タラントンのたとえばなし

タラントンのたとえ話(マタイ25章14~30節)はけっこうよく知られているたとえ話である。

ある人が旅に出るとき、自分の財産をしもべたちに預けた。それぞれの力に応じて、あるものには5タラントン、あるものには2タラントン、あるものには1タラントンを預けた。5タラントン預かったものは町に出てそれで商売をして5タラントン儲けた。2タラントンを預かったものも、同じように2タラントン儲けたが、1タラントンを預かったものは出て行って穴を掘り、そこに埋めておいた。

さて主人が帰ってきて、しもべたちと預かった金の精算をした。預かった金と同額のもうけを生み出したしもべは主人のお褒めをいただくのだが、土に埋めておいたものは「主人の厳しさをおそれて地に埋めておいた」とこたえて、主人の怒りを買う。「怠け者の悪いしもべだ。私が蒔かないところから刈り取り、ちらさないところからかき集めることをしっていたのか!」といって預かったものを取り上げられ、外の暗闇に放り出されてしまった。

心のともしび・幸せの訪れ

https://tomoshibi.or.jp/happiness/happiness-093.html

このたとえから「タレント(才能)」という言葉が生まれたのだそうだ。つまりこれまでの解釈は、タラントンは神から預かった才能や能力を意味し、それを活用してもうけた人はほめられ、その才能を土に埋めて使わなかったひとはとがめられるというのがこれまでの普通の解釈であった。

ところがこのたとえ話は腑に落ちないところがいくつかある。

そのひとつは「タラントン」が今のお金でどのくらいかというと、ほとんど億単位の金なのだそうだ。とても庶民に手の届く額ではない。それくらい才能とは高価なものだと意味するというだろうが、それにしてもあまりに巨額である。

その二つめは、そんな巨額の金を預かったら、とても恐ろしくて使えないと思うのが庶民である。私もきっとそうしたであろう。その庶民が「怠け者」とのそしりを受けるのは、小さきもの貧しきものの見方であるイエスには全くふさわしくない。

その3つめは、1タラントンを預かってそれで投資をしたら、全部損をして失ってしまったとしたらこの主人はどうしたのだろうか? そこが書いていないところも腑に落ちない。

そうした疑問を持ちながらこの箇所を読んでいたときに、とても明快な解釈をしてくれた牧師がいた。富田正樹牧師である。同志社香里高校の聖書科の先生であり、キリスト教資料集の編著者であり、「信じない人のためのイエス入門」という書を書いた人であり、なおかつ徳島北教会の牧師でもある。

富田牧師は「実はこの物語は、この世の資産家たちがいかに貧しい者を搾取するのか、裕福な者はもっと裕福になり、貧困者はもっと貧困になってゆくという事実を、イエスが庶民の側に立って怒りを代弁したたとえ話であると解釈できるのです」と述べている。金が金を生んでいく、持てるものはますます豊かに、持てないものはますます貧しくなっていく格差を拡大していくはなしであって、イエスがそういう側には立たないことは明白であろう。「今の世の中はかくも不公正にできている」ということをイエスはいいたかったのではないだろうか。それはイエスの時代だけでなく現代の世界も全く同じことが言えるだろう。

ただ、このたとえの冒頭には「天の国はまた次のようにたとえられる」(マタイ25章14節) という言葉で始まっているのが気になるのだが………。

ついでながら、ルカ19章には「ムナのたとえ」がある。このタラントンとよく似た話であるが、こちらはあまり話題にはならない。

二つを読み比べてみると、まずお金の単位が違った。当時の労働者の1日の稼ぎとなるのが1デナリ、その200日分の稼ぎ200デナリが1ムナ、その60ムナが1タラントンにあたるという。1ムナは200万円くらいで1タラントンはやはり億単位の額である。

さらにルカの方は10人の雇い人にみな平等に1ムナをあたえ、「私が帰ってくるまでこれで商売をしなさい」と指示する。タラントンにはこういう指示はなく、単に預けておくだけである。

で、もうけた額に応じて、町を管理する権利をあたえた。5ムナも受けたものには5つの町を治めさせたのである。金儲けのうまい人物に町を任せたら、きっとその町は繁栄するであろう。

このムナの話の方が少しは合理的なような気はするが、金を包んでしまっておいたものに厳しいのはタラントンの話と同じであり、「誰でも持っている人はさらにあたえられるが、持っていないひとは持っているものまでも取り上げられる」という格差拡大の結論も同じである。

