マザー・テレサにあずかるご復活とは

末森英機(ミュージシャン)

その昔、カルカッタ。今はコルカタ。中心街にほど近い、ボウズロードという、比較的、イスラム教の人々が多い、そのメインストリート沿いに、マザー・テレサの本部がある。その一階に、マザーの棺が納められる部屋。質素(じみ)で、まったく飾り気のない安置所が設けられている。履き物をぬいで、はだしになり、その敷居をまたぐと、毎回、込み上げてくるのは、いったい、なんだろう。悲しみではない。苦しみではない。喜びとも違う。つつましいものに、ならざるをえない、という涙に似たもの。あるいは、魂のゆくえが、知らせてくれる言葉にならない、祈りのようなもの。それとも、迷いの眠りから、はっと目覚める、ひとが神の御計らいと呼ぶようなもの。いただける復活。たしか神は、善悪を復活の日に与えると、約束されていたけれど。

毎朝、夜明け前の祈りの時間を過ごす。たくさんの、さまざまな国から見えた、ボランティアに参加する老若男女。祈りの場の1階にある、マザーのお墓に、一歩足を踏み入れるたび、胸に込み上げてくる。のどをつまらせる。もうとっくにマザーは亡くなられているのに、こんなにもたくさんの人々が、あとを絶たない。神の心にかなう心と、かなわぬ心というものが、あるだろうか? 神のことで、苦しみを覚えた瞬間、たったひとつの小さな埃でさえ、神の蒔く砂糖の粒をえられるものなのか? マザーはその答えとなった。いただける復活を生きる、生きなさいとほほえんでいらっしゃる。

なにが、人を幸せにしたいと思っているのか? それを知ることができるのか、復活を生きれば、生まれ変わるというのが、この岐路にあるということに気づかされるのだ。当時、マザーがカーリーテンプルを巡るスラムに漂いでたときに、飢え渇く者たちを、満たそうとすることは、正気の沙汰ではなかった。復活というステージを与えられたとき、彼女は思った。本当に憎まなければならないものが、何かを知ることで、罪人(つみびと)を罰しないというキリストの声を自分のものにできると。それが、復活を呼び寄せると。神はみずからを贈ると。だから、わたしたちは、光でできていると。

花びらで「JESUS I TRUST IN YOU」と書かれたマザー・テレサの墓。毎朝シスターによって書かれ、その日ごとに言葉が変わる(写真提供:町田雅昭)

わたしたちは、少しの混乱と、無とその闇を破ることのできない、あいまいなまなざしをいつも捨てることができないでいる。いただく復活。否、それが共通の人間性を持たせているということもできる。だから、宗教が生まれ、祈りをもらい、疑わしい選びに振り回され、衝突と沈黙を常とする。人に刻印される裏(面)と表(面)、それすらも申し分のない奇跡ではないか。いかしいただける復活。信じられるものすべては、存在する。数え挙げることもできないほどの。あずかる復活。

与え、そして激しく奪う、人は肉体を脱ぎ捨て、灰に変わる。肉体は死そのもの。神のみ言葉はいつも、時と場所にふさわしく、神に奪ってきてもらうもの。力ずくで奪ってきてもらうもの。マザーはそのとき、深くこうべを垂れる。とげを抜くために、使ったとげを捨てるような神のため。それは、マザーのほほえみのように、神がまるで、風のなかを行き来するように。主のみ名がとなえられる。それはいただける復活。心がやさしく、やわらぐことができないのなら、その人の心は石。

かつて生まれてきた、また、今生まれつつあり、やがて生まれてくる、普通の人にとっては、神のなされようは、とても解釈のおよばぬものとなり。けれど、このマザー・テレサの前で、こみあげてきて、喉をつまらせるもの。復活にあずかる。人の望むすべてが、得られる場所。

 


特集19 復活のリアル

復活節も終わりに近づく今、復活というテーマに向けての思いを寄せていきます。普通の生活感覚、言語感覚で、教会でいわれる言葉を考えるとどうなるのか、そんなアプローチが必要となる最大のテーマの一つが「復活」ではないでしょうか。キリスト教の真理の中心を示す言葉、しかし、そこから人生のリアリティーに迫るには一つも二つも発想の展開と視野の拡大が必要となるのかもしれません。

