タクシー運転手−−約束は海を越えて

光州事件をご存じでしょうか。1980年5月 18日から 10日間、韓国の全羅南道、光州(クアンジュ)市で起こった学生・市民による暴動事件です。 1979年 10月 26日朴正煕(パク・チョンヒ)が暗殺されてから、韓国国内で民主化要求の動きが活発化していきます。 12月 12日の「粛軍クーデター」で権力を握った全斗煥(チョン・ドファン )少将を中心とする若手将軍グループが1980年5月 17日に戒厳令の全国拡大を宣布し、金大中(キム・デジュン)ら 与野党の大物政治家を逮捕するなどして民主化の動きに歯止めをかけようとしました。その直後光州市で起こった街頭デモが戒厳軍部隊と衝突し、戒厳軍部隊の手荒な対応もあって激昂した市民の一部は武器を手に対抗したことによって、市内で銃撃戦が行なわれ、多数の死傷者が出たという事件です。

当時日本ではほとんど報道されていなかったので、ご存じない方も多いかもしれません。かくいう私も韓国で戒厳令が敷かれているという記憶はあっても、ほとんど覚えていない状況です。今回ご紹介する映画はこの光州事件を追ったドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターの活動を追った「タクシー運転手−−約束は海を越えて」です。

1980年5月、11歳の娘を男手一つで育てているタクシー運転手キム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、ソウルで、学生のデモに出会い、「何のために大学に行っているのか」と文句を言っています。人がよく、稼ぎの少ない運転手は家賃をため、大家である会社の上司の妻から嫌みを言われる始末です。

東京の外国人記者クラブ近くのレストランでドイツの公営放送のアジア特派員ユルゲン・ヒンツペーター(通称ピーター、トーマス・クレッチマン)は、韓国の光州に入った記者と連絡が取れなくなっていることを知り、記者の身分を隠し、韓国のソウルに行きます。

ある日、マンソプはその上司に家賃を払うために借金を申し込んでいる最中、ドイツ人記者が光州に往復することで10万ウォンの報酬を得られるという話を聞き込み、仲間を出し抜いて待ち合わせ場所に行きます。

サウジアラビアの建築現場で覚えたという貧弱な英語で必死に話しかけますが、ピーターは迷惑顔です。何としても報酬がほしいマンソプは、機転を利かせ何とか光州に辿り着きます。そこには壮絶な現場が待っていました。「危険だから戻ろう」というマンソプの言葉には耳を貸さず、ピーターは、大学生のジェシク(リュ・ジュンヨル)とタクシー運転手ファン・テスル(ユ・ヘジン)の助けを借りて撮影を始めます。しかし、状況は悪化するばかりです。マンソプは、ソウルにいる娘のことが気にかかり、連絡を取ろうとしますが、光州は、電話も遮断されている状況です。

ここからは映画を観て下さい。ジェシクやファンの運命は。無事に二人はソウルに戻れるのか。実際に起こった事件と、後にドキュメンタリー『岐路に立った大韓民国』という番組を発表したユルゲン・ヒンツペーターの作品を基に描かれたこの作品は、戒厳令下の非常な状況を如実に表しています。そして、ピーターとマンソプの関係も言葉を超えたものになっています。本当に起こった事件を忠実に再現し、軍部の非常な行為に恐怖さえ感じるものになっています。政治が強権を振るう恐ろしさを感じるほどです。

中村恵里香(ライター)

■2018年4月21日(土) シネマート新宿ほか全国ロードショー
公式ホームページ http://klockworx-asia.com/taxi-driver/
監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル

2017年/韓国/137分/原題:택시운전사/配給:クロックワークス/提供:クロックワークス・博報堂DYミュージック&ピクチャーズ
配給:クロックワークス

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女は二度決断する

世界中でテロと思われる殺戮が止まりません。一方で、日本では移民や難民がなかなか認められないという事実があります。日本では、テロが身近に感じることはありませんが、でも、もし自分の身近な人間、ましてや愛する家族をテロで失ったらどうするか。そんなことを考えさせられる映画に出会いました。その映画のタイトルは『女は二度決断する』です。

舞台はドイツ、ハンブルグです。生粋のドイツ人カティア( ダイアン・クルーガー)は、トルコ系移民ヌーリ(ヌーマン・アチャル)と学生時代に出会いました。ヌーリは、麻薬の売買で収監されますが、2人は強く結ばれ、獄中結婚します。出所後、在住外国人相手にコンサルタント会社を始めます。愛する息子ロッコ(ラファエル・サンタナ)にも恵まれ、幸せな日々を送っていました。

