《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 44 「あがない」の意味を探ってみよう

「あがない」の意味を探ってみよう

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問次郎……答五郎さん、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 

 

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答五郎……おめでとう。今年も、ミサについて探究していくことにしよう。2週間休ませてもらったけれどきょうは、「感謝の典礼」の4回目。前回は、現在の「感謝の典礼」になっていく最初のころ、使徒たちの時代には、「主の晩餐」とか「パンを裂くこと」と呼ばれていたというところまで見たね。

 

女の子_うきわ

美沙……はい、その前にこの晩餐を定めたというイエスのことばもふり返りました。その説明で使われた「あがないのいけにえ」の「あがない」ということばがまだよくわからなかったのです。

 

 

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答五郎……そうだったね。イエスが、パンについて「これは、わたしの体である」と言い、ぶどう酒の杯について「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と言っていた(マタイ26・26~27)。ほかでもいろいろな言い方があるが、まとめて、これは、「あがないのいけにえ」の意味だと説明したところだね。

 

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問次郎……「あがない」という用語は、教会に来る前は使ったことも聞いたこともなかったのですが、教会に来てずいぶんと聞くようになりました。

 

 

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答五郎……「あがない主」キリスト、という言い方は聞いたことがないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……少しはあるかもしれませんが、「救い主」キリスト、という言い方のほうはよく聞くので、同じ意味なのかなとも思っていました。

 

 

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答五郎……「あがない」という語は、日常では使われなく、古語みたいだが、れっきとした日本語だし、漢字にもある。ちょっと書いてみようか。二つあるのだよ。「贖う」と「購う」。

 

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問次郎……「贖」は難しいですが、「購」は、購読とか、購入で使う字ですね。

 

 

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答五郎……そう、「あがなう」も、もともとは相当のお金を払って、あるものを得るということ、簡単にいえば「買い求める」とか「買い取る」とか「買い戻す」という意味なのだよ。二つの漢字とも「貝」偏なのは、貝が貨幣のような役割を果たしていた名残なのだね。

 

女の子_うきわ

美沙……教会で、「贖い主」という字を見たこともあります。

 

 

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答五郎……そうだね、聖書の訳や教会用語として漢字で書く場合は「贖う」とか「贖い主」と書くことになっている。けれど、常用漢字ではないから、平仮名で「あがなう」とか「あがない」と書くね。『あがないの秘跡』とか『人類のあがない主』といった文書のタイトルで見かける。

 

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問次郎……そもそも「買い求める」「買い取る」という意味の単語が、聖書というか教会では、イエス・キリストに関して使われるのですか。

 

 

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答五郎……聖書では、お金を払って奴隷を解放するという意味の単語を使って、神による救いを表現するという伝統があるのだよ。旧約聖書の『出エジプト記』で述べられている古代イスラエル民族の体験がこのことばで記憶されているのだよ。

 

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問次郎……古代エジプトで隷属状態にあったイスラエルの民がモーセに率いられてそこから脱出するというあの有名な出来事ですね。ということは、「あがない」とは解放という意味なのですか。

 

 

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答五郎……たしかにその意味がひとつに含まれるけれど、もう一つの側面、「買い取る」とか「買い戻す」という意味も、ここには含まれている。つまり、エジプトから脱出することができて解放された民は、それで終わるのではなくて、神の民とされる。「あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」(出エジプト記19・6)という言い方で書かれているのはそのことだ。

 

女の子_うきわ

美沙……解放されて、自由にされたというだけでなく、そこで神との関係が出来てくるわけですね。

 

 

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答五郎……そのしるしとして、契約が結ばれるのだね。そこで、いけにえの血が祭壇つまり神のほうと民のほうに半分ずつ振りかけられて締結が完了する(出エジプト記24・3~8参照)。イエスが「契約の血」ということばで自分のことを言うとき、この契約のことが暗に思い出されているわけだよ。

 

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問次郎……すると、人間の商売用語といえる言葉を使って、神によって不自由な状態から解放されて神のものとされるということ全体が言われているわけか。

 

 

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答五郎……そう、一種の譬えといえる表現なのだよ。神との関係が含まれることばだから「解放」でも「買い戻す」でもなく、日本語的には古語のような「あがない」ということばが使われるのかもしれない。たとえば、年間主日のミサで唱えられる叙唱1の中心文を読んでもらえるかな。

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問次郎……はい。「主・キリストは、過越の神秘によって偉大なわざを成しとげられ、わたしたちを罪と死のくびきから栄光にお召しになりました。わたしたちは、いま、選ばれた種族、神に仕える祭司、神聖な民族、あがなわれた国民と呼ばれ、闇から光へ移してくださったあなたの力を世界に告げ知らせます」

 

女の子_うきわ

美沙……ちょうど、出エジプトの出来事と同じようなことが、キリストによって行われて「わたしたち」が神の民とされていることを言っているのですね。「あがなわれた国民」と言われる意味は、きょうの説明でよくわかりました!

