ミサはなかなか面白い 53 「まことにとうとくすべての聖性の源である父よ」

「まことにとうとくすべての聖性の源である父よ」

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答五郎 さて、いよいよ狭い意味での奉献文を見ていくことにしよう。「感謝の賛歌」が「天のいと高きところにホザンナ」という句で終わって、いよいよ、ひとまとまりの長い祈りを始めるところだ。

女の子_うきわ

美沙 何かとてもあらたまって、厳粛に感じられるところですね。

 

 

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答五郎 その感覚はどこから生まれるのか。ここで行われることの大切さ、深さといったものを感じさせ
るところだね。それは見学しているだけでも感じられるだろう。では、はじめの一括りの祈りを、問次郎くん、読んでもらえるかな。

 

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問次郎 はい。「まことにとうとくすべての聖性の源である父よ、いま聖霊によってこの供えものをとうといものにしてください。わたしたちのために主イエス・キリストの御からだと御血になりますように。」ですね。

 

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答五郎 ぜひ味わってほしい。まず冒頭の父である神への呼びかけの部分「まことにとうとくすべての聖性の源である父よ」だ。ここで示されていることは、奉献文全体が、父である神に向かう祈りであるということだよ。

 

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問次郎 それはわかりますが、「父よ」を修飾する句が、少しわかりにくいですね。「まことにとうとく」というのは、「ほんとうに大切な」という意味でしょうか。それに「聖性」(せいせい)という言葉も抽象的な感じがします。

 

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答五郎 それは正直な疑問だと思うよ。自分も長い間同じように思っていた。「とうとい」は、普通漢字で書くと「貴い」や「尊い」だから、大切なとか、尊重されるべき存在を連想するだろうね。だが実は、ここにも日本語訳の問題があって、ここの意味を味わうには、ほんとうは原文を見る必要が出てくるのだ。

 

女の子_うきわ

美沙 「とうとい」を平仮名にしているところに意味があるのではないかしら。

 

 

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答五郎 ともかくここの原文は、“Vere Sanctus es, Domine, fons omnis sanctitatis.”となっている。はじめの「とうとく」はサンクトゥス、聖性と訳されている言葉もそれに関連するサンクティタスだよ。今は「聖なる」と訳されることばを、かつて「とうとい」と訳していたことがあって、それが使われている部分といえる。ちなみに、「源」と訳されていることばは直訳だと「泉」で、つまり「源泉」と訳してもよいようなのだよ。つまり「主よ、あなたはまことに聖なる方、すべての聖性の泉です」というのが、現代語風の直訳になる。

 

女の子_うきわ

美沙 ということは、直前の「感謝の賛歌」の賛美の調子が続いていることになりますね。「聖なるか
な、聖なるかな、聖なるかな」と歌っていた流れが受けられているのですね。

 

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答五郎  まったくそうだ。神の聖なるあり方を実感して、重ねた賛美しているという句になる。

 

 

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問次郎 「聖なる」というのはどういうことなのでしょうか。

 

 

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答五郎 キリスト教ではいろいろなところで、この「聖なる」ことが神についていわれる。主の祈りでもそうだろう。「天におられるわたしたちの父よ、御名が聖とされますように」とね。「聖」であることは、神とはどんな方かを示す重要な側面なのだが、ことばでは説明しにくいかな。

 

女の子_うきわ

美沙 厳かさとか、清さとかを感じて聞いていますが。

 

 

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答五郎 人間を超えた存在という意味もある。この言葉で神に呼びかけるということは、なにか人間を超えた、深く、高い存在を感じていることの表れであり、畏れ多い気持ちとセットになっていることに気づかないかな。

 

女の子_うきわ

美沙 ミサ全体の厳かさは、聖なる神への祈りだからなのですね。

 

 

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問次郎 神が聖なる方であるということは、人間を超えていて近づき難い、畏れ多い存在だということを
強調しているのでしょうか。

 

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答五郎 ところがね。キリスト教の神は、ただ、ひとり聖なる方で、人間が近づいてはいけないような方、「神聖不可侵」という言葉があるけれど、そのような触れられない方、近づけない方というわけではないのだよ。そのことを示すことばがこの最初の句の中にあるのだけれど。

 

女の子_うきわ

美沙 「聖性」ですね。神は、「聖性の源」「聖性の泉」ですから、他のいろいろなものも「聖」になるための源泉が神だということがいわれているのですね。

 

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答五郎 新約聖書のパウロの手紙の中で、たとえば、ローマの信徒への手紙の中では、「神に愛され、召されて聖なる者となったローマの人たち一同へ」(1章7節)としばしば書かれている。キリスト者となった人たちは神によって、そしてキリストによって、聖なる者とされた人たちだということなのだ。

 

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問次郎 神は近づき難い方ではなく、神から人に近づいてきてくれて、人を聖なるものとしたということ
になるのか。

 

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答五郎 そうなのだよ! 神は、もちろん人間とは異なる、人間を超えた存在なのだけれども、近づき難い方ではなく、人間に近づいてきて、その聖性という本質を分け与えてくれたというところに、キリスト教のキリスト教たるゆえんがあるといえるのだ。

 

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問次郎 神は、超えた方であるけれど、わたしたちの中に入り込んできた方でもあるのですね。遠いのに近い……逆説的なのに、なにか深い感じもします。

 

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答五郎 そこで、聖霊の働きということが出てくるのだよ。それは次回考えよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ロバート・ロイヤル著『教皇の軍隊』

バチカン市国サン・ピエトロ大聖堂を訪れたことのある人ならば、すぐに思い出すあの独特な制服をまとった衛兵たち。スイス衛兵として知られているが、なぜ、彼らがその役割についているのか……500年に及ぶその歴史を説く書を紹介しよう:

ロバート・ロイヤル著『教皇の軍隊』
Robert Royal, The Pope’s Army: 500 Years of the Papal Swiss Guard (New York: Crossroad, 2006), xi+210 pages.

本書は、ローマのサン・ピエトロ大聖堂でだれもが目にする、あのスイス衛兵の歴史を取りあげている。彼らの本当の任務は儀式の華麗さを際立たせるためのものではなく、文字通り教皇を守ることにある。教皇は現在と違って19世紀末のイタリア統一まではイタリア各地に領土をもつ世俗君主でもあった。これらの領土を守るために教皇は君主として傭兵を抱えていた。歴史をたどると、スイス人衛兵隊は中世末の対立教皇の時代から宗教改革後のヨーロッパの国際政治情勢の中で弱体となった教皇の地位を再び高める政策の一環としてユリウス2世(在位年 1503~1513)によって結成されたものである。

枢機卿としてスイス傭兵の優秀さを知っていたユリウス2世はスイス政府に200人の傭兵隊がほしいと頼み込んだ。傭兵に対する報酬、贅沢品、略奪品の分け前という点で教皇庁は不利に立たされたが、150人限定で傭兵募集が認められた。ユリウス2世は150人のスイス護衛隊をパヴィアの戦闘で中核として投入し、勝利を得てミラノを占領した。この時、教皇はスイス人護衛兵たちを公に「教会の自由の守護者」と宣言し、教皇の鍵と教皇領の紋章の旗と自分の家であるロヴェーレ家の紋章の付いた旗を与えた。彼が死の床でスイス衛兵隊について「彼らは余に奉仕し、ローマ教会の信仰が今日あるようにしてくれた」と語ったとされている。