ある日、妊娠中の友人ビルギット(サミア・ムリエル・シャンクラン)とスパに行くため、ロッコをヌーリの事務所に預けます。夕方事務所に戻ってみると、周辺にパトカーが止まり、入れない状況になっています。爆発事故があったと知り、駆け出し、事務所の前に行くと、瓦礫の山になっていて、二人の姿はどこにもありません。自宅に戻り、待っていると、DNA検査を終えた捜査官が二人の死を知らせます。レーツ警部(ヘニング・ペカー)からヌーリについての質問を受けることになります。その質問はまるで容疑者への尋問のようです。その途中、出がけに事務所の前に自転車を止めていた女性が鍵をかけずに行こうとするので、鍵をかけるように注意したことを思い出します。

翌朝のニュースは被害者であるはずのヌーリの前科を持ち出し、まるでヌーリに非があったようなものばかりです。封鎖された現場に出向くと、事務所の壁は、木々爆弾による傷だらけで、血痕が残っています。家族を守れなかったことに苦しみ、カティアは手首を切り自殺を図ります。意識が遠のく中、電話が鳴り、「犯人がつかまった。ネオナチだった」と告げられます。

裁判が始まります。絶対法の裁きを受けさせると決意し、カティアは裁判に臨みます。容疑者はネオナチの夫婦、エダ・メラー(ハンナ・ヒルスドルフ)とアンドレ・メラー(ウルリッヒ・ブラントホフ)です。アンドレ・メラーの父親ユルゲン・メラー(ウルリッヒ・トゥクール)は「息子はヒトラーの崇拝者です。卑劣なことをしました」と証言しますが、押収したものからは、容疑者以外の指紋が見つかり、彼らの犯罪は確定できません。さらに当日、容疑者のアリバイを証言するものも現れます。カティアが証言する日がきます。自転車を置く女は容疑者であることを証言しますが、容疑者の弁護士は、ヌーリの前科などを執拗に責め立て、「証言や予約台帳が示す通り、事件当日、ギリシャにいた。薬物の影響下にあった人の証言は信じることはできません」といわれてしまいます。

判決の日。被告人は無罪となります。納得のできないカティアは、容疑者を追ってギリシャに向かいます。

ここからは観てのお楽しみです。容疑者に何をしようとするのか。そして最後の結末には衝撃的です。

この映画の原題は、“IN THE FADE”です。ここに映画の意味するところがあります。そして日本語タイトルの「二度決断する」とは何かもカティアの動きに意味があります。

この映画を観て身内が無残にもテロによって殺されたとき、ただ悲しむだけではない女性の強さがうかがい知れます。実際にドイツで起きたネオナチによる連続殺人事件を基に描かれたこの映画は、民族とは何か、愛するとは、そして愛する家族を失った悲しみとそれに立ち向かう勇気が描かれています。

(中村恵里香、ライター)

 

2018414日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBIS GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

監督・脚本:ファティ・アキン/共同脚本:ハーク・ボーム/撮影:ライナー・クラウスマン

キャスト:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、ムリエル・シャクランほか

製作国:ドイツ/製作年:2017年/106

協力:ゲーテ・インスティトゥート、東京ドイツ文化センター

後援:ドイツ連邦共和国大使館

配給:ビターズ・エンド


ワンダーストラック

自分の知らない過去の意外な出来事が現代の自分に大きく関わるということは、往々にしてあるような気がします。そんなことを考えさせられる映画に出会いました。今回ご紹介する映画は、「ワンダーストラック」です。ワンダーストラックとは、「驚きと幸せの一撃」という意味だそうですが、まさに驚きと幸せが一撃となって生まれくる映画です。