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「起こされて生きる」こととしての復活

母と暮せば

マザー・テレサにあずかるご復活とは(2018年5月15日追加)

 


「起こされて生きる」こととしての復活

「立ち上がる/起き上がる」という動詞

「復活」は、キリスト教の重要な信仰内容を表す代表的な言葉とされています。「キリストの死と復活」、あるいは信条(使徒信条)中で宣言する「からだの復活を信じます」というところなど。典礼で聞く言葉としても、聖書の訳語としても「復活」は用語として定着しています。かつて「よみがえり」ということばが使われていたのに対して、「復活」に統一されたという経緯もあったようです。

とはいえ、こうキリスト教のある意味で“定番用語”になりきってしまうと、逆にキリスト教の教えの奥座敷に鎮座しているようでもあり、それが、わたしたち一人ひとりの生き死に痛烈にかかわっているという実感が湧いてこない一面もあるのではないでしょうか。

「復活」という日本語(訳語)で意味されることのリアリティーはどうしたら見いだせるのでしょうか。ちょっと調べてみると、なかなか刺激的です。新約聖書で「復活する」を表す動詞は二つあり(アニステーミとエゲイロー)、どちらも「立ち上がる」「起き上がる」あるいは「立ち上がらせる」「起き上がらせる」「起こす」という意味のものです。エゲイローには「目を覚ます」という意味もあるとすれば、日本語の「起こす」「起きる」がそれだけで対応します。復活とは「起こされること」。基本の語義がそこにあるとすると、いろいろな事象への連想が広がっていきます。

参考にラテン語で復活を表すレスレクティオ (resurrectio) はレスルゴーという動詞に対応するものです。スルゴー(立ち上がる・起き上がる)に「レ」がついて「再び立ち上がる・起き上がる」の意味になっています。「再興する・復興する」という大きな事柄も指す語です(フランス語や英語もこのラテン語をそのまま導入して、キリスト教の「復活」を指す言葉として定着しています)。

もう一つドイツ語を見てみるとキリスト教の「復活」を表す単語は「アオフエアシュテーウング」(Auferstehung)。これもキリスト教用語「復活」の定番用語ですが、動詞アウフエアシュテーエンは (auferstehen) はやはり「立ち上がる/起き上がる」で、病気から「立ち直る」、廃墟から「復興する」などの意味でも使われるのです。こうしてみると、だいたい同じような現象に触れる単語であることがわかります。

 

「再」と「リ」の時代への福音

なぜ新約聖書で、復活が「立ち上がる/起き上がる」という語で表現されるかについては、聖書の背景にある死生観を見る必要があり、そこでは、死ぬということが、しばしの間、横たわること、眠ることと考えられています。それでこそ、その状態から「起こされ、立ち上がる」ことがまさしく命への回帰・復帰、復活だということになるのです。

さて、復興という意味が復活を表す単語に含まれていることを見るとき、わたしたちには、すぐさま震災からの復興、戦災からの復興という歴史と、今も直面している震災と原発事故からの復興という社会全体の命題が目の前に迫ってきます。全体的な復興の中にある、災禍を被った一人ひとりの人生における絶望や再起をかけてのそれぞれの歴史に思いを向けさせられずにはいられません。また、いうまでもなく、イエスの時代も今の時代も、病や負傷、ハンディある状態からの再起やリハビリということも、社会をかたちづくる本質的な側面であることが意識化されるようになっています。

社会のメジャーな体制、正規の階段から落ちこぼれたり、はなから疎外されたりするマイナーの存在、非正規の存在が互いに反射し合いながら、社会の実相を創り出している時代。いつの世もそうだったのかもしれませんが、イエスのまなざしは、やはり、そのようなマイナーな存在にこそ向かっていました。そしてその十字架からの復活への展開は、一人ひとりの中にある不安や絶望からの再起、立ち直りの不断の原動力として、今も人々に働きかけている、と考えるとき、ようやくキリストの死と復活が現実味を帯びてきます。

