新ながさきキリシタン地理 2

二つのキリシタン神社――枯松神社と淵神社・桑姫社

倉田夏樹(南山宗教文化研究所非常勤研究員)

 

日本には、そして世界にも勿論、
三つだけのキリシタン神社というものがあるらしい。
その中の二つが長崎市にある。

一つは、最近テレビでも取り上げられるようになった
有名な枯松神社である。

枯松神社(〒851-2326 長崎市下黒崎町枯松頭)

場所は、遠藤周作文学館がある外海・出津地方の
すぐ手前にある黒崎地方にあり、
黒崎教会前のバス停で降りて、
山道を20分ほど登ると枯松神社はある。
バス停前には、「外海潜伏キリシタン文化資料館」があるので、
そこに行けば、枯松神社の話が聞くことができる。

こちらは外海出身の日本人預言者バスチャン
の師であるサン・ジワン(西洋人)を祀った祠であり、
潜伏キリシタンたちが集まり、
オラショ(口承の祈り)を伝承した場である。
禁教時代に箱物は作れないので、
枯松神社は明治に入って建立された。
祈りの岩を前にして、オラショの伝授がなされた。
祈りの岩より上に登ると、
大きな石の上に白い小石がおもむろに置いてある。
皆でその白石を十字架の形に配列して祈り、
祈りが終わると石をばらして立ち去ったという。

キリシタンは目に見える証拠を残さない。

枯松神社への途上の山道に咲くやまゆり

バスチャンと言えば、
日繰り(教会暦)と予言が有名だ。

潜伏キリシタンには、
浦上―外海―五島ルートと、
平戸―生月ルートの二つがあり、
後者には、日繰り(教会暦)が伝わっていないと言われる。
外海地域では、日繰りをたよりにミサが行われた。

バスチャンの予言とは、
迫害が厳しくなった折にバスチャンが遺したもので、
以下の内容である。

「七代経てば、黒船に乗って神父がやってきて、
毎週でもコンヒサン(告解)することができ、
どこででもキリシタンの教えを歌って歩けるようになる」

フランス人宣教師プティジャンの「信徒発見」は、
ちょうどそれから七代後だったということである。
長崎側では、これを「神父発見」と言う。

まさに「彼待つ」神社というところか。
枯松神社はバスチャンの墓という説もある。

黒崎の中心地域は松本地区といい、
住民の姓も、
松本、松下、松山、松森、松谷、松尾などなど、
ほとんど松がつく姓だそうだ。
「枯松」を中心とした地区ということなのだろう。

もう一方のキリシタン神社、
淵神社・桑姫社は、
もっと市街地にある。

淵神社・桑姫社(〒852-8012 長崎市淵町8-1)

桑姫とは、キリシタン大名の大友宗麟の孫娘であり、
桑姫自身も「マギセンシャ」という霊名を持つキリシタンである。

豊後・大分の地から、長崎の淵地区に来て、
養蚕の文化を伝えたため、桑姫の名がついた。

宣教師をはじめ、
キリスト教をもたらした人は同時に、
文明をも、もたらしたように思う。

ある意味、宗旨とは関係なく、
万民に役に立つことを伝えるのであろう。
「ド・ロさまそうめん」などというのは、その典型だ。

ちなみに、三つ目のキリシタン神社は、
東京都にある。

伊豆大島にある、オタイネ明神である。
朝鮮半島から連れてこられて徳川家康の側室となった
キリシタン・おたあジュリアを祀った社である。

東京近郊の方は、行ってみるのもいいかもしれない。

 


新ながさきキリシタン地理 1

「宗教改革500年共同記念礼拝」と浦上キリシタン資料館

倉田夏樹(南山宗教文化研究所非常勤研究員)

 

筆者は長崎から上京し20年になる。
帰省旅行として都合30回以上長崎を訪れたことになるが、
「何度行っても初めて見たものがある、よい博物館」と同じように、
行くたびに、いつも新しい発見がある土地だ。
狭い町のように見えるが、案外奥が深い。

そのすり鉢状の地勢から、
「ながさき円形劇場」とも呼ばれ、
数々の悲劇の舞台となってきたように思える。

今回は、浦上の地について紹介したい。
浦上天主堂(長崎カテドラル)にて、
今年2017年11月23日(木)10時より行われる、
「日本福音ルーテル教会・カトリック教会
宗教改革500年共同記念礼拝」
をご存知だろうか?