この物語は、1977年と1927年の物語が交差しています。1927年は、モノクロで、1977年はカラーで描かれています。

1977年、アメリカのミネソタ州ガンフリント、12歳の少年ベン(オークス・フェグリー)は、

PHOTO : Mary Cybulski

母エレイン(ミシェル・ウィリアムズ)を交通事故で失い、伯母家族とともに暮らしています。父親は誰かを尋ねても、「いつか話すから」と語ろうとしていませんでした。ある嵐の夜、母の家に密かに戻り、「ワンダーストラック」というニューヨークの自然史博物館の本を見つけます。その本にキンケイド書店のしおりが挟まれており、「愛を込めて、ダニー」と記されていました。このダニーが父親だと感じ、書店に電話を使用としたところ、電話に雷が落ちます。病院で意識を取り戻したベンは耳が聞こえなくなってしまいます。何としても父親を探し出したいベンは、病院を抜け出し、ニューヨークに向かいます。

なんとかキンケイド書店に辿り着きますが、店は閉店。途方にくれていたベンに声をかけてきた少年ジェイミー(ジェイデン・マイケル)の後について行き、自然史博物館に辿り着きます。

1927年、ニュージャージー州ホーボーケンに生まれたときから耳の聞こえない少女ローズ(ミ

PHOTO : Mary Cybulski

リセント・シモンズ)は、大きな屋敷に厳格で支配的な父親と使用人たちと暮らしています。父とは心が通わず、彼女の心のよりどころは、女優リリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)の映画を観て、彼女の記事を集めることでした。

ある日、リリアンがニューヨークの舞台に出演することを知ったローズは、1人で船に乗り、彼女に会いに行きます。彼女の兄ウォルター(コーリー・マイケル・スミス)が自然史博物館で働いていることも彼女に決心をうながさせる一因でした。ローズは、リリアンが出演するプロムナード劇場を探し当て、稽古中のリリアンを見つけます。

一方、自然史博物館に辿り着いたベンは、そこで父親が働くジェイミーに、立ち入り禁止の資料室へと導かれます。そこで、母と“ダニー”の出会いにまつわる書類を見つけます。

ここから話はいろいろ展開していきますが、ここからは観てのお楽しみです。ベンとローズの関係は、自然史博物館にあった書類の中身は、ローズとリリアンの関係は、さまざまな物語が交差して、現代に結びつきます。自然史博物館を舞台にして、辿り着いた先にあるのは、まさに驚きと幸せの一撃です。なぜ2つの時代を交差させながら、物語を展開した作品に仕上げたのかも、最後まで見ていただければ納得できます。

この映画では、耳の聞こえないローズの世界は、モノクロで、音のない世界です。ローズの世界がまざまざと迫ってきます。一方、急に耳が聞こえなくなった現代のベンの世界は、音があり、色とりどりの世界です。

また、時代風俗をよく表している作品です。2人の子供が自分の世界を見つけていく奇想天外な物語は、ミステリー仕立てになっていて、心打たれることうけあいです。

(中村恵里香、ライター)

 

2018年4月6日(金)より角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国ロードショー

公式サイト:http://wonderstruck-movie.jp

監督:トッド・ヘインズ/脚本・原作:ブライアン・セルズニック/製作:クリスティン・バション、パメラ・コフラー、ジョン・スロス/エグゼクティブ・プロデューサー:ブライアン・ベル、サンディ・パウエル/撮影:エドワード・ラックマン/編集:アフォンソ・ゴンサウヴェス/美術:マーク・フリードバーグ/音楽:カーター・バーウェル/衣装:サンディ・パウエル

キャスト:オークス・フェグリー、ジュリアン・ムーア、ミシェル・ウィリアムズ、ミリセント・シモンズ

2017年/アメリカ/英語/117分/配給:KADOKAWA/原題:Wonderstruck


恋するレストラン

食は私たち人間が生きていくうえで、欠かせないものです。食べものを扱った映画はたくさんありますが、今回ご紹介するのは、「恋するレストラン」。日本では公開されていません。この映画、実はまじめに食を扱った映画ではありません。なので、まじめに扱ったものを期待した人には最初に謝っておきます。

舞台はオランダ。父親の期待を一身に受けて育ったモロッコ人青年ノルディップ(ムニール・ヴァレンタイン)は、すごくまじめで、優秀な成績を収めて高校を卒業しました。周りからも将来を期待され、父は医者にと願っています。でも、学業に希望を見出せない彼は父親に内緒でホテルの厨房でアルバイトを始めます。

このホテルのレストラン、とにかく騒々しいし、汚いのです。もし日本にこんなレストランがあったら、閑古鳥が鳴くのではないかと思ってしまうほど。シェフは酔っ払いだし、ほとんどが正規雇用ではないし、働く人間は、セルビア人あり、ユーゴスラビア人あり、トルコ人ありですごく多国籍です。そこでは皿洗いから始めることになります。その厨房には、暴君のような料理長、先輩風を吹かせる料理人など海賊船を思わせる荒くれ者の巣窟です。