最近では「レジリエンス」 (resilience またはレジリアンス)という言葉が頻繁に聞かれます。回復力・耐久力を意味する物理の世界でも使われる言葉が、心理学の次元で、心のもろさ、折れやすさに対する回復力、要するに立ち直る力という意味になり、その力をどのように培うことができるかというテーマに展開しています。このようなアプローチにも、キリストの復活の意味と力を新たに見いだすヒントがあるのかもしれません。

どのような人の人生にもある「再起の物語」に目を向けていくこと、それがひいてはキリストの復活の反照として見えくるとき、この信仰と世の中のひとりの人生がはじめて絡み合っていくようになるのでしょう。さまざまな再起の物語を照らし出し、語り継いでいくことのうちに、復活と呼ばれる神秘の真のあかしを見いだせるのではないでしょうか。「AMOR-陽だまりの丘」にそのようなあかしをこれから集めていけたらと思います。

(石井祥裕/AMOR編集長)

 


母と暮せば

復活というテーマで思い出す映画はたくさんありますが、キリストの生涯を描いたものを外して死者が復活するということで映画を探すとこれまたたくさんあります。その中で、今回は、小説家で劇作家の井上ひさしが、広島を舞台にした戯曲「父と暮せば」と対になる作品として長崎を舞台にしたものを書こうと思いながらかなわなかった物語を山田洋次監督が映画化した作品「母を暮らせば」をご紹介します。

第二次世界大戦中の1945年8月9日、長崎医科大学に通う医大生の福原浩二(二宮和也)は普段通り、自宅を出て大学の講 義を受けている途中で長崎に投下された原爆によって命を落としてしまいます。3年後、助産師として働く福原伸子(吉永小百合)は一瞬にして消えてしまった 浩二が亡くなった事実を受け入れることができませんでした。浩二の恋人・町子(黒木華)や上海のおじさん(加藤健一)、近所の人たちに支えられ、浩二の死を受け入れ始めたある日、死んだはずの浩二が亡霊としてひょっこり現れます。

伸子の前に現れた浩二は生前と変わらぬ様子でいろいろな思い出話を懐かしそうに話しては伸子の支えとなります。浩二は 幼馴染で恋人だった町子のことが気にかかりますが、町子がやってくるときに浩二は姿を現すことがありません。

死者となった浩二と母・信子はその後どうなるのか、町子は……。これは観てのお楽しみです。この映画、親しき人の突然の死をどう受け入れるのか、その後の人生をどう進めるのかを定義している作品ですが、とても予定調和の感が強く、突っ込みどころが満載です。たとえば、長崎=カトリックの図式で、家庭祭壇があり、教会に行って祈るシーンもあるのですが、なぜかカトリック信徒のように見えません。ただ、長崎だからカトリックという感じしか与えないのです。また、母・信子が教会でミサ中に倒れてしまうのですが、私たち信徒がミサ中にだれかが具合が悪くなって倒れてしまったら周りの人が誰か助けるか救急車を呼びますが、近所の親しい人しか気がつかないのです。そんなことがあるでしょうか。

そして、映画全体のストーリーも井上ひさしさんならこう描くだろうと推測して作品作りをしたという山田洋次氏の言葉がありますが、井上ひさし氏がこんな作品を書くだろうかと疑問をもたらざるを得ないのです。これはあくまでも私的感想です。すでにDVDになっていますので、ご覧になって皆さんの感想をお聞かせいただければと思います。

(中村恵里香/ライター)

予告編:https://www.youtube.com/watch?v=hvrs_103jRw

監督・脚本:山田洋次/脚本:平松恵美子/音楽:坂本龍一
製作年:2015年/製作・配給:松竹
出演:吉永小百合、二宮和也、黒木華、浅野忠信、加藤健一、広岡由里子ほか

 