【さらに読む】
ローマ略奪(1527)を経て定着

ユリウス2世の次の教皇レオ10世(在位年 1513~1521)は、オスマン帝国の勢力拡大に脅威を感じ、スイスに1万3000の兵力を派遣するように要請した。スイス政府は一万まで承認したが、神聖ローマ帝国皇帝の選挙が間近いことがあって実際には兵力を送らなかった。レオ10世の死去とともにオランダ人の教皇ハドリアヌス6世が即位したが、彼が目指した教会改革はまったく実現せず、その死後の教皇選挙では、フランスに支持されたメディチ家出身のクレメンス7世が1523年に選ばれた。その頃までにローマは美しい姿を取り戻し、有力貴族の館ができ、ピアッツァ・ノヴァのサピエンツィア大学の建物がミケランジェロの設計に基づいてラファエロによって完成された。しかしクレメンス7世は、神聖ローマ帝国皇帝と対立し、戦争となる。皇帝は北イタリアのパヴィアでフランス軍を打ち破り、フランス王を捕虜としたのち南下してローマを占領した。ローマ市は1526年と1527年の2度にわたる略奪を受ける。教皇はカステロ・サンタンジェロ城に逃れ、籠城した。ことに1527年の略奪は熾烈を極め、クレメンス7世は囚われる寸前にバチカンから42名のスイス衛兵に守られて、ほうほうの体で城に逃げ込んだ。スイス衛兵隊はスペインとドイツの傭兵からなる皇帝軍との戦いで、この一日の戦闘だけで隊長を含む4分の3の兵力を失った。華麗なルネサンス都市の容貌は変わり果て、ローマ市民はこの大殺戮・略奪の間、恐怖のどん底に陥れられた。クレメンス7世は、7ヶ月間籠城したのち、農夫に変装して抜け出し、ローマの北のオルヴィエトに逃れた。彼はそこで偶然、英国のヘンリー8世から派遣された使節と出会った。自らの離婚に関する件でのことである。1530年、和議が成立し、教皇はスイス衛兵に守られてボローニャに赴き、カール5世の神聖ローマ帝国皇帝としての戴冠式に出席した。

他国介入に対する抑止力として

クレメンス7世の後継者パウロ3世(在位年1534~1549)は、フィロナルディ枢機卿の強い勧めで、やっと1537年、スイス衛兵隊再建に乗り出した。枢機卿がこれを勧めたのは、オスマン帝国に対する備えと当時強力な軍事力をもつスイスとの結びつきがあれば、他国が教皇庁に圧力をかけることを抑止できるという理由からであった。この背景には、ローマ略奪の悪夢から解放されるために教皇庁が取った施策があった。クレメンス7世は皇帝軍がローマを去ったあと、ミケランジェロをローマに呼び、システィナ礼拝堂の最後の審判の仕事を完成させた。それはあたかも略奪時のローマ市民の苦難を反映しているかのようであったが、後任のパウロ3世にとっては悲劇の記憶の浄化となった。1546年、パウロ3世は、ドイツ兵にかわって、スイス人兵士を護衛部隊として望むことを表明し、おりしもローマに滞在していたスイス軍人フォン・メッゲンにそれを依頼した。ルツェルンの市長だったメッゲンは、人文主義者で、中近東での軍事経験のあった甥のヨストを司令官候補として推薦した。ヨスト・メッゲンは有能な司令官であると同時に外交官であり、教皇庁とカトリック諸国の絆を強めさせ、カトリック改革の推進役を果たした。彼のもとでスイス衛兵隊は安定期に入ったのである。

フランス革命とナポレオンの時代の変遷

教皇庁がフランス革命政府とナポレオンとの対応に苦慮する時代を迎える。ローマは革命軍に占領され、革命軍は不人気にもかかわらず共和主義を押しつけ、市民は反発した。ピウス6世、7世ともにローマから連れ去られて幽閉され、不利な政教条約を押しつけられた。この時期の革命政府によってスイス衛兵隊は解散させられた。しかし、ピウス7世がローマに帰還すると、スイス衛兵隊の再建を企図した。ローマにはまだ36人の元衛兵と5人の隊長が残っていたので、この仕事は簡単であった。ナポレオンはローマをフランス帝国の「自由な帝国都市」にし、教皇と教会を支配下に置こうとしていた。1809年、フランス軍司令官ラデ大佐の指揮でフランス軍がクイリナーレ宮殿に現れ、ピウス7世を幽閉所に連れていったが、その時、彼は無駄に血が流されないよう、スイス衛兵に武装解除を受けることを命じた。1814年、ナポレオン帝国が崩壊し、教皇がローマに戻ったとき、スイス衛兵隊は直ちに再建された。

イタリア統一から現代まで

1870年、北部からイタリア統一軍がローマに進軍してきたのは、ちょうど第1バチカン公会議の開催時であった。教皇の不可謬性についての決議後の状況下、教皇ピウス9世はスイス衛兵隊に統一軍が城壁を破った際には降伏するように命じた。領土を失い、サン・ピエトロ大聖堂周辺のわずかな土地に閉じこもる「バチカンの囚人」になることによって、かつての教皇領とローマ市の実効支配はイタリア王国に移ったが、教皇がそれらに対する主権を放棄したのでなく、事態はいわゆる「ローマ問題」として残存した。1929年にムッソリーニ政権との間でラテラノ条約が締結されたことで、教皇はそれらの領土権の主張を放棄し、正式にバチカン市国が成立する。教皇の夏の別荘であったクイリナーレ宮殿は、王宮から第2世界大戦後は大統領官邸に変貌する。ラテラノ条約締結後、スイス政府はスイス衛兵隊が外国の軍隊でなく、単に警察力でもなく、誰でも衛兵となるために政府の許可を必要としないと宣言した。しかしバチカン市国はれっきとした主権国家であり、教皇所有の土地は治外法権の下に置かれた。

教皇の身辺警護とバチカン市国領域の警護がスイス衛兵隊の最大の使命となったのは、第2次世界大戦後半のナチスドイツ軍のローマ占領期間であった。バチカン上層部とスイス衛兵隊幹部はナチス政権が教皇ピウス12世を拉致しようと試みた場合、どうしたらよいかと憂慮していた。すでに連合軍がローマに迫りつつあった1944年3月12日、ピウス12世は教皇在位5周年を祝っていた。ファシスト政権の集会禁止令は及ぶことなく、サン・ピエトロ広場には数万の人々が教皇の演説を聴きに押しかけていた。バチカン当局は、イタリア解放戦線の地下組織が教皇演説終了と同時にドイツ軍撤退を要求するデモ行進を行う準備をしているとの情報を得ていた。広場の要所要所にバリケードを設け、スイス衛兵を配備することによって衝突は回避された。

1960年代、第2バチカン公会議には世界中から2000人以上の司教が集まることとなり、警備が最大の問題となった。パウロ6世は、スイス人衛兵隊を除く他の警備隊を1970年に廃止したため、警護のすべての責任がスイス人衛兵隊の責任となった。しかしパウロ6世がこのことを発表する直前の1970年12月アジア歴訪の旅で、マニラを訪れたとき、ある人から刀で斬りつけられた事件があったばかりであった。スイス衛兵隊はそれから近代的組織に生まれ変わったが、それでも今度は1981年サン・ピエトロ広場でヨハネ・パウロ2に対する暗殺未遂事件が起こる。教皇の警備という任務がますます現実性を持つことになった一面である。こうしてスイス衛兵隊の任務は、表面的には伝統的な儀式を華麗に彩るところにあるが、各国情報機関と緊密に協力・連携して教皇を警護する役割も持つようになっているのである。

(高柳俊一/英文学者)


ミサはなかなか面白い 52 奉献文の「文」って何?