流しやその周辺には汚れた食器や鍋が山盛り。正直言って、私ならこんなところで働きたくないなと思ってしまうほど。でも、その職場でウェイトレスのアグネス(ブラハ・ファン・ドゥーシュバーグ)と出会ってしまい、一目惚れをしてしまいます。アグネスの気を引きたいばかりに、厳しい仕事にも黙々と取り組むノルディップです。

このあとはぜひ映画を観て下さい。2人の恋愛はどうなるのか。ノルディップの職場の様子は。そして、父親を初めとする家族との関係は……。

厨房を舞台にした人間模様を楽しめる恋愛コメディですが、汚い厨房でも、必死に文句を言いつつ働く人たちの姿が如実に出ています。

中村恵里香(ライター)

【スタッフ】

監督:マルティン・コールホーベン/脚本:マルコ・ヴァン・ゲフィン
キャスト:ムニール・ヴァレンタイン、マルコ・ヴァン・ゲフィン、ヤヒーラ・ゲイール
製作国:オランダ/上映時間:82分/原題:HET SCHNITZELPARADIJS/製作:2005年/DVD発売:ポニーキャニオン

 


エターナル

韓国映画というとすぐに思い出すのが韓流ブームですが、私自身、あの大騒ぎに違和感を感じこれまで避けてきたのですが、なぜか今回試写会場に足を向けてみる気になりました。なので、韓国映画については初心者同然で、主演のイ・ビョンホンなる役者も観たことがあるようなないような状況です。韓国映画大好きな人には怒られるかも知れませんが、韓国映画をちょっと見直したので、皆さんにもぜひ観ていただきたいと思い、ご紹介します。その作品は『エターナル』です。でもこの作品は、超大作でも、ハデな宣伝をするような作品でもありません。

証券会社の支店長カン・ジェフン(イ・ビョンホン)は、いわゆる日本でいえばエリートサラリーマンです。韓国の狭い社会の中で教育を受けさせるより英語教育をきちんと受けさせたいと、息子と妻スジン(コン・ヒョジン)をオーストラリアに留学させ、自分は家族のために 仕事に励んでいました。

そんななか、会社が膨大な不良債権を出した末に破綻してしまいます。決して損をさせない。この証券は絶対に儲かると勧めたにもかかわらず、不良債権と化したことに土下座し、債権者に謝る姿は、バブル崩壊後の日本の証券会社の姿を思い出しました。

安定した収入も、社会的地位も、人としての信用も、一瞬にして失ってしまった。カン・ジェフンは、虚 しい心の穴を埋めるかのように、家族が暮らすシドニーの家を初めて訪れます。しかし、そこで見たものは、隣家の男性と親しく過ごす妻の姿でした。ショックのあ まりその場から立ち去った彼は、深夜営業のレストランで空港から降りたときに知り合ったジナ(アン・ソヒ)と再会します。ワーキングホリデーを利用し、オーストラリアの農場で働いていたジナは、韓国に帰るため、貯金を韓国のお金に換えるため、同じ韓国人のグループに欺かれ、お金もパスポートもだまし取られてしまいます。

カン・ジェフンの家族の様子とジナの連れ込まれた家を探すことが二人をつなぐ絆となります。カン・ジェフンはこれまでの人生に思いを馳せ、やがて残酷な真実と向き合うことになっていきます。ある意味、すごくセンチメンタルな映画です。

でも、最後のどんでん返しは衝撃的でした。これ以降は皆さんが観て下さい。

この映画で、イ・ビョンホンは、「決してハデな映画でも、何万人も動員する映画でもありません。でも、この映画で本当に大切なものは何かを感じてもらえれば」といっています。

本当に大切にすべきものは何か、深く考えさせられる映画です。バブル時代、24時間戦えますかといったコマーシャリズムに踊らされ、必死に働いてきた後に向かえたバブル崩壊をちょっと思い出すような場面も多々ありますが、この映画の本質は、愛する人、大事なもの、大事な時間を振り返ってみてほしいというメッセージのような気がします。

中村恵里香(ライター)

