《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 44 「あがない」の意味を探ってみよう

「あがない」の意味を探ってみよう

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問次郎……答五郎さん、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 

 

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答五郎……おめでとう。今年も、ミサについて探究していくことにしよう。2週間休ませてもらったけれどきょうは、「感謝の典礼」の4回目。前回は、現在の「感謝の典礼」になっていく最初のころ、使徒たちの時代には、「主の晩餐」とか「パンを裂くこと」と呼ばれていたというところまで見たね。

 

女の子_うきわ

美沙……はい、その前にこの晩餐を定めたというイエスのことばもふり返りました。その説明で使われた「あがないのいけにえ」の「あがない」ということばがまだよくわからなかったのです。

 

 

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答五郎……そうだったね。イエスが、パンについて「これは、わたしの体である」と言い、ぶどう酒の杯について「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と言っていた(マタイ26・26~27)。ほかでもいろいろな言い方があるが、まとめて、これは、「あがないのいけにえ」の意味だと説明したところだね。

 

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問次郎……「あがない」という用語は、教会に来る前は使ったことも聞いたこともなかったのですが、教会に来てずいぶんと聞くようになりました。

 

 

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答五郎……「あがない主」キリスト、という言い方は聞いたことがないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……少しはあるかもしれませんが、「救い主」キリスト、という言い方のほうはよく聞くので、同じ意味なのかなとも思っていました。

 

 

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答五郎……「あがない」という語は、日常では使われなく、古語みたいだが、れっきとした日本語だし、漢字にもある。ちょっと書いてみようか。二つあるのだよ。「贖う」と「購う」。

 

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問次郎……「贖」は難しいですが、「購」は、購読とか、購入で使う字ですね。

 

 

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答五郎……そう、「あがなう」も、もともとは相当のお金を払って、あるものを得るということ、簡単にいえば「買い求める」とか「買い取る」とか「買い戻す」という意味なのだよ。二つの漢字とも「貝」偏なのは、貝が貨幣のような役割を果たしていた名残なのだね。

 

女の子_うきわ

美沙……教会で、「贖い主」という字を見たこともあります。

 

 

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答五郎……そうだね、聖書の訳や教会用語として漢字で書く場合は「贖う」とか「贖い主」と書くことになっている。けれど、常用漢字ではないから、平仮名で「あがなう」とか「あがない」と書くね。『あがないの秘跡』とか『人類のあがない主』といった文書のタイトルで見かける。

 

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問次郎……そもそも「買い求める」「買い取る」という意味の単語が、聖書というか教会では、イエス・キリストに関して使われるのですか。

 

 

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答五郎……聖書では、お金を払って奴隷を解放するという意味の単語を使って、神による救いを表現するという伝統があるのだよ。旧約聖書の『出エジプト記』で述べられている古代イスラエル民族の体験がこのことばで記憶されているのだよ。

 

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問次郎……古代エジプトで隷属状態にあったイスラエルの民がモーセに率いられてそこから脱出するというあの有名な出来事ですね。ということは、「あがない」とは解放という意味なのですか。

 

 

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答五郎……たしかにその意味がひとつに含まれるけれど、もう一つの側面、「買い取る」とか「買い戻す」という意味も、ここには含まれている。つまり、エジプトから脱出することができて解放された民は、それで終わるのではなくて、神の民とされる。「あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」(出エジプト記19・6)という言い方で書かれているのはそのことだ。

 

女の子_うきわ

美沙……解放されて、自由にされたというだけでなく、そこで神との関係が出来てくるわけですね。

 

 

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答五郎……そのしるしとして、契約が結ばれるのだね。そこで、いけにえの血が祭壇つまり神のほうと民のほうに半分ずつ振りかけられて締結が完了する(出エジプト記24・3~8参照)。イエスが「契約の血」ということばで自分のことを言うとき、この契約のことが暗に思い出されているわけだよ。

 

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問次郎……すると、人間の商売用語といえる言葉を使って、神によって不自由な状態から解放されて神のものとされるということ全体が言われているわけか。

 

 

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答五郎……そう、一種の譬えといえる表現なのだよ。神との関係が含まれることばだから「解放」でも「買い戻す」でもなく、日本語的には古語のような「あがない」ということばが使われるのかもしれない。たとえば、年間主日のミサで唱えられる叙唱1の中心文を読んでもらえるかな。

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問次郎……はい。「主・キリストは、過越の神秘によって偉大なわざを成しとげられ、わたしたちを罪と死のくびきから栄光にお召しになりました。わたしたちは、いま、選ばれた種族、神に仕える祭司、神聖な民族、あがなわれた国民と呼ばれ、闇から光へ移してくださったあなたの力を世界に告げ知らせます」

 

女の子_うきわ

美沙……ちょうど、出エジプトの出来事と同じようなことが、キリストによって行われて「わたしたち」が神の民とされていることを言っているのですね。「あがなわれた国民」と言われる意味は、きょうの説明でよくわかりました!

 

 

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答五郎……キリストのわざはもっと偉大なのだけれどね。そのことを伝える意味で「あがない」には、もう一つの意味合いが含まれる。マタイによる最後の晩餐でのイエスのことばにも含まれていた「罪のゆるし」という点なのだ。それについては、次回考えてみよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ヴァージニア・ニクソン著『中世末期におけるマリアの母・聖アンナ』

聖家族の絵画にもしばしば登場するマリアの母アンナは聖書外典で登場する人物だが、熱心な崇敬が向けられ、美術にも盛んに描かれるようになった。聖アンナ像を生み出した中世末期の人々の信仰心に目を向けた書を紹介しよう:

ヴァージニア・ニクソン著『中世末期におけるマリアの母・聖アンナ』
Virginia Nixon, Mary’s Mother: Saint Anne in Late Medieval Europe (University Park: The Pennsylvania University Press, 2004), xiii+216 pages