 

 

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答五郎……キリストのわざはもっと偉大なのだけれどね。そのことを伝える意味で「あがない」には、もう一つの意味合いが含まれる。マタイによる最後の晩餐でのイエスのことばにも含まれていた「罪のゆるし」という点なのだ。それについては、次回考えてみよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ヴァージニア・ニクソン著『中世末期におけるマリアの母・聖アンナ』

聖家族の絵画にもしばしば登場するマリアの母アンナは聖書外典で登場する人物だが、熱心な崇敬が向けられ、美術にも盛んに描かれるようになった。聖アンナ像を生み出した中世末期の人々の信仰心に目を向けた書を紹介しよう:

ヴァージニア・ニクソン著『中世末期におけるマリアの母・聖アンナ』
Virginia Nixon, Mary’s Mother: Saint Anne in Late Medieval Europe (University Park: The Pennsylvania University Press, 2004), xiii+216 pages

聖母マリアの母、聖アンナなる人物は聖書正典の中に出てくることはなく、2世紀の外典『イエスの幼児物語』における救い主キリストの誕生物語に付属する、母マリアの系図の一部として初めて語られた。そこでは、イスラエルの12部族の一人であった裕福なヨアキムに子孫がなく、神殿で捧げ物をすることを禁じられていたことや、彼が妻アンナの顔を見ずに荒野で40日40夜断食をし、アンナも悲しみにくれていたとき、天使によって子どもを産むであろうと告げられ、マリアを産んだことなどが語られる。ルカ福音書の初めの物語と旧約聖書の長い間子どもを産むことができなかった妻の物語からヒントを得て書かれたものであろう。

本書は聖アンナに対する信心の起こりと初期の段階から最盛期と終焉に至る過程を、信心の対象であった主要な造形作品の特徴の時代的変遷を見ながら分析し、それを通じて背後にあったジェンダー観を最後に明らかにしようとしている。

【さらに読む】
外典福音書の一つ『ヤコブ原福音書』に、ヨアキムの妻として現れたキリストの祖母アンナの物語は、彼女に関してもっと知りたいとする一般民衆の欲求にこたえてさらに詳しいものになっていった。以後、東方、西方の両キリスト教圏で聖アンナの物語は語り続けられ、聖人伝説に成長していった。中世の作家たちは、アンナが3度結婚し、すべてマリアという同じ名を与えられる3人の娘を産んだと語っている。

アンナの娘たちは救い主イエスばかりでなく、多くの子どもを産み、それらの中には、洗礼者ヨハネの他5人の使徒と一人の弟子、ラインラント地方の初期(4世紀末)の司教セルウァティウスとマテルヌスが含まれていたことになる。このような物語は興味深いものであったが、聖アンナは中世盛期においてはまだ、多くの聖人のうちの一人にすぎず、中世末期になって初めてヨーロッパで彼女への信心が確固とした位置を占め、特に1470~1530年の間にドイツと低地地方で広まり、盛んになった。彫刻師と画家たちは、需要にこたえて多種多様な彫刻・絵画・版画の作品を生み出した。この人気は16世紀の宗教改革時代初期にまで続いたが、やがて衰える。

聖アンナ信心の隆盛には中世末期の社会的経済的背景があったといわなければならない。それは経済的繁栄に伴う都市商人からなる市民階級が社会の表舞台に登場したことであった。聖アンナへの信心は、富裕な商人家庭の理想像と女性たちの意識を反映したものでもあったのである。15世紀と16世紀初期のオランダでは、聖アンナが幼子イエスと聖母マリアを抱く様子が彫刻のモチーフとなっている。それらは、後期ゴチックのリアリズムと経済的豊かさを窺わせるようにして、当時の玩具・衣装・装身具で飾られ、裕福な中流市民の生活を映し出している。このようなタイプの作品はフランス、スペイン、イタリアではあまり見られず、ポーランド、ボへミア、北欧スカンディナヴィアで広く見られる。大量生産の版画の存在は聖アンナのイメージが一般民衆によっても求められ、もてはやされたことを示している。それらの造形作品の存在は、当時「一つの現象」があったことを示していると、著者は考えている。

聖アンナを描いた立像や彫刻、あるいは絵画に表現された信心の隆盛はどのようにして起こされたのであるか。誰がそれを推進したのであろうか。当時のそれぞれ都市には多くの教会、施療施設をもつ修道院あるいは女子修道院等の宗教施設が飽和状態であった。それは施設拡充や補修のために莫大な資金を要し、台頭してきた富裕市民階層の家庭を切り盛りし、商売を助けた女性からそのための寄進を集められることに着目した。こうして聖職者たちは教会・巡礼地・祭壇を聖アンナに捧げ、このような家庭の女性たちばかりでなく、その夫たちにもアンナを家庭の模範、家庭の保護者として崇めるように推奨したのであった。彼らの娘たちの多くにアンナの洗礼名が与えられ、謙虚で慎み深い家庭の主婦のイメージをもつ聖アンナ像が定着していった。