日本における「宗教改革500年」関連企画の目玉だが、
知名度はいま一つで、
今夏の帰省の際も、長崎の地元でも知っている人は少なかった。

浦上天主堂の麓には、
浦上の信徒が作り上げた浦上キリシタン資料館がある。
(〒852-8116 長崎県長崎市平和町11‐19 グロリアヒルズ1階)

「信徒発見150年」(2015年)を記念して開館されたもので、
長崎の新しいキリシタン・スポットの一つだ。

キャプション=浦上天主堂廃墟前 被爆死者合同慰霊祭 1945年11月23日

中には原爆で被災した浦上天主堂の写真や、
永井隆博士の事績についてのパネル、
8月9日より前の8月7日に、米軍機が偵察用に、
浦上天主堂の上空を撮った写真なども展示されている。
原爆とキリシタン、
双方の複雑な歴史に思いを馳せられる場である。

長崎と言えば、よく永井隆博士を連想されるが、
永井隆は現・島根県松江の出身であり、
長崎医科大学卒業後、医師として当地にとどまり、
浦上村出身の森山みどりと結婚する。

被爆死者合同慰霊祭では、被爆信徒を代表し、
永井隆が「死者合同葬弔辞」を読んでいる。
その式文本文のパネルが、
浦上キリシタン資料館に展示されている。

「原子爆弾がわが浦上で爆発し、カトリック教徒8000人の霊魂は一瞬にして天主の御手に召され、猛火は数時間にして東洋の聖地を廃墟とした。しかし原爆は決して天罰ではありません。神の摂理によってこの浦上にもたらされたものです。これまで空襲によって壊滅された都市が多くありましたが、日本は戦争を止めませんでした。それは犠牲としてふさわしくなかったからです。神は戦争を終結させるために、私たちに原爆という犠牲を要求したのです。戦争という人類の大きい罪の償いとして、日本唯一の聖地である浦上に貴い犠牲の祭壇を設け、燃やされる子羊として私たちを選ばれたのです。そして浦上の祭壇に献げられた清き子羊によって、犠牲になるはずだった幾千万の人々が救われたのです。子羊として神の手に抱かれた信者こそ幸福です。あの日、私たちはなぜ一緒に死ねなかったのでしょう。なぜ私たちだけが、このような悲惨な生活を強いられるのでしょうか。生き残った者の惨めさ、それは私たちが罪人だったからです。罪多きものが、償いを果たしていなかったから残されたのです。日本人がこれから歩まなければいけない敗戦の道は苦難と悲惨に満ちています。この重荷を背負い苦難の道をゆくことこそ、われわれ残された罪人が償いを果たしえる希望なのではないでしょうか。カルワリオの丘に十字架を担ぎ、登り給いしキリストは私たちに勇気を与えてくれるでしょう。神が浦上を選ばれ燔祭に供えられたことを感謝致します。そして貴い犠牲者によって世界に平和が再来したことを感謝します。願わくば死せる人々の霊魂、天主の御哀れみによって安らかに憩わんことを、アーメン」(永井隆「被爆死者合同慰霊祭 死者合同葬弔辞」より)

読者は、どう感じられただろうか。

地元・浦上では、いわゆる「よそ者」に、

「原爆は神の摂理によって浦上にもたらされた」
「子羊として神の手に抱かれた信者(※筆者注 被爆死した信者)こそ幸福」
「神が浦上を選ばれ燔祭に供えられたことを感謝する」

という趣旨を「浦上の代表として」言われたことによって、
一部の層では大いに混乱し、物議をかもすことになった。

「浦上燔祭説」として、
弟子の秋月辰一郎、被爆者である詩人の山田かん、
長崎大学名誉教授の高橋眞司らによって指摘されたものである。

キリシタンと原爆の交差する浦上は、
とても複雑で重層的な場所である。

幕末まで、長崎は天領(徳川幕府領)、
浦上は大村藩領地であり、
隣り合った土地でありながら、層の異なる歴史を歩んできたように思える。

浦上天主堂の丘は、
元々、踏み絵を行っていた庄屋の家であり、
そこの跡地に教会を建てた歴史がある。
「悲しみの丘」が「歓喜の丘」になったわけである。
そこが再び「悲しみの丘」の変わる
(坂口安吾「長崎チャンポン」『安吾新日本地理』河出文庫、より)。