私がつくった本の原点に立ち戻りたい

書店に行って驚いたのですが、「食」に関する本のコーナーがつくられて、いろいろな種類の書物が並んでいました。それらは健康に関するもので、「食事術」やら「カラダに良い食のレシピ」といった実用的なものがあります。なかには、「腸は第2の脳」である」といったカラダの内部へ目を向けたものもあります。食べ物と腸という内臓器官との関係が、いままでの医学では捉えられなかったメカニズムとして明らかになってきています。NHKでは「人体」といった番組で健康への意識を高めています。「健康長寿への挑戦」とかが取り上げられ、人々はとにかく健康で長生きしたいのだなと感じました。

医学の父と言われるヒポクラテス(紀元前5~4世紀)は次のような格言を残しています。①汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ。②食べ物で治せない病気は医者でも治せない。③食べ物について知らない人が、どうして人の病気について理解できようか。

「食」の語源は、人に良いと書きます。人のカラダは、何を食べるかで結果が決まってくるとも言われます。そこで「食育」ということが注目され、「食」に関する意識が高まってきたのでしょう。

『農薬を使わない野菜づくり』『農薬を使わない野菜づくり part 2』徳野雅仁著(マルジュ社刊)

私たちが食べている食材は、確かに農薬で汚染されていたり、化学肥料や遺伝子組み換えによって、かなり変化してきています。それがカラダに悪いことが専門家によって明らかにされてきました。「パンと牛乳はすぐやめよう」といった内容の本も読まれているようです。パンは小麦に問題があり、牛乳は乳牛が食べる餌などに問題があるということです。

私にはこうした現代の風潮に対して甦ってくるものがあります。それは私が編集した1冊の本です。『農薬を使わない野菜づくり』という徳野雅仁さんが著した本です。徳野さんは漫画家で、家庭菜園をしていました。本の奥付に1980年4月2日発行とあります。当時は家庭菜園をはじめる人たちが少しずつ増えていました。そうしたなかで、農薬を使わないで野菜を育てるということに注目されたのです。

徳野さんは、文芸春秋漫画賞を受賞したばかりでした。得意のイラストで分かり易く説明された『農薬を使わない野菜づくり』は朝日新聞の家庭欄で紹介され、広く人々に読まれていきました。

同上

私は、この本をつくるときに「食」ということへの関心が高まりました。そして、自然のなかであるがままに育てることが一番大切なのだと知りました。キュウリは曲がっていてもいいし、トマトは歪んでいても美味しいのです。無耕転栽培するなかで、農薬など使わなくても、野菜は育っていくことを教えられました。

「食」を考えるとき、いまでは地球環境についてまで思考を巡らさなければなりません。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は、農薬で利用されている化学物質の危険性を取り上げて話題になりました。「食」ということへの関心を持続することが、生きとし生けるものたちの生命をどのように守っていくのかを考えることなのだと、いま改めて意識しているところです。

鵜飼清(評論家)

 


特集18 「食」の霊性を求めて

3月をとおしてテーマとして浮かび上がってきたのは「食」です。きっかけは、今年の3月がすっかり四旬節に包まれていたことです。四旬節の意味合いの一つとして「断食」があります。キリスト教において「食」を節することへの勧めがどのような意味をもっているのか……。そこから現代の「食」の危機、食育の大切さ、「食」を通じての人間回復、共同性回復の試みなど、今、「食」をめぐる動きの活発なすがたが見えてきました。人間にとってはもちろん、そして、キリスト教にとっても「食」は大切なテーマです。その入口、窓口、切り口はどこにあるのでしょうか。いくつかのアプローチをとおして触れてみたいと思います。

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「食」とキリスト教あれこれ

教室に吹く風

恋するレストラン

私がつくった本の原点に立ち戻りたい(2018年4月3日追加)

 


「食」とキリスト教あれこれ

キリスト教には食べ物に関するタブーがない

さまざまな宗教の人々が出会う現代ですから、ある宗教ではあれやこれを食べないという食べ物に関する戒律があることにも少しあります。日本には精進料理という伝統があるので、そのような習慣の人に出会っても「ああ、なるほど」と納得できる面がありますが、たとえば、イスラム教やユダヤ教では豚を、ヒンズー教では牛を食べないといった規定は、ふつうにそれらを食べている私たちにとっては、厳しいもののように思えます。変な言い方かもしれませんが、宗教らしいなと思わせるところもあるのではないでしょうか(食のタブー、宗教における食のタブーについては、いろいろな情報がネット世界に出ていますので、もろもろご参照ください)。