中世末期は信徒の信心会が生まれ、広がった時代でもあった。聖職者層は聖アンナ信心をこのような運動によって教会の枠内にとどめ、指導できるようにしたと思われる。多くの信心会が結成されたが、聖アンナ信心会がそれに新しく加わった。イエスの祖母の話は有名な『黄金伝説』にも出てくるが、そのあたりまでの中世の救済論ではアンナに救済における何の役割も与えられていなかった。しかし、聖アンナ信心が広がっていくと、彼女にその役割が与えられるようになる。宗教改革者になる以前の修道士マルティン・ルターは聖アンナに誓願を立てるほど、彼女の信心に熱心だったが、やがてそれに距離を置くようになり、聖人崇拝には否定的となっていく。聖アンナ信心が盛んに見られたのは、16世紀の宗教改革運動が広がった地域でもある。宗教改革が歴史に明白な影響を及ぼすようになったとき、聖アンナ信心を反映した造形作品の制作は終わりを告げる。

聖アンナと幼子イエスを抱く聖母マリアのモチーフには初期から近代に一層近づいた時代までに描き方に大きな変化があった。初期のものでは聖アンナが中心に大きく描かれ、主役である。時代を経るとともに、彼女は男性の縁者たちを背景にして一歩後退し、聖母子を後ろから見守るようにして描かれるようになる。著者は最近の研究を紹介しながら、聖アンナ像が経済的変化と女性の役割の変化を反映してきていたことを指摘している。それは中世的女性像から近代的女性像への変貌なしには理解できないと、著者は考えている。

カトリック圏では、北方バロック美術は短い期間であったが、聖アンナを厳格な風格をもった預言者の姿をしたキリストの祖母として描くようになった。そのような聖アンナ像は北フランスのブルターニュ地方で一般的に描かれ、その後、フランス語カナダのケベック地方にもたらされ、特に母親たちの守護の聖人とみなされるようになった。フランスから彫像が聖遺物ともにもたらされ、今でもサント・ド・ボプレの巡礼地は米国からの巡礼者によってにぎわっていることを指摘して、著者は本書を結んでいる。

(高柳俊一/英文学者)


神さまの絵の具箱 30

末森英機(ミュージシャン)

「あなた以外の、生き物が、流す涙を、あなたは見たことがないのですか?」

「身体を蹴られているんですよ」

「他人(ひと)の不幸は、あなたの不幸ではないのですか?」

「ひとが苦しめば、あなたも苦しい?」

「ひとの痛みは、わたしの痛み、主人を守る犬のようにぶつかってゆくことはありますね?」

「寒さのなかで、置き去りにされた、よそ者をどうしますか?」

6年間、通わせていただいた、東北の被災地で、しっかりと胸に結びつけて帰京した言葉。けっして、忘れられない言葉のひとつひとつに、それを語っていらっしゃる、ひとりひとりの胸にも、最後の審判のような朝がきっと来る。そのためにも、苦しんでいるひとと、苦しむ。悩んでいるひとと、悩む。喜んでいるひとと喜ぶ。それが、おおきな弱さをたすける。ひとの、幸せのために生きるという、確信になる。愛は、ほかのひとのなかに、住まうということが、見えてくる。ひとびとの、なかの神。こころを、没頭することができる。愛ゆえに、流れる涙をこらえなければならない、ひととの邂逅(であ)いもある。

信じることで、奇跡をもったひとびとがいる。神にふれることも、見ることも、ぢかに知ることもなく、ただ信じることで。ひとのすばらしいところ、神を愛することができるということ。「目が見もせず、耳が聞きもせず、ひとの心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された」(Ⅰコリント2:9)愛ゆえに、愛ゆえに。


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 43:「感謝の典礼」の生まれたての姿

「感謝の典礼」の生まれたての姿

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答五郎……ミサの「感謝の典礼」に目を向けて3回目になるね。前回は、その全体像の根底にイエスが行っていた食事の動作の記憶があるということを見たのだったね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい、いろいろな儀式やことばが連なっている式次第の中心にイエス・キリストがいて、そのイエスとの食事の動作なのだと考えると、理解しやすくなるかもしれないと思いました。

 

 

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答五郎……きょうは、新約聖書を手がかりにして「感謝の典礼」の始まりに思いを馳せてみよう。問次郎くん、1コリント11章23節から25節を読んでもらおうかな。

 

 

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問次郎……はい。「主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、『これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、『この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました」

 

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答五郎……そう。パンを「わたしの体」、杯を「わたしの血によって立てられる新しい契約」と告げたところで、ここが聖体の制定、主の晩餐の制定と呼ばれていることは知っているだろう。

 

 

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問次郎……はい、ミサの中でもそのようなことばが告げられていますから。

 

 

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答五郎……同じような内容がルカ22章14~20節、マタイ26章26~29節、マルコ14章22~25節にもあって、制定の意味がそれぞれに語られている。美沙さん、ルカ福音書による最後の晩餐のところを頼む。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。『これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。』食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。『この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である』」

 