浦上キリシタン資料館

この「被爆死者合同慰霊祭」と同じ丘で、72年後の今年、
「宗教改革500年共同記念礼拝」が行われることもまた、
忘れてはならない。

長崎は現在、世界遺産候補
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」
を申請しているところであり、
遺産観光規制がかかる前の今が、
観光・巡礼にはちょうどいいかもしれない。

「宗教改革500年共同記念礼拝」などで、長崎に行かれる際には、
浦上天主堂の帰りにぜひ、浦上キリシタン資料館にもお運びを。

 


晴佐久昌英神父講演会「キリシタンの生き方―映画『沈黙』から―」3

前回の内容はこちらです。

 

4.スコセッシが伝えたかったものとは

私はこの映画を試写室で観たのですが、この試写会はキリスト教関係者の試写会でしたので、私の他にプロテスタントの牧師先生たちも来ておられました。そのうちの一人が映画を見終わって私に、「映画、どうでした?」と聞くのです。おそらく、「これが晴佐久か」と思って、面白半分に反応を見ていたのでしょう。そこで私は思いの丈を、今申し上げたようなことを声高に言いました。「こういう話って、今もありますよね? こういう原理主義的な教えで、人びとを縛り付けている教会って沢山ありますよね?」と。私は正直、少々苛立っていたのです。映画が終わったときに、前に座っていた別の牧師さんが、「いやー、こんな迫害に合ったら、私は自分の信仰を守れるかどうか不安ですね」と言って、もう一人が、「そんなことがないように、お祈りいたしましょう」と答えるのです。

私はこの二人の感想を聞いて愕然としました。私は全く違う感想だったのです。私は自分の信仰が守れるかどうかなんてまったく関心がなくて、「この人たちを、どうやったら救えるだろうか」ということしか頭にありませんでした。「信仰が守れるかどうか」なんて、結局自分の話だからです。果たして、これらの発言に愛があるでしょうか。少なくとも、スコセッシが伝えたかったこととは違うと思います。スコセッシは、かつてこうした苛烈な現実があったということを取り上げながら、現代の分断の世界に問題提起をしているのです。スコセッシが映したのは、同時代人としてのキリシタンです。「あなた方は何を信じているのか」「愛はあるのか」と。キチジロー以上に苦しんで、うちのめされた主人公ロドリゴは、まったく完全な無力に陥って、そうしてはじめてイエスの愛、真の普遍主義的なキリスト教に目覚め始めた、というところで映画は終わるのだと思います。

スコセッシはアメリカのカトリック信者です。イタリアのシチリア島出身の移民の家に生まれています。以前若いころに、ちょっと挑発的なキリスト教映画を作っていたことがあり、しばらくカトリック教会から批判されていたのですが、彼自身、人生の苦しみの中で、宗教的な考え方も変わっていったのです。スコセッシは、カトリックの側の原理主義的な教え、「イスラームの人は救われない」といったような教えと直面して、思うところがあったようです。「本当の福音とは何か」「この時代を救えるのは何か」ということを問い、私の言う普遍主義的な宗教を希求しつつも、「この教えの他に救いはない」という原理主義的なキリスト教には距離をとっていたと思います。「宗教はどれも原理主義的なものばかりで、他の宗教を認めず、このままで戦争と暴力が世に満ちてしまうではないか。いったいどうすればいいのか」と、悩んでいたわけです。あれだけの賢い監督ですから、当然そのような思惟を持っていたわけです。

そういう時期に、日本を代表するカトリック作家である遠藤周作の『沈黙』を読んで感銘を受け、お互いカトリック同士でもある遠藤周作とスコセッシが会ったときに意気投合し、「この作品を必ず映画にする」と約束をしたのです。それから四半世紀以上経って、遠藤は天上の人になりましたが、スコセッシはついに遠藤との約束を果たしたのです。さすがはシチリア系、約束を破りません。イタリアのマフィア映画のようにです(笑)。

