術館」に行った。ここには確かにモリカズが居て、「生きるよろこび」についてぼくに問いかけていたのだった。

(鵜飼清、評論家)

©2017「モリのいる場所」製作委員会

5月19日(土)シネスイッチ銀座、ユーロスペース、シネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国ロードショー

監督 /脚本:沖田修一
出演:山﨑努、樹木希林
加瀬亮 吉村界人 光石研 青木崇高 吹越満 池谷のぶえ きたろう 林与一 三上博史
2018年/日本/99分/ビスタサイズ/5.1ch/カラー

配給:日活
製作:日活 バンダイビジュアル イオンエンターテイメント ベンチャーバンク 朝日新聞社 ダブ

公式ホームページ:mori-movie.com
twitter @mori_movie
facebook @morimovie2017


タクシー運転手−−約束は海を越えて

光州事件をご存じでしょうか。1980年5月 18日から 10日間、韓国の全羅南道、光州(クアンジュ)市で起こった学生・市民による暴動事件です。 1979年 10月 26日朴正煕(パク・チョンヒ)が暗殺されてから、韓国国内で民主化要求の動きが活発化していきます。 12月 12日の「粛軍クーデター」で権力を握った全斗煥(チョン・ドファン )少将を中心とする若手将軍グループが1980年5月 17日に戒厳令の全国拡大を宣布し、金大中(キム・デジュン)ら 与野党の大物政治家を逮捕するなどして民主化の動きに歯止めをかけようとしました。その直後光州市で起こった街頭デモが戒厳軍部隊と衝突し、戒厳軍部隊の手荒な対応もあって激昂した市民の一部は武器を手に対抗したことによって、市内で銃撃戦が行なわれ、多数の死傷者が出たという事件です。

当時日本ではほとんど報道されていなかったので、ご存じない方も多いかもしれません。かくいう私も韓国で戒厳令が敷かれているという記憶はあっても、ほとんど覚えていない状況です。今回ご紹介する映画はこの光州事件を追ったドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターの活動を追った「タクシー運転手−−約束は海を越えて」です。

1980年5月、11歳の娘を男手一つで育てているタクシー運転手キム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、ソウルで、学生のデモに出会い、「何のために大学に行っているのか」と文句を言っています。人がよく、稼ぎの少ない運転手は家賃をため、大家である会社の上司の妻から嫌みを言われる始末です。

東京の外国人記者クラブ近くのレストランでドイツの公営放送のアジア特派員ユルゲン・ヒンツペーター(通称ピーター、トーマス・クレッチマン)は、韓国の光州に入った記者と連絡が取れなくなっていることを知り、記者の身分を隠し、韓国のソウルに行きます。

ある日、マンソプはその上司に家賃を払うために借金を申し込んでいる最中、ドイツ人記者が光州に往復することで10万ウォンの報酬を得られるという話を聞き込み、仲間を出し抜いて待ち合わせ場所に行きます。

サウジアラビアの建築現場で覚えたという貧弱な英語で必死に話しかけますが、ピーターは迷惑顔です。何としても報酬がほしいマンソプは、機転を利かせ何とか光州に辿り着きます。そこには壮絶な現場が待っていました。「危険だから戻ろう」というマンソプの言葉には耳を貸さず、ピーターは、大学生のジェシク(リュ・ジュンヨル)とタクシー運転手ファン・テスル(ユ・ヘジン)の助けを借りて撮影を始めます。しかし、状況は悪化するばかりです。マンソプは、ソウルにいる娘のことが気にかかり、連絡を取ろうとしますが、光州は、電話も遮断されている状況です。

ここからは映画を観て下さい。ジェシクやファンの運命は。無事に二人はソウルに戻れるのか。実際に起こった事件と、後にドキュメンタリー『岐路に立った大韓民国』という番組を発表したユルゲン・ヒンツペーターの作品を基に描かれたこの作品は、戒厳令下の非常な状況を如実に表しています。そして、ピーターとマンソプの関係も言葉を超えたものになっています。本当に起こった事件を忠実に再現し、軍部の非常な行為に恐怖さえ感じるものになっています。政治が強権を振るう恐ろしさを感じるほどです。

中村恵里香(ライター)