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答五郎……マルコ、マタイの記述との比較は省くけれど、「わたしの体」とは「あなたがたのために与えられる」もの、「わたしの血」についても「あなたがたのために流されるもの」とあるところからパンとぶどう酒の杯で表されているのは、イエス自身のいのちのことだとまず考えられるね。

 

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問次郎……「あなたがたのため」というところが重要なのですね。

 

 

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答五郎……そう。自分自身の生涯全体そして最後の十字架上での死が、「あなたがた」つまり弟子たち、ひいてはすべての人のために与えられるささげものであること、罪のゆるしをもたらす(マタイ26・27参照)、つまり、あがないのいけにえであるというイエス自身の自覚、そして新約聖書に反映しているように、使徒たちの理解も告げられていると考えられるのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……「あがないのいけにえ」……まだ、あまりよくわかっていないのですが、ともかく、そのような意味合いをこめて、そのあと、「信仰の神秘」と歌われ、「主の死を思い、復活をたたえよう」とみんなが唱えるのですね。

 

 

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答五郎……十字架上の死は復活と一つのことで、それを含んでの「わたしの体」「わたしの血」だよね。「あがないのいけにえ」であるキリストの死と復活によって、神と人類の間に新しい契約が打ち立てられたということが、このパンとぶどう酒の杯で表されているのだよ。

 

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問次郎……12人の弟子たちとの会食がとても大きなスケールの出来事となっている感じがします。

 

 

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答五郎……そもそも、まずキリストの十字架での死、それは復活と切り離せないから、キリストの死と復活全体が、人類史的な意味をもつ出来事、さらには宇宙論的な出来事というべきものなのだよ。

 

 

女の子_うきわ

美沙……それほどスケールの大きな意味深い出来事を記念するために、パンとぶどう酒の杯による食事を行いなさいとイエスが言われたこと、それが「感謝の典礼」の制定ということでしょうか?

 

 

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答五郎……そう。だから、「感謝の典礼」は、イエスの出来事、その生涯の意味を思い起こしながら神に賛美と感謝をささげる祈りを行って、パンと杯をいただく食事をすることがもとになっている。そのかぎりは、外観としては、会食、祈りを伴う宗教的な会食儀礼だったということだ。

 

女の子_うきわ

美沙……そういう行いだから「主の晩餐」と言われているのですね。

 

 

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答五郎……パウロが1コリント11章17~22節でいうのは、共同体の中に分裂があるとしたら、一緒に集まっていても「主の晩餐」を食べることにはならない、ということで、主の晩餐で一つのパンを裂くことはキリストの体にあずかること、賛美の杯は、キリストの血にあずかること(1コリント10・14~18節)だと強調している。何のための主の晩餐なのか自覚を求めているのだよ。

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問次郎……最近、ミサでよく聞く、「主の食卓」という呼び名もあるのですか。

 

 

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答五郎……1コリント10章21節で、「悪霊の食卓」つまり他の宗教の神々に供えられたものを食べる食事との対比で語られている。いろいろな教えの流れの中で、キリストを記念し、キリストの体と血にあずかる食事型典礼の意味が説き明かされているともいえるね。

 

252164

問次郎……それと、当時のコリントの教会でのあまりよろしくない状態も浮かび上がってきて、それはそれで興味深いです。

 

 

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答五郎……使徒言行録2章42節の簡潔な記述「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」というところの「パンを裂くこと」も主の晩餐を指しているといわれる。ほかに2章46節、20章7節にも同じ言い方が出てくる。

 

女の子_うきわ

美沙……ほんとうにキリストが中心となっている食事、会食ということが、「感謝の典礼」の始まりだったですね。「あがないのいけにえ」という意味はまた今度お願いします。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


神さまの絵の具箱

末森英機(ミュージシャン)

死が近づく。呼吸は出口を求める。そのとき、ひとりひとりの人間は、その胸に、最後の審判の朝を、はたして、見ているのだろうか。それとも、底なしの闇の時間を、さらに、眠り続けて、いるのだろうか。

あのとき、あなたは、美しい恋人のために、極上のギフトをするために、胸にすばやく、十字を切ると、アザラシの子どもを、撃ち殺した。

欲望にただ、苛まれる、全世界で起こることだ。

夕べ、人を殺した手は、次の朝、食卓で妻や子どもたちのために、祈りのあと、パンを裂く。いつでも、悪魔に都合のよい時間が、訪れる。

奴隷にされた者。奴隷になった者。奴隷の奴隷になった者。そして、奴隷に生まれた者。人間は、主への、信仰によって、この世に住むことを許されたのでは、なかったのか?心を込めて、主を思いつづけた。辛抱は、報われるから。

愛のもっとも気高いかたちである、赦し。身に覚えのある、暗闇。そして、人ならば、こみあげる、愛の想いに、涙の海にも浸かってしまうこともあるだろう。目の光は、虹となる。

闘うということ。洗い場の女が、酔って騒ぐ、男たちに、棒で殴られる。すぐさま「殺しあうなら、裏のお庭で、やってちょうだい!ここは、洗ったばかりなんだ!」と女将の怒鳴り声がぴしゃり。