土屋 至(元清泉女子大学講師 「宗教科教育法」担当)


ナザレのイエス

福音書のなかで好きなところは?と聞かれると私はルカ4章16~30節をいうことにしている。イエスが自分の出身地のナザレで説教をする場面である。はじめて聖書を読む人にはこんな所もあるんだと驚きを禁じ得ないだろう。

 

その説教を聞いて人々は「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いていった。『この人はヨゼフの子ではないか』」という。

するとイエスはいう。「預言者は自分の故郷では歓迎されないものだ」と預言者エリヤやエリシャの例を出す。

「これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖までつれていき、突き落とそうとした。イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた」というのである。

 

福音書の場面に入り込み現場にいるひとりになりきって、この場面を想像するという作業は「イグナチオの霊操」ですすめられる黙想であるが、この場面ほど豊かに想像をかき立てられるところはそうない。

よく読むと前半ではナザレの人はイエスの説教に感心してイエスをほめていた。後半をいったら人々は怒り出したという。ならば後半は言わずもがなのことだった。言う必要もなかった。なのになぜわざわざイエスはそう言ったのだろうか? 後半で書かれていることを先取りしていったらやはりそうなってしまったという感じである。

町の人はこの説教をしている人が「大工の子イエス」であると知ってから評価が豹変した。ということはイエスがナザレではどういう人物として受け取られていたのだろうか? ほかの箇所では「イエスは大酒飲みの大食らい」(マタイ11章19節)と言われている。どんな青年だったのか? あんまり評判は芳しくなかったようである。

「町の外へ追い出し、崖から突き落とされそうになる」というのも人々の怒りの激しさが想像される。町から追い出され、山の崖までどんなうふうに連れて行かれたのか、イエスは身の危険を感じなかったのか、イエスは何を考えていたのか、少なくともイエスはこれに抵抗していない。言い合いをした様子もない。

そしてイエスは「人びとの間を縫って」そこから逃げ出したというところではイエスのすばしこさが描かれる。子ども時代、近所の悪ガキたちと遊んでいて、そこで鍛えられたすばしこさではないか。

この箇所はマルコにも併行箇所がある。(マルコ6章1〜6節) マルコは「イエスが大工の子であることを知って人々はつまずいた」としか書かれていない。崖から突き落とされそうになった話はない。さらに「人びとの不信仰」をなげく。

マタイにもある。(マタイ13章53〜58節) 基本的にマルコと変わらない。最後に「人びとが不信仰だったのでそこではあまり奇跡をなさらなかった。」と結ぶ。

聖書にこんなところがあるのかと驚くような箇所は皆おもしろい。これは知られるとイエスの(イエスと言うよりは弟子たちか)評判をおとしかねないような箇所があえて書かれているところである。

イエスの本当の姿を追求する「史的イエス論」の立場からいうと、こういう所こそあとから背びれ胸びれをつけられた姿ではない、本当にあった「歴史のイエスの姿」だという。

妻が亡くなる前の2013年10月妻と一緒にイスラエル巡礼ツアーにいったときに、じつはこの「突き落としの崖」の下をバスで通った。むかしは崖の下に教会があったそうだ。この「突き落としの崖」をネットで探したら映像と写真があった。

 

 

「福音の村」晴佐久神父説教集で。この箇所をテーマにした説教福音の村晴佐久神父説教がある。これもまたおもしろい。

土屋 至(元清泉女子大学講師 「宗教科教育法」担当)


パラクレートス(助け主)である聖霊

聖霊とはなにか、とてもわかりにくいとされている。そもそも「聖霊とはなにか?」という問いかけにクレームがきそうである。「聖霊は人格(ペルソナ)だからなにかではなくてだれかではないか」と。ま、そうカタイこといわずによんでほしい。

そんななかで最もわかりやすく説明されているのが、聖霊降臨の日曜ミサのなかで歌われる「聖霊の続唱」ではないかと思う。

 

エル・グレコ『聖霊降臨』(1605-1610年頃、プラド美術館、マドリッド)

聖霊の続唱

聖霊来てください。あなたの光の輝きで、

わたしたちを照らしてください。

貧しい人の父、心の光、証の力を注ぐ方。

やさしい心の友、さわやかな憩い、ゆるぐことのないよりどころ。

苦しむ時の励まし、暑さの安らい、憂いの時の慰め。

恵み溢れる光、信じる者の心を満たす光よ。

あなたの助けがなければ、すべてははかなく消えてゆき、

だれも清く生きてはゆけない。

汚れたものを清め、すさみをうるおし、受けた痛手をいやす方。

固い心を和らげ、冷たさを温め、乱れた心を正す方。

あなたのことばを信じてより頼む者に、尊い力を授ける方。

あなたはわたしの支え、恵みの力で、救いの道を歩み続け、

終わりなく喜ぶことができますように。

アーメン。

 

これを読んでどんな感じであろうか? すこしはぴんときただろうか?