では、キリスト教には、そのような食に関する戒律があるでしょうか。確かに、ある教派では、食べ物や酒に関する禁忌を設けているところもありますが、本来、そしてカトリックの伝統においても、食べ物に関するタブーはない、禁忌戒律のようなものはないというのがほんとうです。だから……暴飲暴食が発生するのでは……と心配するかもしれません。何か食べ物に関するタブーがあるほうが宗教らしいのでは……と思われるでしょうか。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』(1495~98年、ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院)

あまり、言われていないですし、ましてや神学できちんと論じられてきたこともないかもしれませんが、「食」はキリスト教の本質にとても深く関わっています。……というより、そのことが、今日、ようやく気づかされてきたといえるかもしれません。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵が有名なように、キリスト教にとって晩餐、食事ということは重要な場であったのですが、そのことの意味がきちんと論じられていなかったのでしょうか。

 

「食」は世の中を映し出す縮図

いつの頃か、メディアを通じて、「食」のつくことばが増えてきました。「飽食」の時代というように高度経済成長を遂げた日本社会のあり様を指していわれたり、一家団欒の食卓風景というものはテレビ・ドラマの中だけで、両親ともにそれぞれ働き、子どもは塾などがあって夕食も家族が揃わない光景が普通になると、「個食」ということばが生まれ、さらにそうしたくないのに、一人寂しく食べなくてはならない状況については「孤食」ということばが生まれたり。これらの現象に言及するネット情報からも、社会の姿が浮かび上がってきます。この場合の「食」は食べ物、食物に関しても、食べることのあり方、食べ方、食事のあり様に関してもいわれているのが特徴です。そして、とりわけ子どもたちにとって、これら「食」のありようが、人間としての成長・成熟に支障をきたす重大なことなのだという点の意識化が進んできました。

「農家さん」⇒「米屋さん・八百屋さん」⇒「家」というだけではない食をめぐる産業の発展ぶりはもういうまでもありません。まさに先進国での「飽食」と途上国での「飢餓」が隣り合わせになっている世界、地球環境、生命の問題すべてに関わる現象の中で、わたしたちはふだんどのように生きているのでしょう。あまり意識せずに生活の必要から、健康や経済にそれなりに気遣いながら適宜、利用し、駆け抜けているというのが実情かもしれません。

現代の「食」のあり方と「人」のあり方が相関し合っていること、その中で、いのちと食の関係を見直し、人間回復の機関活動にしようという広い意味での「食育」的活動がクローズアップされてきました。佐藤初女(はつめ)さん、辰巳芳子さん、伊藤幸史(こうし)神父の活動は、それぞれにわたしたちの意識化を促してくれています。

 

キリスト教神学と「食」

今、「食」は人類そのものにとって最前線の問題であるといえるかもしれません。人間にとって最重要テーマの一つであるならば、キリスト教にとっても、大きなテーマのはずです。では、どのように神学で研究されるべきかというと、案外、まだそれがきちんとできていないようにも思われます。

宮本久雄『存在の季節:ハヤトロギア(ヘブライ的存在論)の誕生』(知泉書館 2002年)

そんななか、一つの論考が目に止まりました。宮本久雄師(ドミニコ会司祭、元東京大学教授、上智大学教授)の著書『存在の季節:ハヤトロギア(ヘブライ的存在論)の誕生』(知泉書館 2002年)の第6章にある「食卓協働態とハヤトロギア」という論考です。西洋哲学の主流となったギリシア的存在論(オントロギア)と異なる「ハヤトロギア」という立場から存在を新たな視点で論じるという難しい書ですが、ここの論考自体は、人間の本質を称して、「ホモ・マンドゥカンス」、つまり「食するところのもの」として捉える人間論が展開されています。難しいのですが、こんな文章が目に止まります。