スタッフ
監督:イ・ジェヨン/脚本:イ・ジェヨン
キャスト
イ・ビョンホン、コン・ヒョジン、アン・ソヒ
原題:Single Rider/製作年:2016年/製作国:韓国
配給:ハーク/上映時間:97分

2月16日からTOHOシネマズ 新宿ほか全国ロードショー


ロビン・ウィリアムズのクリスマスの奇跡

2014年に亡くなったロビン・ウィリアムズをご存じでしょうか。私の好きな俳優の一人です。彼はコメディ俳優として多くの人がとらえているようですが、コメディタッチでありながら、すごく深く考えさせられる映画に多く出演している俳優でもあります。彼の遺作とも言えるクリスマスにぜひ見てほしい映画『クリスマスの奇跡』をご紹介します。

事業に成功し、家族を大切にしているボイド(ジョエル・マクヘイル)は、弟の子供の洗礼のため、クリスマスに実家に呼び出され、疎遠になっている父(ロビン・ウィリアムズ)の家でクリスマス・イブを過ごすことになっていました。

サンタクロースを信じている息子のために、クリスマスプレゼントを用意していたにもかかわらず、ボイドは、子供のクリスマスプレゼントをシカゴの自宅に置き忘れてしまいます。何としても息子の夢を壊したくないので、急きょ、8時間かけて取りに帰ることになります。ところが車が故障し、仲の悪い父親と取りに行くハメになります。父親は口が悪くてボイドとは口論ばかりしていますが、外では息子自慢の親バカでした。ボイドの方は本気で父親を嫌っており、そのことに気づいた父親はショックを受けます。

頑固でうるさいおじいさんで、家族に優しい言葉一つかけられない父親ですが、息子に相手にされず寂しく落ち込んだり、息子ボイドを危機から守ろうとします。息子の家への往復は、同じ時間を共有し、徐々にお互いを理解していきます。

無事にクリスマスプレゼントを取りに戻れるのか、親子の関係は? これは見てのお楽しみです。

劇中、同じ警官に何回も違反キップを切られたり、仮設トイレに落っことしたり、笑えるシーンも多く楽しい映画です。子供たちの会話にもシニカルな笑いが潜んでいます。

エンドロールの終わりに出てくる『皆に笑顔を与えた男に捧ぐ』という言葉には、映画のストーリーとは別にロビン・ウィリアムズという名優の死を悼む言葉が隠され、最後まで一人の男の死を悼むものとなっています。

この映画は、クリスマスを舞台にした家族の再生の物語です。主の御降誕を家族とともに祝うことの大切さを教えてくれます。

中村恵里香(ライター)

 

監督:トリストラム・シャピーロ/脚本:フィル・ジョンストン

出演者:ロビン・ウィリアムズ、ローレン・グレアム、ピアース・ギャニオン、ウェンディ・マクレンドン=コーヴィ、ジョエル・マクヘイル、キャンディス・バーゲン、クラーク・デューク、オリヴァー・プラット、ライアン・リー、ジェフリー・タンバー、アマラ・ミラー、ティム・ハイデッカー、アミール・アリソン

原題:Merry Friggin’ Christmas/製作国:アメリカ/製作年:2014/ 上映時間:88分

 


『彼女が目覚めるその日まで』

抗NMDA受容体脳炎という病気をご存じでしょうか。日本でも年間1000人ほどの人がかかっている病気ということですが、ほとんど知られていない病気のようです。この病にかかった女性を描いた映画が期せずして日本とアメリカで作られ、日本の映画は『8年越しの花嫁』と題して現在公開中です。ともに実話を元に構成されています。残念ながら日本映画はまだ観ていないのですが、アメリカの映画の方は見ることができましたので、皆さんにご紹介したいと思います。

憧れのニューヨーク・ポスト紙で駆け出しの記者として働き始めた21歳のスーザン・キャラハン(クロエ・グレース・モレッツ)の毎日

© 2016 ON FIRE PRODUCTIONS INC.