 

5.原理主義に陥ることなく、透明な思想同士の連帯を

私は以前より、縦割りの宗教ではなく横割りの宗教を提唱しています。縦割りというのは、「私はイスラームです」「私はカトリックです」「私はプロテスタントです」「私は仏教です」「私はヒンドゥー教です」などといった、宗教や教派、宗派別にとらえる方法です。原理主義的な傾向というのは、どの宗教の中にもあるもので、各宗教の中にグラデーションがあるように思います。どの宗教の中にも底の方には真っ黒の原理主義的な教条主義的な人たちがいます。一方、水面に近い上の方には、透明に近い普遍主義的な対話可能な人たちがいます。宗教的な排外主義や自爆テロなどというのは、この真っ黒な原理主義の最たるものです。ここに愛はありません。

カトリックは1960年代の第二バチカン公会議を経て、普遍主義的な透明感のある教えを極めようとしていますが、その一方で、その反動からか、「教会の他に救いなし」を地で行くような原理主義的なカトリックもまたあるように見えます。しかし大多数は、透明に近いカトリックであると信じたい。透明になると横同士つながることができるのです。対話することができるのです。見通しがいいからです。一緒に物事を見たり考えたりすることができるわけです。各宗教の透明な者同士の連帯が生まれてきます。いわゆる横の線です。これが私の言う横割りの宗教です。ある意味、この横の線で見てみると、同じ教派でも、この透明と黒は別の宗教のように見えます。この透明な者同士の連帯、普遍主義同士の連帯をきちんとやっていけるようにするのが私の仕事であると思っていますし、またイエスこそがこうした普遍主義の徹底をやっていたのではないでしょうか。

パウロも「ユダヤ人もギリシャ人もない」と言っていますが、「主人か奴隷か」「男か女か」という二元論的な縦の線に囚われるのではなく、「皆、神様に愛されている、赦されている」という横の線を大切にしましょうということなのです。決して、宗教を透明と黒とに二分するのではありません。透明に近い思想の人たちは、暗黒な原理主義に苦しんでいる人たちを救い出さなければならないのです。黒から透明に近いグラデーションに近づけなければなりません。イエスはそうした、透明へと向かうベクトル、普遍主義へと向かうベクトルを示しています。私はそれが愛だと考えています。普遍主義者が原理主義者を救わなければ、ますます原理主義が世の中に増えて、すべての人を敵味方に分ける二元論的な発想が世を支配し、しまいには核ミサイル合戦になって世界は終わってしまいます。そうした破局を防ぐのが、普遍主義者の使命だと考えています。皆さんも、普遍主義の同志、レジスタンス、あるいは「福音家族」として、ともに闘いましょう。

(了)

(構成=倉田夏樹:南山宗教文化研究所非常勤研究員/写真=石原良明:AMOR編集部)

 


晴佐久昌英神父講演会「キリシタンの生き方―映画『沈黙』から―」2

前回の内容はこちらです。

 

3.映画「沈黙―サイレンス―」をどう観たか

さて、皆さんはこの映画をご覧になったでしょうか? 私がよく人から聞かされる感想は、「ここまでして信じなければならないのか」というものでした。

私の感想としましては、他に私が書いた文章がありますので、こちらを読ませていただきたいと思います。これは「ジャパン・ミッション・ジャーナル」という雑誌に寄稿した「映画『沈黙』を観て」というもので、これはマーティン・スコセッシ監督が、日本の観客が映画を見てどう思ったか、どういう反応があったかということを知りたいということで、企画されたもので、私もまた感想を求められたのです。これらの文章は英訳されて、スコセッシ監督も目を通しました。

 

* * *

 

「映画『沈黙』を観て」

私は、今年司祭叙階30周年を迎えた、日本人のカトリック司祭です。幼児洗礼を受け、一般的なカトリック教会の教会学校で教えを受けました。子どものころは、カトリック信者だけが救われるというような原理主義的な教えに疑問を感じていましたが、10代後半に、第二バチカン公会議の普遍主義的な精神に触れて大きな影響を受け、司祭職への召命に目覚めました。司祭に叙階されてからは、苦しむ人々と共に生き、普遍的な神の愛の福音を語ってきました。