聖母マリアの母、聖アンナなる人物は聖書正典の中に出てくることはなく、2世紀の外典『イエスの幼児物語』における救い主キリストの誕生物語に付属する、母マリアの系図の一部として初めて語られた。そこでは、イスラエルの12部族の一人であった裕福なヨアキムに子孫がなく、神殿で捧げ物をすることを禁じられていたことや、彼が妻アンナの顔を見ずに荒野で40日40夜断食をし、アンナも悲しみにくれていたとき、天使によって子どもを産むであろうと告げられ、マリアを産んだことなどが語られる。ルカ福音書の初めの物語と旧約聖書の長い間子どもを産むことができなかった妻の物語からヒントを得て書かれたものであろう。

本書は聖アンナに対する信心の起こりと初期の段階から最盛期と終焉に至る過程を、信心の対象であった主要な造形作品の特徴の時代的変遷を見ながら分析し、それを通じて背後にあったジェンダー観を最後に明らかにしようとしている。

【さらに読む】
外典福音書の一つ『ヤコブ原福音書』に、ヨアキムの妻として現れたキリストの祖母アンナの物語は、彼女に関してもっと知りたいとする一般民衆の欲求にこたえてさらに詳しいものになっていった。以後、東方、西方の両キリスト教圏で聖アンナの物語は語り続けられ、聖人伝説に成長していった。中世の作家たちは、アンナが3度結婚し、すべてマリアという同じ名を与えられる3人の娘を産んだと語っている。

アンナの娘たちは救い主イエスばかりでなく、多くの子どもを産み、それらの中には、洗礼者ヨハネの他5人の使徒と一人の弟子、ラインラント地方の初期(4世紀末)の司教セルウァティウスとマテルヌスが含まれていたことになる。このような物語は興味深いものであったが、聖アンナは中世盛期においてはまだ、多くの聖人のうちの一人にすぎず、中世末期になって初めてヨーロッパで彼女への信心が確固とした位置を占め、特に1470~1530年の間にドイツと低地地方で広まり、盛んになった。彫刻師と画家たちは、需要にこたえて多種多様な彫刻・絵画・版画の作品を生み出した。この人気は16世紀の宗教改革時代初期にまで続いたが、やがて衰える。

聖アンナ信心の隆盛には中世末期の社会的経済的背景があったといわなければならない。それは経済的繁栄に伴う都市商人からなる市民階級が社会の表舞台に登場したことであった。聖アンナへの信心は、富裕な商人家庭の理想像と女性たちの意識を反映したものでもあったのである。15世紀と16世紀初期のオランダでは、聖アンナが幼子イエスと聖母マリアを抱く様子が彫刻のモチーフとなっている。それらは、後期ゴチックのリアリズムと経済的豊かさを窺わせるようにして、当時の玩具・衣装・装身具で飾られ、裕福な中流市民の生活を映し出している。このようなタイプの作品はフランス、スペイン、イタリアではあまり見られず、ポーランド、ボへミア、北欧スカンディナヴィアで広く見られる。大量生産の版画の存在は聖アンナのイメージが一般民衆によっても求められ、もてはやされたことを示している。それらの造形作品の存在は、当時「一つの現象」があったことを示していると、著者は考えている。

聖アンナを描いた立像や彫刻、あるいは絵画に表現された信心の隆盛はどのようにして起こされたのであるか。誰がそれを推進したのであろうか。当時のそれぞれ都市には多くの教会、施療施設をもつ修道院あるいは女子修道院等の宗教施設が飽和状態であった。それは施設拡充や補修のために莫大な資金を要し、台頭してきた富裕市民階層の家庭を切り盛りし、商売を助けた女性からそのための寄進を集められることに着目した。こうして聖職者たちは教会・巡礼地・祭壇を聖アンナに捧げ、このような家庭の女性たちばかりでなく、その夫たちにもアンナを家庭の模範、家庭の保護者として崇めるように推奨したのであった。彼らの娘たちの多くにアンナの洗礼名が与えられ、謙虚で慎み深い家庭の主婦のイメージをもつ聖アンナ像が定着していった。

中世末期は信徒の信心会が生まれ、広がった時代でもあった。聖職者層は聖アンナ信心をこのような運動によって教会の枠内にとどめ、指導できるようにしたと思われる。多くの信心会が結成されたが、聖アンナ信心会がそれに新しく加わった。イエスの祖母の話は有名な『黄金伝説』にも出てくるが、そのあたりまでの中世の救済論ではアンナに救済における何の役割も与えられていなかった。しかし、聖アンナ信心が広がっていくと、彼女にその役割が与えられるようになる。宗教改革者になる以前の修道士マルティン・ルターは聖アンナに誓願を立てるほど、彼女の信心に熱心だったが、やがてそれに距離を置くようになり、聖人崇拝には否定的となっていく。聖アンナ信心が盛んに見られたのは、16世紀の宗教改革運動が広がった地域でもある。宗教改革が歴史に明白な影響を及ぼすようになったとき、聖アンナ信心を反映した造形作品の制作は終わりを告げる。

聖アンナと幼子イエスを抱く聖母マリアのモチーフには初期から近代に一層近づいた時代までに描き方に大きな変化があった。初期のものでは聖アンナが中心に大きく描かれ、主役である。時代を経るとともに、彼女は男性の縁者たちを背景にして一歩後退し、聖母子を後ろから見守るようにして描かれるようになる。著者は最近の研究を紹介しながら、聖アンナ像が経済的変化と女性の役割の変化を反映してきていたことを指摘している。それは中世的女性像から近代的女性像への変貌なしには理解できないと、著者は考えている。

カトリック圏では、北方バロック美術は短い期間であったが、聖アンナを厳格な風格をもった預言者の姿をしたキリストの祖母として描くようになった。そのような聖アンナ像は北フランスのブルターニュ地方で一般的に描かれ、その後、フランス語カナダのケベック地方にもたらされ、特に母親たちの守護の聖人とみなされるようになった。フランスから彫像が聖遺物ともにもたらされ、今でもサント・ド・ボプレの巡礼地は米国からの巡礼者によってにぎわっていることを指摘して、著者は本書を結んでいる。

(高柳俊一/英文学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 43:「感謝の典礼」の生まれたての姿