■2018年4月21日(土) シネマート新宿ほか全国ロードショー
公式ホームページ http://klockworx-asia.com/taxi-driver/
監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル

2017年/韓国/137分/原題:택시운전사/配給:クロックワークス/提供:クロックワークス・博報堂DYミュージック&ピクチャーズ
配給:クロックワークス

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女は二度決断する

世界中でテロと思われる殺戮が止まりません。一方で、日本では移民や難民がなかなか認められないという事実があります。日本では、テロが身近に感じることはありませんが、でも、もし自分の身近な人間、ましてや愛する家族をテロで失ったらどうするか。そんなことを考えさせられる映画に出会いました。その映画のタイトルは『女は二度決断する』です。

舞台はドイツ、ハンブルグです。生粋のドイツ人カティア( ダイアン・クルーガー)は、トルコ系移民ヌーリ(ヌーマン・アチャル)と学生時代に出会いました。ヌーリは、麻薬の売買で収監されますが、2人は強く結ばれ、獄中結婚します。出所後、在住外国人相手にコンサルタント会社を始めます。愛する息子ロッコ(ラファエル・サンタナ)にも恵まれ、幸せな日々を送っていました。

ある日、妊娠中の友人ビルギット(サミア・ムリエル・シャンクラン)とスパに行くため、ロッコをヌーリの事務所に預けます。夕方事務所に戻ってみると、周辺にパトカーが止まり、入れない状況になっています。爆発事故があったと知り、駆け出し、事務所の前に行くと、瓦礫の山になっていて、二人の姿はどこにもありません。自宅に戻り、待っていると、DNA検査を終えた捜査官が二人の死を知らせます。レーツ警部(ヘニング・ペカー)からヌーリについての質問を受けることになります。その質問はまるで容疑者への尋問のようです。その途中、出がけに事務所の前に自転車を止めていた女性が鍵をかけずに行こうとするので、鍵をかけるように注意したことを思い出します。

翌朝のニュースは被害者であるはずのヌーリの前科を持ち出し、まるでヌーリに非があったようなものばかりです。封鎖された現場に出向くと、事務所の壁は、木々爆弾による傷だらけで、血痕が残っています。家族を守れなかったことに苦しみ、カティアは手首を切り自殺を図ります。意識が遠のく中、電話が鳴り、「犯人がつかまった。ネオナチだった」と告げられます。

裁判が始まります。絶対法の裁きを受けさせると決意し、カティアは裁判に臨みます。容疑者はネオナチの夫婦、エダ・メラー(ハンナ・ヒルスドルフ)とアンドレ・メラー(ウルリッヒ・ブラントホフ)です。アンドレ・メラーの父親ユルゲン・メラー(ウルリッヒ・トゥクール)は「息子はヒトラーの崇拝者です。卑劣なことをしました」と証言しますが、押収したものからは、容疑者以外の指紋が見つかり、彼らの犯罪は確定できません。さらに当日、容疑者のアリバイを証言するものも現れます。カティアが証言する日がきます。自転車を置く女は容疑者であることを証言しますが、容疑者の弁護士は、ヌーリの前科などを執拗に責め立て、「証言や予約台帳が示す通り、事件当日、ギリシャにいた。薬物の影響下にあった人の証言は信じることはできません」といわれてしまいます。

判決の日。被告人は無罪となります。納得のできないカティアは、容疑者を追ってギリシャに向かいます。

ここからは観てのお楽しみです。容疑者に何をしようとするのか。そして最後の結末には衝撃的です。

この映画の原題は、“IN THE FADE”です。ここに映画の意味するところがあります。そして日本語タイトルの「二度決断する」とは何かもカティアの動きに意味があります。

この映画を観て身内が無残にもテロによって殺されたとき、ただ悲しむだけではない女性の強さがうかがい知れます。実際にドイツで起きたネオナチによる連続殺人事件を基に描かれたこの映画は、民族とは何か、愛するとは、そして愛する家族を失った悲しみとそれに立ち向かう勇気が描かれています。

(中村恵里香、ライター)

 

2018414日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBIS GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