奉献文の「文」って何?

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答五郎……季節はもはや初夏という感じだね。ミサの「感謝の典礼」に入ってだいぶなるけど、きょうからいよいよ、狭い意味での「奉献文」という部分に入ろうと思うのだけれど……。

 

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問次郎……すみません。いきなり質問なのですが、狭い意味の「奉献文」と広い意味の「奉献文」について確認させてください。

 

 

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答五郎……ちょっとややこしい感じがするかな。広い意味の「奉献文」とはミサの式次第の中の「感謝の典礼」の中で、これが「供えものの準備」-「奉献文」-「交わりの儀」から成るというときの真ん中の部分を指している。

 

女の子_うきわ

美沙……冒頭の対話句、叙唱、そして「感謝の賛歌」も、式次第としては「奉献文」に入るのですね。

 

 

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答五郎……そう。そして「感謝の賛歌」が終わってから、ようやく狭い意味での「奉献文」という、ひとまとまりの祈りが始まる。たとえば、「まことにとうとく聖性の源である父よ、……」とね。

 

女の子_うきわ

美沙……あっ、第2奉献文ですね、いちばんよく聞きます。ほかに第1、第3、第4というふうに数で呼ばれる奉献文が全部で4つあるのですね。

 

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答五郎……1970年に今のミサが始まったときに奉献文はこの4つになったのだよ。その後いくつかの奉献文が加わっているけれど、基本はこの4つで、ふだんは第2奉献文か第3奉献文が読まれるだろう。

 

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問次郎……狭い意味、広い意味の区別はわかってきましたが、「奉献文」がどうして「文」というのかが疑問です。式次第の一部なら行為を表しているほうが自然です。「準備」とか「交わり」とか。

 

女の子_うきわ

美沙……私も気になっていました。唱えるというか、全体が歌われますよね。全体が大きな祈りですね。
それなのに、なぜ文字で書かれたものを指す「文」というのかしら……。

 

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答五郎……率直な質問だし、考えるべき問題だと思うよ。信者さんたちは慣れているところがあって、この部分で行われていることがミサのもっとも重要なところだということは経験的に知っている。式次第では「文」と書かれていてもあまり気にしない人が多いかもしれない。

 

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問次郎……外からミサを見学したり、式次第を見たりして学ぶ僕らには、やはり呼び名は気になります。

 

 

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答五郎……では考えていこう。まず「奉献文」は日本語のミサ典礼書を作る段階で考えられた呼び名だ。

 

 

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問次郎……もとはなんという言葉なのですか。

 

 

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答五郎……「プレクス・エウカリスティカ」という。「エウカリスティアの祈り」、直訳すれば「感謝の祈り」だけれど、「エウカリスティア」にはたくさんの意味があって「感謝のいけにえ」 「感謝のささげもの」という意味合いがここでは重要だ。なので「奉献」をメインに訳したのにはそれなりに意味がある。ギリシア語圏の教会で古来この祈りが「アナフォラ」(ささげもの・奉献)と呼ばれてきていることも参考にしたといわれている。

 

女の子_うきわ

美沙……では、「奉献の祈り」と呼べばいいのに、どうして「奉献文」なのでしょうか。

 

 

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答五郎……これは推測なのだけれど、昔、ミサがまだラテン語で行われていた時代には、ミサの式次第や祈りの内容を翻訳して信徒が読めるようにした『ミサ典書』があった。その時代は奉献文が一つで「カノン・ロマーヌス」と呼ばれるものだった。これを「ローマ典文」と訳したことがあったらしい。今でいう「第一奉献文」のことで、今も「ローマ典文」が副称として残っている。そのように「典文」と呼ぶ例があるので「奉献文」という言い方が生まれたのかもしれないのだ。

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問次郎……「カノン」ということばの意味は何ですか?

 

 

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答五郎……「カノン」というのは基準とか規範といった意味のラテン語で、いろいろなところで使われている単語だ。教会法もカノンというぐらい。ミサの中でのこの祈りの典範といったニュアンスだ。典文という訳語も適切だろう。もっとも、もっと昔にはラテン語でもさまざまな呼び名があったようで、オラツィオ(祈り)もあれば面白いのはアクツィオ(行い)という呼び名もあった。

女の子_うきわ

美沙……ラテン語で行われていた時代は、司祭がミサ典礼書のこの典文を唱えていたと聞きました。だとすると「文」としてもよかったのかなと思います。

 

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答五郎……実は唱えるというよりも、声を出さない沈黙の祈りとして唱えていたらしい。

 

 

女の子_うきわ

美沙……ええっ? ますます今とは違いますね。今は、信徒たちもと最初から全部聞きますし、パンとぶどう酒がキリストの体と血になるところでは一生懸命司祭のことばに聞き入ってうやうやしく礼拝を一緒にしますよね。ほんとうに「祈り」だし「行い」だという気がします。

 

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問次郎……たしかに、ミサでもっとも緊張するというか厳粛な気持ちにさせられるところです。

 

 

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答五郎……そこまで感じ取ってくれているとは素晴らしい。たしかに「文」どころではないね。奉献文そのものを味わっていくと、ここで行われていることの豊かさもわかってくる。それを一つの名称にまとめるのは至難のわざなのだ。それを踏まえると、全体としてはひとまとまりの祈りという意味で「文」といい、その内容を「奉献」ということばで示すのは、言葉の限界を考えたら次善の策だったといえるかもしれない。

 

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問次郎……奉献文は「文」にして「文」にあらず。少し謎が残ったほうがよいということですかね。

 

 

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答五郎……では、その豊かさを、次から、まず第2奉献文、続いて第3奉献文を見ながら調べていこう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ミサはなかなか面白い 51 主の栄光は天地に満つ!

主の栄光は天地に満つ!