「生命の広大な連関や食連鎖という、いわばウィトゲンシュタイン流の『生の形式』にあって、人間は生と食を問う存在である。彼はこの生命と食の連関に無意識的に埋没せず、そこに依存するこの意味を問う特異な在り方をしつつ、生命的在り方を他の生物とは異なった仕方で創造する。すなわち人間は食を文化として再創造、再構成する。その意味で『人はその食べるところのもので在る』(フォイエルバッハ)といえる。そして人間はさらに自己が広大な生命連関において生かされてあることを感謝し、その宇宙大の生の形式を示す。古来人が食物の収穫時や祭礼において、神々に供物を捧げ、犠牲の家畜を奉献したこともその証左の一つであろう。」(221ページ)

「食は、人間的生命の普遍的交流の場であり、また根源的な生命力に感謝する祭礼でもあり、また生死をかけて闘争する根源悪の場面でもあり、文化や善や義の徳を創造する場でもある」(222ページ)

 

「食」の神学、「食」の霊性へ

宮本師は、この論考で、まさに、「食」を人間理解、それだけでなく人間の宗教性あるいは宗教そのものの理解の核心に置きつつあるようです。こうしたことを前置きとした上で、本論では、新約聖書に示された「食卓協働態」、つまりイエスが行ったり、語ったりした「食卓」や「宴」のあり方、使徒時代の信者共同体における「主の晩餐」のあり方を考察し、最後に、現代の食文明の危機的様相に目を向けます。大胆な考察で、まだ試論と呼ぶべきものでしょうが、ここには「食」を人間論、あるいは人と神との関係の中核に据えた実践的な神学の素描があるように思います。考察の展開の中で、石牟礼道子さん、道元、安藤昌益などが参照されているところには、「食」という主題の普遍性、現代性が如実に示されています。

イエスの食事、主の晩餐への論究からただちに連想されるのは、やはりミサではないでしょうか。他の教会では聖餐とも呼ばれるように、キリスト教の中心的な典礼は、結局は食事の営みがもとになっています(「ミサはなかなか面白い」でも考察が続いていますが)。今、復活祭を迎えていますが、イエスとの食事の記憶、特に復活したイエスとの一緒の食事の記憶がまさしくミサや聖餐の根源をなしています。

キリスト者とは、さきほどの「人間、食するもの」になぞらえていえば、まさしく「神の恵みとしてキリストを食するもの」です。神からの恵みを受け入れ、分かち合うこと(食すること)と、恵みへの感謝を神にささげることは表裏一体のことです。こんな、すごいことの意味合いを考えるのが神学であるとするならば、「食」はもっとも中心的な主題となってよいはずです。「食」の神学、「食」の霊性は、世の中でも求められており、教会や学校、家庭をとおしても意識化され、深められていくときを迎えているのではないでしょうか。

(石井祥裕/AMOR編集長)

 


教室に吹く風

宮本 智子(宗教科教員)

縁あって、関西の女子校と共学校の2つの学校に出入りしている。数年のブランクを経ての教卓復帰は、予想以上に難儀なものだった。宗教科なる教科が特別なのではなく、生徒の“今”に寄り添うのはどの分野においてもたやすいものではないのだろう。

男子の興味をひく話題は、同じ場にいる女子を冷ややかにさせ、女子だらけの教室では突っ込まれる。聖書の世界と今日をつなぐ話題は何か、イスラエルの民と関西人とが共有できる記憶はないものか…。男子校で長年教鞭をとってきた教区司祭はあっさり答えた。「食と性やな。やりやすい方から始めたらよろし」。

先達のご意見を参考に、それでも四苦八苦しながらの1年が終わりそうな3学期、テーマは「5000人に食べ物を与える」(ヨハネ6・1-14)場面にたどりついた。少年が差し出した大麦のパン5つと魚2匹、それが5000人の男性を満腹させた…。突っ込みどころは満載である。さあ今回はどの方向からくるか、と思っていたところである。