今、私は、「キリストの十字架と復活は、天の父の無限の愛の現れであり、すべての人はそれによってすでに救われている」という普遍主義的な福音を明確に宣言する司祭として、多くの人から支持されています。福音を聞いて、自らがすでに救われていることに目覚めると、大きな喜びと真の自由がもたらされます。「救われていることに目覚めて、救われる」のです。そうして救いを実感した人たちの中には、キリストの教会との一致を求めて、洗礼を受ける人も多くいます。つまり、「洗礼を受けたから救われる」のではなく、「救われていることに目覚めて洗礼を受ける」のです。前任の教会では、6年間で500人以上に洗礼を授けました。おそらく、今、日本で最も多くの洗礼を授けている司祭だと思います。

そのような一人の司祭として憂いているのは、現代のキリスト教に、今もなお、原理主義的な教えが色濃く存在することです。すなわち、「イエスへの信仰を告白しないと、救われない」とか、「キリスト教の洗礼を受けないと、天国に行けない」とか、「教えを棄てた罪人は、死後裁かれる」などという教えです。それらは、必然的に、人々に二元論的な信仰をもたらして、人々を分断し、不必要に苦しめます。そのような教えはまさに、イエスの時代のユダヤ教の選民思想であり、律法主義であり、分断主義、すなわちファリサイズムであって、イエスの教えはそれらを否定するものであったはずです。原理主義的なキリスト教の誤った教えによって、現代もなお、多くの人が「救われない」、「天国に行けない」、「裁かれる」などと思い込まされて苦しんでいるのは、事実です。私は、そのような多くの原理主義的な教えの犠牲者に寄り添い、彼らを、普遍主義的な福音によって救い続けて来ました。彼らは、誤った教えのために、どれほど恐れ、苦しみ、それゆえに心を病んでしまったことでしょうか。それは文字通り、地獄の苦しみであり、その地獄を生み出したのが他ならぬ、誤ったキリスト教であることを、どれだけの人が意識しているでしょうか。私は、イエスが、なぜ、あれほどまでに律法主義者とファリサイ派という原理主義者たちを厳しく批判したのか、その気持ちが痛いほどよくわかります。

『沈黙』を見て、最も感じたことは、これは、全く現代の話だということです。殉教の苦しみにせよ、棄教の苦しみにせよ、どちらも無ければ無い方がいいに決まっている苦しみであるはずですが、残念なことに、今の時代にあっても同じような苦しみが数多く存在します。原理主義的教義を信じさせられることによって自らの可能性を閉ざし、周囲と対立してしまうのは、現代の殉教です。逆に、そのような生き方が苦しくて、教えから離れざるをえず、しかしそれゆえに永遠の滅びに至るのではないかと恐れて生きるのは、現代の棄教です。どちらも、イエスの福音がもたらす喜びとは無縁な選択肢です。なぜ、このような野蛮な二元論がいまだに生き残っているのか。それは、キリシタン弾圧を始め、全世界の多くのキリスト教への迫害とそれによる殉教が、実はキリスト教自身の原理主義が招いた悲劇であることを理解していないからであり、それゆえにきちんとした反省もなされていないからです。

イエスが十字架を背負ったのは、人々を救うためであって、人々に十字架を背負わせるためではありません。もしも十字架を背負わなければ救われないのなら、捕まるときに「この人たちは去らせなさい」(ヨハネ18:8)と言って弟子たちを逃がそうとはしなかったはずです。むしろ、イエスは、試練や苦難という十字架をすでに背負っている私たちに、「重荷を負うものはだれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。……私のくびきは負いやすく、私の荷は軽い」(マタイ11:30)と言って、私たちが背負っている十字架を軽くしてくれたのであり、それこそが福音の原点なのではないでしょうか。そうでないならば、イエスが私たちのために十字架を背負った意味がなくなってしまいます。パウロが言う通りです。「キリストが私を遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです」。(1コリ1:18)

