こころを開く絵本の世界1


山本潤子(絵本セラピスト)

 絵本との出会い

絵本を大人に読むようになって12年になります。子育てが終わり絵本はおしまいと思っていました。
ところが、ある日、読んでもらった一冊の絵本から、私は不思議の国のアリスのように絵本の世界に足を踏み入れたのです。そこには色彩豊かな絵と心潤す言葉が連なり、無意識に抱えていた不安や未解決の問題が小さく萎んでいく、そんな今までに経験したことのない心理体験がありました。そして、絵本を語る大人たち、絵本を生み出す作家や編集者・デザイナー、出版社・販売書店との新しい交流も始まったのです。

私の人生に灯をともしてくれた絵本の魅力を、これから少しずつ紹介したいと思います。

『わたしとなかよし』  
瑞雲舎、ナンシー・カールソン:作/絵、中川ちひろ:訳

新型鬱という言葉が出始めた頃、最新の心理学を学ぼうと受講した講座で読んでもらった絵本です。

ブタの女の子が日常生活の中で自分をほめて励まし、ご褒美をあげて「わたしはいつもわたしといっしょなの」と、自己肯定感でいっぱいの絵本です。この切り口は私の知っている絵本ではないと、初めは違和感を感じながら読んでもらいました。ところが自分大好きな女の子の言葉は楽しい音楽のようにリズムを刻み自分が言われているようでいつまでも心地よいのです。

この講座は読んでもらうだけではありませんでした。読み終えた講師から「あなたは自分のためにどんなことをしていますか?」と問われ、私はしばらく答えることが出来ませんでした。

当時はメンタルケアの相談業務に追われ、相手のことでいつも頭がいっぱい、緊急時に備えて就寝時も電話を枕元に置かないと不安だったのです。「旅行に行く、美味しいケーキを食べる、映画を観る、カラオケ、飲みに行く」等々、同じテーブルを囲んでいる人達が楽しそうにシェアし合う中で私は静かに自問自答し続けました。「わたしはわたしをだいじにするの」、ブタの女の子の言葉がしばらく頭から離れませんでした。

半年後、私は長く運営していた相談室を閉じ、仕事のやり方を変えることにしました。それまで家族からも心配されていたことでしたが、決断することが出来たのです。まさか絵本のブタさんに背中を押されることになろうとは、絵本の力を身をもって体験することが出来ました。

そして、絵本を心理学の視点で捉えていた私は、この絵本を『自己肯定感の絵本』とラベリングしたのです。
この絵本はワークショップで本当にたくさんの人に読みました。自分の体験を語ることもありますが、読んですぐに感じたことをお聞きするのも楽しい時間でした。

ある時、50代の女性が「子どもを見守るお母さんの姿」につて語ってくれました。自己肯定感を意識する絵本だとばかり思っていたので、ちょっと意外な感想でした。確かに絵本の後半にはお母さんが女の子をサポートし見守る場面が続きます。なるほど、同じ絵本を読んでも人それぞれ感じることは違う、私の解釈だけで絵本にラベリングするなんて、もってのほかだと深く反省し、以来、心理学用語で絵本を括ることはやめました。それは私にとって絵本の世界をもっと広く深く、私自身をもっと自由に開放することになったのです。

 季節の絵本

『ひまわりのおか』 
岩崎書店、文:ひまわりをうえた八人のお母さんと葉方丹、絵:松成真理子

夏らしい暑さが続いています。お花屋さんには大小様々なひまわりが笑顔を振りまいています。青空に向かって隙間なく咲くいっぱいのひまわり、表紙を見ただけで迷わず購入を決めた絵本です。

手にとってすぐに「これは大川小学校の絵本?」と、気づきました。ページをめくると天に召された子どもたちへの思いを語る、お母さんたちの言葉が綴られています。明るい子どもたちの姿がページいっぱいに広がり、大きな瞳は今にも瞬きしそうです。

「ひまわりが咲いたら子どもたちが喜ぶよ」と、お母さんたちは丘の上の花壇にひまわりを植えることにしました。ひまわりの世話をしながら子どもたちのことを話します。

私にはどうしても声が詰まり読めなくなる場面がありました。潮を被った土地にひまわりは育たないかもしれないと、水のやり方を相談する場面、「いいよ、あまやかそう。のみたがっているんだもん、たくさんあげようよ。もうがまんしなくていいよ」。胸がはち切れそうで、今も涙が頬を伝い流れます。

私は長男を3歳ちょっと前に見送りました。人生の半分を病院で過ごした長男は聞き分けの良い小児科病棟の優等生でした。わがままを言って欲しかった、甘やかしたかった、そんな私の満たされない悔みきれない気持ちを絵本のお母さんたちが代弁してくれているかのようです。
また、同時に、こころの準備もなく逝ってしまった我が子を思うお母さんたちの気持ちに、この腕の中で息子の最期を看取れた私は恵まれていたのではないかと感謝の気持ちさえ湧き上がるのです。
最後にお母さんたちは「もう泣かないからね」と約束できない約束をします。私も読むたびにお母さんたちと一緒にできない約束をするのです。

絵本は楽しいだけではあリません。時に、言語化できない気持ちを代弁してくれます。感情に優劣はありません。悲しみも怒りも理不尽な気持ちも絵本が優しく引き出してくれることがあります。無意識に仕舞い込んだ感情に気づき驚くこともありますが、そんな自分を受け入れることが出来たら、そこから一歩前進、新しい日常が始まるのです。

これからもみんなで笑い転げる絵本も、涙をいっぱい流す絵本も、悶々と思考を巡らす絵本も読んでいこうと思います。

ひまわりのようにお日様に向かって!

 

東京理科大学理学部数学科卒業。国家公務員として勤務するも相次ぐ家族の喪失体験から「心と体」の関係を学び、1997年から相談業務を開始。2010年から絵本メンタルセラピーの概念を構築。

https://ehon-heart.com/about/


こころを開く絵本の世界1” への2件のフィードバック

  1. 繰り返し読ませて頂き、繰り返し涙が溢れました。人生に起きる予期せぬ出来事には、乗り越えられることもありますが、どうしても忘れられないこともあります。
    以前、参加させて頂いた絵本会で、「感情に優劣はない」という言葉に、とても救われました。
    絵本の扉を開くと、様々な感情に心揺さぶられますが、どんな感情を抱く自分もありのままの自分。どんな自分の感情もそのまま受け止めて良いのだと、温かく包んで貰えたこと忘れられません。
    次回も楽しみにしています!

    • ありがとうございます。
      絵本を読んでいると、不思議な感情体験をすることがあります。サラッと流すこともできますが、感情の奥にある自分の姿を見つけた時、新しいドアを開けたような気持ちになります。
      絵本の前では正直でありたい、そこから生まれる物語りをこれからも綴って行きます。

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