確かにこれを読むとこんな存在があったらいいなと思わせるものである。これを素直に信じることができたらどれほど「尊い力を授かって」心強いことか。

こころに直接働きかける存在、コミュニケーションを助ける存在、感情を動かす存在…..

聖霊のことを最もよく語っているのはヨハネである。

 

「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」(ヨハネ14章26節)

 

この中の「助け主」という言葉のギリシャ語が「パラクレートス」であるが、これがおもしろいことに翻訳によって「弁護者」「いやし主」「なぐさめ主」だったりする。

ま、そのすべてが正しいのであろう。「聖霊の続唱」で歌われていることと一致するではないか。

土屋至(元清泉女子大学「宗教科教育法」講師、SIGNIS JAPAN(カトリックメディア協議会)会長)

 


マリアのlet it be

中学3年生の「宗教」で「聖母マリア」を読む

マリアを取りあげる授業はビートルズ「Let it be」を聞くことからはじめる。

「この歌知っている人?」

ときくとほとんどが手を挙げる。いつになっても不朽の名作だと思う。

「じゃ、Let it be ってどういう意味かな?」

「『なるようになるさ』という意味じゃないの?」

「『あるがままに』だっていうのを聞いたことがあるよ」

「ここに和英両訳の歌詞付きのカラオケ映像があるので、見てみよう」

「これは『あるがままに』だよね。でも他のセリフに気がついた? 『聖母マリアがやってきて知恵の言葉をささやいた』っていうところ。この言葉は聖書に出てくる聖母マリアの言葉なんだよね。しかも『知恵の言葉』だという。で、そこの所を読んでみよう。ルカ1章27節〜38節だ。」

 

……………{朗読省略}……………

 

「この中に『Let it be』があるのだけれどどこかわかるかな?」

「え、わからな〜い!」

「ヒントはマリアの言葉だ」

「そうするとここかな?『マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。』でもここには『あるがままに』も『なるようになるさ』も出てこないよ」

「じゃあ、英語訳をみてみよう。英語訳はこうなるんだ。

And Mary said, ”I am the handmaid of the Lord; let it be to me according to your word.

ほらここにあるだろう? でもね、マリアの言葉は『let it be to me according to your word』なんだけれど”Let it be”の訳では『to me according to your word』をすっとばしちゃったんだ」

「ほんとだ。『おことばどおりこの身になりますように』というのと『なるようになるさ』や『あるがままに』ではまったく違うよね。ビートルズはどっちのつもりでうたっていたんだろうか?」

「ほんとだ。おもしろ〜い!」

「ところでマリアはどのようなところでこの応えをしたんだろうか? ここは有名な「受胎告知」とか「お告げ」といわれる場面だけれど。 誰か説明して」

「ある日、天使ガブリエルがマリアの前に現れて、『あなたは間もなく男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい』といわれる。まだ結婚もしていないのに唐突にそういわれたマリアはビックリしちゃって『そんなことはありえない。まだ結婚もしていないのに』という。すると天使は『あなたは聖霊によって身籠もる。神さまにできなことはない』っていう。その応えが『わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように。』というわけです」

「そうだね。このマリアの応えについてどう思う。」

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ『受胎告知』(Ecce Ancilla Domini)、テイト・ミュージアム(ロンドン)

「う〜ん。なんといえばいいのかな? 大胆というか勇気があるというか。」

「信仰が篤いというか、神さまにまかせ切っちゃっている。」

「マリアはこのお告げをことわることもできたと思う。私にはとてもそんなことはできないっていってね。でも彼女はことわらなかった。私はこのマリアの応答を「神さまのいわれることだからなんとかなるさ」というように訳すのが一番好きだな。そうすると「なるようになるさ」っていうのに近いかな。」

「この場面、昔から多くの画家によってえがかれている。「受胎告知 絵画」で検索するとたくさんでて来るけれど、どの絵が好きかな? フラ・アンジェリコ、レオナルド・ダビンチなどなど。マリアがおびえている表情をしているのもあるね。これについてはまた別のチャンスでふれたいけれど、今日はひとつだけ紹介しよう。

