「中絶」がなければ産まれなかったキリスト教徒の私

石野緑子 私は、「人工妊娠中絶」がなければ存在しなかったかもしれない人間である。 というのは、私は折に触れて「あなたは予定してなかった」と聞かされて育った末っ子だったからだ。そして、私には、実在する兄弟のほかにまだ見ぬ兄 Continue reading


ネラン神父の遺志を継いで――大船に「カフェバー欅(けやき)」を設立

渡邊美紀子 キリスト教は出会いである。人との出会いから、キリストとの出会いへ導かれる。私にとって、その出会いはフランス人ネラン神父とのそれである。希望をもって入学した大学生活の後半で、私は何とも言えない孤独感と空虚感に襲 Continue reading