イエスは、殉教したのではありません。教えのためでも掟のためでもなく、愛のために死んだのです。イエスは、私たちの殉教を望んではいません。彼の望みはただひとつ、彼が私たちを愛したように、私たちが互いに愛し合うことです。明日は殺されるという前夜、イエスは弟子たちの前にひざまずいて、彼らの足を洗いました。「その汚い足で、私を踏みなさい」と言うかのように。使徒ペトロが「私の足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは「もし私があなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えました。(ヨハネ13:8)

イエスは、こう言っているのではないでしょうか。「私は、あなたに踏まれて、あなたを生かすために死ぬのだ。私を踏まなければ、あなたは私と何のかかわりもないことになる」もしも、フランシスコ・ザビエルが、第二バチカン公会議の神学を知っていたならば、あのような、世界史に類を見ない残酷な迫害は引き起こされなかったと、私は断言できます。そして、現代という分断と排除の時代に、キリストの教会は自らの内なる原理主義に真剣に向かい合い、第三バチカン公会議にむけて、より普遍的な福音の教えを、言葉としるしで証ししていく義務があると思います。それこそは、殺されていったキリシタンたちと、殺されずに苦しみ続けた隠れキリシタンたちの犠牲を無駄にしないために、そして二度とあのような悲劇を繰り返さないために、現代の教会に課せられた義務です。映画のラストで、主人公の手のうちにあった十字架は、「実は彼は、キリスト教を棄てていませんでした」というような二元論的な描写ではないはずです。私はそれを、「普遍主義的信仰の道への尊い第一歩を踏み出した彼こそが、真のキリスト者なのだ」という、スコセッシ監督からの気高い宣言として受け止めました。

(”Ten Responses to Martin Scorsese’s Silence 1. Healing Fundamentalism” The Japan Mission Journal, Summer 2017, p.108-110)

 

* * *

 

これを翻訳してくださったアメリカの神学者は、「これはまさしく現場からの声だ」と評価してくださいました。今も日本にいる、「踏むか、踏まざるべきか」の二元論で苦しんでいる日本人たちの現場に私もいるわけです。そこに横たわっているのは、原理主義的な恐ろしい教えです。原理主義は二元論的です。この魔の手から救い出すのは難しいことで、本当にパワーが必要で大変なのです。「この教えを信じなければ救われない」という原理主義、分断主義によって、みんな心を病んでいます。その現場でいつも私は、「いいやあなたは、必ず救われる」と宣言してきたわけです。それでも、一度原理主義、分断主義に陥った者は、「晴佐久神父はああ言うけれど、あの教会に戻らないと私は救われないのでは……?」という思いから抜け出せず、戻っていくこともあるのです。そこに戻っても本当の心の平安がないにもかかわらずです。

そうした現場から私はこの映画を見るわけですから、あのキリシタンたちがそうした青年たちに重なって見えてきます。そうすると、「この教えを信じ、この洗礼を受けなければ地獄に落ちる」という原理主義的な教えは、「やっぱり、やってはいけないことでしょう」と思うわけです。残念ながら、フランシスコ・ザビエルの時代のキリスト教はこうした色彩が強いものでした。もちろんイエスに由来する普遍主義的な愛の教え、すべての者を救う神の教えもまた伝わっていましたが、両者がせめぎあっていて、はっきりしないまま、宣教師の中でもモヤモヤしたままに、受け継がれていたのです。時代的な制約もあるでしょうが、原理主義的な傾向がありました。

私はもしもタイムマシンで好きな時代に行けるのならば、戦国時代に行きザビエルと一緒に日本に上陸したいです。そして仏教の人と対話をし、神道の人と対話をし、信長と対話をし、秀吉と対話をし、神の普遍主義について語りたい。以前の「教会の他に救いなし」のカトリックではなく、第二バチカン公会議の「他の宗教にも救いの道がある」という普遍主義的な現代カトリックの教えをひっさげてザビエルが日本に上陸していたら、日本のキリスト教史はどのようになっていたか見届けてみたいのです。

キチジローは可哀想すぎます。自分を責め続けたわけでしょう? 雄々しく殉教していくキリシタンは立派だと思いますが、そんな思いはしないにこしたことはないわけです。決して、「殉教者は教会の種」などとは言えません。殉教などせずに済む、真の普遍主義のキリスト教の道を究めるべきなのです。そしてキチジローに、「あなたこそ、クリスチャンですよ。そんなあなただからこそ、イエス様はおられるのだから大丈夫、心配するな。あなたは救われている」と言ってあげたいのです。そんなキチジローは映画の中だけではなく、私の目の前に沢山いるわけです。他人事には思えませんでした。