「感謝の典礼」の生まれたての姿

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答五郎……ミサの「感謝の典礼」に目を向けて3回目になるね。前回は、その全体像の根底にイエスが行っていた食事の動作の記憶があるということを見たのだったね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい、いろいろな儀式やことばが連なっている式次第の中心にイエス・キリストがいて、そのイエスとの食事の動作なのだと考えると、理解しやすくなるかもしれないと思いました。

 

 

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答五郎……きょうは、新約聖書を手がかりにして「感謝の典礼」の始まりに思いを馳せてみよう。問次郎くん、1コリント11章23節から25節を読んでもらおうかな。

 

 

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問次郎……はい。「主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、『これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、『この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました」

 

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答五郎……そう。パンを「わたしの体」、杯を「わたしの血によって立てられる新しい契約」と告げたところで、ここが聖体の制定、主の晩餐の制定と呼ばれていることは知っているだろう。

 

 

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問次郎……はい、ミサの中でもそのようなことばが告げられていますから。

 

 

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答五郎……同じような内容がルカ22章14~20節、マタイ26章26~29節、マルコ14章22~25節にもあって、制定の意味がそれぞれに語られている。美沙さん、ルカ福音書による最後の晩餐のところを頼む。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。『これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。』食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。『この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である』」

 

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答五郎……マルコ、マタイの記述との比較は省くけれど、「わたしの体」とは「あなたがたのために与えられる」もの、「わたしの血」についても「あなたがたのために流されるもの」とあるところからパンとぶどう酒の杯で表されているのは、イエス自身のいのちのことだとまず考えられるね。

 

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問次郎……「あなたがたのため」というところが重要なのですね。

 

 

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答五郎……そう。自分自身の生涯全体そして最後の十字架上での死が、「あなたがた」つまり弟子たち、ひいてはすべての人のために与えられるささげものであること、罪のゆるしをもたらす(マタイ26・27参照)、つまり、あがないのいけにえであるというイエス自身の自覚、そして新約聖書に反映しているように、使徒たちの理解も告げられていると考えられるのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……「あがないのいけにえ」……まだ、あまりよくわかっていないのですが、ともかく、そのような意味合いをこめて、そのあと、「信仰の神秘」と歌われ、「主の死を思い、復活をたたえよう」とみんなが唱えるのですね。

 

 

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答五郎……十字架上の死は復活と一つのことで、それを含んでの「わたしの体」「わたしの血」だよね。「あがないのいけにえ」であるキリストの死と復活によって、神と人類の間に新しい契約が打ち立てられたということが、このパンとぶどう酒の杯で表されているのだよ。

 

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問次郎……12人の弟子たちとの会食がとても大きなスケールの出来事となっている感じがします。

 

 

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答五郎……そもそも、まずキリストの十字架での死、それは復活と切り離せないから、キリストの死と復活全体が、人類史的な意味をもつ出来事、さらには宇宙論的な出来事というべきものなのだよ。

 

 

女の子_うきわ

美沙……それほどスケールの大きな意味深い出来事を記念するために、パンとぶどう酒の杯による食事を行いなさいとイエスが言われたこと、それが「感謝の典礼」の制定ということでしょうか?

 

 

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答五郎……そう。だから、「感謝の典礼」は、イエスの出来事、その生涯の意味を思い起こしながら神に賛美と感謝をささげる祈りを行って、パンと杯をいただく食事をすることがもとになっている。そのかぎりは、外観としては、会食、祈りを伴う宗教的な会食儀礼だったということだ。

 

女の子_うきわ

美沙……そういう行いだから「主の晩餐」と言われているのですね。

 

 

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答五郎……パウロが1コリント11章17~22節でいうのは、共同体の中に分裂があるとしたら、一緒に集まっていても「主の晩餐」を食べることにはならない、ということで、主の晩餐で一つのパンを裂くことはキリストの体にあずかること、賛美の杯は、キリストの血にあずかること(1コリント10・14~18節)だと強調している。何のための主の晩餐なのか自覚を求めているのだよ。

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問次郎……最近、ミサでよく聞く、「主の食卓」という呼び名もあるのですか。

 

 

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答五郎……1コリント10章21節で、「悪霊の食卓」つまり他の宗教の神々に供えられたものを食べる食事との対比で語られている。いろいろな教えの流れの中で、キリストを記念し、キリストの体と血にあずかる食事型典礼の意味が説き明かされているともいえるね。

 

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問次郎……それと、当時のコリントの教会でのあまりよろしくない状態も浮かび上がってきて、それはそれで興味深いです。

 

 

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答五郎……使徒言行録2章42節の簡潔な記述「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」というところの「パンを裂くこと」も主の晩餐を指しているといわれる。ほかに2章46節、20章7節にも同じ言い方が出てくる。

 

女の子_うきわ

美沙……ほんとうにキリストが中心となっている食事、会食ということが、「感謝の典礼」の始まりだったですね。「あがないのいけにえ」という意味はまた今度お願いします。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


『目覚めていなさい』

私は月2回、CLC (Christian Life Community) の例会に出席する。その例会では、最初に次の日曜日の福音書の箇所を読んで30分くらい黙想をして、そのあと短く分かち合う。

アドベント(待降説)の最初の日曜日のミサで読まれる福音はマルコ13章33〜37節であった。「目覚めていなさい。いつ主人が帰ってくるからわからないから。」という内容である。このころの福音は「賢い5人の乙女と愚かな5人の乙女」をはじめ、似たような話が多い。前回のタラントンのたとえ話も同じように、主人が帰ってくるのを待っている設定である。

それを黙想して分かち合ったら、開口一番「この福音をそのまま読むと、『これじゃあ、寝られないじゃん』と当然ながら思ってしまうのだが………」という素朴な質問が出てきた。

次に出てきた質問は、この日の福音の「主人の帰ってくる日」というのはなにを意味するのであろうか? 世の終わりとか終末とかいう答えも考えられるだろう。あるいは待降節にちなんで「救い主の誕生」というのも答えになるであろう。