監督・脚本:ファティ・アキン/共同脚本:ハーク・ボーム/撮影:ライナー・クラウスマン

キャスト:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、ムリエル・シャクランほか

製作国:ドイツ/製作年:2017年/106

協力:ゲーテ・インスティトゥート、東京ドイツ文化センター

後援:ドイツ連邦共和国大使館

配給:ビターズ・エンド


ワンダーストラック

自分の知らない過去の意外な出来事が現代の自分に大きく関わるということは、往々にしてあるような気がします。そんなことを考えさせられる映画に出会いました。今回ご紹介する映画は、「ワンダーストラック」です。ワンダーストラックとは、「驚きと幸せの一撃」という意味だそうですが、まさに驚きと幸せが一撃となって生まれくる映画です。

この物語は、1977年と1927年の物語が交差しています。1927年は、モノクロで、1977年はカラーで描かれています。

1977年、アメリカのミネソタ州ガンフリント、12歳の少年ベン(オークス・フェグリー)は、

PHOTO : Mary Cybulski

母エレイン(ミシェル・ウィリアムズ)を交通事故で失い、伯母家族とともに暮らしています。父親は誰かを尋ねても、「いつか話すから」と語ろうとしていませんでした。ある嵐の夜、母の家に密かに戻り、「ワンダーストラック」というニューヨークの自然史博物館の本を見つけます。その本にキンケイド書店のしおりが挟まれており、「愛を込めて、ダニー」と記されていました。このダニーが父親だと感じ、書店に電話を使用としたところ、電話に雷が落ちます。病院で意識を取り戻したベンは耳が聞こえなくなってしまいます。何としても父親を探し出したいベンは、病院を抜け出し、ニューヨークに向かいます。

なんとかキンケイド書店に辿り着きますが、店は閉店。途方にくれていたベンに声をかけてきた少年ジェイミー(ジェイデン・マイケル)の後について行き、自然史博物館に辿り着きます。

1927年、ニュージャージー州ホーボーケンに生まれたときから耳の聞こえない少女ローズ(ミ

PHOTO : Mary Cybulski

リセント・シモンズ)は、大きな屋敷に厳格で支配的な父親と使用人たちと暮らしています。父とは心が通わず、彼女の心のよりどころは、女優リリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)の映画を観て、彼女の記事を集めることでした。

ある日、リリアンがニューヨークの舞台に出演することを知ったローズは、1人で船に乗り、彼女に会いに行きます。彼女の兄ウォルター(コーリー・マイケル・スミス)が自然史博物館で働いていることも彼女に決心をうながさせる一因でした。ローズは、リリアンが出演するプロムナード劇場を探し当て、稽古中のリリアンを見つけます。

一方、自然史博物館に辿り着いたベンは、そこで父親が働くジェイミーに、立ち入り禁止の資料室へと導かれます。そこで、母と“ダニー”の出会いにまつわる書類を見つけます。

ここから話はいろいろ展開していきますが、ここからは観てのお楽しみです。ベンとローズの関係は、自然史博物館にあった書類の中身は、ローズとリリアンの関係は、さまざまな物語が交差して、現代に結びつきます。自然史博物館を舞台にして、辿り着いた先にあるのは、まさに驚きと幸せの一撃です。なぜ2つの時代を交差させながら、物語を展開した作品に仕上げたのかも、最後まで見ていただければ納得できます。

この映画では、耳の聞こえないローズの世界は、モノクロで、音のない世界です。ローズの世界がまざまざと迫ってきます。一方、急に耳が聞こえなくなった現代のベンの世界は、音があり、色とりどりの世界です。

また、時代風俗をよく表している作品です。2人の子供が自分の世界を見つけていく奇想天外な物語は、ミステリー仕立てになっていて、心打たれることうけあいです。

(中村恵里香、ライター)

 

2018年4月6日(金)より角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国ロードショー

公式サイト:http://wonderstruck-movie.jp

監督:トッド・ヘインズ/脚本・原作:ブライアン・セルズニック/製作:クリスティン・バション、パメラ・コフラー、ジョン・スロス/エグゼクティブ・プロデューサー:ブライアン・ベル、サンディ・パウエル/撮影:エドワード・ラックマン/編集:アフォンソ・ゴンサウヴェス/美術:マーク・フリードバーグ/音楽:カーター・バーウェル/衣装:サンディ・パウエル

キャスト:オークス・フェグリー、ジュリアン・ムーア、ミシェル・ウィリアムズ、ミリセント・シモンズ

2017年/アメリカ/英語/117分/配給:KADOKAWA/原題:Wonderstruck


「ウィンストン・チャーチル―ヒトラーから世界を救った男―」

乱世は英雄を生むのか?

