佐藤忠男、映画の旅


    鈴木浩(暮らしの映像社)

 ひとりの映画評論家の人生を辿るドキュメンタリー映画がまるでミステリーのように面白い。はじめての体験である。映画評論家・佐藤忠男氏は映画好きの私が長年にわたって敬愛してきた映画評論家だ。氏は難しい言葉を使わず、いわば”普段着”の言葉でわかりやすく映画を語ってくれた。その文体と内容にいつも共感させられる。氏が独学で映画評論の道を拓いたことが、私が大切にしている著書名からも窺い知ることができる。

『いかに学ぶべきか―新しい独学の思想と方法』(大和出版)『独学でよかった―読書と私の人生』(中日映画社)『映画館が学校だった』(日本経済新聞社)『映 画をどう見るか』(講談社現代新書)『映画は子どもをどう描いてきたか』(岩波書店)などなど。学校でしっかり学んだという覚えがなく、授業をさぼって映画館に通っていた私にとって「映画館が学校だった」の本はきわめて魅力的で「我が意を得たり」と思ったものだ。この本の「はじめに」に興味深いことが書かれている。

「今日の学校教育の不幸は、教育の問題がすべて学校の問題になってしまっているところにあると思う。学校で教えられることなどタカが知れているのである。人間はもともと、学校以外のところで学ぶことのほうが圧倒的に多いのだ。」その通りだと納得した。人の世の情け、恋愛感情の機微、友情の大切さ、家族の絆の美しさ。私もそういうものを映画から学んだ。この本には映画の評価についてさらに大事なことが書かれている。ある映画を面白いと思うか、退屈と思うか。そのポイントについての重要な考察だ。

氏がポーランドのカワレロビッチ監督(「尼僧ヨアンナ」「夜行列車」などの傑作で知られる)から聞いた言葉として語られている。カワレロビッチ監督は「芸術は質問を出すものであって答を出すものではない」と氏に語ったそうだ。氏は続けて以下のことを述べている。

「ある種の映画は、人間や社会のあり方について、かくあるべしという答を出す。しかし、がいして言えば答のついている映画は退屈である。社会主義がすべてを解決する、とか、愛がすべてを解決する、とか、強い者が勝つ、とか、弱い者はつねに正しい、とか、そういうきまりきった答のついている映画は退屈である。そうではなく、社会主義でも解決できない問題、愛でも解決できない問題、強い者でも勝てないこと、弱い者でも正しくないこと、などなどについて、なぜ? と問いかけてくる映画こそが面白い」その通りだと思う。答を見る者に押し付けてくるプロパガンダのような映画ははじめから見る気がしない。氏の映画監督論や映画史に関する著作でも難しい言葉を使わず”普段着”の言葉で独自の分析を展開する姿勢は変わらない。氏の著作以外の大きな功績として挙げられるのが観る機会がほとんどなかったアジア諸国の映画を日本に紹介してくれたことだ。映画の中で氏は語っている。「世界中どこでもいい映画はあります」氏の映画を愛する心の広さが伝わってくる。映画評論家の人生を辿って一本のドキュメンタリー映画をつくるのは映画的感興に乏しいかもしれないという危惧を抱いたが、この映画はそれを超えて面白さに満ちていた。

「あなたにとって最良の映画は?」と問われた氏はインド映画の『魔法使いのおじいさん』を挙げる。長い間映画批評に人生をささげてきた氏が「世界で一番 好きな映画」として選んだ『魔法使いのおじいさん』とはいったいどんな映画なのだろうか。氏はこの映画のどこに惹かれるのだろうか。それを知るために氏が学長を務めた日本映画学校(現日本映画大学)の教え子の寺崎みずほ監督が南インドにその映画の関係者を訪ねる旅に出る。恩師が愛した映画の原点を教え子が探し求めて歩く姿はまるでミステリー。ワクワクする。次第に浮かび上がってくる『魔法使いのおじいさん』という映画の魅力。それは氏の心の奥に秘めていた子どもの心をよみがえらすものだったようだ。確かに映画には忘れていた子どもの頃の何かを呼び覚ます不思議なチカラがあるのかもしれない。この作品は氏の映画評論家としての歩みだけではなく人柄も見事に捉えている。氏を支え続けた夫人の久子さんに寄せる思いも描かれている。結婚前に氏が久子さんに書いた手紙を紹介する場面に心が温かくなる。

「(結婚しても)絶対に威張ったりしません」「あなたのために働くのなら本望です」「むちゃくちゃに恋しい人に」などの文言。「絶対にいばったりしません」まるで少年のような初々しい宣言に微笑んでしまった。もしかすると氏の映画評論家人生の原点にあったのは映画の面白さを夢中になって伝えようとする子どものような初々しい心だったのかもしれない。一人の映画評論家の仕事と人生を見事に描き切った映画として類のない貴重な作品となっている。    


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