しかし、私が黙想のなかで思い浮かべていたのは、「死の場面」であった。とくに加賀乙彦著『宣告』に描かれるような死刑囚の刑の執行を思い浮かべていた。いつだかわからないけれど必ずやってくる死刑の執行の日が「主人の帰ってくる日」ではないかと、それがいつ来るかわからないけれど、いつ来てもいいように準備をしておくことが「目覚めていること」ではないかと思った。

考えてみたら「私たちひとりひとりもいつ刑が執行されるかわからない死刑囚なのである」といったのはビクトル・ユゴーだったか。それは死刑囚ほど差し迫ってはいないかもしれないが、「その日」はいつか必ずやってくる。だからそれがいつ来てもいいように、備えておくことが「目覚めている」ということではないか。

この結論を得て、とても納得したのである。

http://www.glocallife.net/entry/death-penalty

土屋至(元清泉女子大学「宗教科教育法」講師  現聖パウロ学園高校「宗教」担当講師)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 42:根底にあるイエスの食事の記憶

根底にあるイエスの食事の記憶

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答五郎……さて、探究は「感謝の典礼」にいったところだが、いいかな。式次第順に見ていくこともひとつの方法だけれど、まず「感謝の典礼」全体を見渡すということが大事だよ。その成り立ちを考えるということかな。

 

 

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問次郎……つまり歴史ということですね。

 

 

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答五郎……たしかに成り立ちは歴史ともいえるのだけれど、その歴史を上から眺めるというよりも、今のミサの形、式次第として展開される感謝の祭儀の流れというか構造というか、いわば“つくり”を見るということかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……今のミサの姿を思って考えていればいいのですね。

 

 

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答五郎……そう、それをいつも念頭に置いておいて考えてほしい。まず「感謝の典礼」の式は、おおまかに言うと「供えものの準備⇒奉献文⇒交わりの儀」というふうに展開していく。

 

 

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問次郎……見た印象だと、共同祈願のあと、献金があって、それから、パンとぶどう酒と水をもって奉仕する人と、集められた献金を入れた籠などが会衆席後ろから前の司祭のところに届けるという動きになりますね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……式次第を見ると、奉納行列とあるところですね。

 

 

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答五郎……そう、「奉納」という言葉はとても日本語的なのだけれど、ラテン語の原語を直訳するとここの部分が「供えものの準備」となるのだよ。ここからの大きな流れをとり結ぶところにひとつの祈願があるのだが……。

 

 

女の子_うきわ

美沙……奉納祈願ですね。

 

 

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答五郎……そう、いわば奉納行列で始まり、奉納祈願で結ばれるところまでが「供えものの準備」の部。それに続くのが「奉献文」、最後が「交わりの儀」だ。

 

 

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問次郎……聖体拝領のところですね。

 

 

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答五郎……そう、簡単にいえばその部分なのだが、その締めくくりはどうなっているだろう。

 

 

女の子_うきわ

美沙……「拝領祈願」ですね。

 

 

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答五郎……こうした祈願が式の区分の目印になっていることがわかるだろう。ところで、「供えものの準備⇒奉献文⇒交わりの儀」という流れの中で、中心となっているものはなんだろう。

 

 

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問次郎……パンというか聖体でしょうか。

 

 

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答五郎……そうだね。基本的にはね。そして、そこにはぶどう酒もセットされていることを見てほしいね。     いずれにしても、この「感謝の典礼」の中では、パンとぶどう酒の杯が祭壇に用意され、それら     の上に司祭が祈り、皆に分けていくという流れだろう。祭壇ももともとは食卓なのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……ああ、そうなると、感謝の典礼全体は、祈りを一緒にした食事のような流れですね。

 

 

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答五郎……そう。そこで思い出してほしいのは、福音書にたびたび触れられるイエスが中心に行う食事のときの動作だ。もちろん、最後の晩餐で、この感謝の典礼を制定したといわれる部分もそうなのだが、たとえば、マルコ福音書6章30~43節の「五千人に食べ物を与える」という箇所の中の41節を読んでごらん。

 

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問次郎……はい。「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された」

 

 

124594答五郎……ありがとう。パンに関してみると「取って、賛美の祈りを唱え、裂いて渡した」という行為が浮かび上がるだろう。もちろんその前にパンが用意されていたということがあるけれど。実はこのような動作は、同じようにパンで多くの人を満たした話のほかにも、最後の晩餐(マルコ14・22。ほかマタイ、ルカの同様の箇所)、それからエマオに向かう弟子たちに復活したイエスが現れた場面でも(ルカ24・30)でも出てくる。

 

 

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問次郎……なにか特別なわけがある動作なのですか。

 

 

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答五郎……いやぁ、あの時代のユダヤ教の信仰生活の中で神を賛美しながら食事をするという会食儀礼のようなものが、たとえば過越祭の食事とか安息日の食事というふうに、豊かに行われていたらしい。その中に、食べ物を手にとって神に祈りをささげてから皆に分けるというのは、当然の動作だったようだ。

 

女の子_うきわ

美沙……でも、イエスの食事のときの動作は、さりげなく繰り返されている分、とても印象深く伝わりますね。

 

 

124594

答五郎……そうだろう。そして、準備されていた食べ物を手にとるまでの部分、そして、手にとって祈りをささげる部分、それを分けていく部分を大まかに分けることができるとすれば、それが、感謝の典礼の三部構造の背景というか根源にあるというふうに考えることができるのだよ。

 

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問次郎……式次第を見ていると、いろいろな言葉や歌や祈願があって、複雑そうに見えますが、「感謝の典礼」の根底には、イエスとの食事、主の食卓があるのですね。

 

 

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答五郎……主の食卓、主の晩餐、パンを裂くことと初期に呼ばれていた事実を次回は見ていこう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 41:「感謝の典礼」に入ろう

「感謝の典礼」に入ろう

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問次郎……答五郎さん、お久しぶりです。

 

 

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答五郎……おお、問次郎くん、久しぶり。どうしていた?

