『ジャネット』と『ジャンヌ』


 聖ジャンヌ・ダルクは最も映像化された聖人の一人でしょう。15世紀、王位継承を巡る争いに端を発する英仏百年戦争でジャンヌ・ダルクはフランス王太子シャルルを助け、敵国イングランド軍に包囲されていたオルレアンの街を解放しました。こうして「オルレアンの乙女」という英雄となったジャンヌ・ダルクですが、イングランドと結託していたブルゴーニュ派に捕らえられ、不当な宗教裁判により10代の若さで処刑されてしまいました。ですが、死の25年後に彼女の無罪が宣言され、1920年には聖人の列に加えられました。

それでは、今日でも崇敬を集めているジャンヌ・ダルクの魅力はどこにあるのでしょうか。イングリッド・バーグマンがジャンヌ・ダルクを演じた映画『ジャンヌ・ダーク』(1946)では彼女の美しさが際立っており、リュック・ベッソン監督による大迫力の『ジャンヌ・ダルク』(1999)では勇敢な強い女性として描かれていました。そしてブリュノ・デュモン監督による『ジャネット』(2017)と『ジャンヌ』(2019)の二部作は、奇抜な演出でジャンヌ・ダルクの「純朴さ」という魅力を伝えてくれます。

 ヘヴィーメタルミュージカルという形式でジャンヌ・ダルクの幼少期を描いた『ジャネット』は、ジャネット(ジャンヌ・ダルクの幼名)や修道女らが騒々しい音楽に合わせて頭を激しく上下に振るヘッドバンギングをしたり、聖人や天使がディスコダンスを踊ったりして観客を驚かせます。ですがエキセントリックな『ジャネット』とは打って変わって、第二部にあたる『ジャンヌ』は、メローな挿入歌以外はミュージカル様式が排された演劇的要素の強い映画として「オルレアンの戦い」後のジャンヌ・ダルクを描いています。

毛色の異なる二作品『ジャネット』と『ジャンヌ』の原作となったのは、19世紀フランスの文人シャルル・ペギーの戯曲です。反教会的な社会主義者からカトリックに回心した作家ペギーは、若いころからジャンヌ・ダルクに関心を寄せていたようで、彼の初の作品も『ジャンヌ・ダルク』(1897)でした。その後、信仰を見出したペギーは代表作『ジャンヌ・ダルク、愛の秘義』(1910)を著します。反教会的であった青年ペギーの処女作『ジャンヌ・ダルク』と回心後ペギーの代表作『ジャンヌ・ダルク、愛の秘義』という相反する二作品を原作とし、無神論を公言しているブリュノ・デュモン監督が映像化した本作が既存の枠組みから外れた新奇な作品となるのは、ある意味で自然のことと言えるでしょう。

 

戦いに赴くまでの幼少期を扱った『ジャネット』に登場するジャネットは、百年戦争で人々が苦しむ様子に心を痛め、「神様は人々を救ってくれるのか」という素朴な疑問を抱きます。田舎町に住む一人の少女に過ぎないジャネットには世界を変える力はありません。それでも世の不条理に無関心になったり諦めたりはせずに、孤児たちに食べ物を分け与えるなど小さい努力を続けます。分不相応な高望みをせず日々の労働に価値を見出す幼馴染のオーヴィエットや教条主義的な思想を述べるだけの修道女ジェルヴェーズ、他者に阿諛追従するおじさん、権威主義的な父親といった登場人物とは異なり、ジャネットは困難に屈することなく、ジャンヌ・ダルクへと成長していきます。

ブリュノ・デュモン監督はジャンヌ・ダルクの功績を象徴する「オルレアンの戦い」を描かず、第二部『ジャンヌ』は百年戦争の流れを決定づけたシャルルの戴冠後から始まります。この『ジャンヌ』、なんと上映時間の半分以上が、壮麗で煌びやかな礼拝堂を舞台とするジャンヌ・ダルクの宗教裁判に割かれています。学者たちはあの手この手でジャンヌ・ダルクに異端の烙印を押そうとしますが、彼らの論説や態度を見ていると、どちらが異端なのか分からなくなります。

異色の演出でジャンヌ・ダルクを描いた『ジャネット』と『ジャンヌ』は、珍妙さばかりに目がいってしまいがちです。ですが本作は、彼女の美貌でも軍事的功績でもない魅力を伝えてくれます。本作を見た観客は、信仰や歴史的知識の有無に関わらず、不条理な現実に妥協することなく純朴な意志に突き動かされた素朴な人ジャンヌ・ダルクに出会えるでしょう。

(石川雄一、教会史家)

12月11日(土)より、渋谷ユーロスペースほか二作同時公開

公式サイト:jeannette-jeanne.com
Twitter:@jj_brunodumont

『ジャネット』

スタッフ
監督・脚本:ブリュノ・デュモン/原作:シャルル・ペギー「ジャンヌ・ダルク」「ジャンヌ・ダルクの愛の秘儀」/撮影:ギヨーム・デフォンタン/音楽:Igorrr/振付:フィリップ・ドゥクフレ
出演:リーズ・ルプラ・プリュドム、ジャンヌ・ヴォワザン、リュシル・グーティエ、アリーヌ・シャルル、エリーズ・シャルルほか
2017年/112分/カラー/ビスタ/フランス語/フランス/日本語字幕:高部義之
原題: Jeannette, l'enfance de Jeanne d'Arc 英題: Jeannette, the childhood of Joan of Arc

『ジャンヌ』

スタッフ
監督・脚本:ブリュノ・デュモン/原作:シャルル・ペギー「ジャンヌ・ダルク」/撮影:デイビット・シャンビル/音楽:クリストフ
出演:リーズ・ルプラ・プリュドム、ファブリス・ルキーニ、クリストフほか
2019年/138分/カラー/ビスタ/フランス語/フランス/日本語字幕:高部義之
原題: Jeanne 英題: Joan of Arc

コピーライト:© 3B Productions

配給:ユーロスペース


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

thirteen − 11 =