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(1828〜1882)の「Ecce Ancilla Domini」という1850年の作品だ。このマリアのモデルは妹のクリスチーナ・ロゼッティだといわれ、天使は自分自身(彼の名はガブリエル)だとされている。クリスチーナ・ロゼッティという名を聞いたことがあるだろうか? 小学唱歌の「た〜れかか〜ぜをみ〜たでしょう♪」の童謡の作詞家(訳:西条八十、作曲草川信)として知られる。この「かぜ」の歌(クリスチーナ・ロゼッティ「かぜ」はヨハネ3章8節を歌った歌なんだ。」

「トリビア〜!」

土屋 至(元清泉女子大学講師 「宗教科教育法」担当)


復活したイエスと出会った弟子たち

まず、「イエスの復活」についての次の5つの聖書の箇所を読んでほしい。

1. イエス、女性たちの前に現れる (マタイ28章1~10節)
2. マグダラのマリアに現れる (ヨハネ20章11~18節)
3. エマオで弟子たちに現れる (ルカ24章13~35節)
4. イエスとトマス (ヨハネ20章24~29節)
5. ガリラヤで弟子たちに現れる (ヨハネ21章1~14節)

 

「これらの箇所に共通することは何か」と中学3年の女子生徒たちに質問してみた。彼女たちはいつもながらきわめて率直である。

「なんかへん。幽霊みたい。」

「なんで皆それがイエスとすぐに気づかないのだろう。ずっと一緒にいたのに気づかないなんて変だよ」

「弟子たちがそれがイエスだと気づくとイエスはまた消えてしまう」

復活したイエスは確かにその前のイエスとははっきりと違う姿あったようである。

それがイエスであると気づくきっかけは何だったのか?と続けて質問する。

「パンを裂く」

「イエスの傷に触れる」

「網をおろすように指示する」

などのシンボリックな何かであった。

なぜイエスは誰もが否定できないような復活の証拠を残されなかったのか?

なぜ弟子たち以外のたとえばファリザイ派の学者の前に出現されなかったのか? もしそのように出現されたら、それは歴史的な事実となってもっと多くの人がイエスを信じたのではなかったのか? このこともまた私たちの想像力をかき立てる。

「エマオの晩餐」レンブラント作

このイエスの復活について、わたしは次のように生徒たちに説明する。

確かにイエスの復活について歴史の中で証明するのは聖書しかない。しかし『イエスが復活した』というキリスト教徒がいたということはユダヤ人の歴史書やローマの歴史書に残っている。これは歴史的な事実である。

イエスが十字架につけられて殺されたあとに、弟子たちは皆失意のうちにちりじりとなった。あるものはふるさとに帰ろうとした。

しかし何かがあって彼らは希望を取り戻し、再び集まって教会を作り、布教活動を始めたということも歴史的な事実である。この『なにか』の宗教体験を『復活したイエスとの出会い』であると福音書は記しているのである。

つまり、失望から希望へ、失意のうちから立ち直って勇気を取り戻し、以前のような弱虫でない使徒へと変身していくそのきっかけを与えたものが「復活したイエスとの出会い」であった。これこそまさに「復活」ではないのか。復活したイエスと出会った弟子たちも〈復活〉したのである。

参考 http://tsuchy1493.seesaa.net/article/394055845.html

(土屋至/元清泉女子大学講師「宗教科教育法」担当)


イエス弟子の足を洗う

イースター前の1週間を教会では「聖週間」と呼んでいる。その木曜日の13日は「聖木曜日」(英語ではなぜかこの日を Good Tuesday という)といい、普段とは異なる特別な典礼が行われた。

この日、イエスは弟子たちと「過越を祝う」食事、いわゆる「最後の晩さん」をともにし、そのなかで「最後の晩さんの記念として」「ミサ」を制定される。

この「最後の晩さん」に先立ち、イエスは弟子たちの足を洗う。(ヨハネ13章1~11節)ペトロが足を洗われる番になると、ペトロは「主よ、私の足など洗わないでください」とイエスにいうが、イエスは「もしあなたの足を洗わなければ、あなたとは何の関わりもないことになる」といわれ、「それなら、足ではなくても頭も」というのである。

教会では、この洗足の場面を聖木曜日の儀式として行っている。司祭が12人の信徒の足を実際に洗うのである。12人の弟子はみな男だったので、普通は男性ばかりが選ばれるのだが、中には女性が選ばれる教会もあるという。