 

なにか決めなければならない最終決着の場面で、自らの考えを信じて決断をくだせるのはどのような人物なのか。人は誰でも、決断を出さなければならない場面に遭遇する。大小に関わらず、それはいつだって必然的に起り得る事態である。しかし、決断をした先には、祖国の命運がかかっていたとしたら……。

1940年代に起った、イギリスでの歴史的事件があった。ドイツ軍が英・仏・ベルギーの60師団を包囲し、イギリス軍はフランスのダンケルクの海岸まで撤退し、孤立状態になっていた。イギリス陸軍全兵士30万人が包囲されている。救出策はない。ドイツ軍は海岸から80キロの地点に迫っている。

イギリスでは、連立政府を組閣できるリーダーがチェンバレンからチャーチルへと移った。チャーチルは、持論を展開し始める。そし

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て、ダイナモ作戦を発案した。それはフランスまで辿り着ける船ならなんでもいいから用意しろというものだった。ボートでも小型船でも、フランスまで着ける民間の船を召集し、ダンケルクに向かわせる作戦である。

一方では、和平交渉の道を迫るチェンバレンと外相のハリファックスがいる。チャーチルは国民に向かってラジオで訴える「人類の歴史を汚す独裁者から、フランスのみならず人類を救うために、今、一つの誓いが我々を団結させる。勝利を手にするまで戦い続ける。決して諦めない。服従はしない。どんな犠牲や痛みを伴っても、我々は勝たねばならぬ。そして、絶対勝つ」

ダイナモ作戦のために、860隻もの船があつまった。史上最大の民間船部隊であった。党の支持がなければ戦えないというチャーチルに、国王ジョージ6世は「町に出て国民の声を聞いたらどうか」という提言をする。国会議事堂へ向かう途中、単身、地下鉄に乗り込んだチャーチル。そして、地下鉄に乗っている国民に向かって、もしも我が国がヒトラーに頭を下げて和平協定を結んだとしたら、と問うと「ダメだ」とみなが声を揃える。

閣議の前に、チャーチルは閣外大臣を集めて、地下鉄で会話した国民の声を伝え、「君たちは、ナチスに屈するのか」と問う。すると、その場にいた誰もがそれを否定する。「君たちの思いは市民と同じだ」とチャーチルは言って、閣議へ向かって行く。

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下院に集まった議員に向けて、チャーチルの演説が始まる。「英国は長い歴史を誇るが、そのいかなる時期においても侵略に対して完全な防御を備えたことはなかった。しかし私には絶対的な自信がある。我々が皆、するべき役割を果たして、できうる限りの準備をすれば、必ず祖国を守ることができるだろう。何年もかかるかもしれない。だが何であろうと我々はやり通す。それがイギリス政府の決断であり、議会の、そして国民の総意である。たとえヨーロッパの大部分の領土と、古く名高き国々が、ゲシュタポをはじめとする忌まわしきナチス組織の手に落ちたとしても、我々は決して怯まない。最後まで戦い抜く。海で、空で、海岸で、敵の上陸地点で。野原で、街中で、丘で戦う。いかなる犠牲を払っても祖国を守り抜く。断じて降伏はしない!」

ダンケルクの30万人の兵士ほとんどが、民間船部隊によって故郷に運ばれた。

だが、ここで忘れてはならない部隊がある。ダイナモ作戦を実行に移すための時間稼ぎをしたカレーのイギリス軍である。ダンケルクとカレー以外の港はすべてドイツ軍に制圧されていた。その状況下で、ドイツ軍に包囲されながらも、敵軍の力をカレーの方に向けさせようと全滅するまで祖国のために戦い抜いた部隊である。映画で描かれる准将の最期の姿が、いまでも目に焼きついて離れない。

