パンデミック下でのドイツの事情


白坂啓(ミュンヘン在住)

2月28日から3月1日、レーゲンスブルク大学で日本語教育シンポジウムが開催された。その時、日本からの参加者の先生方もいらして「新型コロナ」の話題がみじかなこととして話されていた。コロナ以前から日本人がマスクをかけて街を歩いたりするのを、ドイツ人には、異様に思っているという話をしていたと思う。日本在住経験もあるドイツ人の先生は、「ドイツではマスクかけていると、病院から逃げてきた人みたいな、重病人と思われるから」と、携帯はしているものの、かけることはしないと言っていた。

そのころは、中国、武漢のニュースが伝えられて、アジア系の人に対しての、差別的な行動があちこちで見られた。特に、市内交通などで、子供に向かって、かなり辛辣に「コロナ、コロナ」などと指差して言われたり、さらに嫌がらせをされている例もいくつか報告されている。

 

学校の閉鎖・イベントの中止

広告塔。左上は「助け合う」「距離を保つ」とある。

わたしの周りでは、最初にわたしの勤務している学校(5年生から12年生までの中等教育を行うギムナジウム)で、週末に感染の可能性がある人が学内に出たということで、3月9日の月曜日と翌10日の火曜日、学校が閉鎖された。そして、その時点では、検査の結果によっては開講すると思ったら、水曜日も閉鎖さらに週末まで延長となった。そうこうしているうちに、忘れもしない、13日の金曜日、ミュンヘン中の全ての学校がイースター休み(4月6日から19日)まで学校が閉鎖されることに。全国中で同様の措置が取られ、またこの期間の大規模イベントの中止など、社会全般にわたって緊急措置が取られるようになった。

わたしのみじかなところでいうと、3月中旬のライプチヒブックメッセと同時開催の漫画アニメコンベンション(日本のサブカルチャーを中心とした同人誌やファングッズなどの頒布会)の中止が伝えられ、ミュンヘン郊外で4月末に予定していた同じく漫画アニメのコンベンションも中止を決定した。また、50人程度集まる教師会の研修会も開催地の行政に問い合わせたところ、やはり中止を余儀なくされた。

 

メルケル首相の演説

ヨーロッパでは、最初にイタリアで感染爆発が起こり、その余波で、ドイツや周辺の国々にも感染が広がっていった。それに対して、国は、移動の規制、店舗や公共施設の閉鎖など緊急措置を次々と発表した。その不安な時に、テレビの生中継で、メルケル首相の演説が行われた。

〈3月18日のメルケルの演説全文は以下の新聞記事〉
Kölner Stadt-Anzeiger "Merkels Corona-Ansprache im Wortlaut „Nur Abstand ist der Ausdruck von Fürsorge"

この演説を林フーゼル美佳子さんがすぐ次の日に日本語訳をブログにアップしてくださいました。

コロナウイルス対策についてのメルケル独首相の演説全文

善意の壁

この演説をインターネットの動画で見たとき、ドイツ語は所々しかわからなかったが、テレビカメラをじっと見つめて話す態度に安心感を覚えた。もともと旧東ドイツ出身で、移動の自由が制限されていた国が自由を獲得する過程を生きてきた彼女が、「自由を制限するのは大変つらいことです」と訴えた。行動制限を訴え、買い占めを控えるように頼み、最後には、スーパーのレジや品出しなどで働く人たちへの労いを語った。このメッセージは、ほとんどの市民に深く届いた。

メルケル首相は、保守的政党CDU(ドイツキリスト教民主同盟)の党首であり、2005年から首相を務めている。その政治思想や政策に対しては、反対意見を持つ人も少なくはない。しかし、緊急事態を数字で冷静に分析し、弱者救済の政策をはっきりと打ち出すことで、支持率を高めた。

メルケル氏の支持率が3月末の世論調査で11ポイント急上昇し79%に達したという。また、「ドイツ第2公共放送」が4月6~8日に1175人を対象に行った定例の世論調査では、74%が政府の感染抑止策を評価した。最大500億ユーロ(5兆8500億円)の中小企業や芸術家向け給付金などの経済支援対策も69%が支持した。(毎日新聞デジタル版2020年4月21日付け

政府の支援金も3月中旬に始まったsofort hilfeというプログラムで、各州単位で、申請の仕方や金額に違いがあるものの、最初の州に申請した人は、小規模事業者で従業員5人まで、あるいは、フリーランスのなどに一週間以内に5000ユーロが振り込まれたという。