は、希望と喜びに満ちていました。いつか1面の記事を書くと燃えていました。プライベートでも、プロミュージシャンを目指すスティーヴン(トーマス・マン)とつきあい始め、会うたびに想いを深めていっていました。

そんな中、離婚してしまっていながらも、娘を通して良好な関係を築いている父(リチャード・アーミティッジ)と母(キャリー=アン・モス)がバースデイ・パーティを開いてくれます。それぞれのパートナーと最愛のスティーヴンに囲まれてキャンドルを吹き消そうとしたとき、初めて体調の異変を感じます。皆の声が遠のき、めまいを覚えたのです。

デスクのリチャード(タイラー・ベリー)からスキャンダルを抱えた上院議員のインタビューを任されることになりますが、体調は日に日に悪化し、視界が揺れ、会話も聞き取れず、夜も眠れなくなります。そんな体調ですから、まともな文章が書けるわけがありません。締切を守れなくなるばかりでなく、綴りや文法までミスをしてしまいます。やがて手足がマヒするようになり、病院で診察を受けますが、検査結果はすべて異常なしでした。
そんな中、ついに取り返しの付かない大失態をスザンナは演じてしまいます。上院議員のインタビューの席上、スキャンダルに引っかけた下品なジョークで彼を侮辱してしまいます。リチャードから激しく叱責されますが、なぜそんな言葉出て来たのかスザンナにもわかりません。

その後、激しいけいれんの発作を起こすようになり、両親に付き添われて精密検査を受けますが、そこでも異常は見られないといわれます。劇的な幸福感に包まれたかと思うと、深い絶望感と被害妄想がわき起こり、周囲の人を罵詈罵倒するなど、両親ですら手に負えなくなってしまいます。

© 2016 ON FIRE PRODUCTIONS INC.

何度検査を受けても異常なしの状態で、とうとう精神病院への転院を薦められます。恋人スティーヴンは「絶対治るから、一緒に頑張ろう」と支え続けますが、手足が動かなくなり、全身が硬直し、口もきけなくなってしまいます。
スザンナがどのようにして抗NMDA受容体脳炎という診断に行き着いたのか、そしてその後病は克服できたのか、職場へは復帰できるのかなどは観てのお楽しみです。

私がこの映画をぜひ皆さんに見ていただきたいと思ったのは、訳のわからない病に突き当たったとき、本当に助けてくれる存在が身近にいるということです。心から自分を信頼し、救いの手をさしのべてくれる存在がどれほど心強いものかスザンナを通して感じることができました。「だれか助けて」と声を上げなくても、だれかが見ていてくれるそんな存在を感じられるこの映画は生きようとする私たちの応援歌のような気がします。

中村恵里香(ライター)

12/16(土)より角川シネマ有楽町他全国ロードショー
監督・脚本:ジェラルド・バレット/製作:AJ・ディクス、ベス・コノ、シャーリーズ・セロン、リンジー・マカダム、ロブ・メリリーズ
出演:クロエ・グレース・モレッツ、トーマス・マン、キャリー=アン・モス、リチャード・アーミティッジ、タイラー・ペリー、ジェニー・スレイト
原作:『’脳に棲む魔物』スザンナ・キャハラン著・澁谷正子訳(KADOKAWA刊)
2016年/カナダ・アイルランド/英語/カラー/5.1ch/スコープ/89分/G/字幕翻訳:松浦美奈
公式サイト:http://kanojo-mezame.jp


私は幸福(フェリシテ)

あなたにとって幸福って何でしょうか。ある人はお金というかも知れませんし、人間関係という人もいるかも知れません。いえ、もっと違うものという人もいるでしょう。その形はきっとそれぞれだと思います。

本当の幸福って何だろうと考えさせられる映画に出会いました。その映画を今回はご紹介したいと思います。

舞台は中央アフリカのコンゴ民主共和国です。幸福、祝福という意味の名を付けられたフェリシテ(ヴェロ・ツァンダ・ベヤ)はバーで

© ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS – KATUH STUDIO – SCHORTCUT FILMS / 2017

唄うことで生計を立てています。彼女の歌声は、エネルギーそのものといった感じです。ある朝、フェリシテの家の冷蔵庫が壊れます。近所の子供に修理屋を呼んで来させると、そこに来たのは、彼女が唄うバーでいつも酔っ払い、女を口説いているタブー(パピ・ムパカ)でした。冷蔵庫はファンがいかれているというのですが、2週間前にモーターを修理したばかりのフェリシテは、修理より新品を買うほうがいいと渋々ながらタブーにお金を渡し、冷蔵庫を頼みます。

そこに1本の電話がかかります。病院からの電話で、彼女の一人息子、サモ(ガエタン・クラウディア)が交通事故に遭ったというものでした。急いで病院に駆けつけますが、大部屋に寝かされている息子は、意識はあるが、呼びかけても何の反応も見せません。