つづく

(構成=倉田夏樹:南山宗教文化研究所非常勤研究員/写真=石原良明:AMOR編集部)

 


晴佐久昌英神父講演会「キリシタンの生き方―映画『沈黙』から―」1

2017年5月28日、上智大学のホームカミングデイであるオールソフィアンズフェスティバル2017が開催され、この春より運用されているソフィアタワーにて晴佐久昌英神父の講演会が行なわれました。2013年より毎年恒例となっているこの講演会ですが、今年のテーマは「キリシタンの生き方―映画『沈黙』から―」でした。その内容を3回にわたってお届けします。

 

1.ソフィアタワーにて

私は色々なところに講演に呼んでいただいていますが、このオール・ソフィアンの会には、毎年呼んでいただいており、嬉しく思っております。正直ここが一番落ち着くのです。また帰ってきたという気持ちです。

恒例の会場となっていた上智大学の3-521という教室は、私にとって思い出深い教室で、神学生時代の私がいつも爆睡していた教室なのです(笑)。それで来てみるとどこですか、ここは(笑)。会場は変わっており、ソフィアタワーという名前がつけられている建物の一階大ホールです。そりゃ綺麗なのだけど、慣れ親しんだ会場ではないので、「あてが外れたなあ」という思いです。

晴佐久昌英神父

先週私は、上野の教会から散歩に出かけて、上野公園の東京都美術館でのブリューゲルの展覧会に行ってまいりました。「バベルの塔」という絵を観てきました。これで二度目です。あのまがまがしき塔をつくづくと眺めておりました。「神のようなものになりたい」「有名になりたい」と思って、あの有名な塔を建てたのです。神はそれに怒り、人間同士の言葉を通じなくさせ、コミュニケーションできなくしたのです。絵を観て改めて、人間の業の深さ、「もっともっと」という欲の深さについて考えさせられました。

この「塔」にまつわる人間の愚かな話を、午前中ミサで散々話してからここにきますと、なんと会場が「ソフィアタワー」となっているではありませんか。なんということでしょうか! カトリック大学が自分の敷地内に「タワー」を建てて喜んでいるとは。そして中には大手銀行の本店を入れているなんて。これは事実です(笑)。

私は、こういうことなのだろうと信じたいと思っています。それは、世の中は本当に大切にすべきという優先順位を間違っている。何でも「金金」となっ てしまっていて、「天にまで届く塔を建てよう」という傲慢な世の中になっているではありませんか。特に金融の世界では、金持ちばかりを優遇して、貧しい人ばかりを踏みにじっているわけです。そんな現実の中で、さすがはカトリックの上智大学、大手の銀行をあえて身内に加えこんで、それを神の愛に満ちた銀行に変えていこうとしているのではないでしょうか(笑)。あおぞら銀行は、1Fロビーに、貧しい人にお金を貸すデスクを作ることでしょう。それがカトリック大学の敷地内にある銀行の姿です。来年、この講演に来た時に、チェックしたいですね(笑)。そうでなければ、「くろくも銀行」と呼んであげたいです。ちょうど、ブリューゲルの「バベルの塔」にかかっている黒雲のように。あおぞら銀行の今後に心から期待したいと思います。

 

2.殉教か、殉愛か

私、晴佐久神父のとりえは、優先順位を間違えないということを優先順位のトップに持ってくるということです。司祭生活30年、いろいろ試行錯誤してまいりました。何が優先順位のトップかというと、もちろん愛に決まっているのだけど、何か普遍的な愛、普遍主義的な愛を優先順位のトップにおいて行動しています。