『目覚めていなさい』

私は月2回、CLC (Christian Life Community) の例会に出席する。その例会では、最初に次の日曜日の福音書の箇所を読んで30分くらい黙想をして、そのあと短く分かち合う。

アドベント(待降説)の最初の日曜日のミサで読まれる福音はマルコ13章33〜37節であった。「目覚めていなさい。いつ主人が帰ってくるからわからないから。」という内容である。このころの福音は「賢い5人の乙女と愚かな5人の乙女」をはじめ、似たような話が多い。前回のタラントンのたとえ話も同じように、主人が帰ってくるのを待っている設定である。

それを黙想して分かち合ったら、開口一番「この福音をそのまま読むと、『これじゃあ、寝られないじゃん』と当然ながら思ってしまうのだが………」という素朴な質問が出てきた。

次に出てきた質問は、この日の福音の「主人の帰ってくる日」というのはなにを意味するのであろうか? 世の終わりとか終末とかいう答えも考えられるだろう。あるいは待降節にちなんで「救い主の誕生」というのも答えになるであろう。

しかし、私が黙想のなかで思い浮かべていたのは、「死の場面」であった。とくに加賀乙彦著『宣告』に描かれるような死刑囚の刑の執行を思い浮かべていた。いつだかわからないけれど必ずやってくる死刑の執行の日が「主人の帰ってくる日」ではないかと、それがいつ来るかわからないけれど、いつ来てもいいように準備をしておくことが「目覚めていること」ではないかと思った。

考えてみたら「私たちひとりひとりもいつ刑が執行されるかわからない死刑囚なのである」といったのはビクトル・ユゴーだったか。それは死刑囚ほど差し迫ってはいないかもしれないが、「その日」はいつか必ずやってくる。だからそれがいつ来てもいいように、備えておくことが「目覚めている」ということではないか。

この結論を得て、とても納得したのである。

http://www.glocallife.net/entry/death-penalty

土屋至(元清泉女子大学「宗教科教育法」講師  現聖パウロ学園高校「宗教」担当講師)


『彼女が目覚めるその日まで』

抗NMDA受容体脳炎という病気をご存じでしょうか。日本でも年間1000人ほどの人がかかっている病気ということですが、ほとんど知られていない病気のようです。この病にかかった女性を描いた映画が期せずして日本とアメリカで作られ、日本の映画は『8年越しの花嫁』と題して現在公開中です。ともに実話を元に構成されています。残念ながら日本映画はまだ観ていないのですが、アメリカの映画の方は見ることができましたので、皆さんにご紹介したいと思います。

憧れのニューヨーク・ポスト紙で駆け出しの記者として働き始めた21歳のスーザン・キャラハン(クロエ・グレース・モレッツ)の毎日

© 2016 ON FIRE PRODUCTIONS INC.

は、希望と喜びに満ちていました。いつか1面の記事を書くと燃えていました。プライベートでも、プロミュージシャンを目指すスティーヴン(トーマス・マン)とつきあい始め、会うたびに想いを深めていっていました。

そんな中、離婚してしまっていながらも、娘を通して良好な関係を築いている父(リチャード・アーミティッジ)と母(キャリー=アン・モス)がバースデイ・パーティを開いてくれます。それぞれのパートナーと最愛のスティーヴンに囲まれてキャンドルを吹き消そうとしたとき、初めて体調の異変を感じます。皆の声が遠のき、めまいを覚えたのです。

デスクのリチャード(タイラー・ベリー)からスキャンダルを抱えた上院議員のインタビューを任されることになりますが、体調は日に日に悪化し、視界が揺れ、会話も聞き取れず、夜も眠れなくなります。そんな体調ですから、まともな文章が書けるわけがありません。締切を守れなくなるばかりでなく、綴りや文法までミスをしてしまいます。やがて手足がマヒするようになり、病院で診察を受けますが、検査結果はすべて異常なしでした。
そんな中、ついに取り返しの付かない大失態をスザンナは演じてしまいます。上院議員のインタビューの席上、スキャンダルに引っかけた下品なジョークで彼を侮辱してしまいます。リチャードから激しく叱責されますが、なぜそんな言葉出て来たのかスザンナにもわかりません。

その後、激しいけいれんの発作を起こすようになり、両親に付き添われて精密検査を受けますが、そこでも異常は見られないといわれます。劇的な幸福感に包まれたかと思うと、深い絶望感と被害妄想がわき起こり、周囲の人を罵詈罵倒するなど、両親ですら手に負えなくなってしまいます。

© 2016 ON FIRE PRODUCTIONS INC.

