宇宙をホスピスにしたい

東京の日雇い労働者の街、通称山谷地区に在宅ホスピス対応型集合住宅「きぼうのいえ」があります。2002年10月に設立され、部屋は21室、21床備えられています。ここでは、生活保護を受け、身寄りがなく、行き場のない人が、死を迎えるまでケアされています。なぜドヤ街ともいわれ、路上生活者の多い場所で「きぼうのいえ」を開いたのか。「家庭的なセンスでその人をくるんで、温かくやさしくまどろわせて、ナチュラルに死を迎えてもらう」という理事長で施設長の山本雅基さんにお話を伺いました。

 

 人間らしさを回復するためのキーワードは和解です

きぼうのいえの屋上には、「聖家族礼拝堂」がつくられている。小さな礼拝堂の中に、きぼうのいえで亡くなった方たちの遺影がずらりと並んでいる。礼拝堂で、山本さんは真摯な目を輝かせて話しはじめた。

「ここへ来る人は、みんな最初は虚無主義者です。神も仏もあるものかというね。自分以外はなにも信じないという感じです。なにしろ、路上生活をしていたときは、仲間が死ぬと警察が来て、ブルーシートでくるんで運んでいってしまう。そんな無機質で寂寥感(せきりょうかん)が漂う光景が当たり前の日常だったのですから」

日本の戦後の経済成長を影で支えてきたのが、日雇いの最底辺労働者といわれる人たちだった。地方から出稼ぎで東京に出てきて建設現場で働き、遊びを覚えて仕送りが滞る。そして、故郷へ帰れなくなり、ドヤ街に住み着くようになる。

「山谷にいる人たちのなかには、東京で暮らしていて、家の財産を全部ギャンブルで使ってしまった人もいます。それぞれがさまざまな理由から、行き場を失ってしまった人たちです」

世のなかから置き去りにされてしまった人たち。誰からも相手にされずに、ひっそりと生きている。そして、病気になればただ死を待つしかない。そのような人たちを山本さんは迎える。

「わたしのキーワードは和解なんです。元の人間らしさを回復していくことのキーワードは和解です。その和解がここの緩和ケア病棟です。いわゆる緩和ケア病棟や介護施設ではありません。ここでは愛情のシャワーを浴びせかけています。その人の心にピンとくるような愛情の示し方をしています。そうすると、荒んだ心を持っている人たちが、だんだん変わっていきます。もしかしたら、おれの人生は悲惨なんだと思っていたけれども、最後にここで命を終わらせることができたならば、おれの人生はそんなにひどいものじゃなかったかもしれないというようになっていくのです」

 

子どもの頃から体験していた弱い立場の者に対する共感

社会の隅に追いやられ、弱き者となってしまったような人間たちに、なぜ山本さんは目を向け、手を差し伸べようとするのか。それは山本さんの幼児体験からきているもののようだ。子どもの頃に、ダンボール箱に捨てられていた犬や猫を拾って家に帰ったら、親に怒られてもとの場所に返さなければならなかった体験があった。

「その晩はご飯も食べず、眠れませんでした。そのようなことがたくさんあったし、親は仕事の都合で転勤族でした。学校ではいじめられていました。そのなかから、弱い者の立場とかに共感する気持ちが育ったのかもしれませんね。」

山本雅基さん

大学では西洋哲学を学んでいたが、日航ジャンボジェット機の御巣鷹山墜落事故が人生最大の転機になった。520人の尊い命が奪われたことに衝撃を受ける。テレビに映された遺族の慟哭(どうこく)が、いまも記憶に残る。

「それを見たときに、私の丹田のところにグサッと光りのようなものが射し込んだのです。お前はこのような死者たちと一緒に生きろ、という啓示を感じました。それからある日キリスト教会の看板を見て教会へ行くようになり、教えを受け、これこそ私の基盤となる杭を打つ場所だという信念を持ち、洗礼を受けました」

大学に通いながら、NPO法人のファミリーハウス運動をするようになった。しかし、そこで壁にぶつかり、うつ病になる。改めて、自分がほんとうにやりたいことはなんだろうかと考えはじめた。

「ファミリーハウス運動のときに、子どもの死をたくさん見てきました。子どもの死は悲惨ではあるけれども、まだ泣いてくれる親がいました。しかし、行き場のないホームレスの人はどうなのかと思ったのです。路上で凍死する、餓死する、病死する。誰にも看取ってもらえない人たち。私の心にマザー・テレサの『死を待つ人の家』が浮かんできました」 マザーは来日したときに、山谷を訪れている。そしてそこに日本の心の貧しさがあることを訴えかけていた。山本さんは、自分が東京の住人でもあり、山谷に在宅ホスピス対応型集合住宅を建てる決心をしたのだった。

 


宇宙を聖地にするというミッションに向っていく

戦後になって経済的には豊かになったが、社会的には孤立化していく傾向にある。村落共同体や地域共同体が崩壊していき、孤独な人を結び付けていた絆が切れてしまった。都市型生活者のなかで行き場を失ってしまった最後の絆を結ぶという実験形態のあり方としても、きぼうのいえは存在する。

「山谷には3500人の住所不定、無職の人たちが住んでいます。私たちが現実的にケアできる人たちの数は限界があります。それで6年前に、ヘルパーステーションのハーモニーをつくりました。きぼうのいえの精神を伝え得るようなヘルパーをたくさん養成して、山谷の隅々にまで送り込めるようにしたいからです」

山谷から東京へ、そして日本がホスピスへ、さらには地球がホスピスへと夢は広がる。

「宇宙がホスピスになりました。そういうところで人類全体が神と出会うという究極のところへ行くことができると思います。私たちは、宇宙全体をサンクチュアリ、聖地にするというミッションに向って命を与えられて生きているのだろうと思っています」

礼拝堂には、お経観音も置かれている。夏にはお坊さんが来て、施餓鬼(せがき)供養が行われるという。

「私のバックボーンにキリスト教があったから礼拝堂だけれども、ここは祈りの部屋としています。お坊さんは、十字架に向って、イエスさまのお祈りを知りませんのでお経を詠むことで勘弁してください、南無阿弥陀仏、と手を合わせています。ここの礼拝堂は、魂が天界へ結ばれて上がっていくためのひとつの通路なんだと理解しています。宗教的多様性がここの大事なところです」

人間が生と死の橋を渡るという、最も崇高な局面で働き続ける山本さん。無縁社会といわれる日本のなかでも、最底辺で生きる人たちへ手を差し向ける山本さんの穏やかな表情から、無限の優しさを感じることができた。

(文:鵜飼清、文中敬称略)

 

山本雅基(やまもと・まさき)

東京都墨田区生まれ。1995年、上智大神学部卒。卒業後は長期入院する子どもの家族が病院近くで滞在できる宿泊施設の設立・運営に携わる。人間関係のストレスから、うつ病に倒れたことも。2001年、「ホームレスのためにホスピスを建てたい」と考え看護師の妻とともに活動を開始。

2002年10月、在宅ホスピス対応型集合住宅「きぼうのいえ」を開設。2010年、映画「おとうと」(監督:山田洋次、主演:吉永小百合、笑福亭鶴瓶)に登場するホスピスのモデルとなり、注目を浴びる。2012年、財団法人毎日新聞社会事業団より、第 回毎日社会福祉顕彰が授与。

著書『山谷でホスピスやってます』2010年、『山谷でホスピス始めました』2006年。