 

 

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問次郎……いやあ、答五郎さん、「ことばの典礼」を扱っている間、後ろで聞いていたではないですか。美沙も一緒でしたよ。話していたのは瑠太郎くんと、聖子さんでしたけれど。

 

 

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答五郎……ああ、そうだったね。美沙さんもどうも。それに、瑠太郎くんと聖子さんも後ろにいてくれるのだね。でも、「感謝の典礼」に関しては、おもに問次郎くんと美沙さんと語り合いながら、一緒に研究していくことにするね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……よろしくお願いします。まず「感謝の典礼」という名前についてお聞きしたいです。

 

 

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答五郎……そうだね。「感謝の典礼」というのは、ミサの式次第の区分でいえば3番目。「開祭」「ことばの典礼」、そして「感謝の典礼」、最後に「閉祭」とくる。「開祭」と「閉祭」が対応しているように、「ことばの典礼」と「感謝の典礼」は対応し合っているともいえる。

 

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問次郎……でも、なぜ、ミサの中で「感謝」ということがとくに言われるのでしょうか。

 

 

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答五郎……たしかにね。感謝することは一般的なことだよね。ここで特に「感謝の典礼」というのはどうしてかということだね。元の言葉がヒントになる。ここでは「エウカリスティア」だ。ラテン語でもそのまま使われているが、ギリシア語だよ。キリスト教にとって、とても重要な言葉なのだけれど、聞いたことは。

 

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問次郎……最近の本の中で、ときどき目にする気がします。

 

 

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答五郎……そう、簡単に訳せない面もあるから、最近は片仮名で「エウカリスティア」と書かれることも多いかもしれないな。ところで、「感謝の祭儀」ということばを聞いたことはないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……ミサの最後のほうで、司祭が「感謝の祭儀を終わります。行きましょう。主の平和のうちに」というときのことばですね。

 

 

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答五郎……そう。ここではミサ全体が「感謝の祭儀」といわれている。ただ「エウカリスティア」は第一には「感謝」の意味なのだけれど、それだけでは尽きない意味がある深いことばなのだよ。その意味深さを知ることが「感謝の典礼」の部を探究する一つの目的になるほどだよ。

 

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問次郎……さっそくわからなくなりました。「感謝の祭儀」と「感謝の典礼」とは同じなのですか、違うのですか。

 

 

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答五郎……簡単にいえば、「感謝の祭儀」はミサ全体、「感謝の典礼」ははじめにいったように式次第の区分の3番目を指す言葉だ。でも、ミサ全体の名もほとんど同じになるわけだから「感謝の典礼」の部分がミサの肝心なところであり、核心をなしているということは想像がつくだろう。

 

女の子_うきわ

美沙……感謝、というかエウカリスティアが重要なのですね。どのように理解していったらいいのでしょうか。

 

 

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答五郎……実は、手がかりはやはり聖書なのだよ。そして、ほんとうに深く知るためには、旧約聖書の律法の中で献げ物に関するところ、たとえばレビ記などが記している律法や、詩編の中の神を賛美したり、神に感謝をしたりするところとかがやはり大切な背景になってくる。

 

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問次郎……旧約聖書まで探っていくとなると、大変ですね。一朝一夕にはいきません。

 

 

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答五郎……でも、一日一日、少しずつでも読んでいかないとね。旧約聖書はそうやって親しんでいくと、新約聖書全体、そして教会が行っている典礼の理解も深まるというものだ。

 

女の子_うきわ

美沙……ええ、もちろんそれはそれで頑張ってみたいと思いますが、それでも、わかりやすく教えていただきたいのも、本音です。

 

 

124594

答五郎……そこまで丁寧に求められたら、わかりやすい理解のしかたも考えてみなくてはね。実際、教会の歴史の中でエウカリスティア、つまり「感謝」という意味のギリシア語が典礼自体や典礼での祈りについて使われていたらしいのは2世紀といわれている。

 

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問次郎……そんなに古いのですか。

 

 

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答五郎……そうなんだ。2世紀初めか前半の文書とされている『十二使徒の教え』や2世紀半ばのユスティノスの『第一弁明』、これについては「ことばの典礼」の研究のときにもなんども触れただろう、それらの中で感謝の典礼の初期の祈り方や行われ方が伝えられているのだけれど、ともかく「エウカリスティア」という言葉がキーワードになっているのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……そうですか。すると、今、日本の教会で「感謝の祭儀」とか「感謝の典礼」という言い方をしているのは、そのような初期の言葉遣いにならおうとしているからなのですね。

 

 

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答五郎……そうだと思うよ。また『ローマ・ミサ典礼書』のラテン語の言葉遣いに倣っているだけなのだけれど、それでも、「感謝」という意味をクローズアップさせたのは大きかったと思う。「感謝」はなんといっても、ミサの祈りの基本だからね。

 

女の子_うきわ

美沙……ミサは神の恵みに対する感謝の祭儀で、その中心が「感謝の典礼」にあるのですね。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ウールリック・L・レーナー『カトリック啓蒙主義:ある地球規模の運動の忘れられた歴史』

「近代」と「カトリシズム」とはしばしば対決の構図ないし「カトリシズムの近代に対する自己防衛」という見方で語られることが多い。しかし近代を象徴する啓蒙主義的精神はカトリック世界にも確実に胎動していた。そんな新鮮な歴史展望を告げる書:

ウールリック・L・レーナー『カトリック啓蒙主義:ある地球規模の運動の忘れられた歴史』
Urlich L. Lehner, Dialektik the Catholic Enlightment : The Forgotten History of a Global Movement (Oxford : Oxford University Press, 2016) 257 pages

本書の著者は、ドイツのレーゲンスブルクで博士号を取得し、現在、米国ウィスコンシン州ミルウォーキーにあるイエズス会経営のマーケット大学で教職にある若手の研究者で、ドイツ教会史学会で定着した「カトリック啓蒙主義」という概念を英語圏の歴史学会に認知させた立役者である。2011年には、ドイツ語圏での啓蒙主義時代のベネディクト会修道院における改革運動に関する専門書『啓蒙化された修道僧――ドイツのベネディクト会士 1740-1803』を世に問うている。さらにジェフリー・バーソン(Jeffrey D. Burson)との共編『ヨーロッパにおける啓蒙主義とカトリシズム:国境を超えた歴史』(2014年)がある。後者の副題「国境を超えた歴史」と本書の副題「地球規模の運動の忘れられた歴史」は、共通の展望をもちながらも、それぞれの視点が微妙に異なることを暗示している。