最近、あるプロテスタントの教会に通っているという青年が私の教会の入門講座にやってきました。これは決して、プロテスタント批判をしたいとかそういうわけではなくて、カトリックの教会にもこういう傾向があるかもしれないということを前提とした上で言うのですが、その青年は牧師先生から叱られたというのです。それは日曜日の礼拝に出席しなかったからだそうです。でもそれは、彼は地元の商工会議所の集まりに行っており、地元を盛り上げるためと、コスプレーヤーってご存知でしょうか? いろいろなキャラクターの格好をするあれです。町おこしのイベントのために、コスプレをやっていたそうです。そういったものに携わっていたから、日曜日は教会に行けなかったそうなのです。

それを知った牧師先生はこう言ったそうです。「そんな所に君は行ってはいけない。あの人たちのところにイエス様は行かないよ。彼らは救われない人たちなんだ。あなたはこうして、救いの教会に来ているんだから、日曜日はあんなところに行かないで、教会の礼拝に来なさい」と。それで、彼は苦しみました。地元の仲間たちがいる、地元を盛り上げたい、応援もしたい、自分の仕事でもある。しかし牧師先生は言うわけです。「あの人たちは救われない人たちなんだ」「あの人たちのところにイエス様は行かないよ」。

その青年は苦しみぬいて、そのことを友人に相談しました。その友人は、今年の春私の教会で洗礼を受けた人でした。そのいきさつを聞いて、「うちの神父さんだったらそのようには言わないよ。一度うちの教会に来てみたら?」と言って、上野教会に連れてきました。そして私は彼に会いました。その青年は、びっくり仰天したわけです。言っていることが全く違うのですから。私は彼にこのように言ったのです。「あの人たちのところにイエス様は行かないよ、イエス様は自分たちのところにいるよ、などと言う人のところにイエス様はいないよ」と。そりゃイエス様は、どこにでもいると言えばいらっしゃるのだけど、「あそこにはいない」と、人が決めつけてしまってはいけないわけです。

上智大学ソフィアタワー(6号館)の101号室には、約350人が集まった

今日のミサの福音書の箇所、皆さん聞きましたでしょ? マタイによる福音書の最後の一行です。「私は世の終わりまで、あなたがたと共にいる」(28章20節)。これは、すべての人に語りかけたイエスの福音です。これは、「OOのところにはともにいるけど、××のところにはともにいない」といった話ではないのです。イエスはすべての人を選んでいるとも言えるわけなのです。マタイの最後で、すべての人を前にして、「世の終わりまで、あなたがたと共にいる(インマヌエル)」とイエスは宣言しているわけです。実に、美しい福音です。この一行を心の糧にして、この苦難の時代を、このバベルの町を生き延びようではありませんか。

本来ならキリスト教はその彼に対して、「君も地元のために、頑張っているんだね。私たちが教会でうまくいくように祈っててあげるから、安心して行っておいで」と言うべきではないですか? それが愛なのではないでしょうか。ガチガチな律法主義に愛はありません。「愛がなければ無に等しい」ということは、優先順位のトップに来るものです。「その人に何がしてあげられるだろうか」と考えることもそうです。その先にあるものが殉教でしょう。ヨハネによる福音書15章13節に、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」とあります。しかしこれは、殉教、すなわち「教えに殉じた」のでしょうか? 違うと思います。これは「愛に殉じた」のですから、「殉愛」と言えるものでしょう。

たとえばアウシュヴィッツで、あの有名なポーランド人のコルベ神父が死にたくないと泣き叫ぶ他の人の身代わりとなって死にました。そのことから殉教者と言われますが、これも厳密には、「教えに殉じた」のではなく「愛に殉じた」と私は思います。掟があるからいやいや身代わりになったのではありません。泣き叫ぶユダヤ人に対して、自分の生命よりも愛を優先順位のトップにしたからこそ、身代わりになったのでしょう。

イエスは殉教したのですか? イエスの死は殉教ですか? 「掟に殉じた」のですか? やはり違うでしょう。「愛に殉じた」と思います。弟子たちを愛し愛し愛しぬいたゆえに、「お前たちを生かすために俺が死ぬ」というのがイエス様がなさったことです。決して、イエスは弟子たちに殉教を求めないはずです。「神は殉教を望んでおられるか」という問題提起に対して、本題である映画「沈黙―サイレンス―」について考えていきましょう。

つづく

(構成=倉田夏樹:南山宗教文化研究所非常勤研究員/写真=石原良明:AMOR編集部)