何度検査を受けても異常なしの状態で、とうとう精神病院への転院を薦められます。恋人スティーヴンは「絶対治るから、一緒に頑張ろう」と支え続けますが、手足が動かなくなり、全身が硬直し、口もきけなくなってしまいます。
スザンナがどのようにして抗NMDA受容体脳炎という診断に行き着いたのか、そしてその後病は克服できたのか、職場へは復帰できるのかなどは観てのお楽しみです。

私がこの映画をぜひ皆さんに見ていただきたいと思ったのは、訳のわからない病に突き当たったとき、本当に助けてくれる存在が身近にいるということです。心から自分を信頼し、救いの手をさしのべてくれる存在がどれほど心強いものかスザンナを通して感じることができました。「だれか助けて」と声を上げなくても、だれかが見ていてくれるそんな存在を感じられるこの映画は生きようとする私たちの応援歌のような気がします。

中村恵里香(ライター)

12/16(土)より角川シネマ有楽町他全国ロードショー
監督・脚本:ジェラルド・バレット/製作:AJ・ディクス、ベス・コノ、シャーリーズ・セロン、リンジー・マカダム、ロブ・メリリーズ
出演:クロエ・グレース・モレッツ、トーマス・マン、キャリー=アン・モス、リチャード・アーミティッジ、タイラー・ペリー、ジェニー・スレイト
原作:『’脳に棲む魔物』スザンナ・キャハラン著・澁谷正子訳(KADOKAWA刊)
2016年/カナダ・アイルランド/英語/カラー/5.1ch/スコープ/89分/G/字幕翻訳:松浦美奈
公式サイト:http://kanojo-mezame.jp


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 42:根底にあるイエスの食事の記憶

根底にあるイエスの食事の記憶

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答五郎……さて、探究は「感謝の典礼」にいったところだが、いいかな。式次第順に見ていくこともひとつの方法だけれど、まず「感謝の典礼」全体を見渡すということが大事だよ。その成り立ちを考えるということかな。

 

 

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問次郎……つまり歴史ということですね。

 

 

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答五郎……たしかに成り立ちは歴史ともいえるのだけれど、その歴史を上から眺めるというよりも、今のミサの形、式次第として展開される感謝の祭儀の流れというか構造というか、いわば“つくり”を見るということかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……今のミサの姿を思って考えていればいいのですね。

 

 

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答五郎……そう、それをいつも念頭に置いておいて考えてほしい。まず「感謝の典礼」の式は、おおまかに言うと「供えものの準備⇒奉献文⇒交わりの儀」というふうに展開していく。

 

 

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問次郎……見た印象だと、共同祈願のあと、献金があって、それから、パンとぶどう酒と水をもって奉仕する人と、集められた献金を入れた籠などが会衆席後ろから前の司祭のところに届けるという動きになりますね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……式次第を見ると、奉納行列とあるところですね。

 

 

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答五郎……そう、「奉納」という言葉はとても日本語的なのだけれど、ラテン語の原語を直訳するとここの部分が「供えものの準備」となるのだよ。ここからの大きな流れをとり結ぶところにひとつの祈願があるのだが……。

 

 

女の子_うきわ

美沙……奉納祈願ですね。

 

 

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答五郎……そう、いわば奉納行列で始まり、奉納祈願で結ばれるところまでが「供えものの準備」の部。それに続くのが「奉献文」、最後が「交わりの儀」だ。

 

 

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問次郎……聖体拝領のところですね。

 

 

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答五郎……そう、簡単にいえばその部分なのだが、その締めくくりはどうなっているだろう。

 

 

女の子_うきわ

美沙……「拝領祈願」ですね。

 

 

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答五郎……こうした祈願が式の区分の目印になっていることがわかるだろう。ところで、「供えものの準備⇒奉献文⇒交わりの儀」という流れの中で、中心となっているものはなんだろう。

 

 

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問次郎……パンというか聖体でしょうか。

 

 

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答五郎……そうだね。基本的にはね。そして、そこにはぶどう酒もセットされていることを見てほしいね。     いずれにしても、この「感謝の典礼」の中では、パンとぶどう酒の杯が祭壇に用意され、それら     の上に司祭が祈り、皆に分けていくという流れだろう。祭壇ももともとは食卓なのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……ああ、そうなると、感謝の典礼全体は、祈りを一緒にした食事のような流れですね。

 

 

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答五郎……そう。そこで思い出してほしいのは、福音書にたびたび触れられるイエスが中心に行う食事のときの動作だ。もちろん、最後の晩餐で、この感謝の典礼を制定したといわれる部分もそうなのだが、たとえば、マルコ福音書6章30~43節の「五千人に食べ物を与える」という箇所の中の41節を読んでごらん。

 

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問次郎……はい。「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された」

 

 

124594答五郎……ありがとう。パンに関してみると「取って、賛美の祈りを唱え、裂いて渡した」という行為が浮かび上がるだろう。もちろんその前にパンが用意されていたということがあるけれど。実はこのような動作は、同じようにパンで多くの人を満たした話のほかにも、最後の晩餐(マルコ14・22。ほかマタイ、ルカの同様の箇所)、それからエマオに向かう弟子たちに復活したイエスが現れた場面でも(ルカ24・30)でも出てくる。

 

 

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問次郎……なにか特別なわけがある動作なのですか。

 