わたしの場合は、申請が遅かったことと、書類が揃わなかったために時間切れで受け取ることができなかったのだが、粘ればもらえたかもしれない。

「困っている人たちのための善意の壁」とある

政府の支援とは別に民間でも、ドイツ鉄道が格安チケットなどキャンセル不可の乗車券も払い戻しに応じたり、ホテルやメッセの予約も無料キャンセルができるなどの支援があった。また、外出を控えたいお年寄りや病気の人のために買い物を手伝うボランティアが、地域や教会・ボランティア団体などから提供され、路上生活者を支援するために教会の入り口に食料品を吊り下げて寄付する活動が始まった。

食品や生活必需品以外の店舗は休業、映画館、博物館、教会の礼拝など人が集まることは全て制限された。家族以外の人と集まる私的なパーティなども罰金を伴う規制引かれた。

学校は閉鎖、会社や事務所もリモートがほとんどで、人々は町から消えた。もちろん、国内外からの観光客もなく、多くの留学生は自国への帰国を余儀なくされた。

 

家庭医を通して。

市場の様子

医療に関しては、ドイツでは、外国人であっても在住資格をとる際には、健康保険への加入が義務付けられている。ほとんどの人は、「家庭医(Hausarzt)」というかかりつけのお医者さんがいて、まず最初にそこでみてもらってから、必要に応じて専門医へ処方箋を送ってもらう。その診察結果や検査結果も家庭医に伝えられるため、家庭医は家族構成や職業、持病の有無など健康に関して総合的に把握していて、患者との信頼関係も深い。今回、新型コロナウイルス感染に関しても、症状があると思ったらまず家庭医に電話などで相談して、検査の手配をしてもらうシステムになっている。もちろん直接保健所のホットラインに電話することもできる。

わたしの周りでは検査を受けた人はあまりいないが、感染疑いがある人は検査を受け、症状が軽ければ自宅での隔離を二週間ほど行う。海外からの渡航者も、同じような隔離制限が設けられているが、家族との感染に気をつければ家庭内でも検疫することができる。病院のベット数や人工呼吸器の数も余裕があるとは言えないまでも、十分に足りていて、国境沿いの隣国の支援も行なっていた。

 

買い占め

マスク

ドイツでは、必要以上に買い物をすることを「ハムスター買い」というが、緊急措置が取られて、外出規制などが発せられた3月中旬は、トイレットペーパーなどの紙類や消毒液がすぐに品切れになった。また、小麦粉、パスタ、缶詰などもスーパーの棚から消えていく傾向があった。しかし、大体のものは、週の初めに物流が通れば普通に買い物することができた。地域差はあるが、消毒液とトイレットペーパーは4月中旬ぐらいまでは、入手困難であった。

公共交通や店舗内でのマスク着用が義務付けられるようになってマスクも品薄ではあったが、だんだんとあちらこちらで売られるようになってきた。ミュンヘン中央駅で無料の布製マスクが配られていることもあった。

 

規制が緩和されて

4月下旬から緊急処置は徐々に解除され、街に人が戻ってきた。わたしは長距離通勤をしているのだが、長距離の特急列車は、最初に出勤した4月27日は一つの車両に10人ぐらいしか乗っておらず、皆前後、左右に席を空けて座っていた。駅構内や車内でのマスク着用は義務付けられていて、車内の検札も距離をとって行われる。乗客数は、週を追うごとに増えて、5月末には、ほぼ3分の1ぐらいになった。それでも、まだ左右の席は空けて座ることができるほど空いている。

ミュンヘンの店のオープン席

テラス席など屋外の席が解放されて、間隔を空けて座ることでレストランなど外食もできるようになった。それでも、お客さんは少なめである。

とは言え、緩和によって、100人以上の感染者が出てホットスポットになってしまった例も出ている。まだまだ予断は許されない。ミュンヘンの公立高校の場合、受験を控えた12年生の授業が4月27日から始まり、その後、5月11日からは、上級生(11、12年生)のみの授業。6月1日から13日までの聖霊降臨祭休みが終わったら、全学年が教室に戻るという。大学はほとんどがリモート授業を実施していて、9月以降の冬学期もリモートで行うことを決定している大学も多い。

イベントに関しては、1000人を超える大規模なもの、メッセなどは、10月までのイベントが中止とのの連絡を受けている。9月中旬から予定されていたミュンヘンのオクトーバーフェスト(世界最大のビール祭り)も早々と中止を宣言している。社会、経済活動が正常に戻るにはまだまだ時間がかかりそうである。

 

取材協力

facebookのグループ 「ドイツ日本語掲示板」のみなさん

「ベルリン・リポート」Anna Marie さん

Mikako Hayashi- Husel さんのホームページ

HYPERLINK "https://www.mikako-deutschservice.com/"https://www.mikako-deutschservice.com

執筆

白坂啓(しらさか けい)

HYPERLINK "mailto:kei@japanpub.de"kei@japanpub.de

ドイツの公立高校の教員の傍、日本語教材の編集・出版を行う。

1987年よりミュンヘン在住

 


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