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答五郎……こんにちは。前回は、叙唱から感謝の賛歌へ移っていくところで、「天使」が登場してくるということについて考えたね。

 

 

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問次郎……はい、天使が基本的には神の使いであるということ、また、黙示録などに出てくる神を賛美する不思議な生き物の存在もその系譜も入っていることを見ました。神のもっとも近くにいて、神を賛美したり、神の意志を人に伝えたりする存在ですね。

 

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答五郎……「天使」と聞いて、神話とか伝説の表現法というだけでないことがわかるだろう。

 

 

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問次郎……でも、あくまで、伝統的表現をミサは継いでいるということなのではないですか。

 

 

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答五郎……ある種、古代的な表象ではあっても、現実に関係しているのではないかと思うのだよ。

 

 

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問次郎……でも「わたしは神の使いです」といって現れてくるような存在はないですよ。あったら変人というだけでしょう。

 

 

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答五郎……そうではなく、たとえば、人が語ってくれた何らかの言葉が自分の心に深く響いて、自分を変えるきっかけになったということなどないだろうか。

 

 

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問次郎……なきにしもあらずです。何だったかは言えませんが。

 

 

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答五郎……何かを言われて、心に残り、自分にとっていい意味で成長のきっかけになった言葉。その誰かは、そのまま天使ではないけれど、そうして贈られた言葉は、「神のみ使い」のもたらしてくれたものと感じることができるのではないだろうか。言ったその本人は、全然覚えていないとか……。

 

女の子_うきわ

美沙……「あのとき、あなた、こんなこと言ってくれたわよね。嬉しかったわ」「ええ、そんなことを言ったかな?」的なことでしょうか。ドラマだけではなく、実際にもあるように思います。でも、天使とか、そういうふうに思ったことはないですけれど。

 

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答五郎……もちろん、天使を考えることは神を考えることだから、現代人が神を考えることが少ないとすれば、そうなるだろうね。

 

 

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問次郎……人の言葉でものすごく傷ついたときはどう言えるのですかね。

 

 

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答五郎……そういうときこそ「悪魔」とか「悪霊」とかを考える必要があるのではないかな。

 

 

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問次郎……ああ、そうか。それは事例が多そうです! 「天使」を考えることは「悪魔」や「悪霊」を考えることでもあるのですね。そうか、福音書にも多いですね。それでも、神話的というか……。

 

 

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答五郎……ここでは、あくまでミサの式文に「天使」が出てくるということのリアルさを考えてみてほしいのだよ。ミサに戻ろう。「感謝の賛歌」なのだけれど、前回、聖書のイザヤ書に出てくる賛美がもとになっているといっただろう。イザヤ書6章3節だ。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主、主の栄光は、地をすべて覆う」です。

 

 

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答五郎……では、ミサの「感謝の賛歌」の同様の部分はどうなっているだろう。問次郎くん。

 

 

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問次郎……「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の神なる主、主の栄光は天地に満つ」ですね。

 

 

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答五郎……イザヤの言葉と似ているけれど、違うところがないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい、イザヤでは「地をすべて覆う」なのに「感謝の賛歌」では「天地に満つ」ですね。

 

 

 

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答五郎……イザヤでは、地上のすべてを覆う、そこを満たして余りあるように、主の栄光が考えられているのだけれど、ミサでは「天にも地にも満ちている」というように、主の栄光の偉大さがさらに全面的になって天までも満たしているように賛美されている。これは、教会で歌われる賛歌になったときに、変えられたというか新たにされた部分らしい。

 

女の子_うきわ

美沙……聖書の言葉がもとにありながら、典礼の聖歌で、考えが発展している場合があるのですね。

 

 

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答五郎……そうだね。そして、この文言どおり、ここで、まさに天上の典礼、つまり天使たちによってささげられている神への賛美と、今地上にある教会の神への賛美が合体しているというわけさ。

 

 

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問次郎……天上と地上、どうも、上と下というふうに空間的にイメージしてしまいます。

 

 

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答五郎……もっともだと思う。この宇宙時代、地球も天体の一つで、闇に輝く星だと知っているからね。結局「天」をどう考えるか、「神」をどう考えるかということだよ。

 

 

女の子_うきわ

美沙……さっきの話ですが、人の言った言葉が、どの人が言ったことかというよりも、その意味から影響を受けたということが大事だということでしたね。それが幸せなほうに働いたときに、そこには「神のみ使い」の働きが考えられるということですね。

 

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答五郎……少なくとも、そのように考えられるのでは、という提案だけれどね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……それと似て、どこか、よその場所のことのように天上の典礼を想像しなくても、この式文や賛歌の言葉の意味を噛みしめ、味わう中に、天使もいるし、天上の典礼もあると考えられるのではないでしょうか。それが「感謝の賛歌」で、天上の典礼と地上の典礼のつながりがはっきりと示されるということなのだと思います。

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答五郎……美沙さん、どうしたの、とても深いことを言い当てている感じがする。まさに天使のささやきのようだよ。ともかく、そういったことは、心で感じ取るものではないかと思う。この話題はまたいつか出てくるだろう。次回からはいよいよ狭い意味での「奉献文」に入ろう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ミサはなかなか面白い 50「すべての天使とともに」

「すべての天使とともに」

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答五郎……みんな、ご復活おめでとう! 隔週になってから毎回がずいぶん久しぶりな気がするけれど、元気だったかな?

 

 

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問次郎……一応、おめでとうございます。でも、どうして、ご復活はおめでたいのですかね。ご降誕もそうですよね。「明けましておめでとう」と意味が違うのでしょうか。

 

 

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答五郎……ほんとだね。たしかに、自分も疑問に思ったことはあるし、「どうしてなのか」と真剣に考察するに値することだとは思うよ。でも、祝いたくなる気持ちもわかるのだな。今回はあまり突っ込まないことにして、今回のテーマはなんだったかな。

 

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問次郎……叙唱を見ていて、天使が出てきました。このことをちゃんと考えたいと思ったのです。

 

 

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答五郎……たしかにね。まず叙唱の具体例を聞いてみよう。復活の主日に唱えられる「復活 一」を、美沙さん、朗読してもらえるかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「聖なる父よ、いつでも、また特にこの日に、あなたをたたえ祝うことは、まことにとうとい大切な務めです。わたしたちの過越キリストは、世の罪を取り除かれたまことのいけにえの小羊、ご自分の死をもってわたしたちの死を打ち砕き、復活をもってわたしたちにいのちをお与えになりました。神の威光をあがめ、権能を敬うすべての天使とともに、わたしたちもあなたの栄光を終わりなくほめ歌います。」

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答五郎……ありがとう。三つの部分があるのがわかるだろう。初めの部分は、「まことにとうとい大切な務め」という句が暗示するように、初めの対話句とつながっているところ。真ん中の文が、この日に祝われる神秘を述べるところで、中心的なところ。深いことが実に簡潔に述べられているだろう。そして「神の威光をあがめ」からは、続く「感謝の賛歌」への移行部だ。「感謝の賛歌」のことも目に入れて考えていく必要があるね。

 

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問次郎……そもそも天使がどうしてここに出てくるのでしょうか。

 

 

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答五郎……天使といって、背中に翼がついている何か子どものような存在をイメージしていなかな?

 

 

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問次郎……実は、そうです!

 

 

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答五郎……それは或る製菓会社の影響かもしれないね。それと「天使」という訳語が影響しているかもしれない。

 

 

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問次郎……天使のもとの言葉は何なのですか?