 

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答五郎……いやぁ、あの時代のユダヤ教の信仰生活の中で神を賛美しながら食事をするという会食儀礼のようなものが、たとえば過越祭の食事とか安息日の食事というふうに、豊かに行われていたらしい。その中に、食べ物を手にとって神に祈りをささげてから皆に分けるというのは、当然の動作だったようだ。

 

女の子_うきわ

美沙……でも、イエスの食事のときの動作は、さりげなく繰り返されている分、とても印象深く伝わりますね。

 

 

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答五郎……そうだろう。そして、準備されていた食べ物を手にとるまでの部分、そして、手にとって祈りをささげる部分、それを分けていく部分を大まかに分けることができるとすれば、それが、感謝の典礼の三部構造の背景というか根源にあるというふうに考えることができるのだよ。

 

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問次郎……式次第を見ていると、いろいろな言葉や歌や祈願があって、複雑そうに見えますが、「感謝の典礼」の根底には、イエスとの食事、主の食卓があるのですね。

 

 

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答五郎……主の食卓、主の晩餐、パンを裂くことと初期に呼ばれていた事実を次回は見ていこう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


降誕祭の歌

齋藤克弘

「グレゴリオ聖歌」シリーズが完結していませんが、今回は時節柄「降誕祭の歌」について書くことにしました。12月に入ってから、スーパーやコンビニ、あるいは商店街などでは「クリスマスソング」がBGMで流れるようになりましたね。

洗礼を受けて間もない頃、学生時代に教会の友人から聞いた話ですが、「テレビの街頭インタビューでインタビュアーが呼び込みのお兄さんに『クリスマスに教会にはいかないんですか』と尋ねたら、お兄さんは「え、教会でもクリスマスやるの』」と言っていた、という、笑うに笑えない話がありました。もう40年近い前の話ですが。日本では「クリスマス」というと、予約したケーキやオードブルを買って帰り、みんなで一緒に食べる日という印象が強いですね。

先にも触れましたがBGMで流れているいわゆる「クリスマスソング」も、たまには『讃美歌』(主に1954年版)にあるものもありますが、具体的な曲名はここでは挙げませんが、どちらかというと、クリスマスにちなんだ、ポピュラーソングやフォークソングが主流だと思います。

教会で歌われている聖歌や讃美歌で一番なじみ深い曲は「きよしこの夜(讃美歌)・しずけき(カトリック聖歌集)」でしょう。この曲は1818年に現在のオーストリアのオールベンドルフという村の小教区の助祭だったヨゼフ・モールが作詞した詩に、同じ村の音楽の先生だったフランツ・グルーバーが曲をつけて歌われたのが最初です。元の歌詞は6番まであり、最初はギターの伴奏だったそうです。巷説では、教会のオルガンが壊れたのでモール助祭が急遽、作詞してグルーバー先生がやはり速攻で作曲して、オルガンの代わりにギター伴奏で歌われたと語られていますが、現在の研究によると、そのような事実はなかったようです。この聖歌、最初はこの小さな村の小教区で歌われておしまいになりそうでしたが、さまざまな経緯からドイツ語圏に広まり、さらにヨーロッパ各地の言語に訳されて各国のことばで歌われるようになりました。

この他にも、クリスマスにちなんだ聖歌や讃美歌は数多くありますが、現在、よく歌われているものはほとんどの曲が18世紀あるいは19世紀に作曲されたものです。しかし、よく考えてみると、クリスマスはその頃ようやく祝われるようになったわけではありません。神のひとり子がおとめマリアを通してナザレのイエスとしてこの世に来られた時がその起源です。教会では最初のうちは「クリスマス」という行事は重要視されていなかったようで、現在のように12月25日という日付も定まっていませんでした。詳細を書くと長くなるので簡単にしか触れませんが、この日がキリストの誕生の祝日となったのは325年のニケア公会議の頃以降のこととされています。カトリック教会の場合は「主の降誕」が正式な名称となっています。

さて、話がだいぶ脇道にそれましたが、ナザレのイエスが生まれたその夜に歌われた重要な歌があります。それは聖書にも書かれているもので、現在もその歌詞を歌いだしとして教会では一部の主日(日曜日)を除いたお祝いの日(主日・祝祭日)には必ず歌われているもので「栄光の賛歌=Gloria呼ばれています。イエスが生まれた時に羊飼いたちにその誕生を告げた天使と天の大群が歌った歌で、現在の教会の日本語の歌詞では「天のいと高きところには神に栄光、地には善意の人に平和あれ」というものです。