この儀式はなかなかいい儀式であり、私は好きである。私も何度か足を洗われた。気分がいいというか……………。

ところで、中学1年生と一緒に聖書を読んでいたときに、この場面を生徒がイラストに描いてくれた。イエスもペトロも女の子ふうになってしまっているが、そのイラストの吹き出し部分に「めっそうもございません」と書かれていたのである。もちろん聖書にはそういう表現はない。

まず「めっそうもない」などという表現が中学生の間にまだ生きていたことに驚く。そしてなるほど、ここでのペトロの言葉は「めっそうもない」という表現はまさにぴったりな表現なのである。

土屋 至(元清泉女子大学講師 「宗教科教育法」担当)


山上の説教と平地の説教を読み比べてみるとおもしろい

前回はマタイ福音書5章のいわゆる「山上の垂訓」の「心の貧しい人は幸い」という箇所について述べた。今回はそこの併行箇所であるルカ6章20節以降の「平地の説教」とマタイ5章の「山上の説教」と読み比べてみよう。

まずこの文を先を読み進める前に実際にマタイ5章とルカ6章とを読み比べてその違いを書き出してほしい。その後で以下を読み続けられたい。

なぜこれが「平地の説教」と呼ばれるのか、ルカ5章17節を読めば「イエスは彼らと一緒に山

ガリラヤの丘

から下りて、平らなところにお立ちになった」とあるのが所以でこれが「平地の説教」と呼ばれるようになった。

マタイ5章の「山上の説教」では「真福八端」といわれるように8つの教えがあるが、ルカでは3つしかない。

しかもルカでは不幸の例の否定形が表現されている。「今富んでいる人」「今満腹している人」は「不幸だ」というのである。

また、ルカの方では「心の貧しさ」というような表現ではなく、「貧しい人」である。この違いは小さくない。「義に飢え渇く人」ではなく「今、飢えている人」と直接的、現実的である。ルカの方には「今、貧しい人」「今、泣く人」というように「今」という言葉がめだつ。

まだある。マタイの方は「神の国はその人たちのものである」とあるが、ルカは「神の国はあ

ガリラヤ湖

なた方のものである」となっている。どちらが貧しい人たちに向けて直接語っているのだろうか? ルカの方が貧しい人に直接語りかけていることになる。

そうすると「心の貧しい人」というのは「心底貧しい人」や「乞食の心を持つ人」というような表現よりもそれを少し薄めた形で述べているのではないか。「おのれの貧しさを知る人」あたりの訳が適当であるように思うがいかがであろうか? マタイが対象としていた人たちはユダヤ人の極貧層というよりもそれより少し上の人たちであったのではないかと推測されるのである。

土屋 至(元清泉女子大学講師 「宗教科教育法」担当)


心の貧しきものを考える

マタイ5章3節の「真福八端」の「心の貧しいもの」という表現が気にかかる。

この「心の貧しきもの」という表現は日本語の一般的な用法とは異なっている。日本語では「経済的には豊かでも心が貧しい」というような否定的な意味で使われるのが普通である。

そこで今手に入る聖書のいろいろな訳を集めて比較してみた。

1.「心の貧しきもの」系


新共同訳では「こころの貧しい人々は、幸いである。天国はそのひとたちのものである。」となっている。

ラゲ訳文語聖書、バルバロ訳聖書、聖書刊行会新改訳。聖書協会口語訳、要するに旧い訳はみんな「心の貧しいもの」である。



2.「自分の貧しさを知る」系

フランシスコ会訳は「自分の貧しさを知る人は幸いである。天の国はその人のものだからである。」である。
 リビングバイブルもこの系統である。

3.その他


これに対して共同訳は「ただ神により頼む人々は、幸いだ。天の国はその人たちのものだから。」とある。、
「小さくされた人々のための福音(本田哲郎訳)では「心底貧しい人たちは、神からの力がある。天の国はその人たちのものである。」とある。

また岩波聖書では「幸いだ、乞食の心を持つ者たち、天の王国は、その彼らのものである。」である。

山浦さんの「ガリラヤのイェシュー」では、「頼りなぐ、望みなぐ、心細い人ァ幸せだ。神様の懐に抱がさんのァその人達だ。」とある。さすが山浦さん「技あり!」という感じである。

4.英語の訳

おもしろいことに、英語訳にもこの3つの流れがある。

聖書協会対訳英語

「Happy are those who know they are spiritually poor; the Kingdom of heaven belongs to them!」