現代の日本を見るに、かつてのリーダーだった吉田茂や岸信介は、いま審議中の国会をどのように思っているだろうか。

この映画では第90回アカデミー賞の主演男優賞をゲイリー・オールドマンが受賞した。なかでも、メイクアップ&ヘアスタイリング賞に日本人の辻一弘氏が受賞して話題になっている。

鵜飼清(評論家)

3月30日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイト:http://www.churchill-movie.jp

監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、スティーヴン・ディレイン、ロナルド・ピックアップ、ベン・メンデルソーン
原題:Darkest Hour/2017年/イギリス/125分/ユニバーサル作品 配給:ビターズ・エンド/パルコ


修道士は沈黙する

井手口満(聖パウロ会)

『修道士は沈黙する』の原題『Le confession』は、カトリックの秘跡の一つ「告解」(現在カトリック教会の中では「ゆるしの秘跡」と呼ばれている)、という意味です。司祭は、カトリック信者から「告解」を聴いた場合、その内容については守秘義務を求められます。この守秘義務が邦題に「沈黙」という単語が用いられたのではないでしょうか。

物語は沈黙と祈りの生活をする厳格な修道会の司祭ロベルト・サルス(トニ・セルヴィッロ)がドイツのハイリゲンダム空港に降り立つところから始まります。彼は、空港の売店で一台の「ボイスレコーダ」を購入し早速「天国の天使が自らの務めを怠るとき、主は天使を永遠の暗い部屋に閉じ込める」(ユダの手紙1・6)の聖書の一節を録音します。見過ごしてしまいそうなこの場面ですが、この場面は物語全体のキーワードとなってきます。

サルスは、空港に迎えの車に乗り、バルト海に面したリゾート地の高級ホテルで開かれる予定のG8の財務相会議の会場に向かいます。そこには、各国の財務大臣が出席する中、一見場違いだと思われる、ロックスターと絵本作家、そして彼がゲストとして招かれます。この主催者で天才的なエコノミストとして知られる国際通貨基金(IMF)のダニエル・ロシェ(ダニエル・オートゥイユ)専務理事は、会議の前夜の夕食を彼の誕生会を催します。夕食後彼は、サルスを自室に招き「『告解』をしてください」と頼むのです。そして、翌朝自室でビニール袋をかぶったロシェが死んでいるのが発見されたのでした。警察が入り捜査が始まり、彼の死が自殺か他殺かという中、容疑者としてサルスが疑われるのですが。

ロシェの謎の死を通して、物語は政治家たちのエゴ、絵本作家の思い、警察の捜査など様々立場が浮かび上がってきます。そして、その鍵を握るサルスは、沈黙に徹していくのですが、彼に対して真相を探りに近寄る人々に与えるヒントは、実にユーモアに飛んでいます。冒頭で読まれた聖書の一節は、それぞれの役割を持つ人が本来の仕事をすること、もし本来の役割ではない、権力やエゴに向かうときその仕事が罪に変わってしまうことを暗示しているようです。サルスは、司祭として沈黙を守る中それぞれの人の中にある闇、癒しを必要とする人を慰め、また、政治的な闇に対してメスを入れていきます。この作品は、「告解」という「秘跡の神聖さ」とそれに対抗する「政治的な人間的なエゴ」のバトルを描くミステリーとなっているようです。

最後に大事な役者であるロルフ(政治家、軍人)という犬の動きもこの物語の見どころです。大切な決議の場面で普段おとなしいロルフが、会議室に集まる人々だけではなく飼い主までも威嚇し始めますが、サルスに対しては従順になついて行きます。ロルフは、彼らから醸し出されるものを敏感に察したのかもしれません。

この映画を通して何が大切なことか、何を守るべきかということを私たちに示唆している、そんな感じをうけました。

 

2018年3月17日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

監督・原案・脚本:ロベルト・アンドー
出演:トニ・セルヴィッロ、ダニエル・オートゥイユ、コニー・ニールセン、モーリッツ・ブライプトロイ、マリ=ジョゼ・クローズ
製作年:2016年/イタリア=フランス/イタリア語・仏語・英語/カラー/108分/
原題:Le confessioni /字幕:寺尾次郎
配給:ミモザフィルムズ/後援:イタリア大使館、在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
特別協力:イタリア文化会館/協力:ユニフランス