 

 

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答五郎……ラテン語はアンゲルス、ギリシア語のアンゲロスから来る。「使い」の意味、神の使いだから「み使い」と訳されることもあるけれど、「天使」というのもその意味だ。その役割は聖書から見ないとね。それに、絵で翼が描かれることが慣例とはいえ、そのもとも聖書にある。

 

女の子_うきわ

美沙……本質的なことは、神の「使い」であることなのですね。マリアへのお告げ、ヨセフへのお告げなどが思い出されます。空の墓でイエスの復活を告げた方も、そのみ使いと考えられます。

 

 

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答五郎……聖書には、そのようにして、神の意志や計画を告げ知らせてくれる存在のことがしばしば語られる。キリスト教にとって、どうして天使が大事かというと、主である神、父である神は、人間とコミュニケーションをする方だということが示されているからだと思う。神は人間と絶対的に違った存在ということもいえるけれど、いつも人間に関わる方でもある、絶対に他者なのだけれど、もっとも深く関わってくる方でもある、そこのところの橋渡しをするような役割を「み使い」つまり「天使」がしているのだね。

 

女の子_うきわ

美沙……それはわかりました。でもこの叙唱から感謝の賛歌に移るところは、神をほめたたえる存在としての天使ですよね。

 

 

124594

答五郎……おおっ、そうだね。神の意志や計画を告げる存在というだけでなく、神を賛美する存在としてここでは出ているね。このことを見るためには黙示録4章、5章あたり。とくに4章8節には神の玉座のまわりに翼をもつ四つの生き物がいて賛美の言葉を言い続けるのだけれど、美沙さん、読んで。

 

女の子_うきわ

美沙……「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者である神、主、かつておられ、今おられ、やがて来られる方」。あっ、初めのところは、感謝の賛歌の初めのところそのまま!

 

 

124594

答五郎……もとをたどれば、預言者イザヤが見た幻の中で、主の座の前で「セラフィム」 という存在が主をたたえることばがあるだろう。

 

 

女の子_うきわ

美沙……「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主、主の栄光、地をすべて覆う」。これも「感謝の賛歌」とほとんど同じですね!

 

 

124594

答五郎……また黙示録に出てくる翼をもつ四つの生き物のことは、預言者エゼキエルの召命のところで見た幻にも登場する(エゼキエル1章)。話があちこち飛ぶけれど、叙唱から感謝の賛歌への移行部分で、「すべての天使とともに、わたしたちもあなたの栄光を終わりなくほめ歌います」ということの背景には、これだけ聖書の中での神賛美の伝統が前提になっているのだよ。わかりやすくいえば、天上の典礼と地上の典礼があって、地上で行われている今の教会の典礼は、天上の典礼と呼応するものであって、一緒に唱和しながら神を賛美しているという理解があるのだよ。

 

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問次郎……天上と地上ということは、レトリックだけではないということですか。でも、なんとなく神話めいていて、現代の人が理解するのは難しいのではないでしょうか。次回、またこのことを考えさせてください。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


キム・パフェンロス著『ユダ・失われた弟子のイメージ』

イエスを裏切った弟子として有名なユダ。最後の晩餐の絵でも、その裏切りが予告されるとあって、その場でも注目される登場人物である。しかし、その存在、意識、思いなどどのように解釈されるべきであるか、ユダ像について果敢な挑んだ著作の紹介:

キム・パフェンロス著『ユダ・失われた弟子のイメージ』

Kim Paffenroth, Judas: Images of the Lost Disciple (Louisville: Westminster John Knox Press, 2001) xv+207 pages.

福音書の人物、イエスを裏切ったユダと聖書の後の文学における変貌についてはいくつかの研究書がすでに存在する。その他にも、著者が指摘するように、ユダの行動についての文学的考察が存在する。著者は福音書の記述を精査することによって、ユダが実際にどのような人物であったかという「史的ユダ」の問題を突きつめるのではなく、福音書とそれ以後の物語世界の歴史の中でユダがどのように取り扱われ、そのイメージがどのように多様化されていったかを探ろうとしている。本書は、こうして、ユダ伝承がどのように編集されて福音書の受難物語に組み入れられたのかというような聖書学的研究というよりは、福音書のユダが後の文学の中でどのような変貌をとげたかを探究した研究書である。

【さらに読む】
著者はまず福音書の記述を分析し、それらの間の差異を検討し、それぞれを後のユダ像の展開に結びつける。「罪人の原型・恐怖の対象」、「悪人・憎悪と嘲笑の対象」はすでに福音書の記述にその起源がある。「悲劇の主人公」は福音書には見られない要素が加えられたものであり、「改悛者・希望と模倣の対象」はマタイにかすかな起源をもつものである。

ユダの裏切りはパウロによってまったく言及されていないし、彼の神学においてその意義も考察されていない。ユダの物語の発端はマルコ福音書の受難物語のはじめの彼の裏切りについての簡単な記述(マルコ14・10〜11)とイエス逮捕時の役割の記述(同14・44〜45)である。ここからすでに新約聖書の正典内でも、ルカによって、さらにその後もユダの伝承は発展していく。しかし史実的には彼の裏切りと彼の死に結びつけて伝えられた「血の畑」(マタイ27・7および使徒言行録1・18)の由来伝承以外は何も知らないのである。

著者によれば、始源的物語には後の物語の展開を可能にした曖昧性がある。ユダの裏切りは救済史における神秘であるとともに、人間の本質の影の側面についての根源的な暗示であると言える。多くの場合、キリスト教の伝統においてユダは典型的な悪人、サタンの力に完全に捉えられた罪人とみなされている。

マタイやルカが彼の物語をそのような方向に向け、ダンテは『神曲』において、ユダを永遠に地獄で苦しむ人物に見立てている。ヨハネはユダの物語に公金横領の要素を付け加えたが、そこから中世になると反ユダヤ人主義的伝承が生まれる。

しかしこれらばかりではない。グノーシス主義者たちは彼をイエスの真実な弟子とみなし、彼が他の弟子たちとは違ってイエスが何者であるかを知っていた人物で、彼が神のもとに行くのを早める助けをしたと考えた。中世ではユダの伝承がオイディプスの悲劇と重なり、ユダがその行動によって自分の運命に自分で貢献したと考えられた。こうした伝承の中にはユダが自分の運命を知って、それを避けようと試みたのだとするものも現れた。

19世紀と20世紀、世俗化現象が進むと、芸術家たちは伝統的なユダ像に捕らわれず、ユダの裏切りについて近代人の精神にも受け入れられるような心理的説明を行い、彼が地上での王国建設を拒否したイエスに失望した革命家あるいは愛国主義者と描くようになった。マタイだけが描く、意味が曖昧なユダの後悔による自殺は、伝統的には彼を呪われた者としてきたが、後に、ユダは後悔の故に赦されるのだとするものが現れた。それ故、彼は究極的罪人として、罪人の模範と見なされ、11世紀ビザンティン帝国の偉大な聖書釈義家でオフリドの大主教テオフュラクトス(生没年 1050頃~1107/08)、近代では18世紀のバッハにおいて、この罪人は称賛されるべき人物だということになった。

著者はこのようなユダ像を一概に排斥するのではなく、救済におけるユダの必要な役割はキリスト者の霊的黙想の主題に値すると述べている。短い終章で著者が言いたいのは、おそらくユダは、我々普通の人間の中にも巣くっているということであろう。ところで、著者の整理と現代に至る包括的考察の中で教父たちのことはほとんど言及されていない。読者には教父たちがユダの問題をどう考えていたのかは気になる課題である。

(高柳俊一/英文学者)


ミサはなかなか面白い 49 神の民の祭司職とは?

神の民の祭司職とは?