【さらに読む】
著者は、カトリック啓蒙主義が近代化を推進する汎ヨーロッパ的な運動としてばかりでなく、近代ヨーロッパ文明がアフリカやインドから中国に及び、新大陸発見を通して中南米に拡大し、全地球を覆うようになった過程において、発見や学び、かつそれぞれの宣教地での信仰の基礎として理性と教義の総合をめざす試みを推進したことを指摘し、カトリック信者以外の人々の人権を認め、推奨する積極的な姿勢が究極においてヨーロッパ本国のカトリック啓蒙主義の運動に結びつくことを指摘する。

こういった観点から、著者は、教会のあり方に批判的な人物としてこれまでネガティブに評価されてきた啓蒙主義思想家を自由と人権の擁護者として彼らの思想が近代化に果たした役割を評価し、カトリック思想史における彼らの位置づけを肯定的なものに正すべきだと考えているようである。

究極的に、カトリシズムは近代世俗社会と折り合いをつけることができるかどうか。カトリック啓蒙主義者たちは、教会の位階制度の権威に反対したかもしれないが、それはカトリック信仰を否定したのではなかった。しかし、教会当局者は、すでに旧態化している制度を変革し、自由な弾力をもって近代の精神的動向に敏感に反応し、それを取り入れることよりも、教会の既得権益護持にエネルギーを費やしてきた、と著者は考えているようである。

聡明な教皇ベネディクト14世(在位年1740〜1758)は、教会内の改革による信徒の思想の自由を推進しようとしたが、それは妥協の産物であった。カトリック国の植民地における奴隷や従に僕たちの地位の向上に尽力した「啓蒙的」先駆者や修道者、また国内でも女性の地位向上を働きかけた先進的な修道女もいたが、その実現は遅々としていた。

結局のところ、自由、他宗教・他教派の人々の人権尊重は体制護持の風潮によって阻まれ、改革は思うように進んでいなかったというのが実情であったといいうる。著者によれば、それは、フランス革命の性格が過激化し、その状況に対して恐怖を抱いた穏健な教会当局者と彼らを支持した信徒の思想家たちが啓蒙主義に反対し始めたからであった。

強固な反啓蒙主義の防波堤が教会の周りに張りめぐらされた結果、啓蒙主義は教会の敵に仕立てあげられてしまった、と著者は考える。この状況がはっきりと姿を現し、教会制度に「受肉」してしまった結果、「カトリック啓蒙主義」は終焉し、啓蒙主義はカトリシズムと相容れないということになってしまった。こうしてカトリック教会内の啓蒙主義に対する評価や受容は頓挫したというのである。

著者は、こうした変化が起こるのは、18世紀末から19世紀にかけての全ヨーロッパに広まったロマン主義的復古の時代風潮によってであると断定している。その新しい時代精神のもとに、カトリシズムは「教皇中心的カトリシズム」へと変貌し、その頂点といえる第1バチカン公会議の教皇の不可謬性の教義理宣言に至る。その結末として、20世紀前半にはモデルニスムス(近代主義)の排斥とこの思想に対する神経質な探索という事態がひき起こされた。こうした状況の改善は、第2バチカン公会議による教会の方向転換によってようやく始まったのである。

第2バチカン公会議後の教会は、カトリック啓蒙主義がトリエント公会議(1545〜1563年)による改革をさらに推し進めて近代精神とカトリックの教義との間を調停し、カトリック教会と近代精神の相互受容を始めた。この姿勢を復興させる必要があるということを著者は、強く示唆しているといってよい。

(高柳俊一/英文学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 40:朗読後の「神に感謝」

朗読後の「神に感謝」

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答五郎……さて、「ことばの典礼」だけでも20回目になるが、きょうはもう一度ふり返ってみて、さらに気になるところがあったら考えてみよう。

 

 

 

聖子……見学していて気になったのは、朗読後のところね。

 

 

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答五郎……はぁーん。あそこか。

 

 

聖子……ええ。第1朗読や第2朗読で、朗読が終わると隣にいる、……侍者だったかしら、侍者が「神に感謝」と言うと、みんなが「神に感謝」と言うのが多いかしら。でもある教会では、侍者が「神に感謝」と言ったあと、黙っていることもあるわ。また、ある教会では、朗読者自身が「神に感謝」という場合もあって、さらにみんなが「神に感謝」と答えているところもあるし……。

 

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答五郎……そう、たしかにいろいろなやり方があるね。気になるかい。

 

 

聖子……そう言われると……。朗読の中身のほうが大事なのよね。でも、終わったあと、「神に感謝」と言ってよいのか、よくないのか、迷ってしまって、ほんとに落ち着かないわ。

 

 

 

瑠太郎……福音朗読のあとには司祭が聖書を掲げながら「キリストに賛美」といって、皆も「キリストに賛美」と声を出して答えていますね。

 

 

聖子……それで、なんとなく元気も出るというか、しまるというか。ずっと黙っていたわけだから、声を出して答えたいというのも自然な感情でしょ。

 

 

 

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答五郎……実はね。こういう事情があるのだよ。日本語版『ミサ典礼書』、今行われているミサの基だが、ここでは、朗読が終わると、朗読者は何も言わず、侍者が「神に感謝」と言う、ということになっているのだが、会衆はこれを唱えるというふうにはなっていないのだよ。

 

聖子……実際そういうふうにやっている教会もあるわけだから、『ミサ典礼書』に忠実というわけね。 でも、どうしていろいろなやり方になっているのかしら。決まりを無視しているというわけ。

 

 

 

瑠太郎……侍者が言うのは決まりに従っているにしても、一同がさらに「神に感謝」と言うのは、自然な心理からなのではないでしょうか。今のミサは、いろいろなところで、会衆の応唱ですか、この一同の元気な答えというのが大事な部分になっているようですし。

 

 

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答五郎……朗読後のほんの一言に関してなのに、日本の教会では、不思議に大きな討論のテーマになることがあるのだよ。

 

 

瑠太郎……朗読の中身のほうが重要だと思うのですが。

 

 

 

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答五郎……たしかに。実は、ここのところ、『ローマ・ミサ典礼書』ラテン語版、つまり教皇庁の典礼秘跡省から出されている各国語版の底本では、ここの部分は、朗読者が「Verbum Domini 」=「主のことば」(「主である神のことば」の意味)と唱え、それに対して会衆が「神に感謝」と答えるというふうに規定されているのだよ。

 

聖子……そうなの。じゃ、朗読者は何も言わず、侍者が「神に感謝」と言い、会衆は言わないという規則は日本の教会だけで決めたことだったの?