そして、教会が伝統的に大切にしてきた歌、それは「主の降誕」や「主の復活」を記念するすべてのミサで歌ってきた大事な歌が「詩編」です。詩編はユダヤ教の時代に編纂されてキリスト教にも受け継がれた150編からなる歌です。ユダヤ教の時代の歌ですから、直接にイエス・キリストの名前が出てきませんし、ユダヤ教時代の神の民のさまざまな出来事が土台になっているものです。しかし、キリスト教会はこの詩編を単なる歴史の出来事に基づく歌ではなく、旧約時代の人々が、自分たちのうちに来られるであろう「キリストに関する預言」、ユダヤ教徒として生活していたナザレのイエスやイエスの弟子たちが会堂や神殿で歌った祈り、キリストが復活してから弟子たちがキリストの復活について証した聖書の歌、という理解のもとに絶えることなく歌い続けているものです。連載でお伝えしている「グレゴリオ聖歌」でも一番重要な歌詞とされているのが、この詩編ですし、「主の降誕」をはじめ、すべてのミサで、グレゴリオ聖歌では詩編が歌われなかったことは一度もありません。巷には様々な「クリスマスソング」が流れていますが、詩編こそイエス・キリストにまでさかのぼる、伝統的な教会の聖歌なのです。

「主の降誕」のミサでは、夜半のミサで詩編96が、日中のミサでは詩編98が先唱者を通して朗唱されます。皆さんもぜひそれぞれのミサで朗唱される詩編を味わい、その前後に歌う答唱句を歌って、キリスト降誕の喜びをかみしめていただきたいと願っています。

(典礼音楽研究家)

 


私は幸福(フェリシテ)

あなたにとって幸福って何でしょうか。ある人はお金というかも知れませんし、人間関係という人もいるかも知れません。いえ、もっと違うものという人もいるでしょう。その形はきっとそれぞれだと思います。

本当の幸福って何だろうと考えさせられる映画に出会いました。その映画を今回はご紹介したいと思います。

舞台は中央アフリカのコンゴ民主共和国です。幸福、祝福という意味の名を付けられたフェリシテ(ヴェロ・ツァンダ・ベヤ)はバーで

© ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS – KATUH STUDIO – SCHORTCUT FILMS / 2017

唄うことで生計を立てています。彼女の歌声は、エネルギーそのものといった感じです。ある朝、フェリシテの家の冷蔵庫が壊れます。近所の子供に修理屋を呼んで来させると、そこに来たのは、彼女が唄うバーでいつも酔っ払い、女を口説いているタブー(パピ・ムパカ)でした。冷蔵庫はファンがいかれているというのですが、2週間前にモーターを修理したばかりのフェリシテは、修理より新品を買うほうがいいと渋々ながらタブーにお金を渡し、冷蔵庫を頼みます。

そこに1本の電話がかかります。病院からの電話で、彼女の一人息子、サモ(ガエタン・クラウディア)が交通事故に遭ったというものでした。急いで病院に駆けつけますが、大部屋に寝かされている息子は、意識はあるが、呼びかけても何の反応も見せません。

息子サモは、左足を開放骨折しており、手術が必要な状態で、治療費が100万フランかかるといいます。何としてもお金を集めるので、手術をしてほしいと頼むフェリシテに前払いをしなければ手術は出来ないと医師は告げます。

これまで人に頭を下げることをせず、一人の力で生きてきたフェリシテにとって、それは大変なことでした。

バーではタブーが彼女のために客から金を集め、バンドメンバーもお金を出します。でもそれだけではとても足りないのです。

ここまでのお話ではそんなに魅力のある話には見えないかもしれません。ここから話は佳境に入るのですが、フェリシテの周囲の人間関係が如実に出る作品ですので、見ていただきたいと思います。

なぜ彼女はフェリシテという名前になったのかも大きく関係していきます。幸福とは縁遠いような彼女の生活も息子の事故により大きく変わっていきます。

© ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS – KATUH STUDIO – SCHORTCUT FILMS / 2017

息子は助かるのか、元旦那さんとの関係や、お金をどうやって集めるのか、タブーとの関係は?

人に頭を下げず、いつも一人でお金に執着していたフェリシテにとって、本当の幸福とは何なのでしょうか。彼女の心の変遷が大きく映画の世界に誘っていきます。

コンゴという私たちにとって、あまりなじみのない土地へ誘い、その国の現状がフェリシテとタブーによって身近に感じられるようになります。

まったく笑うことのないフェリシテの心の変遷をぜひご覧ください。本当の幸福とは何か、心に突き刺さるものがあるはずです。

蛇足になりますが、この映画にはアフリカの音楽が溢れています。その迫力にはなぜか心が揺さぶられます。

中村恵里香(ライター)

 

12月16日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

監督・脚本:アラン・ゴミス、撮影:セリーヌ・ボゾン、編集:ファブリス・ルオー、アラン・ゴミス、音響監督:ブノワ・ド・クレルク
出演:ヴェロ・ツァンダ・ベヤ、パピ・ムパカ、ガエタン・クラウディア、カサイ・オールスターズ他

原題:Félicité |製作年:2017年|製作国:フランス、セネガル、ベルギー、ドイツ、レバノン

129分| DCP |1.66|5.1ch |カラー:リンガラ語&チルバ語&フランス語

字幕:斎藤敦子 字幕監修:奥村恵子 配給:ムヴィオラ
公式HP:www.moviola.jp/felicite/