わたしの信仰生活日記ー神の存在証明ー(7)私の人生と日々


酒井瞳(日本福音ルーテル教会信徒)

1.「Life in a Day 2020」

最近『Life in a Day 2020』という映画を観ました。2011年に公開されたドキュメンタリー映画『LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』の続編にあたり、2020年7月25日に撮影された32万4000本の動画を世界中から集め、それを映画一本分に編集したユニークなものです。出産のシーンから始まって、結婚、老いや死、そして愛という人間の営みを凝縮したような流れになっています。

この作品からは、コロナウイルスによるパンデミックや人種差別、気候変動、貧困などへの強いメッセージを感じると同時に、個人的には「宗教性」や「母なる存在への回帰」というテーマを感じました。また、人間同士の生の関わりや何気ない日常の中に潜むドラマから、誰もが自分の人生の主人公として、それぞれの物語があることを考えさせられます。

その中で、私が特に好きなシーンは、1 : 06 : 40あたりから始まる車椅子の男性とアレックスという女の子の会話です。3分にも満たない短いシーンで、2人がどんな関係かはわかりません。

アレックス「誰かを愛そうと思ったら、どうすればいい?」
男性「全ての愛情を注ぐ」
アレックス「それは、ずいぶん……ロマンティックだね」

(中略)

男性「アレックス」
アレックス「何?」
男性「俺が死んだら、お前はどうする?」
アレックス「たくさん泣くとおもう。それに……『死んだ』と思う」
男性「なるほど」

この会話からは、「愛とは何か」ということや、これからアレックスに起こる初めての自分にとって大切な人の死の暗示が感じられます。そして、何よりも幼いアレックスに対して、その時のための死の準備教育をしているようにもみられます。

私もこれまで何人かの身近な存在の死を経験しましたが、祖父母の死と、同年齢の友人や恋人、年上の恩人の死は、比べることができないほど、全く別次元のものだと思い知らされました。後者はまさに晴天の霹靂のような体験で、「その人は明日も明後日も、1年後も10年後も共に生きているだろう」と思っていた人が突然奪われてしまったのです。

もちろん、それは誰が悪いわけではありません。自分も含めて、人間はいつか必ず死ぬ運命でありながら、そのことを普段は考えずに生きています。絶対に後悔すると頭では理解していても、常に周りの全ての人間に気を配ることはとても難しいです。ですが、この世に限りあるいのちの意味と、その儚さゆえの重要性や美しさも再認識しました。

このほかにも、わずかですが男性とアレックスの会話があります。そこから感じたのは、自分の存在すべてを用いて他者と関わることで、それが「思い出」で終わるものではなく、その人の生きた証となり、ときには生きる意味にもなる可能性があるということです。男性とアレックスの会話のシーンは、そこにあふれ出る空気や気持ちが痛々しくも、同時にとても愛おしいと思える時間でした。

 

2.連続性の中を生きる。

映画には、華やかでドラマチックな人生を過ごす人々だけではなく、とてもシンプルな生活をする人々も出てきます。自分の孫に「牛の世話をするだけの人生でも楽しいの?」と問われた祖父が「家族と無理なく働きながら暮らせることが幸せである」と答えたように、幸せの尺度は人それぞれ違います。

決まった時刻に決まった行動をする生活をする人もいれば、常に刺激的で落ち着きのない生活を求める人もいます。今はSNSのフォロワーが増えること、有名になること、動画の再生回数が多いこと、インフルエンサーになることなどを目指している人もいて、世代によって価値観はさまざまでしょう。時間の過ごし方は人それぞれで、簡単に優劣がつけられるものではありません。他者からは無駄なように見えても、その人にとっては語り尽くせないほどの理由や信念に燃えていることもあるのではないでしょうか。

限られた時間の中で、常に自分の限界に立ち向かいながら、人間はゆっくりと成長していきます。植物が小さな種から、大きな樹に成長していくように、時間をかけて神の御手の中で変えられていくのです。私も日々成長していく中で神に感謝し、教会が語る物語の一部として今を生きることに喜びを感じています。キリスト者として生きることは、ただ刹那的に、今この瞬間のみを生きるのではなく、そういう連続性を考えつつ生きることでもあります。

イエス・キリストから2000年以上続く教会の信仰を継承し、その歴史的な一部として未来に責任をもって生きること。神と共に生きる中で意味を見出し、常にその愛を感じながら生きてきたこと。自分を救ってくれた教会が永遠に存続してほしいと願うこと。そんなことを考えながら、私の人生のLife in a dayも常に新しい発見や出会い、喜びや悲しみの中で進んでいます。先のことは全くわからなくても、神の恵みを感じ、信頼しながら、神と共に生きていきたいと感じます。

『Life in a Day 2020』を観ながら、そこに登場する多くの人たちと同じように、私もプレイヤーになりたいと思いました。受け身になるよりは、傷だらけになっても能動的に活動する方が好きだからです。自分の人生が将来一つの物語として完結するように、日々を過ごしてみませんか。

だって、

「だって私は、主人公だから。」

 


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