「これって、飴ちゃんってこと?」…不意打ちだった。すると、他の生徒も言い出した。
「そっかぁ!この子が飴ちゃん出してきたから、他の大人も出してきたんやな」
「ほんなら、みんなの分行き渡るわ」
「飴ちゃんあったら、お腹ふくれんでも満足するで」
「この子、偉いなぁ!」

奇跡の丘からの風が、教室を吹き抜けた。青草の上には、イエスも生徒たちも一緒にいた。「そうや、ええとこに気づいたなぁ!みんなで分け合う、隣の誰かさんを思うことが自然にできた。それが“神の国”のあり方だったよね」と、解説を入れながら、生徒たちの豊かさに涙があふれそうになった。

関西では名詞に「さん」をつける習慣がある。サツマイモは「おいもさん」に、商売繁盛の神社は「えべっさん」となるが、なかでもポピュラーなのが「飴ちゃん」だろう。この「飴ちゃん」、一説には大阪のおばちゃんはほぼ常備していると言われている。関西出身ではない私は半信半疑だったのだが、電車のなかでぐずる赤ちゃんに途方にくれている若い母親に、「ほら、これでも食べ!」と飴を差し出すおばちゃんを見かけたことがある。飴を渡したついでにおばちゃんは赤ちゃんを抱き上げ、ひとしきりその母親をねぎらっていた。車内にはほっこりした空気が生まれ、そのなかで「飴ちゃん」とは人と人をつなぐツールであり、相手の今をしばし解放するアイテムだと知った。そのいわば「飴ちゃん文化」のなかに生きている生徒たちにとって、少年が差し出した「5つのパン」はまさしく「飴ちゃん」なのだ。

少年だけでなく、居合わせたおっちゃんだって何らかの食料を持っているはず。本人が忘れていても、側にいるおばちゃんは必ず持っている。「あんなちっちゃい子が出してんやで、あんたも行って出してきなはれ!」とせっつく婦人たち。飴ちゃんは、自分のものであって同時に誰かのためのものである。パンではなく、甘みでほころぶ奇跡の丘を生徒たちが教えてくれた。

食卓と教卓は似ている。こちらが手を加えて準備したものを、向き合う生徒たちにサーブする。食わず嫌いもいれば、消化不良も発生する。時に塩対応もされるが、時に豊かなまどいにもなる。献立を考えるのは楽ではないけれど、もう少し、その食卓を共に囲んでいたい。

 


恋するレストラン

食は私たち人間が生きていくうえで、欠かせないものです。食べものを扱った映画はたくさんありますが、今回ご紹介するのは、「恋するレストラン」。日本では公開されていません。この映画、実はまじめに食を扱った映画ではありません。なので、まじめに扱ったものを期待した人には最初に謝っておきます。

舞台はオランダ。父親の期待を一身に受けて育ったモロッコ人青年ノルディップ(ムニール・ヴァレンタイン)は、すごくまじめで、優秀な成績を収めて高校を卒業しました。周りからも将来を期待され、父は医者にと願っています。でも、学業に希望を見出せない彼は父親に内緒でホテルの厨房でアルバイトを始めます。

このホテルのレストラン、とにかく騒々しいし、汚いのです。もし日本にこんなレストランがあったら、閑古鳥が鳴くのではないかと思ってしまうほど。シェフは酔っ払いだし、ほとんどが正規雇用ではないし、働く人間は、セルビア人あり、ユーゴスラビア人あり、トルコ人ありですごく多国籍です。そこでは皿洗いから始めることになります。その厨房には、暴君のような料理長、先輩風を吹かせる料理人など海賊船を思わせる荒くれ者の巣窟です。

流しやその周辺には汚れた食器や鍋が山盛り。正直言って、私ならこんなところで働きたくないなと思ってしまうほど。でも、その職場でウェイトレスのアグネス(ブラハ・ファン・ドゥーシュバーグ)と出会ってしまい、一目惚れをしてしまいます。アグネスの気を引きたいばかりに、厳しい仕事にも黙々と取り組むノルディップです。