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答五郎……さて、前回からいよいよミサの奉献文の部になり、冒頭の対話句と叙唱のところに入ったね。その対話句が原文では、会衆の「それは、とうとく、正しいことです」で終わるのが伝統だった。叙唱でも「まことにとうとい大切な務め」といった言い方が出てくるのと関係しているのだがね。

 

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問次郎……はい、その流れで「さいししょく」(祭司職)という用語が出てきたので、お尋ねしたいと思いました。

 

 

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答五郎……そうだったね。簡単にいえば「祭司」とは文字通り、神への礼拝を司る人のこと、「祭司職」とはその務めそのものを指すことばだよ。祭儀の司式者といってもいいかな。

 

 

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問次郎……「司祭」も同じ漢字の組み合わせですよね。前後が違うだけで。

 

 

124594

答五郎……そう。だからときどき間違えられる。もちろん、意味が重なっているときもあるから、ややこしいのだけれど、教会では「キリストの祭司職」とか「神の民の祭司職」という言い方をしても、キリストの司祭職、神の民の司祭職とはいわないのだ。

 

女の子_うきわ

美沙……祭司という用語は、旧約聖書でもときどき見ました。それとキリストの祭司職との関係はどうなるでしょうか。

 

 

124594

答五郎……そう、旧約時代、神の民イスラエルの生活が主である神から授けられた律法を中心にかたちづくられていくなか、礼拝祭儀を司る職務が祭司と定められていたのだね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……福音書を読んでいても、祭司長とか大祭司とか祭司長とかという人が出てきますね。

 

 

124594

答五郎……そう、それが古代ユダヤ教としてだんだん発展してくるなかで、大祭司とか祭司長とか細かな位階もできていたようだ。ただ、キリストの祭司職という言い方がされても、キリストがそれらの祭司制度を引き継いだというわけではないのだ。

 

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問次郎……大祭司、そして祭司長たち最高法院の人たちにイエスは死刑を宣告されたのですよね(マタイ26 ・68他並行箇所参照)。

 

 

124594

答五郎……まさにそれは象徴的でね。古代イスラエル、それを継ぐ古代ユダヤ教の祭司制度とは、キリストは根本的に断絶している。キリスト教から見れば、古い祭司制度はそこでいわば死んで、全く新たなキリストによる祭司制度が始まったのだ。

 

252164

問次郎……どういうことでしょうか。

 

 

124594

答五郎……旧約の祭司は神殿でいけにえをささげるのが務めだったのだが、イエス・キリストの場合、前にも見たように(ミサはなかなか面白い 44「あがない」の意味を探ってみよう/ミサはなかなか面白い 45「罪のゆるし」としての「あがない」)、人類の贖いのために自分自身をささげただろう。十字架の出来事がそれだ。そのことを中心として、人類を再び父である神に結びつけた、つまりイエス・キリストによって神と人の間に新しい契約が結ばれたのだ。

 

252164

問次郎……それが「新約聖書」の「新約」のことでしたね。

 

 

124594

答五郎……そして、そのようなキリストの働きや役割を指して「キリストは神と人の仲介者」という言い方もする。その仲介者としての働きのうちで、神の恵みを人に分かち合わせ、人の神への感謝や賛美や祈りを伝える役割を指して「キリストの祭司職」というのだ。その働きが根源的だから「大祭司キリスト」という言い方もある。このあたりのことは、新約聖書の「ヘブライ人への手紙」が詳しく論じているので、ぜひ読んでほしいな。

 

252164

問次郎……では、キリストの祭司職をもとにして、神の民の祭司職があるのですね。キリストにつながっている人たち、信者みんながもっている祭司職ということですね。

 

 

124594

答五郎……キリストの祭司職に基づく信者全員の祭司職を今は「共通祭司職」というのだよ。ミサをささげているのが信者全体だといわれるときの土台がそれだ。その中でもさらにコアな奉仕を神と信者たちにする司教・司祭・助祭のいわゆる聖職者の務めは「奉仕的祭司職」といわれる。

 

女の子_うきわ

美沙……キリスト教でいう「祭司」というのはもっと大きな広がりや深さをもっているのですね。

 

 

124594

答五郎……そういうことなのだ。ちょっと固い話が続いたし、式文の流れに戻るために、ここで祈りに耳を傾けてみよう。美沙さん、復活祭に唱えられる叙唱「復活 一」を読んでみてもらえるかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……これですね。「聖なる父よ、いつでも、また特にこの日に、あなたをたたえ祝うことは、まことにとうといたいせつな務めです。わたしたちの過越キリストは、世の罪を取り除かれまことのいけにえの小羊、ご自分の死をもってわたしたちの死をうち砕き、復活をもってわたしたちにいのちをお与えになりました。神の威光をあがめ、権能を敬うすべての天使とともに、わたしたちもあなたの栄光を終わりなくほめ歌います。」

 

124594

答五郎……ここで「まことにとうといたいせつな務め」と唱えているのは、「わたしたち」つまり神の民の祭司としての務めを神ご自身の前で確認し、その自覚を表しているということがわかるだろう。

 

 

女の子_うきわ

美沙……キリストが何をしたのか、贖いのいけにえであるという意味も鮮やかに告げられていますね。

 

 

252164

問次郎……美しい流れの祈りとは思いますが、ここで「天使」が出てくるのが疑問といえば疑問です。

 

 

124594

答五郎……それはもっともだ。この叙唱の最後は「感謝の賛歌」につながっていくところでもあるので、それも合わせて「ミサにおける天使とわたしたち」について、次回、考えることにしよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ミサはなかなか面白い 48 「賛美と感謝をささげましょう」

「賛美と感謝をささげましょう」

124594

答五郎……こんにちは。ミサの「感謝の典礼」について、前回までは「供えものの準備」といわれる部分を見たね。その部分をしめくくるのが奉納祈願だった。そして、すぐに「主は皆さんとともに」「また司祭とともに」の対話に入るだろう。

 

252164

問次郎……ミサの最初のあいさつと似ているので、また何か新しいことが始まるなという感じですね。

 

 

124594

答五郎……ここでは対話はそこで終わらずに「心をこめて神を仰ぎ」「賛美と感謝をささげましょう」と続く。

 

 

女の子_うきわ

美沙……「賛美と感謝をささげましょう」とみんなが唱えているところで、ミサって、なるほど、信者の共同体が賛美と感謝を神にささげることなのだなあと感じました。

 

 

124594

答五郎……実をいうとね、このような対話句は日本語版でのアレンジなのだよ。原文では直訳すると「主は皆さんとともに」「またあなたの霊とともに」「心を上に」「主に向けています」「わたしたちの主である神に感謝をささげましょう」「それはとうとく、正しいことです」となっている。

 

252164

問次郎……なんだかぎくしゃくしていますね。それを日本語版らしくアレンジしたというわけですね。

 

 

124594

答五郎……細かく原文の意味と日本語文の違いを論じるときりがないが、ともかく共通してはっきりしていることは三つのあるのではないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……主がともにいること、神に心を向けること、それから感謝をささげることでしょうか。

 

 

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答五郎……解釈はいろいろありうるけれども、まず主キリストが司祭と信者のみんなと一緒にいること、ここからの祈りは父である神に向かってささげる祈りであること、そして、その祈りは、なによりも感謝の祈りであることがいわれていると思うのだ。

 

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問次郎……日本語版は「賛美と感謝をささげましょう」というふうに「賛美」を加えているのですね。

 

 