 

 

 

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答五郎……そうなのだよ。どうしてかというと、神のことばを聴いて、沈黙を保ったまま黙想することができるように、という意図だったらしい。

 

 

聖子……それだったら、いっそのこと、朗読が終わったらなにも言わないほうがよかったじゃない。

 

 

 

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答五郎……それは一理ある。たしかに侍者が「神に感謝」と言うことにしたために、どうしてもみんなも唱えないと落ち着かないというふうに思われたらしい。他の司式者との対話句と同じようにね。もっとも、ラテン語版には、「神に感謝」を会衆が唱えることになっていて、大方の各国語版も同じようにしているから、外国人の司祭方をはじめ、それを当たり前と思う人が多くいるから、そのやり方が続いているとも考えられているよ。

 

 

聖子……結局どうしたらいいの? まちまちのままでいいの?

 

 

 

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答五郎……とうぶん続くだろうね。近い将来期待されている日本語版『ミサ典礼書』の改訂では、ここの部分は、ラテン語版と同じように、朗読者が「神のことば」(たとえばだけどね)と唱え、会衆が「神に感謝」と答える形にしていくことが予想されている。

 

瑠太郎……ずっと聞いていたのですが、むしろ重要なのは、やはり聖書朗読の中身だと思います。今回、いろいろと学び、教会で聖書が読まれるときは、神が語る、キリストが語る、聖書朗読、とくに福音朗読の中にキリストがおられるのだということが、ぼくにとっては、重要でした。

 

 

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答五郎……たしかに、答唱詩編でも、アレルヤ唱でも、福音朗読のあとの説教でも、信仰宣言でも、そして共同祈願でも、そこにキリストがいるということを意識することが大事だね。

 

 

瑠太郎……ことばで行われるこの式の流れを通じて一貫しているのは、やはりそこにキリストのことば・声・祈り・教え・行いの跡がはっきりと示され、響いて、自分たちを刺激し、力づけていくということではないでしょうか。

 

 

 

聖子……それだけ大事なら、やっぱり「神に感謝!」とみんなで叫びたいわね。

 

 

 

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答五郎……ありがたい二人の言葉だ。では、少し休んで、次からは、「感謝の典礼」という部分を見ていくことにしよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ユルゲン・ハーバマス/ヨーゼフ・ラッツィンガー著『世俗化の弁証法:理性と宗教について』

名誉教皇ベネディクト16世ことヨーゼフ・ラッツィンガーはどの立場から評価するにしても、第2バチカン公会議後の時代に足跡を残した神学者であることは間違いない。教皇として彼が発信したメッセージの背後にある精神を覗かれる一書の紹介:

ユルゲン・ハーバマス/ヨーゼフ・ラッツィンガー『世俗化の弁証法:理性と宗教について』
Jürgen Habermas/Joseph Ratzinger, Dialektik der Säkuralisierung: Über Vernunft und Religion (Freiburg: Herder Verlag, 2005), 64 pages

本書は、小冊子であるが、教理省長官ラッツィンガー枢機卿(生年1927)が教皇に選出され、ベネディクト16世となる2年ほど前(2003年)にドイツ、バイエルン州カトリック・アカデミーで、批判哲学のフランクフルト学派の一人ハーバマス(生年1929)と、現代社会における宗教の貢献をめぐって討論した時のそれぞれの発題を収めたものである。

ハーバマスはコミュニケーション理論、社会理論において同じフランクフルト学派の創立者であるマルクス主義的なテオドール・アドルノ(生没年1903~1969)やマックス・ホルクハイマー(生没年1895~1973)の次の世代の哲学者であり、本来プロテスタント・福音主義教会の背景をもっているため、この二人からはある距離を保っている。それでも、すでにカトリック教会の保守派という評判の神学者ラッツィンガーがハーバマスと同じ会合に出席し、友好裡に議論を行ったことは一般の人々から驚きをもって受けとめられた。

【さらに読む】
本書は、バイエルン州カトリック・アカデミーの会長フロリオン・シュラーの前置きで始まっているが、2人が用意し、まず自らの立場を語った発題内容を収録したもので、二人が交わした討論の部分はない。討論内容と雰囲気は『ライニシャー・メルクール』2004年1月22日号の詳細な記事と要約を読まなければよくつかむことができないと思われる(『ライニシャー・メルクール』は1946年から2010年までボンで発行されていた保守的カトリック系週刊新聞。2010年以降は『ディー・ツァイト』紙の中の「キリスト者と世界」という折込付録の形をとっている)。シュラーはほとんど同年輩の2人の知的巨人の出会いと友好裡に行われた議論がもたらす意義を強調している。

テーマは、いわゆるポストモダン市民社会における共通の倫理価値と基準の必要性をめぐるものであった。ハーバマスはそれを伝統的な教会に求め、多元的な市民社会に通用するように教会がもっている倫理的認識を今日に訴える言語で表現するように求めた。それに対してラッツィンガーは、現代の宗教的空白において台頭しつつある宗教的病理現象に憂慮の念を表明しながら、理性の側に立つ世俗思想と伝統的立場に立つ教会が互いに聴く力をもつようにならなければならないと応答している。