息子サモは、左足を開放骨折しており、手術が必要な状態で、治療費が100万フランかかるといいます。何としてもお金を集めるので、手術をしてほしいと頼むフェリシテに前払いをしなければ手術は出来ないと医師は告げます。

これまで人に頭を下げることをせず、一人の力で生きてきたフェリシテにとって、それは大変なことでした。

バーではタブーが彼女のために客から金を集め、バンドメンバーもお金を出します。でもそれだけではとても足りないのです。

ここまでのお話ではそんなに魅力のある話には見えないかもしれません。ここから話は佳境に入るのですが、フェリシテの周囲の人間関係が如実に出る作品ですので、見ていただきたいと思います。

なぜ彼女はフェリシテという名前になったのかも大きく関係していきます。幸福とは縁遠いような彼女の生活も息子の事故により大きく変わっていきます。

© ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS – KATUH STUDIO – SCHORTCUT FILMS / 2017

息子は助かるのか、元旦那さんとの関係や、お金をどうやって集めるのか、タブーとの関係は?

人に頭を下げず、いつも一人でお金に執着していたフェリシテにとって、本当の幸福とは何なのでしょうか。彼女の心の変遷が大きく映画の世界に誘っていきます。

コンゴという私たちにとって、あまりなじみのない土地へ誘い、その国の現状がフェリシテとタブーによって身近に感じられるようになります。

まったく笑うことのないフェリシテの心の変遷をぜひご覧ください。本当の幸福とは何か、心に突き刺さるものがあるはずです。

蛇足になりますが、この映画にはアフリカの音楽が溢れています。その迫力にはなぜか心が揺さぶられます。

中村恵里香(ライター)

 

12月16日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

監督・脚本:アラン・ゴミス、撮影:セリーヌ・ボゾン、編集:ファブリス・ルオー、アラン・ゴミス、音響監督:ブノワ・ド・クレルク
出演:ヴェロ・ツァンダ・ベヤ、パピ・ムパカ、ガエタン・クラウディア、カサイ・オールスターズ他

原題:Félicité |製作年:2017年|製作国:フランス、セネガル、ベルギー、ドイツ、レバノン

129分| DCP |1.66|5.1ch |カラー:リンガラ語&チルバ語&フランス語

字幕:斎藤敦子 字幕監修:奥村恵子 配給:ムヴィオラ
公式HP:www.moviola.jp/felicite/

 


「プラハのモーツアルト——誘惑のマスカレード」

モーツアルトという作曲家はあまりに有名で、知らないという人はいないのではないかと思います。ところが、モーツアルトの書いたオペラ作品を映画化されたものは結構あるのですが、モーツアルトを主人公にした映画は存外に少ないのをご存じでしょうか。

今回、モーツアルト自身を主人公にした映画が日本で公開されるというので、すごく楽しみに試写会場に出向きました。

この映画、モーツアルトが「フィガロの結婚」を書き上げ、その後「ドンジョバンニ」を書き上げるまでの1年間を描いた作品です。

1787年、プラハでは、モーツアルトの新作『フィガロの結婚』の話題で持ちきりでした。上流階級の人々は、連日ノスティッツ劇場での上演に詰めかけ、歓喜し、その従僕やメイドまでその一説を口ずさむほどの熱狂振りでした。劇場のパトロン、名門のサロカ男爵(ジェームズ・ピュアフォイ)の邸宅で宴会が開かれ、その場でモーツアルトが話題に上ります。自然とモーツアルトを招待しようということになります。各自が寄付を行い、残りを男爵が持つということになります。

その頃、モーツアルト(アナイリン・バーナード)は失意のどん底にいます。息子ヨハンを病気で失い、妻はその傷を癒やすために温泉へ療養に出かけたため、ウイーンに一人残されていました。孤独に苦しむ彼にとって、プラハで活躍するオペラ歌手ヨゼファ・ドウシェク夫人(サマンサ・パークス)邸に逗留しないかという誘いは、何よりも嬉しいものでした。プラハに赴いたモーツアルトは、『フィガロの結婚』のリハーサルと、新作『ドンジョバンニ』の作曲に取りかかります。ところが、『フィガロの結婚』のケルビーの役の歌手が突然役を降り、ドイツに帰ってしまいます。サロカ男爵の推薦で代役に決まったのがスザンナ・ルプタック(モーフィーッド・クラーク)です。彼女の美貌と溢れるばかりの才能に魅了されるモーツアルトとスザンナ、スザンナをわが物にと狙うサロカ男爵、モーツアルトを亡き者にしたいザルツブルク大司教から派遣されたノフィの暗躍が物語を盛り上げます。

© TRIO IN PRAGUE 2016.