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答五郎……どうだろうね。「感謝をささげる」のもとになっていることばは、ギリシア語ではエウカリスティアの動詞形だけれど、そのもとにあるヘブライ語の意味合いは、感謝の気持ちをことばで表すだけではなく、神にいけにえをささげるという行為のことも指していたし、神の恵みが素晴らしい、ありがたいということから神をほめたたえるという意味合いも当然に含まれているのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……そのような意味合いを出すために日本語としては補ったというわけなのでしょう。でも、賛美の意味がはっきりと出るのはよいことだと、思います。

 

 

124594

答五郎……日本語で便利なのは、「感謝の祈りをささげる」「感謝をささげる」というように、祈りや気持ちをささげるというふうにいえることだ。原語の雰囲気をよく伝えているなあとつくづく思う。ともかく奉献文と呼ばれる祈りは感謝の祈りであるということが、この原文でも日本語文でも共通の「感謝をささげましょう」によってよく表されているだろう。

 

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問次郎……前に(ミサはなかなか面白い 42 根底にあるイエスの食事の記憶)、感謝の典礼全体にはイエスが弟子たちとともにした食事の記憶が根底にあるといわれましたね。そこで、イエスが食べ物を取りながら、天を仰いで、賛美の祈りを唱えたり、感謝の祈りを唱えたりしたことの記憶がここにあるというわけですね。

 

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答五郎……おお、そうだ。でも、実は記憶だけではないのだよ。天にいるキリストは、いま典礼のしるしのもとでここにいて、現にこのミサを司式しているというべきなのだ。だから初めに「主は皆さんとともに」「また司祭とともに」と対話で確認しただろう。

 

女の子_うきわ

美沙……キリストがミサの中にいるという感覚にはなかなかなれませんね。一生懸命見たり聞いたりしているのですが。信者さんたちは、キリストのことを感じているのですね。

 

 

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答五郎……いやあ、なかなか、そういう意識になれないことが多いよ。具体的には、その日のその教会でのその神父さんの司式のほうに目が行ってしまってね。

 

 

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問次郎……司式者の背後にいる感じなのですかね。

 

 

124594

答五郎……いやあ、たしかに司式者の発話の中で主キリストのことばが語られるときがあるから、そのときはそうだけれども、司式者自身も共同体の代表として、キリストに祈りをゆだね、父である神に祈るという役割のときもあるよ。その変化を見るとき、ほんとうにミサはなかなか面白いものだなあ、味わい深いものだなあという気になるよ。

 

252164

 

問次郎……さっきから気になっているのですが、この初めの対話句の原文では、最後に信者さんたちが「それはとうとく、正しいことです」ということになっているのですね。このフレーズ、どこかで聞いたことがあるような……?

 

女の子_うきわ

美沙……そのあとの祈りの冒頭で、ときどき、「……まことにとうとい大切な務め」というときがありますよね。

 

 

124594

答五郎……そう、その祈りは叙唱というのだよ。広い意味で考えるときの奉献文に含まれるところなのだ。冒頭の対話句が第一の部分としたら、叙唱は第二の部分にあたり、対話句の最後のことば「とうとく、正しいこと」を受けている。対話句の終わりでは会衆が、叙唱の初めでは司祭が、同じように、この祈りが信者全体、つまり神の民である教会が行うべき尊い、大切な正しい務めだという自覚が示されているのだよ。これを神の民の祭司としての務め、祭司職ということがあるのだ。

252164

問次郎……「さいししょく」……ときどき聞くことばですね。この次、あらためて教えほしいです。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


アダム・シュウォールツ著『第3の春』

前回は、英訳聖書の歴史に関する本を紹介したが、今回は、イギリスにおけるカトリック文学者・著作家についての書に目を向けてみよう。19世紀におこるカトリック復興を受けて20世紀初期~半ばに活躍した作家たちはどのようにして時代と信仰に向かい合ったのであろうか:

アダム・シュウォールツ著『第3の春』
Adam Schwartz, The Third Spring: G. K. Chesterton, Graham Greene, Christopher Dawson and David Jones (Washington D.C.: The Catholic University of America, 2005), xv+416 pages

ジョン・ヘンリー・ニューマン(生没年 1801~1890。1846年カトリックに転会。後に枢機卿となる)は、英国にキリスト教がもたらされた「第1の春」に対して、19世紀の英国におけるカトリック教会の復活を「第2の春」と呼んだ。それを受けて、本書の著者は20世紀にカトリック文学者が数多く輩出するようになった現象を「第3の春」と名付けている。著者によると、「第2の春」がニューマンに始まったとするならば、「第3の春」はギルバート・キース・チェスタトン(1874~1936。1922年カトリックに転会)から始まった。そして彼に続く主要な文学者・文筆家がグレアム・グリーン(1904~1991。1926年カトリックに転会)、クリストファー・ドーソン(1889~1970。1916年カトリックに転会)、ディヴィッド・ジョーンズ(1895~1974。1921年カトリックに転会)だということになる。著者は序論に続いてグリーン、ドーソン、ジョーンズそれぞれに一つの章を設け、彼らの転会への道とそれを反映する文学を論じ、最後にジョーンズを中心に「第3の春」のカトリック文学隆盛の時代を現代の状況と比較している。

著者の主張は、彼らが皆チェスタトンと直接あるいは間接的に関係があり、チェスタトンから刺激を受け、手本にしたというところにある。19世紀の「第2の春」の知識人や文学者たちは、すでに世俗化が始まり、またカトリック解放法が議会を通過したとはいえ英国社会ではカトリックに対する根強い偏見があったなか、カトリック信仰を弁護した。それに対して、20世紀の「第3の春」を担った人々はいずれも転会者で、ポスト・キリスト教社会と呼ばれるようになっていった英国社会における宗教に対する無関心の雰囲気の中に置かれたカトリック文化の形成に寄与した。本書がとりあげるのはそのうちの4名だが、実はもっと多くのカトリック作家がおり、今もいる。

【さらに読む】
あの才気ある雑文書き、チェスタトンは今も読まれているが、早くからカトリックに共感してはいたが、じっさいにカトリック教会に転じたのは中年期だった。彼は今もよく読まれているが、その作品の護教的な内容よりも機知と逆説に富んだ文体のゆえであろう。詩人・芸術家のジョーンズは、今日でもその詩のいくつかがアンソロジーに収録されているが、英文学の教室で読まれてはいないだろう。歴史家ドーソンは1960年代、せいぜい1970年代までの一時期、日本でも読まれたが、英語圏の若いカトリック信者の記憶に残るかどうかは疑問であろう。グリーンは今でも知られている。おそらくそれは映画『第3の男』が古典的なものになり、そのBGMの調べのゆえであろう。彼が伝えようとした核心的問題は、後のカトリック教会の変化によって前提状況を失い、彼自身、新しい関連状況を見いだそうとしたが、完全に見いだしたとは思われない。もちろん、彼の円熟期の小説の神義論的な根本問題は今日でも重要性をもっているが、1960年代以後、時代状況も教会の事情も大きく変わってしまった。これら4人の作家たちが輝いていたのは主に二つの大戦間および第2次大戦直後の1920年代初め頃から1960年代までのことだったのである。