それまで、ラッツィンガー枢機卿が神学者として、キリスト教とカトリック教会の立場から政治的社会的な根本問題に関心を示していたことは、彼が教皇になってから出版された論文集『信仰・真理・寛容』の中の諸論文を読めばわかる。だから、彼がこのような討論会で、世俗的理性を代表する市民社会の弁護者ハーバマスの挑戦を受けて立ったのは決して突飛なことではない。彼はハーバマスに対して18世紀の啓蒙主義的理性を基礎とする古典的西欧市民社会が他の世界観をもつ宗教の脅威を受けるばかりでなく、人間存在の尊厳の保持が生命科学の進歩によって限界に来ていることを指摘した。ラッツィンガーが代表したキリスト教的立場からの主張の核心は、多元化した市民社会を分裂から救うものは、市民的価値に先行し、それを裏付ける根底が何であるかの認識であるという点にある。

(高柳俊一/英文学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 39:奉献文にもある“共同祈願”

奉献文にもある“共同祈願”

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答五郎……共同祈願のところを見てきて4回目になる。前回、「困難に悩む人のために祈る」という意向3の趣旨を考えるための参考に、ビザンティン典礼の奉献文「バシレイオスのアナフォラ」の一部分を見てみたところ、瑠太郎くんから、共同祈願と奉献文の関係について質問されたのだね。

 

瑠太郎……はい。今はミサの「ことばの典礼」の最後の部分にあたる「共同祈願」を考えているところで、急に奉献文の例があがったのでちょっと驚きました。

 

 

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答五郎……奉献文については、やがて扱うことになる「感謝の典礼」の中心的なところなので、あとでゆっくり扱うことにしているのだが、共同祈願との関係で少しだけ前もって見ておくことにしよう。奉献文は、ミサの見学でだいたい聞いて親しんでいるだろう。

 

瑠太郎……はい、特に「わたしのからだ」というところや「わたしの血の杯、……新しい永遠の契約の血」はとくに厳かな気持ちになります。

 

 

 

聖子……鈴も鳴るし、皆深々とおじぎをするし。少し緊張するわ。

 

 

 

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答五郎……そこは、聖別句といわれるところで、秘跡制定句と説明されることもあるのだけれど、たしかに奉献文の中心だ。そのあと、「信仰の神秘」「主の死を思い、復活をたたえよう、主が来られるまで」となるだろう。

 

 

 

聖子……そこ歌うわよね。感動が極まっているという雰囲気のところね。

 

 

 

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答五郎……そのあと、第二奉献文でいえば、「わたしたちはいま、主イエスの死と復活の記念を行い、ここであなたに奉仕できることを感謝し、いのちのパンと救いの杯をささげます」とあり、そして、そのあとに「キリストの御からだと御血にともにあずかるわたしたちが、聖霊によって一つに結ばれますように。」とあるだろう。この「一つに…」という趣旨から続きがあるのだよ。

 

瑠太郎……「世界に広がるあなたの教会を思い起こし、……」の祈り、そして「また、復活の希望をもって眠りについたわたしたちの兄弟とすべての死者を心に留め……」という祈りのことですね。このあたりは「取り次ぎ」とも呼ばれています。

 

 

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答五郎……そう。その「取り次ぎ」の祈りについて『ローマ・ミサ典礼書の総則』79にきれいな説明があるので、聖子さん、読んでみてくれないかな。

 

 

 

聖子……ええ、ここね。「取り次ぎの祈り-この祈りは天上と地上の全教会の交わりの中で感謝の祭儀が行われることを表し、キリストのからだと血によって得られたあがないと救いに参加するよう招かれた教会と、生者と死者を問わず、そのすべての構成員のために、奉献が行われることを表現する」。ふうっー、ちょっと難しいわ。

 

 

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答五郎……要は、「感謝の祭儀」は天上と地上の全教会、生者と死者を問わず教会の全メンバーによって、その全員のために行われるということを言っているのだよ。「全教会とそのすべての構成員」のために祈るというところは、「ことばの典礼」の共同祈願と似ているだろう。とくに意向1の「教会の必要のため」という趣旨と重なっている。

 

瑠太郎……でも、ここは全教会といって、やはり信仰者のことを前提としているのではありませんか。教皇や司教、またマリア、ヨセフ、使徒、聖人などのことをいうとき、それに復活の希望をもって眠りについたわたしたちの兄弟というときには。

 

 

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答五郎……でもね。教会のことを狭く考えているとも思われないのだよ、典礼の祈りは。すべての人は神に招かれているという前提で祈っている。福音も聖体もすべての人の救いのためだという精神で祈っているのだよ。神に賛美と感謝をささげ、そして横のつながりでの祈りをしているのだから。

 

瑠太郎……それで、ビザンティン典礼の奉献文(アナフォラ)では、そのような取り次ぎの祈りの中で、困難な状況にある人たちのことも祈っているのですね。

 

 

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答五郎……そう、「取り次ぎの祈り」とはわかりやすくいえば「教会共同体のための祈り」なんだ。キリストを中心とする共同体としての連帯性のもとで祈るという意味では、本来「すべての人のための祈り」である共同祈願と性格としては共通なのだよ。

 

聖子……じゃあ、ミサでは共同祈願が2回あるといってもいいわけ?

 

 

 

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答五郎……そういえるかもしれないね。「ことばの典礼」の共同祈願は、その日の神のことばにこたえてする「すべての人のための祈り」だとすれば、奉献文の取り次ぎの祈りは、「感謝の典礼」でささげられる「すべての人のための祈り」つまり共同祈願というふうにね。

 

瑠太郎……こういう言い方もできませんか。福音にこたえて祈る共同祈願と、聖体のもとで祈る共同祈願というふうに。

 

 

 

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答五郎……なるほど! ずいぶんミサの核心に入ってきたね。たしかにミサには「みことばの食卓」と「キリストのからだの食卓」があるといわれることがあるね(総則28参照)。それぞれの食卓からささげられる共同祈願ということになるね。

 

 

聖子……だんだんともう、「感謝の典礼」のことが気になってしかたがないわ!

 

 

 

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答五郎……そうだね。でも「感謝の典礼」のことに入る前に、次回もう一度「ことばの典礼」全体のことを振り返っておくことにしたいな。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)