このあとはぜひ映画を観て下さい。2人の恋愛はどうなるのか。ノルディップの職場の様子は。そして、父親を初めとする家族との関係は……。

厨房を舞台にした人間模様を楽しめる恋愛コメディですが、汚い厨房でも、必死に文句を言いつつ働く人たちの姿が如実に出ています。

中村恵里香(ライター)

【スタッフ】

監督:マルティン・コールホーベン/脚本:マルコ・ヴァン・ゲフィン
キャスト:ムニール・ヴァレンタイン、マルコ・ヴァン・ゲフィン、ヤヒーラ・ゲイール
製作国:オランダ/上映時間:82分/原題:HET SCHNITZELPARADIJS/製作:2005年/DVD発売:ポニーキャニオン

 


日本の殉教者の血は実を結ばなかったのか――明治150年のカトリック教会の宣教政策を考える

土屋至(聖パウロ学園高校「宗教」担当講師)

最初に日本に来て横浜で宣教をはじめたジラール神父

10年ほど前プノンペンで行われたSIGNISアジア会議で、188人の殉教者が列福されたことや日本には3万人以上の殉教者がいるということを誇らしく報告したときに、フィリピンの神言会の神父さんからこんな質問を受けた。「日本にはそんなに殉教者がいたのにどうして今の日本の教会はそんなに小さいのか。殉教者の血は実らなかったのか。「一粒の麦が地に落ちて死ねば多くの実を結んだのではなかったのか?」と。

この質問に私たちは「それほどまでにキリスト教は江戸時代の迫害で根絶やしされたとしかいいようがない」と答えた気がするのだが、この質問は私たちにショックを与えた。考えてみれば確かにそうなのだ。明治期以降のカトリック教会の日本宣教政策がどこか間違っていたのではないかという深刻な反省が必要なのではないか。それもなく次から次へと列福・列聖の申請をしてくる日本のカトリック司教団にバチカンの高官はきっと不信感をもっているにちがいない。

信徒再発見の立役者プチジャン司教

つい5、6年前に日本再宣教150年の記念集会が横浜で開かれた。そしてその翌年だったか、イエズス会再宣教100周年記念集会が上智大学で行われたという。むむ! なんだ、この50年間の遅れは? そもそも大浦で信徒が再発見したときに、いち早く駆けつけるべきはイエズス会ではなかったのか。

聞くところによると、イエズス会は教皇から破門されていた期間が長く、それが解除になってから間もなかったので、日本に宣教師を送る余力はなく、またそれを希望してもバチカンからは認められなかったということだ。バチカンはキリシタン時代のイエズス会とフランシスコ会、ドミニコ会のみにくい足の引っ張り合いを知っていたのだろう。

出津で町おこしをしたド・ロ神父

結局、日本の再宣教はパリミッション(パリ外国宣教会)にゆだねられた。パリミッションは最初に横浜で宣教をはじめたジラール神父、信徒再発見の立役者プチジャン司教や出津で町おこしを行ったド・ロ神父、神山復生病院を創始したテストヴィド神父などのすぐれた宣教師を次々と送り込み、ローカルチャーチレベルではとても貢献したと思うのだが、日本の再宣教には少々荷が重く、バチカンの期待には十分に応えられなかったといえよう。

特に遅れたのは高等教育の分野であろう。プロテスタントは教派ごとにあちこちに大学をもうけ、宣教にこころがけた結果、当時の文学者、教育者、思想家、政治運動家の中に多くのクリスチャンを輩出したが、カトリックの場合、すぐれた外国人宣教師の名前はあげられても、日本人の知識人はまったくといっていいほどに見あたらない。こんなところにも明治期以降のカトリック教会の宣教政策の結果が現れていると思う。

神山復生病院をはじめたテストヴィド神父

お隣の韓国のカトリック教会にコンプレックスを持ってしまうのもムリはないとおもうのだが、どうだろうか?

 

参考:「横浜天主堂と日本再宣教」(日本再宣教150周年記念集会の時の中島昭子氏の講演)カトリック横浜司教区公式サイトより

http://www.yokohama.catholic.jp/rekishi_top/yb_rekishi_work.html