Jerusalem Bible

「How happy are the poor in spirit; theirs is the kingdom of heaven.」

Good News Bible

「Blessed are they who knows their spiritual poverty, for theirs is the kingdom of heaven.」
The Living Bible
「Humble men are very fortunate! For the Kingdom of Heaven is given to them.」

さ~て、皆さんはどの訳がもっとも適当であると思われるだろうか?
 ギリシャ語の原

山上の垂訓教会

典では「霊において貧しい人」というような訳であるらしい。その限りにおいては「心の貧しい人」という訳も間違えとは言えないだろう。しかし、今使われている日本語の意味からはこの訳が適当であるとはどうしても思えないのである。

イエスは何をここで表現したかったのか? あるいはマタイは何をいいたかったのか?

(土屋至 元清泉女子大学講師「宗教科教育法」担当)

参考 http://tsuchy1493.seesaa.net/article/394055582.html


マルコ福音書の描くイエスの感覚性と人間性

前回に続き、マルコ福音書の「感覚性」について、こんなところもあります。子どもたちを祝福する場面です。

「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。(マルコ10章14~18節)

 「子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。」そして、子供たちに手を置いてから、そこを立ち去られた。(マタイ19章14~15節)

 「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」(ルカ18章16~17節)

マルコでは「子供たちを抱き上げ」、マタイでは「子供たちに手を触れ」、そしてルカでは言葉だけでイエスの所作についての記述はありません。

こういう記述は他のところにもあります。

たとえば、マルコ10章21節とマタイ19章2節の金持ちの青年に対するイエスの態度を比べてみましょう。

安息日に片手の萎えた人を癒した場面では、人々に向かったときのイエスの態度にsozai_29299ついて「そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に『手を伸ばしなさい』と言われた」(マルコ3章5節)に対して「そこで、イエスは言われた。『あなたたちのうち……………』そしてその人に、『手を伸ばしなさい』と言われた。」(マタイ12章11〜13節)。つまりマルコで表現されている「イエスの怒り」は、マタイでは消えているわけです。

その顕著な違いはゲッセマニで祈るイエスの所にもっともよく表れているのですが、それはそのときにまた説明しましょう。

マルコ福音書がもっとも人間的なイエスを書いていると言われる所以だろうと思います。


ペトロのしゅうとめ

イエスは4人の漁師(ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ)を弟子にしたあとにペトロとアンデレの家に行った。ペトロの姑が熱を出して寝ていたのでイエスはその病を治した。

ペトロに姑がいたということはペトロは結婚していたということであるが、福音書にはペトロの妻がどういう女性だったのかは描かれていない。何ももたずにそのままイエスについて行ったペトロのことをどうおもっていたのだろうか? 想像してみたらおもしろい。

ところでこの場面には併行箇所があるので読み比べてみよう。
マタイ8章14~17節、マルコ1章29~34節、そしてルカ4章38節である。実際に読んでみて何か気がついただろうか?

イエスと姑との接し方が違うのである。

マタイは「イエスがその手に触れられると、熱は去り、しゅうとめは起き上がって一同をもてなした」とある。

マルコは「イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした」である。

ルカは「イエスが枕もとに立って熱を叱りつけられると、熱は去り、彼女はすぐに起き上がって一同をもてなした」のである。

するとあのレンブラントの絵はマルコによって描かれているわけだ。

ペトロの姑を癒やすキリスト。レンブラント,1959年頃

ペトロの姑を癒やすキリスト。レンブラント,1959年頃

このような描き方の違いは他の箇所にもいくつか見られるので。それはおいおいと紹介していこう。ユルゲン・モルトマン・ヴェンデルはこのマルコの「感覚性」に注目をしている。http://tsuchy1493.seesaa.net/article/394056134.html

マルコがもっとも人間的なイエスを描き、あとになればなるほどイエスが神格化していくとしたら、イエスの描き方でもっともおもしろいのはマルコということになるであろう。

ところでこの場面にペトロとその妻はいたのだろうか? 私には2人ともここにはいなかったように思えるのだが、どうだろうか? ペトロの妻がそこにいたら、姑がみなをもてなすことはせず、嫁がするはずであり、ペトロ自身がいたらきっと何かを言わないわけがない。
だとしたら、どうして2人はそこにいなかったのか? イエスは2人がいない時を見はからってペトロの家を訪問したのかもしれない。それはなぜ?
そこにまた想像の物語が始まるのである。