チェスタトンは、ある意味で、19世紀のローマ・カトリック教会が英国社会の中で懸命に地歩を得て宗教的にも知的にも認知を受けるように努力していたときの構えを引きずっていたようである。ある批評家に言わせれば、彼とヒレア・ベロック(1870~1953)の文学は信仰宣伝の雑文であった。このような見方は、上流社会に属した伝統主義的キリスト教の背景からのものである。ローマ・カトリックの信仰は、まだこの階級の認知を受けていなかったのである。

第2次世界大戦の前後から、ローマ・カトリック教会は社会的に英国のものと認められ始めた。チェスタトン以外の3人はこのような環境の産物である。全ヨーロッパ的視点ではナチズムと共産主義の脅威に直面して、キリスト教的伝統への評価が高まっていった。特に、第2次世界大戦直後は、カトリック小説家が目立って優れた作品を発表するカトリック文学の隆盛期を迎え、ドーソンの歴史書は西欧全体の伝統を意識し、それがどのようにして失われたかをテーマに書かれた。ドーソンのエキュメニカルな関心はよく知られているが、彼は宗教改革を近代の世俗化と重ね合わせていたという印象を残す。グリーンはカトリック作家と呼ばれるのを嫌った。カトリックになって見えてきた人間の問題をテーマにするが、狭い意味での信心文学者でないという意識を彼はもっていたのである。

ともかく3人は、転会して加入したローマ・カトリック教会を他の人々に対して弁護する必要がなかった。グリーンの親友イヴリン・ウォー(1903~1966。1930年カトリックに転会)は、第2バチカン公会議後にカトリック教会で推進されるようになった改革をすべて嫌悪した。彼の嫌悪の的となったのは、それまで開花したカトリック文学を不可能にする時代の変化であった。チェスタトンはすでに1936年に没していたから、第2次世界大戦後のカトリック文学隆盛期を見ることはなかった。他の3人は当初は、第2バチカン公会議を歓迎していたのである。

(高柳俊一/英文学者)


ミサはなかなか面白い 47 「神よ、あなたは万物の造り主!」

「神よ、あなたは万物の造り主!」

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答五郎……ミサの「感謝の典礼」の最初の部分について前回から見始めたね。「供えものの準備」といわれている理由について考えてみたのだけど……。

 

 

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問次郎……はい。食事型の祭儀とみれば、食卓の準備、食卓の上に食べ物と飲み物を準備する行為の部分と見ることもできるのですが、祭壇にものを供えるという感覚も重ねられているようでした。

 

 

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答五郎……そう考えていいと思うのだが、その意味合いをさらに深く示している祈りがあるのだよ。式次第の中で「パンを供える祈り」と「カリス(ぶどう酒を入れる杯のこと)を供える祈り」と書かれている部分だ。「パンを供える祈り」を読んでもらおうかな。美沙さん。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「神よ、あなたは万物の造り主、ここに供えるパンはあなたからいただいたもの、大地の恵み、労働の実り、わたしたちのいのちの糧となるものです」(会衆)「神よ、あなたは万物の造り主」。「カリスを供える祈り」もほぼ同じですね。

 

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問次郎……その祈り、聞いたことがあるような、ないような……。

 

 

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答五郎……大きな共同体でささげられるミサでは、奉納の歌が歌われると、この対話的な式文が声を出して唱えられず、少人数とかで歌が歌われないときに、声を上げてはっきりと唱えることとされているからね。たしかに聞いたり聞かなかったりになるだろうね。

 

女の子_うきわ

美沙……わたしも土曜日夕方の主日ミサに出たときには、この祈りが唱えられているのを耳にするし、みんなで「神よ、あなたは万物の造り主!」と応唱するところなんかは好きですわ。

 

 

124594

答五郎……「神よ、あなたは万物の造り主」という言い方はどういう意味合いのものかな? 「神よ、あなたは万物の造り主ではありません」というわけではないだろう(笑)。

 

252164

問次郎……もちろんでしょう。この体言止めは「神よ、あなたは万物の造り主です」という意味ですね。賛美のことばだと思います。

 

 

124594

答五郎……そう、じっさいにね。ここのもとにあるラテン語の式文では冒頭に「ベネディクトゥス・エス」という語句が入っている。直訳すれば「万物の神である主よ、あなたはほめたたえられます」という文になる。つまりは「ほめたたえます」ということなのだけれど、この賛美の気持ちを日本語では体言止めの叫びにしているわけだ。

 

女の子_うきわ

美沙……それは、とてもよく伝わっていますよ。そう思っていましたもの。

 

 

124594

答五郎……このような創造主である神への賛美を表す言い方は、旧約聖書の詩編にもよくあって、聖書的な
祈り、ヘブライ語で賛美を表す代表的なことばの一つ「ベラカー」にちなんで、「ベラカーの祈り」とも呼ばれている。たとえば詩編104 をそのうち見てごらん。創造のわざを一つ一つ歌いあげながら賛美しているものだ。

 

252164

問次郎……この部分は、主の食卓に食べ物・飲み物を準備するところと考えても、それらが「大地の恵み」つまりは神の創造の恵みであるという考えはもっともですよね。日本語で「いただきます!」というのも、自然の恵み、ひいては神の恵みへの感謝をこめたものだといわれるぐらいですから。

 

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答五郎……その考えは大事だね。ただ大地の恵みだけではなく「労働の実り」ということばもある。大地の恵みのうえで、人間の働きを通して作り出されたという視点も含まれているよね。

 

 

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問次郎……「いただきます」には自然や、神さまだけでなく、作ったり、採ったりしてくれた農家さんや漁師さんへの感謝も忘れないようにということもよく教わりました。

 

 

124594

答五郎……そうだろう。自然の恵みと人間の労働はつながっているからね。そういう意味での労働への言及がここにはあるのだろうね。それに関係があるのだけど、ミサのここでよく献金が行われるだろう。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。最初は、ミサの最中になぜ募金活動が行われるのかなと思ったこともあるのですが、ときどき、趣旨説明のある場合があってよくわかったときもあります。ない場合でも、教会全体や教会が関係している活動のためなのだというふうには納得できるようになりました。

 

124594

答五郎……初代教会のときから仲間の教会を助けるためとか、困っている人を助けるためにさまざまな物を持ち寄ってきたという伝統があってね。それがミサの中でも行われるようになって、さらに貨幣経済中心になってからはお金を出すというふうになってきたのだよ。神のためと隣人のためという意味での供えものというわけだね。

 

252164

問次郎……そういったことも含めて「大地の恵み、労働の実り」ということばがあるのですね。

 

 

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答五郎……それらすべてが「あなたからいただいたもの」、つまり神の恵みだという実感がこの祈りににじみ出ているだろう。ただ重要なのは、創造の恵みに基づく賛美で終わっていないということだ。

 

女の子_うきわ

美沙……「わたしたちのいのちの糧となるものです」というところでしょうか。ここは聖体を意味しているのですね。

 

 

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答五郎……そうだね。供えものの準備という部分は、聖体になる食べ物・飲み物を主の食卓に準備するということでもあり、奉献文の祈りの中で行われる奉献でささげるものを準備することでもある。そうやって、創造に基づく賛美は、キリストによるあがないのわざを中心とする神への賛美と感謝に展開していくことになるのだよ。

 

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問次郎……いよいよ、奉献文の部に入りますね。難しいと思っていたところなので、ぜひ、お願いします!

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)