この2人の運命は、そして、『ドンジョバンニ』はどのような展開の物語になるのか人間関係が複雑に絡み合っていきます。

そしてこの物語の一つの魅力は、プラハの町並みです。百塔の都と称されるプラハの美しい街並みが存分に映画を盛り上げています。要所要所に配される『フィガロの結婚』の音楽も映画の魅力となっています。オペラファン、クラッシク好きな方はもちろん、オペラは……、クラッシックは……と思っている方もきっとこの映画を観ればその音楽に魅了されるのではないかと思います。ぜひ映画館で見て下さい。

中村恵里香(ライター)

 

監督・脚本:ジョン・スティーブンソン/脚本:ブライアン・アシュビー、ヘレン・クレア・クロマティ/制作:ヒュー・ペナルット・ジョーンズ、ハンナ・リーダー/美術:ルチャーナ・アリギ 衣装:パム・ダウン

出演:アナイリン・バーナード、モーフィッド・クラーク、ジェームズ・ピュアフォイ、サマンサ・バークス

2016年/UK・チェコ合作/103分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/原題:Interlude in Prague/字幕翻訳:チオキ真理/

配給:熱帯美術館提供:熱帯美術館、ミッドシップ

公式ホームページ:Mozart-movie.jp

 


ジュリーと恋と靴工場

フランスといえば、サンジェルマン通りやエッフェル塔など、パリをすぐに思い浮かべる人も多いでしょう。かくいう私もその1人です。

今回ご紹介する映画はフランスの片田舎ロマンという土地で職もなく、金もなく、彼氏もいない25歳の女性が主人公の物語「ジュリーと恋と靴工場」です。

不況の中で、これといって特技もなく、恋人に振られ、銀行口座も心も空っぽで、唯一の望みが正社員になることというジュリー(ポーリーヌ・エチエンヌ)は靴屋の売り子をしていますが、試用期間中に契約を打ち切られてしまいます。求人雑誌片手に手当たり次第、面接にいっても正式採用されることはありませんでした。

そんなどん底の状態でようやく試験採用されたのは高級靴メーカーの工場の倉庫管理でした。近代化の波が押し寄せる工場は閉鎖が噂されていました。その波にあらがおうと必死に闘う靴職人たちにまきこまれ、危うくクビになりそうになりながら、ほのかな恋の予感を感じつつ、懸命に生きるジュリーの姿に心打たれるものがあります。

近代化をしようとするオーナーとそれによるリストラを懸念する女性たち攻防には、経営者としての方針に対抗する職人の意地とプライドをかけたたくましい女性たちが描かれています。

この映画の見どころは、ミュージカル調で描かれていることです。かなり前、ある有名人が「ミュージカルは何でこんなところで踊るの? セリフでなく、何で歌なのと感じて好きでない」といって話題になったことがありますが、コメディ仕立てにしたこの映画では、ダンスがすごく光っています。工場の中でストライキを催す女性たちの姿を描くとどうしても重くなりがちですが、ミュージカルにするからこそ、重くならずそれでいて少々滑稽とも思える場面構成ができるのだと、感心しました。それになんといっても、どこにでもいそうな女の子ポーリーヌ・エチエンヌがすごくコケティッシュです。

ジュリーは正式採用されるのか、ちょっと気になる男性との恋の行方は、リストラは本当にあるのか、工場の行方は。気になることが満載のこの映画をぜひ、映画館でご覧ください。

中村恵里香(ライター)

© 2016 LOIN DERRIÈRE L’OURAL – FRANCE 3 CINÉMA – RHÔNE-ALPES CINÉMA

脚本・監督:ポール・カロリ、コスティア・テスチュ

出演:ポーリーヌ・エチエンヌ、オリヴィエ・シャントロー、フランソワ・モレル 他

提供:ギャガ、ロングライド

配給:ロングライド

サウンド・トラック:ランブリング・レコーズ

9/23(土)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国公開

 

公式HP:julie-kutsu.com